9-8.鬼王レイゼン(後編)
前話のあらすじ:鬼王レイゼンとの会談が始まりました。雲取様に他の生き物が飛ぶことが気にならないと聞いていたので、空を楽しむ場とできるハンググライダーを紹介したところ、レイゼンもとても興味を持ちました。
さて、話が横道に逸れたから戻そう。
「国が荒れたとの事ですけど、どんな感じだったんです?」
僕の問いに、レイゼンさんは顔を顰めた。
「街エルフがそれを聞くか? もう少し歴史を真面目に学んどけ。鬼族の国々が大きく乱れて連邦制を取ることになった大事件、銃弾の雨だ。俺が手も足も出なかった上の世代の連中が軒並み、銃弾に倒れて戦線は大きく後退し、その対策に若い連中も根刮ぎ動員される事になった。幸い、鹵獲した銃をこちらも作りあげて、最終的には押し返したが、そこに至るまでには、かなりの危ない橋を渡る羽目に陥った。俺はたまたま生き残ったが、実力は三割、後の七割は運だったと今でも考えている」
うわー、また、それか。リア姉が覚えておけという筈だ。
「不勉強ですみません。小鬼族相手に猛威を振るったとは聞いていたんですけど。あ、そう言えば、鬼族の手練も銃弾に倒れた者が多かったとも教わってました」
「……まぁ、昔話だから知らないのも無理はないか。アキは街エルフだから、俺に対して思うところもないんだろうが、これが人族なら恨んでる奴らも多いだろう。戦線を押し返す為に、やられた数の十倍はやり返したからな」
うわー。……でも、同じように銃を使うなら、そんなに差がつかない気もするけど。銃は力の弱い女、子供でも戦士を殺せるのだから。
「それ程、強みを発揮したのは何故ですか? 同じ銃を使うのに鬼族の方が、銃撃が上手だとか?」
「俺達の銃は、鹵獲したままでなく、俺達に合わせて作り直したからな。射程も威力も命中精度もこちらが上になった。重い銃弾の方が風の影響を受けないから、遠距離狙撃ならよく当たったんだ」
体力が段違いだから、人なら反動に苦慮する大口径銃でも軽々と使いこなしていた、と。
「鬼族が巻き返したのは、遠距離狙撃戦で撃ち勝ったからですか?」
「それと抑制器を導入したのが早かったせいかもしれん。途中から、銃撃と大規模魔術を組み合わせたり、不意を突いて困難な地形の方向から侵入して混乱を拡大しながら敵部隊を中から崩壊させたりと、思い付く限り色々とやったからだ。……しかし、こんな話聞いてて楽しいか?」
鬼族と言っても、女の子はそこまで戦に興味はないようだ。
「本当の戦場、殺し殺される極限の状況を抜きにすれば、互いに知恵を絞って、相手を出し抜こうと争う様は興味を惹かれるものがありますから。戦争のない時代を平和と呼ぶ、だから人は平和を望むなら戦争を知らなくてはならない――そう思います」
僕の話を聞いて、レイゼンさんは感心したように目を細めた。
「至言だな。それもあちらの思想か」
「地球では、世界中を巻き込んだ大戦が僅か二十年程しか間を置かず起こりました。一度目で、人々はもう二度とこのような凄惨な戦争を起こさぬよう誓ったにも関わらず、です。その為、人々は大いに悩み、結果として、戦争に至らない状態が続く事、それを平和と呼ぶのだ、との考え方が生まれました」
「セイケンの報告書にあった、あちらの歴史か。それはあちらの人間達の性質による物ではないんだな?」
地球の人間が本質的に戦闘民族である可能性もないとは言えないけど、そこは藪蛇だから伏せておこう。
「女子供でも僅かな訓練で敵を倒せる銃や砲があり、人々に銃と弾薬を行き渡らせる生産力があり、前線に速やかに増援を出せる輸送力があり、医療の発達で、多少の怪我人であれば後方に送って治療し、傷が癒えれば戦線に復帰できるとして、局地戦で多少負けた程度で降伏する国などある訳がありません。まして、利害の一致する離れた国同士が密に連絡を取り合い、共同して戦えるとなれば、互いに手を組もうと他の国を誘い、脅し、助けを乞います。かくして、そんな国同士の利害の連鎖は多くの国を巻き込む世界大戦へと至るのです。同じ条件が揃えば、こちらでも同様の事態に陥るでしょう」
僕の説明をレイゼンさんとお爺ちゃんは神妙な顔で聞いていた。鬼族連邦も別々の国がそれでは対応できなくなって、手を取り合った結果生まれたから、多数の国が連携する果てに何があるかイメージできたんだろう。
お爺ちゃんの方も、周辺国が手を組んで襲いかかってきた件もあり、隣接していない国々まで手を結んで支援するような未来を想像すると、これまでは容易に撃退できていたけど、これからもそうとは限らないと理解したからだろう。
「国がそれ以上、戦えなくなるまで戦争を続ける総力戦、だったか。……こちらもいずれそうなると言われても、なかなか想像し辛い話だ」
まぁ、そうだよね。ただ、その話には先があるから、それを示して希望としよう。
「ところが、地球では更に技術が進むと、別の流れが生まれました。兵器が高度化し、より短時間に、より正確に攻撃する事ができるようになると、互いにより高度な兵器を作るようになり、兵器の配備数がどんどん減少していったんです」
「数がいなけりゃ、必要な場所に配備し切れないんじゃないのか?」
「互いに相手の動きを察知できるようになり、軍を素早く移動できるようになると、必要な数を必要な時に、必要な場所に速やかに展開する事が求められるようになります。武器の威力が上がり過ぎて、城砦に篭っても建物ごと粉砕されてしまい無意味。そして、こちらでも単なる魔剣より、街エルフの投槍が数段高価で、製造も手間がかかるように、高度な武器は、その質によって簡単に量を圧倒するようになりましたが、何せ高価なので数を揃えるのも大変で、生産にも時間が掛かるようになりました」
「ほぉ。そうなると総力戦の前提が崩れるな。減った分がすぐ補充できるから互いに削り合う消耗戦になる。だが、今の話なら、高価な武器はすぐ補充できない。それに複雑な武器を使いこなす兵を育てるのも簡単とはならん。なら、戦争は長期化できない。睨み合いの時間が増えて、いざ武器を使い始めれば、決着はすぐ着く、そうだな」
見事!
「その通りです。更に百発百中の高度な兵器は、森エルフが矢を放つように短時間に多目標に正確に撃てるようになりました。大型帆船にギッチリ詰めた兵器を全て撃ち尽くすのもあっという間です。そうなればどうでしょう? 鬼族連邦で部隊相手に使うような大物の魔導具をそんなペースで使ったら、すぐ武器庫は空になるし、国庫もそんな支出に耐えられる訳がないですよね」
「そりゃそうだ。で、ならアキはこちらはどう歩んでいくのがいいと考えるんだ? 世界大戦なんて話は絶対避けたいぞ。盛大な無駄以外の何物でもない」
まぁ、そうだよね。
「例えば銃ですが、あれはある意味、簡素な作りです。銃の運搬、目標の発見、敵への照準、高低差や風の影響を考慮した照準の補正、発射、発砲に伴う反動の制御を全て射手に依存しています。このレベルの武器は高度化するにも限りがあり、武器がここで留まるなら、生産力でいくらでも供給可能、という段階です」
「それで、次はどうなんだ?」
「今度は高度な戦闘の典型例として、飛行機同士の戦いでお話しします。まず、互いに雲より遥かに高い高度を、音の速さで飛びながら戦います。当然、人にそれができる訳もなく、先ほど見せたハンググライダーに推進器を付けて機体を金属製にして、風除けの風防をつけて、目視できない距離を捜索する魔導具を載せて、高空は寒いのでパイロットが寒くなく呼吸できる道具も載せて、とただ移動して敵を見つけるだけで、沢山の工夫を満載した乗物、飛行機が必要になります」
「聞いてるだけでややこしい乗物だな。その話だとさぞかし高価なんだろうな」
「十機で、大型帆船に匹敵すると考えれば良いでしょう」
「なんだと? さっきの話だと、飛行機は操縦者が一人、二人乗るだけじゃないのか?」
「海の戦いが大型帆船を最低単位とするのと同じように、空の戦いは飛行機が最低単位なんです。人が目視で飛んでいた時代は何万機と互いに作って落とし合いましたが、性能が高まりまくった現代ではせいぜい数百を配備するのが限界ですね。それも一億を超える国民を抱える大国であって、です」
「そりゃ、そんな乗物、歩兵を並べるのとは訳が違う。それほど複雑なら作るのに時間がかかるのも当然だ。で、そんな乗物同士が使う武器も半端ないんだろうな」
「目に見えない程遠距離にいる敵を認識し、敵に向かって舵を切る制御を行う魔導具と、音の何倍も早く飛行させる使い捨て推進器と、敵の近くにきたら爆発して撃ち落とす爆弾がセットになった武器、ミサイルで互いに戦います。互いに見えない距離から撃ち合い、見えない距離の情報を伝える魔導具を頼りに、より優位な位置を取ろうと足掻き、ミサイルを欺瞞し、それでも無理ならミサイルから逃れるよう無茶な機動をして、という争いになります。そして、互いに五機、十機と編隊を組んで、集団戦で敵を殲滅しようとするんです」
人が、誘導術式付きの矢を放つのと、やってることは変わらない、人の動きが音より早くなり、放たれる矢は更にその何倍も早い、というだけですから、と補足した。或いは天空竜が自分達より素早く飛翔する誘導魔術を撃ち合う様を想像して貰えれば、だいたい合ってるとも。
レイゼンさんは考えるといって、暫し目を閉じていた。五分程して目を開けたけど、そこに困惑の色はなし。
ほぉ。
「――戦場も弧状列島を俯瞰するような範囲に広がりそうだが、ミサイルとやらもそう遠くまでは飛ばんのだろう? 互いに届く位置まで音の速さで距離を詰めたら、すぐに敵味方入り乱れた乱戦になっちまうんじゃないか?」
凄い理解力だね。空軍主体の妖精族ならともかく、陸軍と小さな海軍だけの鬼族でここまで、先をイメージできるなんて、英傑と呼ばれるのは伊達じゃない。
「そこは儂らの場合と同じじゃろう。敵味方の動きを注視して、何処に誰が行って戦うか、指示する役がいるんじゃよ。そう言った役がいなければ、収拾がつかんじゃろうな」
先制を加える役、敵をかき乱す役、追い討ちをかける役を空域に向かわせて、相手を追い込み、選択肢を奪い、叩き落とすんじゃよ、とお爺ちゃんが自慢げに話した。
同じ空域でかち合う相手が妖精族にもいるのかな? 集団戦の話がこうもスラスラ出てくるとなれば、群れを作る空飛ぶ魔獣とか、いるんだろうね。
別の機会に聞いておこう。
「そして、そんな高機動な戦闘は、互いに持つ武器の数にも限りがあるので、交戦が始まればさほど時間を掛けず戦闘は終わります。人同士みたいに少し休めば体力回復して、とはなりませんから」
「そんな戦場なら、長期戦は無理だな。つまり、アキは、銃で戦う技術の段階から、飛行機、それも魔導具頼りで戦う段階まで、進む事ができれば、世界大戦は避けられると言いたいのか」
「はい。各地で小競り合いはあるでしょうけど、国同士の戦いとなれば、戦争開始時に互いに備えていた武器で戦い、それが尽きたら戦争継続は不可能になります。そもそも、互いの武器の技術レベルに差があれば、一方的な殲滅戦になり、やはり長期戦にはならないのです」
「なら、俺らが目指すのはそこだな。頭数が少ない分、技術で相手より大きく優位に立てなけりゃジリ貧だ。だが、小鬼族のように相手も模倣してくるんじゃないのか?」
「あるレベルを超えると、模倣できなくなるんです。必要な製造機械も、材料も、求める品質が極限に達して、設計も精緻を極めて、必要とする技術の裾野が広大になります。大規模施設が必要になり、資金も沢山必要になって、設計技師も大勢必要になり、多少の天才を集めた程度では、まるで手が届かなくなります。地球でも国は三百近くありますが、先程の飛行機を作れる国は、十に満たない程度です」
こちらで、大型帆船を建造、運用できる国が殆どいないのと同じだ、とも補足した。
「聞いていると、その飛行機という奴は街エルフの大型帆船のように、船体も帆も備品も全てが魔導具なんてイカれた仕様なんだろう? なら、殆どの国で手が届かないのもわかる」
なんか凄い言われ様だ。
「すみません、鬼族の帆船はそうじゃ無いんですか?」
僕の問いに、お爺ちゃんも同じ疑問を持ったようで、答えに興味津々だ。
そして、そんな僕らを見て、レイゼンさんは額で手を当ててオーバーに嘆いてみせた。というか、子供相手にするように、相手が理解できるよう、わざわざ身振りを加えてくれてる感じだ。
「いいか、アキ。それに翁。悪気が無いのはわかる。小鬼族も鬼族も大洋を渡れる大型帆船は機密中の機密だ。詳しい事は知りようがなく、知ってたら逆に驚きだ。だがな、必要だからと青天井で何でも最高のモノが揃うと考えるのは大間違いだからな。翁もロングヒルで人族と交流してみて、街エルフのおかしさくらい理解してるんだろ?」
僕は思わず、お爺ちゃんを見た。
「街エルフは長命故か、どんな品でも手を抜かず、丁寧に作っておる印象は持ったのぉ。それにもしもの事態への備えも、かなり神経質に行ってるとは思った。じゃが、さほど頑健で無く長命な種族となれば、慎重になるものと理解はできるぞ?」
なんか、言葉を選んでコメントしてくれた感じだ。
「だいたい、アキ、お前さんが詳しいあちらの話と比較して、過剰と思わないか?」
レイゼンさん、そこはかなり拘りがあるみたいだね。んー、そうだね、どうだろ?
「僕は魔導具に触れると壊してしまうので、身近に魔導具がある生活というのもよく知らないんですよね。だから、感性がズレていると思います。魔導具抜きの話なら、僕の身の安全を守る為に色々と対応して貰ってますが、地球との比較で言えば、重要人物クラスなら確かに行う警備なので、それ程、過剰とは思いません」
僕の説明に、レイゼンさんはマジかよ、なんて呟いた。その反応は素だね。
「地球では耐弾障壁もないので、遠距離からの狙撃や、誘導兵器による爆撃、地面下に埋めた手製爆弾(IDE)なんかで、簡単に殺害されてしまいます。だから、狙撃ポイントを全て潰し、飛行を制限し、予め、移動経路に置かれた車両とか下水道とかも全て調べて怪しい物は撤去しておくんですよ。人族は、鬼族ほど頑健じゃないし、妖精族のように反射的に障壁を展開できる程、危険への即応性もありませんから。護衛の皆さんのノウハウは、何千年と殺し殺されて積み重ねてきた経験から導かれたモノですから、お二人には過剰に思えるかもしれませんが、必要な事なんです」
僕の説明に、お爺ちゃんはなるほどのぉ、と納得してくれたけど、レイゼンさんはまだ納得し難いらしい。
なので、許可を得て、ジョージさんにコメントしてもらう事にした。
「アキの告げた事は事実です。人族の市民は、武器を持っても野生の猪を相手に苦戦します。そんな弱い者を護る、それが我々の責務です」
「そんなに弱いのか?」
嘘だろ、と言いたげだ。
「猪、強敵じゃないですか。頑丈な頭骨は槍で突いても下手をすれば弾かれるし、突進を喰らえば、大怪我ですよ」
僕の説明に、レイゼンさんは考え込んでたけど、暫くしてやっと納得してくれたようだ。
「そんな弱いのは鬼族なら幼児くらいなもんだが、鬼族も幼児は危険なところからは遠ざける。そうか、人族の基準はそこか」
竜族ほどじゃないにせよ、種族差はかなり大きいっぽいね。
「鬼族はとても頑健で魔術も得意だから、人族とは判断基準も重要視するポイントもかなり違いそうですね。レイゼン様、今後の交流では常識と思う事でもちゃんと意見交換していきましょう。幸い、体の大きさが極端に違う竜族と妖精族がいるので、相手の常識が自分達とズレていることも想像しやすいと思います」
例えば、と言うことで、瞬間発動の魔術使いたる妖精族からすれば、相手が発動しようとしている魔術に、こちらの魔術をぶつけて潰す技は子供同士の遊びですけど、こちらではそんな曲芸じみた真似ができるのは極一部の魔導師だけですよね、と説明してみた。
「おい、ケイティだったか。火球でいいから翁に撃ってみてくれ。消すところを見てみたい。翁、どうだ?」
「いいじゃろ。ケイティ殿、宜しく頼む」
お爺ちゃんが杖を振ってやる気を見せたので、ケイティさんは射線上から僕とレイゼンさんを外す位置に移動すると、呪文を唱えた。
『火球連弾』
ケイティさんの構えた杖の先から次から次へと火球が生まれて、体のあちこちを狙うように僅かにズレた軌道で、お爺ちゃんへと殺到した。
「ほれ」
それでも、火球が飛んでくるペースより早く、お爺ちゃんは次から次へと妖精の槍を生成して射出し、危なげなく全てを迎撃した。
「お爺ちゃん、魅せるねー。本当は術式の起点の方を壊すこともできたんでしょう?」
「うむ。じゃが、それだと華がないじゃろ?」
などと言いつつも、ドヤ顔でレイゼンさんに褒めろ、とアピールしてる。
「見ると聞くでは大違いだな。ついでだ。起点を壊す方もやってみてくれるか?」
レイゼンさんも口調から驚きが感じられた。やっぱり鬼族にも凄技に見えたようだ。
「ケイティ殿、杖の先は少し位置をずらしてくれるかのぉ。万一に備えてじゃ」
お爺ちゃんの指示通り、ケイティさんは構えた杖の先端を体の中心軸からズラして、再び唱えた。
『火球連弾』
でも最初の火球が生まれて射出される前に、お爺ちゃんの放った妖精の槍が、杖の先端の術式起点を撃ち抜き、ケイティさんの術式は崩壊して、火球も消えてしまった。
「お見事! でも確かに地味だね」
「じゃろう? やはり演出は大事じゃからのぉ」
レイゼンさんは心を落ち着かせるように緑茶を飲み、それからゆっくりと口を開いた。
「ケイティ、翁、いい物を見せて貰った。感謝する。確かにそれぞれの常識はかなりズレてるようだ。今後の交流では注意していく事としよう。ついでだ。俺が確認したい話を聞いておくとしようか」
なんだろ?
「アキ、お前さん、かなり無理をして空元気を出してるな。大切な姉がいない、助けたい、それでそこまで心が危うくなるモノなのか? それも種族差か?」
揶揄うでもなく、拒絶するでもなく、ただ、確認する為にレイゼンさんは問い掛けてきた。
レイゼンさんが英傑だから、という話じゃなく、もっと根本的な話だね。
というか、殆ど接点がないのにそれを見抜くかぁ。過酷な戦場を何度も経験してきたから、相手の危うさを見極める目を持っているのかな。
しかし、何故、か。
うーん、どう説明しよう?
「……竜族の方にも言われたんですよね。種族差は大きいと思います。独立独歩の気運が強い竜族も、人族よりずっと頑健な鬼族も、圧倒的な魔力で簡単に危険に対応できる妖精族も、人族ほど互いに助け合わなくても、なんとでもなるから、身近に誰かがいない事の不安はずっと少ないんでしょう。小鬼族は死亡率の高さから死生観が違うので、そういう物と割り切っててやはり違いますね。歩んできた人生の長さも関係しているでしょう。姉のミアとの記憶は僕の人生経験の半分以上を占めています。その相手がいなくなれば、心に大きな穴が空く事は想像して貰えるかと思います。後は、僕がそもそも誰かがいなくなるような経験をこれまでしてこなかったという事もあるでしょう。こちらではあまり無い話ですよね」
僕の話を二人とも静かに聞いていた。
レイゼンさんが沈黙を破った。
「……多少は想像できる。俺も幼い頃、兄弟の様に共に育ってきたペットの犬が老衰で死んだ時には、なぜ同じ時を歩めないのかと悲しんだものだ。時間感覚も幼い頃の一年と、大人になってからのそれでは大きく違う事もわかる。だが、共感するのは難しい。アキ、今後、我らとの話し合いで、何かズレを感じたら、必ず相手に、その場ではっきりと、それを伝えろ。街エルフの魔導具に対する感覚、妖精族の魔術感覚、鬼族の脅威への感覚、小鬼族の時間感覚、どれもがまるで異質で、他の種族は共感はできん。だが、理解はできる。いいな」
まるで我が子に言い聞かせるように、レイゼンさんはゆっくりと言い聞かせてくれた。
「御忠告ありがとうございます。気をつけるようにします」
僕が理解してるか見通すように、こちらを眺めた後、レイゼンさんはまだあった、と口にした。
「それと、アキ。お前さんの世界観、視点、その元となるあちらの話、マコト文書の語る内容も、同様だ。共感はできんし、理解できる者も一握りだろう。相手の理解を確認して必ずズレはその場で埋めろ」
なんか、危険物扱いだ。
「なんか危険物みたいな物言いですね」
「はっきり言ってやるが、お前さんの知は猛毒だ。卓越した医師が慎重に投与すれば薬にもなるが、並の医師に扱える代物じゃない。それとな、何百年という未来を見据えて、現実の問題に対応していけるような奴はそうはいない」
「でも、こちらに来てる皆さんはお話ししてて理解を示してくれてますよね?」
「政に携わってる連中はそれが仕事だからな。それでも、弧状列島の統一などと言う話を現実の課題として考えてきた奴なんざ一人もいなかった。いいな、俺も含めて、理解はできるが、共感はできてない。それを忘れるなよ」
レイゼンさんは、物分かりの悪い子に言い聞かせるように、改めて話してくれた。
マコト文書抜粋版とか、マコト文書の語る未来とは、とかそんな感じで書籍で啓蒙活動とかした方がいいかも。下手に一部だけ理解されて変な方向に暴走されたりしたら厄介だからね。
それはそうとして。お礼は言わないとね。
「レイゼン様、重ね重ね、御助言有り難うございます。……初めはここまでお話しするつもりはなかったんでしょう?」
「ライキとシセンから話を聞いて、当面、命を預ける事になる相手を見極めておこうとは考えてたが、ここまで話してやるとは俺も考えてなかったな」
「ならどうしてです?」
「感覚のズレがとても大きい事を理解したからだ。それとまぁ、子供相手なら怪我を防ぐ程度には気も使うさ」
子供、か。
「子供でしょうか」
「アキは成人の儀を迎えてもいないんだろ。なら、誰が見ても子供だ」
それを言われると、反論しようがない。
「子供が、子供でいられるのは幸せな事じゃよ。どうせ、嫌でもいずれは大人になるんじゃ。なら、子供のうちは、子供にしかできない事をしておいた方が良い」
お爺ちゃんがふわりと近づいてきて、頭を撫でてくれた。
◇
それから、レイゼンさんは聞きたい事は聞けたから後は時間まで何でも聞け、と言われたので、遠慮なく話を聞いた。
昔話の英雄のように、危機を救って姫君を娶ったり、彼に惚れた女性の熱意に負けて嫁としたりと、様々な縁があって、お嫁さんが五人もいると聞いて、お爺ちゃんと一緒に盛り上がった。
妖精族では妻を二人娶る事はかなり稀で、更に平等に扱わねばならず、それを可能とする男はそうそういないんだそうだ。
レイゼンさんに聞いてみたら、もうこれ以上の妻はいらん、と言ってた。凄いなー、ハーレムだ。
因みに男の夢とか言うけど、実際はどうか聞いてみたら、面倒事は奥さん達の方で調整して対処してくれてるから何とかなってるだけで、殆どの事は口を出さないらしい。
「良くできたお嫁さん達ですね」
「俺の自慢の女達だ」
レイゼンさんも誇らしげにお嫁さん達について、それぞれの良さを語ってくれた。
もうお腹一杯、と思える程の嫁自慢で、結局、子供達とか孫については殆ど聞けなかった。
色々あったけど、かくしてレイゼンさんとの会談も無事終わった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
鬼王レイゼンとの会談も色々ありましたが、お互い得るモノは多かったようです。自分の種族の常識が他の種族のそれとは大きく違う、ということをレイゼンも翁とケイティの実演を観たことで、はっきりと理解しました。
報告で知っていたつもりでも、実際に眼前で観るのでは受け止め方は大きな差があったことでしょう。
次回の投稿は一月二十九日(水)二十一時五分の予定です。