9-2.互いに魅せ場のある戦い
前話のあらすじ:人類連合の大統領ニコラスとの会談もいろいろありましたが、無事、乗り切ることができました。(アキ視点)
二時間近いニコラスさんとの会談も、終わってみれば双方とも得るモノも多かったし、いい感じに終われたと思うんだよね。
ただ、昼食を食べた後、反省会をします、とケイティさんにリビングに連れて行かれた。
反省、なんだろ?
◇
リビングには、ジョージさんとアイリーンさん達女中三姉妹がいるけど、他のメンバーは特にいない。
それ程、大事と言う訳ではない、かな。
テーブルの上には、愛用の籠の中で、トラ吉さんが丸くなっている。耳はこちらに向けてるから、話は聞くようだね。
お爺ちゃんも、自分用のテーブルセットを用意して、ちっちゃな椅子に座った。
ジョージさんの前にも緑茶が置かれている。少し長めを覚悟した方がいいかも。
「そう警戒されなくても平気ですよ、アキ様。大事なら家族の皆様や調整役の方々にも同席して貰いますから」
ケイティさんに促されて、座ったけど、女中三姉妹は記録係に徹する感じだね。という事はケイティさん、ジョージさん、お爺ちゃんが話したい、そんな事と。
「それで、反省会という事は、先程のニコラスさんとの会談の事ですよね?」
「その通りです。事前の情報もあり、互いの立場の差もあり、提示できる手札の差もあり、ある意味、初めから結果の見えた会談でした」
彼は政治基盤が弱く、対外的に自分の裁量で合意できる範囲がとても狭い。しかも僕相手となると、切れるカードもなし。僕が人類連合を特別視していないのも知っているし、やり辛い事この上なしだったと思う。
「彼が人材派遣とその人事権を持つ事を断る事はまずなかったでしょうね」
ケイティさんは僕の言葉に頷くと、ホワイトボードに、「勝利の見えた会談」と書いた。
ふむ。
「では、アキ様。私達が問題視した事があります。わかりますか?」
なんだろ。
うーん、彼からすれば予定外のお土産も手に入ったのだし、そんなにミスってないと思うんだけど。
「目立った衝突もありませんでしたし、ニコラスさんの心証もそう悪化はしてないと思うんですが、どうでしょう?」
「それはニコラス氏がかなり配慮してくれたからです。アキ様、彼とは個人的な会談という形式だった事もあって、あまり配慮されてませんでしたよね? 彼が人類連合の多くの国の代表であり、彼の後ろには何百万という人々がいる、その事を」
「大統領である事を忘れたりはしなかったですよ?」
「でも、そんな役職に就いている小父さんくらいに思ってましたよね。想像してみてください。もし、彼との会談が演習場で行われて、会談の場の外に何千人という彼に従う部下達が控えていたとします。今回と同じ対応をしましたか? もう少し、彼に花を持たせようとするか、彼が代表として権威を失わないように配慮したのではないか、と。それと、片道十日間ほどかけて、遠路遥々やってきたという事も加味してみてください」
む……そう言われると、確かに少し対応が雑だったかも。片道十日間なら、海路で太平洋横断して、アメリカ大陸横断鉄道とか使ったらそんな感じかな。んー、それはもう少し歓待しないとマズかった気がしてきた。
「アキ、年寄りから言わせて貰うと、相手に対して優位にある時ほど、相手を持ち上げて対応した方が良いのじゃよ」
お爺ちゃんが、ニンマリと笑って教えてくれた。
「そうなの?」
「たとえば、我らが女王陛下が末端の兵士と話をする機会があるとする。そんな時、陛下はその兵士の名前や経歴、働きぶりなども頭に入れた上で話をされる。いちいち覚えている筈のない遥かに上の方が、自分の働きぶりを褒めてくれたら、兵士はやはり感激するじゃろう?」
それなら判る。天皇陛下に園遊会で話し掛けられると、普段、インタビューとかに慣れてる人でも、それだけで頭が真っ白になるなんて話も聞いた事があるし。
「そんな上の人が自分の事を話してくれたら、それは嬉しいよね」
「アキは今回、ロングヒルに集った三大勢力の代表よりも上の立ち位置にいるんじゃよ。実際、誓いの儀では、皆を迎えて寿いだじゃろう?」
僕が上? 単なる繋ぎ役なのに?
「アキ様、あちらでもソビエトでしたか? 書記長が権力のトップにいたのでしたよね? まして竜族と人族は直接、交流する事は困難なのです。竜神の巫女はそれだけの重みがあるとお考えください」
うわー、よりによって、そこと同じって? 確かに悪意を持って情報操作すれば、同じようにはなるかもしれないけど、そんな気はないし、天空竜達も何かあれば、ひっくり返せる絶対的な力があるし、アレらと一緒扱いは勘弁して欲しい。
「強くて、我が道を行くのは竜族で、僕は単なる話し相手、旅芸人みたいな退屈を紛らわせる程度の役どころなのに、なんか不思議な感じです」
竜族からすれば、物珍しい話し相手、それが今の僕の立ち位置だと思うんだよね。
「実態はアキ様の言われる通りかもしれませんが、皆からすれば、竜族に働きかけて、実際に弧状列島の本島に住む天空竜達が、この冬限定とはいえ、その行動を変えました。確かに形式的には三大勢力が竜に誓いましたが、そもそもアキ様が繋がなければ、誓いの儀は成立しませんでした。いらした三人はそれこそが重要と理解されています」
むむ。なんかそう聞くと、そうなのかもって気もしてきた。
「そして、アキ。同じ情報を持ち、見た目は同じ結果を出しても、その内実が大きく違うという事がある。今回の件はまさにそれだ」
「それは?」
「アキは相手の事を全て把握していると示して、良い話があるが、やる気があるならどうぞ、と手を差し伸べた。だれかが手を取る事が重要で、それはニコラス氏でなくてもいい、と補足して。そしてニコラス氏はその手を取った。ここまではいいか?」
ジョージさんが今回の会談を総括した。
「はい、そうなりますね」
「今回、人不足解消の為には人類連合の誰かが話を受ける必要があった。また、所属している大国は国益重視ということもあり、誘う相手としては劣っていた。だから、アキは、初めにニコラス氏が制限のある中、奮闘している方なので、貴方にこの話を受けて欲しいと考えています、と告げる事もできた訳だ。それでニコラス氏が引き受ければ、結果は一見同じだが、ニコラス氏の心の内はどうだろうか?」
ジョージさんが示したのはほんの少しの差。
うーん。その場合だと……
「前者だとドライな関係で他の勢力に比べて優遇される訳ではないと思い気を引き締める感じでしょうか? 後者だと少しニコラスさんと僕の関係が近付いて、便宜は計ってもらえるかもしれないけど、危機意識は少し薄れるかも。どうでしょう?」
「その認識で合っている。それと人材募集の件で、誰かが行くと思うが、あまり興味がないと話しただろう? それも、控えていたケイティに話を振って、自分は行けないが、マコト文書に精通した人達に、ある程度の質疑応答ができるよう準備した上で説明しに行くと告げたなら? 両者は結果は同じ人選、同じ準備をして大会議場で説明をするだろうが、受ける印象はどうだ?」
ジョージさんの話を聞いて、ちょっとイメージしてみた。うーん、ちょい失敗したかな。
「後者の方が、人選を重視してる感があっていいですね」
「単に仕事があります、来たければどうぞと話すのと、簡単な仕事ではありません、しかし皆さんの力が必要なのです、と話すのでは受け手の印象も大きく変わる事でしょう」
聞いてみると、かなりやらかしちゃった感じだ。
「じゃが、儂らはこうなると予想はしていたが、止めなかった。実際、危機意識を持って貪欲に取り組まんと、人類連合の劣勢は今後も続くとも思ったからじゃ」
「予想してた?」
「皆の意見を集めてみましたが、賭けが成立しませんでした。我々スタッフ全員が、アキ様はやる気が薄いニコラス様に塩対応をするだろうと」
むむ、言い返せない。実際当たったし。でもやる気のない人を動かす手間に比べれば、他の人に頼んだ方がマシだと思うんだよね。
「アキ、儂らはな、別に行動を改めよ、と苦言を呈しておる訳ではないんじゃよ。ただ、遠路遥々やってきた何百万という人々の代表に対して、対応がちとドライではなかったか、切るか判断する前に期待しているとリップサービスをしても良かったのではないか、それを考えて欲しいんじゃ。同じ結果でも相手の心の内に何が残るか、そこまで考えるべきじゃろう。なにせ次は鬼族、セイケン殿の話では実力行使まで想定していた者達、できれば敵対的な結論に至らぬようしたいところじゃ。その次は竜族への認識が正反対の街エルフの老人達じゃろう? 雑な対応は先々、困る事になるのではないかと心配しておるのじゃよ」
お爺ちゃんがこれまでの話を纏めてくれた。
むむむ。これは確かにかなり問題だ。……でも先々?
「ねぇ、お爺ちゃん。先々ってどういう事?」
「竜神の巫女としての立ち位置、竜達の全容の不透明さからすれば、当面の間は、現状維持せざるを得んじゃろ。だから問題が出るとすれば先々なのじゃよ。皆の根底にあるのが疑念と畏れならば、先々、我々の手足を縛る方向に動くじゃろう。できれば、そうならないように手を打ちたいモノじゃて」
お爺ちゃんがそう話を締めくくった。
「短期間に次元門構築をして、後はお任せします、だと不味いって事?」
「上手く行けばそれで良いと思いますが、手間取った場合を想定しておいた方が、より策としては安心でしょう」
「俺の経験で行けば、上手く行くと思った時は、そのまま成功するか、想定外の何かが起きて酷い目に遭うか、どちらかだ。そして、次元門構築だが、見えてない要素がかなり多い。何かあると想定しておいた方がいいだろう」
ケイティさんもジョージさんが少し配慮した言い方で、もしもに備えるよう提案してきた。
……うん、そうだね。
前向きに考えられる要素は多いけど、かなり前倒しに話を進める事はできているけど、案を一つに絞るのは良くない。
選択肢が残るように、制限を受けないように、多くの人の協力が得られるように。
震える指先を握り隠した。
プランBがある、そう思えるだけでも気は楽になるのだから。
「アキ様?」
ケイティさんがそっと声を掛けてきた。
いけない、いけない。
思考がそっちに流れるのは駄目。楽観的な人がいるから、新たな道は切り開かれるんだ。
悲しい気持ちになるには早過ぎるんだから。
白竜ちゃんの時みたいに、深く考えて、泣き騒ぐような失態は避けないと。それにあの時、盛大にやらかした事で、だいぶ溜まっていたドロドロした感情が減ったと思う。
だから、大丈夫。
「……次は気を付けてみます。どうでもいいと考えている訳ではないのだから、後は伝え方次第。鬼族も別の面で問題を抱えてるから、そこを上手く伝えないと」
強引に気持ちを切り替えて、たらればの思考連鎖を無理やり断ち切った。他の思考に専念する様にすれば大丈夫。
どうせ、考えても答えは出ないのだから、今からあれこれ心配しても時間の無駄だ。
だから今は、この冬の誓いの儀の期間中は、次元門構築の話は考えない。メンバーが揃って正式発足するまでは棚上げ!
「ニコラス様には我々からフォローしておきますので、ご安心ください。今は彼の好意に甘えましょう」
ケイティさんの提案に僕も異論はなく、素直に頷いた。今はなんか駄目。
山積みの問題に目を向けたら、きっと思考のマイナススパイラルが終わらない。
……それは避けないと。
アキはまぁ及第点かなーとか思ってたニコラスとの会談も、ケイティ達から見れば、いろいろと問題だらけのようで、アキも今回のことで色々と学んだことでしょう。
ハヤト&アヤもアキに老人達との会談前に、できるだけ経験を積ませようと調整したおかげで、次は鬼族の武闘派ライキ&穏健派シセンとの会談です。
少しでも上手く行くといいですね。
次回の投稿は一月八日(水)二十一時五分の予定です。