2-11.新生活二日目⑤
新生活二日目ラストです。
居間に戻ると、お茶のセットは用意されているけど、まだ僕とケイティさんしか来ていない。
「遅れているんでしょうか?」
「いえ。いらしたようです」
ケイティさんが扉を開けると、お手本のように綺麗な歩みで三人のエルフ耳の男女が表れた。
一人目は男性で僕よりちょっと背が高くて、短い赤髪が似合う美青年って感じだ。一見若い印象も受けるけど、立ち振る舞いや深い眼差しが、長い年月を歩んできたことを感じさせる。きっとこの方がハヤトさんだ。
二人目は緑色のストレートな長髪がお似合いな女性で、ミア姉さんに比べると和風美人って感じの落ち着きが素敵だ。
三人目はリア姉なんだけど、銀色の髪に薄化粧をして凛とした表情をしているせいか、いつもと別人のようにとっても大人の女性に見える。
そして三人ともゆったりとした長い羽織と和服のような服装をしている。華美さを抑えつつ気品を高めるような装飾が施されていて、纏う気高さすら感じる空気も相まって、少し現実感がないくらい綺麗だった。
「我が娘ミアの願いを聞き入れて、世界を渡ってきた勇気に対し、共和国議員が一人ハヤトとして礼を言わせて欲しい。君の勇気ある選択によって、我々は百万の援軍に勝る助けを得た。君を我らの友とし、共に歩むことを誓おう」
ハヤトさんの浪々とした声が響く。まるで歴史の一場面に居合わせたかのように現実味がない。
慌てて、立ち上がって僕も頭を下げた。
「私はあなたの母となれたことを誇りに思います。そしてあなたを娘としてこれから慈しむことができることへの感謝を贈ります。夫婦の契りは一時の物なれど、親子の縁は切れることはありません。これから、私たちは家族です。苦楽を共として、これからの人生を歩んでいきましょう」
アヤさんの声は心にゆっくりと振り積もる雪のようで、そっと包み込んでいくような温かさを感じた。
「アキ、最初に会った時にも伝えましたが、あなたの勇気に最大限の感謝を。それと、私の妹に祝福あれ」
リア姉がまるで別人のように、すまし顔で近づいてくると僕の手を取って微笑んだ。
ぽろり、と頬を涙が伝った。
「あ、あれ? ごめんなさい、なんでかな」
嬉しくて、なんだか気持ちが一杯になっちゃって、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
ケイティさんに渡されたハンドタオルで拭いても全然、止まらなくて。
僕はリア姉に抱き締められながら、泣き続けてしまった。
◇
「もう、ハヤト。やはり、やり過ぎでしたよ」
「そうかい? でもこういうのはやはり一回は形から入らないと」
先ほどまでの荘厳さが嘘のように、アヤさんがハヤトさんの胸に指を突いて文句を言い出した。
ハヤトさんもまた、纏っていた気品が嘘のように、気さくな雰囲気に変わっている。
「ほら、二人とも、いつまでもこんな服装は堅苦しいだろ。止め、止め」
リア姉まで、いつもの口調に戻って、そんなことを言うと、ハヤトさんとアヤさんが胸元の護符に手を当てて何か呟いた。すると、一瞬にして服装が変わって、ハヤトさんはシャツにズボンのシンプルな装いに、アヤさんもハイネックノースリーブなトップスに膝上のスカートという装いに一瞬で変わってしまった。そんな二人を見たリア姉もまた、帯を解いて早着替えのように、羽織や長衣を脱いで、Tシャツにショートパンツというラフな服装に化けた。
「え? え? あの、さっきまでの服装は!?」
リア姉ははともかく、二人は早着替え? いえいえ、そんな感じじゃありえない。というかさっきまでの服はどこに行ったんだ?
「驚いたようだね。先ほどのは我が国が誇る光学偽装術式で、略式で式典を行う場合なんかに重宝するんだよ」
ハヤトさんが悪戯が成功した子供のような顔をして、にやりと笑った。
「ごめんなさいね。これから家族になるとしても、国としての立場で一度は正式に謝意を表するべきとの意見が多くて」
アヤさんも、私は止めたんですよ、という口振りだけど、きっと共犯者だろう。
「アキ、どうだった? 私だって公式の場ならあんな感じにやれるんだ。見直しただろ?」
にまっと笑うリア姉もまた、嬉しそうで文句を言いにくい。確かに綺麗だったし。
「あ、えっと、とっても驚きましたけど、こちらこそよろしくお願いします。すみません、娘さんの身体を奪うようなことになってしまって」
僕はどうしても、それだけは謝っておきたかった。いきなり娘の中身が入れ替われば、どんな親だって内心は複雑だろう。
「何も感じないといえば嘘になります。ですが、アキ。あなたはそれに負い目を感じる必要はありません。それはミアが望んだことであり、納得して行ったことなのですから。それに、あなたのような若い子を親元から引き離してしまったことに対しては、どれだけ謝罪しても、決して許されることはないでしょう」
アヤさんの口調は穏やかだけれど、言葉に力があって聞き入ってしまう強さがある。
「いえ、それは僕が決めたことですから」
「そうですね。男の子が自ら歩む道を選んだことです。ですから、お互い、このことは今は触れず、共に過ごしていく中で少しずつ考えていくことにしましょう」
「そう言っていただけて助かります」
この件はきっと平行線だし、先送りにするのは正解だろう。ほんと、ここにミア姉がいてくれれば万事解決なのに。
「でだ、アキ。これから私達は家族だ。だから、まずは過度な敬語は禁止だ。これは家族の決まりだから守るように。いいかい?」
ハヤトさんが大きく手を振って、皆を一人ずつ見て告げた。
「努力します。それではこれからハヤトさんのことは父さん、アヤさんのことは母さんと呼びますがよいですか?」
「うん、そうしてくれ」
「ええ、そう呼んでくれて嬉しいわ」
二人も同意してくれたし、呼び名は注意しよう。でも、ぱっと見、二人とも若いから、なかなか父さん、母さんとは言いにくい。きっと慣れの問題だろう。
「で、アキ。これからしばらくは二人ともここに逗留する予定だ。互いの人となりを知る上でも、食事の時間は一緒にしていくからそのつもりで。あと、家族として二人に何か言いたいこと、頼みたいこととかあるなら言ってくれ」
リア姉の言葉に、ハヤトさんとアヤさん、いや、父さんと母さんも、何でもこい、といった表情で言葉を待っている。うーん、といっても二人の性格もわからないし、何かお願いするにしても、お願い、夫婦にお願い、か。
「それでは、家庭の味、二人で作った料理を食べたいのですがどうでしょうか?」
二人揃って料理をするなら仲はいいだろうし、やっぱり家庭の味というのは家族の基本だと思うから。
「二人で、か」
「家庭の味、そうね、たまには一緒に作りましょうか」
二人の感じからすると、一緒に料理をすることもあるようだから、夫婦仲は良さそう。良いことだ。
「アキ、良い提案だ。父さんの手料理が食べたいとか言い出したらどうしようかと心配だった」
「おいおい、リア。私の料理だって美味しいと言って食べていたじゃないか」
「そ・れ・は、母さんが計量に立ち会っていればだろ? 父さんの『食べられる』は幅が広過ぎるんだよ」
リア姉の噛みつき具合からすると、父さんの料理は危険そうだ。というか、なんで料理で失敗する人は自信満々に、計量をいい加減に済ますんだろう? 不思議だ。
「まぁ、二人とも。明日は私も一緒にするから安心なさい。では明日の昼食は私達の手料理を振舞いましょう」
「楽しみにしてます」
こちらの母さん、そして父さんの手料理か。うん、楽しみだ。
それにしても、こんなにいい人ばかりで、幸せ過ぎて怖い。さすがミア姉の家族だ。僕の家族も卑下するような人じゃないけど、ミア姉とちゃんと話し合えてるか心配になってきた。
「皆様、ご歓談のところ申し訳ありません。午前中から作業をしておりました世界白地図への着色作業ができましたので、お持ちしてもよろしいでしょうか?」
ケイティさんが話を切り出してくれて良かった。さぁ今から家族だ、話をしろ、と言われてもなかなか困るし。
「できたか。それじゃケイティ、持ってきてくれ。ちょっと手狭だからテーブルも追加するように」
「わかりました」
リア姉の注文を受けて、ケイティさんが指揮杖を振って何か呟いた。
しばらくして、女中人形の三人が居間に入ってくる。アイリーンさんが丸められた地図を持ち、ベリルさんとシャンタールさんが二人して、もう一つテーブルを運んできた。結構な大きさなのに軽々と運ぶ様子は、見た目とのギャップが凄い。
広げられた世界白地図を皆で眺める。思った通り、色のついた場所はかなり狭い。全体の数%程度じゃないだろうか。
「やっぱり、狭いですね。点と線で一部を占領している感じでしょう」
予想が当たったのでやっぱり嬉しい。
「天空竜、地竜、海竜の支配地域をそれぞれ色分けした訳か。しかし、こんなものなのか」
父さんはいまいち納得していないようだ。
「資料室の情報を利用しまシタ。植生も考慮し、竜族の子育てに必要な量を確保できない地域も除外していマス。また、研究員の皆様にも確認していただいていマス」
アイリーンさん達がしっかり仕事をしたことをアピールする。この短時間に頑張ってくれたと思う。
「いや、三人の仕事に異論はない。良くやってくれた。ただ驚いただけだよ。こうして実際に目に見える形にしてみると、たまたま、我々の住む弧状列島は天空竜の生息域が多いせいで、奴らに一等地を独占されている印象が強かったが、世界全体で見るとそれは例外だと良くわかる」
リア姉が言うように、弧状列島は狭い島々なのに適度に高い山が多いせいで、他の地域より天空竜の生息密度が異様に高い。けれど、他の大陸単位で見れば、近くに山がないような地域はとても多いし広大だ。あるいは標高が高過ぎて木々がなく天空竜の活動域として合わない地域や、地脈から離れている地域、湿地帯のように地竜が近づかない地域もけっこうある。
「天空竜って多分、地球での雷鳥みたいなものっぽいですよね。雷鳥に比べるとかなり物騒な存在ではありますけど」
「ライチョウ?」
「地球では、高山のある程度寒い場所でないと生きていけない鳥がいるんですよ。雷鳥は暑いところでは生きていけないので、狭い山頂付近で細々と暮らしているんです」
「魔力豊かな地域を占有している竜族とは随分違う感じね」
母さんも、僕の話に納得しにくいようだ。うーん。
「地球では世界中で気温上昇が続いていて、雷鳥の住む寒い場所はどんどん狭くなって、山頂まで暖かくなったら絶滅するだろうと言われています。天空竜も同じですよね?魔力の薄い他の場所では生きていけない。でもしがみ付いてる山頂の魔力が減ったら、彼らは行き場を失って生きていけないでしょう?」
魔力は尽きることがないというのなら話は別だけど、使えば使った分だけ減るんじゃないのかな。それに山だって侵食されて低くなったりするし、永遠に続くものでもないと思う。
「占有しているのではなく、そこでしか生きられない、か。面白い意見だ」
父さんは思うところがあったのか、しきりに頷いている。
母さんも同じ色分けされた地図のあちこちを見て、何か考え込んでいる。
「僕は竜の生息域よりは、交易相手とか、交易品の内容とか量とかのほうが興味がありますけどね」
チョコレートの原料のカカオの実とか、トマトとか、香辛料とか、魔力で多少の違いはあったとしても結構広い地域に、産地は散っているはずだから、竜という災害がある中でも、商魂逞しく、交易を行っている奮闘振りはぜひ知っておきたい。
「竜より交易品?」
「だって竜は怖いけれど棲み分けできて良かったなぁ、で終わりじゃないですか。それより交易品なら、こちらから何を輸出して、あちらから何を輸入しているのかとか、相手の国はどんな体制でどんな人がいるのかとか、文化とか芸術とか技術とか、きっとそれぞれの地域で独自のものがあるんだろうなぁ、とか考えることはいくらでもあるでしょう?」
僕の言葉に三人ともぽかんとした顔をした後、なぜかくすくすと笑いだした。
「そうか、アキはそういうのが好きか」
「アキは知識に貪欲なのですね」
「まぁ、アキだからね」
三人とも好き放題言ってる。まぁ、三人が楽しそうだからいいか、とも思うけど。
やっぱり異世界に来たんだなぁ、とつくづく思う。何も知らない世界がこんなに広い。
日本にいた頃にはなかった気分だ。未知を求めて突き進む探検家の気分というのはきっとこういうものだろう、とそう思った。
◇
お茶の時間がけっこう長引いたこともあって、その後は慌ただしくお風呂に入って寝る準備を整えた。
母さんが、親子のスキンシップを増すためにもお風呂で裸の付き合いをする、とか言い出して大変だった。
幸い、ここの湯舟は一人用だったから、そんな事態は避けることができたけれど。
さて、寝る前に、ノートに思いついたことを書き記しておこう。
まずは、地球にはいない竜族の残り、地竜、海竜について知ることができた。厄介な存在だけど活動範囲はそこそこ狭い。棲み分けもできているみたいだから、とりあえず今わかっている程度でも十分と思う。
魔力感知は全然うまく行っていないけど、ここの周辺の様子を知ることもできたし、トラ吉さんともちょっと仲良くなれたし、気が散る要素も減って、明日からはもう少し集中できるはず。
銃と耐弾障壁はびっくりした。相変わらず街エルフがやらかしているけど、それはそれとして、銃が役に立たないとなると、戦闘は接近戦がメインになるんだろうか。でも、軍用ボウガンの威力を考えると一撃必殺の火力があるし、密集形態には戻らないかな。森エルフは持てる矢の本数だけ相手を射殺すとか言う話だし、地球と同様、散兵戦術が基本な気はする。
ハヤトさんとアヤさん、こちらの父さんと母さんだけど、最初の服装と態度は本当に驚いた。共和国議員とか言ってたし、二人ともそれなりの立場の人なのかな。でもまぁ、僕が政治に関わることなんてないだろうから、気にしても仕方ないね。
世界白地図への色塗りはやって貰って良かった。やっぱり言葉を重ねるより、図で示したほうがわかりやすい時ってあるから、今後も地図に書いて貰って理解を助けて貰おう。とりあえず、交易とか、弧状列島以外の国についても知りたいなぁ。といっても国の名前とかを知りたい訳じゃなくて、だいたいの位置とか広さとか主な特産品とかが知りたいだけだけど。
明日は父さんと母さんの共同料理が食べられるから楽しみだ。
一日が終わるのが早い。色々工夫しないと時間ばかりかかりそうだ。
あと、これまでに聞いた話で、ミア姉を救出するための技術要素で致命的に足りない要素はなさそうだ。
ここまで書いたところで、もう眠気に抗えなくなってきたので、布団に潜り込む。
窓の外を見るとまだ陽は落ちていないのに。そんなことを考えたあたりで意識が落ちた。
GWの連日投稿は本日で終了です。以降は定期投稿に戻します。
毎週、水曜日の二十一時五分と、日曜日の二十一時五分です。手動投稿なので多少時間はズレますがご了承ください。
次話の投稿は、五月九日(水)になります。
次話は「新生活三日目① 転換点」です。
情報は十分とみたアキが動きます。
活動報告を更新しました。