9-10.エリーと内緒の話(後編)
前話のあらすじ:エリーとの内緒話ということで、今回の誓いの儀とそれに伴う会談について、エリーから見た視点を色々と教えて貰いました。アキの塩対応は当面、語られるネタにされそうです。
「街エルフの引き籠る気持ちが少し分かった気がするよ」
不満を口にしてみたけど、エリーは軽く受け流した。
「長命種の宿命なんだから、そこは諦めることね。それで意見交換だけど、アキが誠意を持って対応した事で、各勢力の代表は、漠然とした推測や懸念から生まれる畏れや不安を解消する事ができた。新たなルールが生まれ、竜族を巻き込んで世界を変える取組みが進む事も皆が理解したと言えるわ」
「世界を変える? また、大きく出たね」
「互いに干渉せずとしていた竜族と他の種族が交流するだけで驚天動地の出来事なのよ! それに三大勢力が期間限定とはいえ、不戦協定を結んだ事も大きいわ。そして竜族をも巻き込んだ新たな魔術の開発、それらのいずれもそれまでの常識が覆る、世界を変える出来事だって理解なさい!」
なんかヒートアップしてるので、少し宥めると、誰のせいでそうなってるのよ、などと文句まで言われてしまった。理不尽だ。
「世界と言うなら、残りの未探査地域を全て調べ終えて、この星の全体像を把握する話とか、その後、この星の全ての竜族の巣を特定して調べる話とか、そっちの話かなと思ったんだよね。エリーがさっき話した内容は、弧状列島に閉じた話、世界規模でいえば、国内問題レベルの話かなって」
僕が認識の違いを説明すると、エリーは、そこからなのね、などと愚痴った。
「いいかしら、私も含めて、弧状列島の人々は、自分の国とその周辺の地図くらいしか必要としない、自給自足を旨とした生活をしてきたの。そんな人達が「世界」と言えば、自分を取り巻く生活環境、影響のある範囲を指すのよ」
「あぁ、成る程。確かに、地球みたいに世界中が繋がってて、物流網で密接に交易が行われているなら自覚しやすいけど、こちらだと海外からの輸入品は全部、舶来物だからね。意識する機会自体がないっていうのは盲点だった。あれ? そうなると、世界儀を出して、自分達の住む弧状列島の位置や形、大きさを理解して貰うだけでも、世界観が変わったって事?」
「……そうよ。そして各勢力は漠然とした脅威ではなく、アキ達、マコト文書を活動の基盤としている財閥の事を、第六の勢力と明確に認識したわ」
「残り五つは人類連合、鬼族連邦、小鬼帝国、街エルフの共和国、竜族って事? 妖精族は数えない感じ?」
「妖精族は人数が少な過ぎるわ。彼らの国がこちらと繋がっているなら、勢力として数えるけど、今の人数なら旅人と言ったところ。せいぜい、森エルフ、ドワーフ達と並ぶ扱いでしょう」
「まぁ、それくらいかのぉ」
お爺ちゃんも妖精属の位置付けに不満はないようだ。
「第六の勢力って、やっぱり今回の誓いの儀とか人材募集の件とかで、力が認識されたって事?」
「そうなるわね。広範囲への影響力の行使。それを可能とする豊富な資金と人材。軍事力にしても、財閥の自衛戦力を集めれば、人類連合内の大国にも勝る。何より、アキの交流範囲、影響力が大き過ぎる。そして、アキの目的は共和国と同一でもない。だから第六の勢力扱い。ここまではいいわね?」
GAFA扱いって事か。なら、そう扱われるのも無理はないか。
「うん。それで?」
続きを促した僕に、エリーは残念な子を見るようながっかりした視線を向けてきた。
「力ある者には権利と義務が生じる。それくらい察しなさい。つまり、財閥の振る舞いは尊重されるけれど、これまでのように裏方扱いはされなくなるという事。アキも同様よ。貴女の発言、意向は尊重される。だけど、第六の勢力として、当事者意識を持って動く事が求められるわ」
うわー、面倒臭い。
「時間が少ないアキにあれこれ負わせるつもりはないから、そこは安心なさい。ケイティ達がどうしてもアキが対応しないと困る部分だけに絞って対応してくれる筈だから。アキは先ほどの話を頭の片隅に置いておけばいいわ」
「それなら、ちょっと安心だね」
エリーが伝えたい事は概ね理解できた。今より少し気をつける部分が増えるけど、大きくは変わらない、そんなところだね。良かった。
◇
「今回、会談をした相手について、アキが受けた印象を話してちょうだい」
「うーん、正直に? エリー、秘密にしてくれる?」
「今日、この場で聞いた話は例え、国王が相手であろうと話さない、それでいいかしら? というか、そんな確認をするって事は、悪い印象を持った相手でもいたのかしら?」
「どうもね、僕が相手の感想を話すと、リア姉とかが、なんかね、納得しないんだよね。結構、ポイントを押さえて話してるつもりなんだけど」
だよねーって、お爺ちゃんに話を振ってみたけど、その答えは何とも微妙だった。
「感想は人それぞれじゃからのぉ。アキの場合、相手の魔力を感じ取れんからか、人が鬼族に対して抱く先入観のようなものがなく、素のままの相手を捉えておるのかもしれん」
「竜族相手ならちゃんと感知できるからね。最初の時と違って、雌竜の皆さんも魔力を抑えてくれてるから、のんびり話せるようにもなったし」
まぁ、心話の方が楽だけど、と話すとエリーに呆れられてしまった。
「緩和障壁越しでも、私はキツいのに、心を触れ合わせて平気なんて、当面は共感できそうにないわ」
それだと、大変かも。
「でも、当面なんだね?」
「イズレンディア様とヨーゲル様が、自分達も雲取様と心話を行うんだって、同胞達と連日の様に研究をしているから、いずれ、何か進展はあると期待してるの。負担が少ないなら、私も興味はあるわ」
「それは楽しみだね。その技術が安定すれば、巫女のハードルも低くなるだろうし、頑張って欲しいなー」
僕の心からの言葉に、エリーは呆れ半分、笑ってくれた。
「アキはほんと、天空竜と話せる事を独占しようとか、特別視して欲しいとか、微塵も考えたりしてないのね」
僕が誰よりも上手く竜族と話せるんだ!って? あー、ない、ない、それはない。
「リア姉を含めても二人しか普通に話せないなんて、やっぱり歪な関係だからね。もっと普通に世間話をする様に、近い距離でのんびり話せる間柄が素敵だと思うんだ」
まるで御伽噺ね、とエリーは柔らかく笑ってくれた。
◇
約束はして貰ったから、まずはユリウス様から。
「あの方は、背はちっちゃいけど、俺様感が半端なくて、なのに傲慢な感じじゃなく自然体で、話してて知的な感じだし、想像力も豊かだし、今回会った相手の中で、一番ポイントが高い方だね。理想を目指しながらも、着実に足元を踏み締めていく、そんなスタンスもいい感じ。というか、マイナス要素が全然なくてビックリだね。今後も末永く交流していきたいと思うよ」
「何とも手放しに褒めてるわね」
「僕とそんなに年も違わないのに、大人って感じだし、小鬼族は人の倍の速度で生きるというのも納得だよ。僕が同じ年齢になってもユリウス様みたいになれる気がしないし、尊敬に値する方だと思う」
「はいはい、アキはあぁいうタイプが好み、と。次、ニコラス様はどう?」
あー、うん、やっぱり話さないと駄目か。
「……最後はやる気を見せてくれたけど、やっぱり燻ってる感じはいただけないかな。不利な状況でも不敵に笑う、そんなタフさを見せて欲しいなぁ。手札とスタッフが増えれば、化けるかなーって少し期待してる。んー、もっと人生楽しんで欲しいかな。そう言えば、あの歳なら結婚してるだろうけど、家庭ではどんな顔を見せてるのかな? その辺りはちょっとだけ興味があるよ」
ざっと話したけど、エリーは露骨に溜息をついた。
「我が人類連合の大統領は随分低評価ね。火消し役を頼む相手としての認識はどう?」
「下手に僕を庇うと足元を掬われるだろうから、暫くは自身の体制固めに専念した方がいいと思う。無理のない範囲で、支援してくれるなら嬉しいけど、僕に傾倒してると取られても、敵視してると取られても立場がグラつきそうだから、んー、やっぱり搦手で少し手を回す程度に留めた方がいいと思う」
「そういうところは、きっちり見るのね。確かにニコラス様が優先すべきは足場固めでしょう。でも、それ、はっきり言っていいとニコラス様に言われても、露骨に言い過ぎないでね。アキには、好みでない相手でも、口先だけで上手くあしらえるようになって欲しいわ」
「なんか悪どい気がする」
「男の面子を立てて、その上で自分の望んだように自主的に動いて貰い、相手にそれを悟らせないのがいい女ってもんよ」
「怖いなー」
「というか、なんでアキは、ニコラス様にそんな塩対応なのかしら? 好みじゃないから?」
「言われてみれば不思議だね。んー、なんでだろ? 身綺麗で、立ち振る舞いも洗練されていて、スマートな外見で、歳の重ね方も悪くないと思うんだけど。……そっか、どこか芝居がかった感じがして胡散臭い雰囲気があるからだね、きっと」
「腹の中が読めないとは思うけれど、アキからすれば、そういう評価なのね。わかったわ。最後はレイゼン様、あの方はどうかしら?」
レイゼンさんか。やっぱり俺様系だけど、ユリウス様とは系統が違う感じなんだよね。
「肩肘張らない大らかな雰囲気と、野性味が同居しているような、肉食系の方だよね。でも深く考える方だし、マコト文書の話も少し説明するだけで理解されるし、男が憧れる男って感じがして格好いいよね。人気があるのもわかるなー。あと、五人も奥さんがいて、嫁自慢がまた凄くてね。いずれ、奥さん達と会う日が来たとしても初見で誰が誰か当てられる自信があるよ。それくらい奥さんの事をよく見てて、良い夫であり、父って感じがしたよ。彫りの深い顔立ちだから、ちょっと迫力はあるけど、セイケンもレイゼン様も家族思いで、家庭を大切にする感じがして良いよね」
「アキの相手の見方はだいたいわかったわ。地位も財も力もそういう外側の要素は殆ど気にしないのね」
「そう言うのは、後から調べても分かる話だからね。それよりは心の在り方とか、好みとか、こちらに向けた目線とか、仕草とか、心の内が感じられる内容を見るべきだと思うんだよね」
「いいと思うわ。翁も大変でしょうけど、上手くフォローしてあげてちょうだい」
「任せておけ。儂もアキに翻弄される相手を見てると飽きんからのぉ」
お爺ちゃんが楽しげに笑った。
「翻弄される? 誰もそんな感じはしなかったよ?」
「表にはあまり出していなかったからのぉ。じゃが、儂のように年を重ねるとな、相手の心の内の動揺が感じ取れるようになるんじゃよ」
「そうなの? うーん、よくわからないや」
「年を重ねると、相手の反応もいつか経験したパターンと似通ってくるものなんじゃよ。じゃが、アキの対応はだいたい、普通の枠から外れておるからのぉ。相手も勝手の違いに調子を崩されるんじゃな」
むぅ。そんな定石外しを狙ったりしてないのに。
「アキの考え方が、あちらベースだからというのもあるんでしょうね。今日は話が聞けて良かったわ。今度は日を改めて調整組の面々を集めて意見交換しましょうか。きっと皆の話を聞くだけでも色々と得るものがあると思うわ」
「うん、そうだね」
これまで接点の薄かった他の種族との交流だもんね。確かに楽しそう。近いうちに話を聞かせて貰おう。楽しみだ。
エリーの認識ではありますが、アキとマコト文書を活動の基盤とする財閥が第六勢力扱いされたようです。国家でもないし、アキは当主という訳でもないので、竜族達と同様、その扱いには三大勢力は苦慮することでしょう。
それとアキの視点は、政に携わってきた面々からすると、シンプル過ぎて、やり辛いことでしょう。素の自分にしか目を向けないんですから。それが幼子とかなら気も楽ですけど、アキの場合はそうじゃない。まぁ、シンプルなのは確かなので、対応はある意味簡単ですけど。
次回の投稿はニ月五日(水)二十一時五分の予定です。