9-9.エリーと内緒の話(前編)
前話のあらすじ:鬼王レイゼンとの会談も、各種族の常識の差を認識できたこともあり、多くの助言を得る事ができました。
投稿が遅れて御免なさい。
レイゼンさんとの会談も終わり、別邸に戻ると、エリーが遊びに来ていた。
「あれ? エリーがここにくるのって珍しいね。どうしたの?」
まるで自宅にいるように、寛いているエリーだったけど、僕がアイリーンさんの入れてくれた焙じ茶を飲んで、一息ついたのを待ってから、話を切り出してきた。
「今日の会談で、人類連合、鬼族連邦、小鬼帝国それぞれの代表との交流も一通り終わったのよね。それで、互いの意見交換をしておこうと思ったのよ」
ほー。
「エリーも、代表の皆さんとお話ししたの?」
「せっかく来てくれたのだもの、家族総出で会談三昧だったわよ」
ホスト国として、普通なら格の違いで難しい会談も設ける事ができた、との事。
考えてみれば、国際会議で集まった各国首脳に対して、開催地の都道府県の知事レベルが話をしようと言うのだから、確かに普通なら門前払いされるとこだろう。
「得るモノは多かった?」
「それはね。うちの大統領経由で話を聞かされるだけだったなら、得られないモノが多くて助かったわ。もう当面はあんな方々との会談なんてやりたくないけれど」
ほんと、大変だったんだろうね。お疲れな感じだ。
「皆さん、礼節を弁えていて好感の持てる方々だったよね?」
「そうね。でも理屈じゃないの。背負ってる物の違いなのか、歩んできた人生の重みなのか、体験してきた修羅場の数の違いなのか。……自分が小娘に過ぎないのだと理解したわ」
こうして、疲れた顔を見せてくれるエリーは、年相応に見えて、そうなのかな、とも思える。
「きっと、他の方々も似たような事を感じていたと思うよ。鬼族のライキさんやシセンさんも、再三、鬼族が誰でも百人力な訳じゃない、ライキさんを鬼族の普通の女性と見做すなって話してたし」
「あの鬼族相手になんでそんな話になるの」
エリーからすれば、自分達の実力を低めに訂正する鬼族というのは、違和感だらけなようだ。
「んー、鬼族から巫女候補を百人くらい出して欲しいとか、探索者として海外の竜達の調査に尽力して欲しいって話した程度だよ?」
詳しく聞かせろというので、鬼族の三人と話した内容を掻い摘んで、ざっと説明したら、エリーが遠い目をしてため息をついた。
「鬼族も自分達の武は見せつけたいけど、実力を高く評価され過ぎても困る、ってところかしら。悩ましい立ち位置ね。彼らが、共に理解を深めていこう、と念押ししてきたのも当然か。アキの話が示す先にある権益の巨大さに触れて、理解したんですものね。同情するわ」
ん?
「目の前に広がる果てしない未開拓地。開拓していく事への奮起とか、未知への探究に心踊らせるとかならわかるけど、なんで同情とかになるの?」
お爺ちゃんを見たけど、儂もそこは不思議じゃ、と同意してくれた。
「二人は似た者同士だから疑問に思うのでしょうね。二人とも師匠と同じ。だけど、誰もが自分達と同じ感性と思わないで頂戴。政に携わる者からすれば、自分達が多くを知らない、掌握している範囲が狭いと言うのは恐ろしい事なのよ。多くの人の生死に関わってくるのだから、判断にも慎重になるし、身の丈を超えた事に手を出すのは避けるモノよ」
難民を率いてるリーダーをイメージしてみなさい、向かう先を誤れば仲間が多く死んでいく、先の事なんてわからない、それでも仲間を不安にさせない為、判断は自信を持って行い、自らの不安は見せない、かなりのストレスになると思わないか、と。
あー、それは大変だ。
「直接的な生死でなくとも、判断ミスで先々、自分達が劣勢になったり、困難に直面するかもしれない、それを思うと指導者は与えられた権限の重さに悩み、苦悩するって事かな。ダモクレスの剣だね」
「何それ?」
「王の栄華を羨んだ廷臣ダモクレスに対して、祝宴の席で玉座の上に一本の髪の毛で剣を吊るして、廷臣をそこに座らせた、という故事だよ。王とは常に危険と隣合わせの存在であり、今日の栄華も、明日を保証してくれるものではないってね」
僕の説明に、エリーは納得してくれたけど、お爺ちゃんはピンと来なかったみたい。
「妖精族だと、重さの例えは合わないかもね。んーと、妖精族の家って立派な木の枝に作るんだったよね?」
「うむ、そうじゃ。葉が生茂り、強風を弱めてくれる木々が望ましいのぉ」
「なら、立派な木の枝も、実は中が傷んでて折れちゃうかもしれない、家を作った時は問題ない枝だったのに、見た目は問題なかったのに、実は住んでるうちに、枝の内側が腐ってたとか、そんな故事はない?」
「うむ、あるぞ。フォウシーの家選びあたりがそれじゃ。成る程のぉ。家長ともなれば、家族の為に心を砕くもの。儂も初めての子供の時は随分、右往左往して、年長者に笑われたモノじゃよ」
ふぅ、何とか合意が得られて良かった。フォウシーさんが誰か知らないから、後でその話も聞いておこう。ズレがあると困るし。
そんな僕とお爺ちゃんのやり取りを聞いてて、エリーも興味深そうな表情を浮かべた。
「これだけ体の大きさが違えば、違いがあるものなのね。同じ言葉を聞いても、認識が同じとは限らない、というより違う事を前提とした方が良し、という事かしら。できれば二人も、多くの人の行き先を決める立場の人達の思いにも、意識を向けてね」
そうだね。ただ、エリーも気負い過ぎな気がするから、少しフォローしておこう。
「そこは気をつけるようにするね。それとね、地球の歴史家の多くが語った話なんだけど、賢王は国の行く末を変える力があるのかって疑問に対して、殆ど影響はないという結論になったんだよね」
「「??」」
二人とも意味が分からないって顔をしてる。
「愚王が国を滅ぼす話はよく聞くけど、それなら賢王のおかげで国が繁栄する話だってある、まぁ普通はそう思うよね」
「違うというの?」
「例えば、マコト文書に記されている地球の国々のように、国民の殆どが天寿を全うできる国が素晴らしいと結論付けて、そんな国に変えて行こうと行動を開始する王様がいたとする。でも、国民の大半が王様の話を理解して、そんな未来は素晴らしいと同意して協力してくれなければ、国は変わらない。だから、王様は最後の一押しはできても、国民自身がそれを受け入れるだけの下地がなければ、国は変わらない。それって、その王様でなくても、やっぱり誰かが同じように国を導ける可能性が高いって事だよ」
「……王の気持ちが民と離れては国は成り立たぬ、そういう事じゃな」
「そう。いくら優秀でも王様自身の力で出来る事はほんの少し。多くの人の意思を束ねて、皆に自分の足で歩いて貰わないと」
僕の話に、エリーは考え込んでいたけど、少しだけ表情が明るくなった。
「自分がなんとかしなくちゃ、なんて考えるのは傲慢なのかもしれないわね」
「周りの家臣が皆、年上で実力も実績もあって苦労した、ってシャーリスさんも話してたし、今度、話してみるといいと思うよ」
僕の提案に、エリーは、自信満々に見える妖精の女王様もそうなのかぁ、なんて呟いて。ちょっと肩の力が抜けたみたいだった。
◇
さて、本題に入る前に、エリーの立ち位置を確認しておこう。互いに各勢力の代表と話をした、認識を合わせておこう、というなら、エリーがこうして個人的に来る必要はないと思うんだよね。
となると――
「今日来たのは、調整役として、だけじゃない感じ?」
「そうね。今日来たのは姉弟子として。調整役の方は全員集めて一度にやればいいと思ってるわ」
ふむふむ。
姉弟子として、か。それでエリーが動くとなれば、人族相手って事だよね。
「もしかして、ニコラスさんと何か話した?」
ちょっと対応をミスったかな、という思いが表情に出たようで、エリーはやっぱりと頷いた。
「少しは自覚があるみたいね。人類連合の一員として言わせて貰うなら、感謝と感謝と恨言と提案と助言を先ずは伝えたいところね」
「それは何とも盛り沢山だけど、感謝が二つ?」
「そう。一つ目の感謝は、動きの鈍い人類連合が間に合うように、様々な働きかけをしてくれた街エルフへの感謝。とても助かったわ。私達もかなり動いたけど、それでも助力が無ければ間に合わなかった」
「大変だったもんね。それで二つ目は?」
「国力の弱い国々に、連邦や帝国との交流に参加できる機会を与えてくれたこと、そして、未来を担う人材への人事権を大統領に一任すると決めてくれた事。どちらも機能不全を起こしがちな連合の在り方を変えていく布石になるのは間違いない。これも喜ばしい事よ」
「マサトさん達の人材不足も解消できて、良かったよね。……それで恨言って言うのは?」
「長い目で見れば連合には良い事が多いでしょうね。でも、短期的に見れば、権力を削られる大国が国力にモノを言わせて、表から裏から邪魔をしてくるのも確実。その対応を考えると頭が痛いの。だから恨言」
あー、それは何とも後ろ向きで、残念臭がして、手間ばかりかかって、実りも少なそうだ。エリーも立場的に逃げる訳にも行かないから、恨言と。
「お父さんとかお母さんとか、二人のお兄さんに助けて貰えばいいんじゃないかな?」
「もう、全員体制でやってるわよ」
「んー、どうせなら大国の方々もガッツリ巻き込んじゃえば?国力もあって頭数もいるんだから、本気を出せば、存在感を増す事もできるでしょ? 彼らが頑張れば、その分、ロングヒルの負担も減っていいと思うんだ」
「簡単に言ってくれるわねぇ」
「身の丈に合わない背伸びをしても無理が来るからね。それよりは無駄を減らして、少しでも追いつけるように、頑張った方が人類連合にとっても良いんじゃないかな」
「アキから見て、連合は遅れてるって評価なのかしら?」
「基礎的な力はまだ優ってるけど、小鬼族達の追い上げはきっと凄まじいからね。団結力では鬼族の方が優位と思うし、本腰を入れて動くのが遅れれば、簡単にひっくり返される程度の優位性と思うよ」
「何とも的確なご意見ありがとう。それで、次は提案だったわね。暫く、財閥は動きを控えた方がいいと思うの。今回はとても助かったけれど、効果的過ぎたわ。人材確保で更に存在感を増して、国々すら軽く超える影響力を見せつければ、間違いなく危険視する風潮が強くなるわ。それは財閥にとっても嬉しくない事態よね?」
成る程。
「地球でも大企業が世界経済の大半を掌握して危険視されていたし、確かに要注意かな。マサトさんとロゼッタさんにも伝えておくね」
「アキ、私が今、こうして話しているのは、半分はアキに自重するよう提案している事を察して欲しいわ」
「僕?」
「財閥はアキに甘い気がするのよね。アキがこちらで大勢のスタッフに支えられて生活できているのもそうだけど、アキの活動を支える為にしては、持ち出しが多い気がするのよ」
「損して得取れって事じゃない?」
「それはあるでしょうね。ただ、普通ならもっと慎重にいくべきところで、街エルフらしい慎重さより、人族のような果敢さが目立つ気がするの。私よりずっと経験も豊富な方々で、情報も資金も人材もずっと多い。だから、心配し過ぎかもしれないわ」
そう言いながらも、エリーは自身が納得してない感じだ。
「計画が始動すれば、対外的な活動は減っていくから、暫くすれば落ち着くと思うよ」
「……だと良いんだけど」
「最後は助言だっけ?」
「そうなるわね。師匠から頼まれた通り、私はアキに火の粉が及ばない様に動くつもりではあるけど、出来ることはあまり多くないわ。人類連合への火消役としては大統領のニコラス様が最適よ。だから、あの方への対応は、自分の為にとも思って、塩対応はそこそこにしておきなさい」
なんと!――というか、彼にそんな対応をお願いするなんて、全然考えてなかった。
というか、エリーも塩対応だったと思うんだね。
「……ニコラスさん、なんか言ってた?」
「別に。遠回しに、小娘に好き放題あしらわれたとは話されていたけれど、その程度よ」
うわー、なんか印象悪い感じだ。
「うーん、お互い利があって良い話だった筈なんだけど」
「話の筋道が決まっていて、頷くしかないと言うのは、政に携わる身としては、面白くない話だったでしょうね。相手が自分よりずっと若くて世間知らずな小娘となれば、尚更よね、きっと」
エリーが目を細めて、傷口に塩を塗り込んできた。
うわー、やだやだ。
「下手を打ったかな?」
「かなり、ね。だいたい脇が甘いわよね。誓いの儀の集合写真に各勢力代表や竜、妖精達と並んで写ってる時点で、暫くすれば、アキは過去に例のない最も有名な街エルフになるのは間違いない。今後、何年でも歴史の教科書に載り続けるの。砂糖菓子に蟻が群がるみたいに、うじゃうじゃ人が寄ってくるわよ? 富も権力も名声も揃ってて、おまけに見た目も若くて可愛いとなれば、男も放っておかないわよねぇ。虫除けは多い方が良いわよ、間違いなく」
……勘弁して欲しい。
「というか、半分くらいはエリーにもブーメランが刺さる話と思うけど」
「私? 比較にならないわよ。私に言い寄ってくる相手なんて、人類連合の一部程度。アキは弧状列島に棲まう種族だけでなく、竜族や妖精族まで含むんだから。私なんて百年後には歴史の教科書に名前が残るかどうかも怪しいところよ。何ページも割かれて写真付きで語られるアキに比べれば、とてもとても」
なんか、エリーが少し意地悪だ。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
情報交換という事で、人族から見た見解を色々と聞く事ができました。でも人族を纏めるために力を貸して、貸して事態が乗り切れたら、貸した力が大きい事に脅威を抱いた者がいるから行動を自粛して、とはなかなか我儘ですよね。項羽を倒し終えたら、国士無双の大将軍韓信は不要とでも言わんばかりです。勿論、エリーもそんなつもりはなく、懸念を伝えただけで、元々、裏方に徹していたから問題視してこないだけで、財閥の力は皆が知っていた話だったんですけどね。
ただ、それが今回目立っただけで。
エリーも色々考えてますが、財閥の代表代行として活動してきたマサト&ロゼッタが、アキに甘い、と結論付けてしまうのは、やはり経験が足りないとこでしょう。
次回の投稿はニ月二日(日)二十一時五分の予定です。