2-10.新生活二日目④
午後は、館の裏手のほうにある射場に移動した。表の庭と違い、防竜林の四ブロック程度を部分的に繋げて、遠距離射撃の訓練ができるスペースを確保している。その一角に、大きなテーブルが置かれていて、その上には僕の身長ほども長さのある金属製ケースが置かれていた。また、庭の片隅には飾り気のない人形が吊るされている。
今回はジョージさんだけでなく、ケイティさんも一緒に来ている。
「アキ、それでは今日では廃れてしまった銃と、銃を過去のものとした耐弾障壁について講義する」
「よろしくお願いします」
「まず、あそに吊るしてあるのは、射撃訓練用のダミー人形だ。銃撃の効果と、耐弾障壁を発生している場合の違いをあれで確認する」
単なる的ではなく、人の絵の描かれたマンターゲットでもなく、実際の人型を使うというのは、すごくリアルに感じる。
「そして、今回使う射撃武器がこれらだ。まずはライフル銃。保存会から借りてきた本物だ。それから、リボルバー拳銃。これも本物でやはり同じところから借りてきた」
大型の金属ケースにぴったり収まる緩衝材に包まれていたのは、木製曲銃床で細長いライフル銃だった。立てれば僕の肩くらいまではありそう。ボルトアクション式だ。そして、黒光りする金属製のリボルバー拳銃も置いてあった。スイングアウト式の弾倉で日本の警察官が持ってる奴より一回り大きい感じだ。
「拳銃のほうは亜音速弾で、ライフル銃のほうは使用が禁止されている超音速弾を撃てる」
取り出された金属薬莢の弾は、センターファイヤー型の雷管を使うタイプのようで、洗練された形状をしている。それに剥き出しの鉛ではなくフルメタルジャケット弾だ。やはり技術力は高い。
「今回は教育用ということで特別に発砲許可を受けている。もちろん、周囲に竜がいないことは昼の時点で確認済みだ。もし竜の飛行が確認された場合には連絡が届く手筈も整えた」
銃声一発で竜の襲来なんてことになったら大変だ。僕も思わず緊張して強く手を握り締めてしまった。
「それで、その横に置いてあるのが現在、一般的な軍用のコンパウンドボウガンだ。手はもちろん足を使ってもコッキングは難しいんだが、肩当部分に内蔵されているドロー牽引機構があるから問題ない。矢はこの通り、全体が重い金属製で先端から矢尻までの表面に刻み込まれた障壁貫通術式が、耐弾障壁を貫く仕組みになる。それとボウガンのほうも、加速術式の魔術が刻んであって、弓の力と合わせて矢を加速して撃ち出す構造になっている」
置かれているのは、スコープ付ライフル銃から銃身を取り外して代わりに滑車付きの弓をセットしたような形状のボウガンだ。確か滑車のおかげで普通の弓よりも弦を引きやすくて、矢を打つために保持する時の力が小さくて済むというものだったはず。
僕の腕と同じくらい長さがある矢の表面にはびっしりと細かい文様が刻まれていて淡い光を放っている。矢自体が魔導具のようだから、弾幕を張ったり、雨を降らせるような撃ち方はしないんだろう。
「魔導具だからアキは決して触らないように。こいつに刻まれている術式は限界まで削った最小限のもので、これでも命中時の僅かな時間しか術式を発動できない代物だ。だから、術式を付与した重くて長い矢を撃ちだすのに、こんなでかいボウガンが必要になってくる。弓の張力を強くするのにも限界があるから、わざわざ加速術式まで併用して射程を伸ばしている、とまぁ、そんなもので、一見、原始的に見えるかもしれないが、実際はこちらのライフル銃のほうが骨董品で、わざわざ保存会から借りてくるようなものなんだ」
やっぱり、ジョージさんも男だからか、こういったメカメカしいものは触っていると楽しいようで、いつもより饒舌だし、表情も楽しそうだ。大人の男って感じのイケメンなのに、こうして話している表情は少年のようだから、聞いている僕も楽しくなってくる。
「それで、こいつが耐弾障壁を展開する護符で、万一の事態を考えて護符が破損することを防ぐ防弾ケースに入れて人形の首から下げる」
護符は掌サイズの小ささで、表面に描かれた魔法陣が僅かな光を発している。そして、その護符を入れるケースがゴツイ。日本でも売られていたライフル銃で撃たれても大丈夫なスマホケースにも匹敵する分厚い金属製ケースだ。首にかけていたら重さで首がおかしくなると思う。
「で、最後に射撃前にこいつをつけて貰う。エルフ族用のイヤープロテクターと、ゴーグルだ。銃の発砲音はドワーフ族でも難聴になるほどで、小さな音も聞き逃さないエルフのような種族は特に深刻な影響が出るからきちんと装着するように。ゴーグルも発砲時のガスや空薬莢から目を守るのに欠かせない」
手渡されたイヤープロテクターは街エルフの長い耳全体もカバーできるもので、付けてみると耳の動きが阻害されてかなり邪魔臭い。邪魔臭いけど、大きな音は確かに危険そうなのでしっかり着ける。ゴーグルも目の周りをしっかり覆うタイプで、結構重さもあるけど、安全性のためだから仕方なし。ついでに渡された帽子も被って準備完了だ。
ケイティさんが僕の前の地面に、細長い杖を突きたてて小さく何か唱えた。すると、僕とケイティさんを囲むようにうっすらと膜のようなものが展開された。まるで大きなシャボン玉の中にいるかのようだ。
「念のため、こちらにも耐弾障壁を展開しておきます。それとアキ様、失礼します」
そういって、ケイティさんが後ろから僕を両手で抱き締めてきた。肩をしっかり押さえられて動けない。
「あ、あの、なんで!?」
「アキ様が触れると、その杖が壊れてしまいますので。念のためです」
「触りませんよ」
「大きな音がするので、そのつもりがなくても動くことがあるんですよ。ほら、子供が驚くといきなり暴れたりすることがあるじゃないですか」
「そこまで小さい子じゃないですよ」
「そうですね」
そう言いながらもケイティさんはまったく離すつもりはないらしい。
「では、まず、障壁なしでの銃の威力確認からいこう」
ジョージさんがライフル銃を構えて引き金を引いた。覚悟していたのにかなり大きな発砲音に体がびくっと揺れてしまい、ケイティさんに抑えつけられた。イヤープロテクター付きでこれでは、難聴になるというのもわかる。銃が廃れてくれたのは本当に良かった。
銃弾はダミー人形の腹部に命中して大穴を開けていた。人の形をしているせいか木製なのに酷く生々しい。
ジョージさんが、分厚い防弾ケースに入れられた護符を、ダミー人形にかけて戻ってきた。
見た目には何も変わらないけど、こちらの防弾障壁とは違うんだろうか。
「ジョージさん、あちらはシャボン玉の膜のようなのが見えませんけど、あれで既に稼働しているんでしょうか?」
「あぁ、それか。その杖はかなり非効率ではあるんだが、常時、防弾障壁を展開しているから、虹色の膜が見えるんだ。あちらは、警戒術式が展開されているだけで、弾を防ぐその瞬間まで、防弾障壁は展開されていない、だから今は膜は見えないんだ」
「なるほど」
「では、次は拳銃で撃ってみよう」
両手で慎重に構えると、テンポよく六発撃ちきった。発砲されるたびに、ダミー人形の前に、泡のような膜が現れて、着弾と同時に小さな文様が浮かび上がるけど、それだけで、ぽとぽとと勢いを失った銃弾が落ちていった。
それにしても、文様の出ている場所の散り具合は撃つたびに上に行ったり、左右にずれてと安定しない。
「拳銃は当たらないとは聞いていたが、確かにこれは難しい。よくこんなもんを使ってたな」
素人では三m先の牛にも当たらないというけど、正にそんな感じだった。初めてならそんなものかも。
「では、次は現代の軍用ボウガンで射撃をする。一発しか撃たないから良く見ておくように」
「もしかして、高いんでしょうか?」
なにせ、消耗品なのに魔導具という時点で、きっと高額だろう。
「これ一本で、一カ月の給料くらいだ。なんだか高級品に見えてきただろう?」
ジョージさんは苦笑しておどけて見せた。矢一本でそんなにするんじゃ、気楽に撃てないのもわかる。
「では、始めるぞ。まず矢を装填する。ボウガンは空撃ちはできないから、普通は撃つと決めるその時まではコッキングはしない」
そう言って、矢をボウガンのスコープ下に押し込んでいく。良く見ると、空間鞄の魔法陣が見えたからそこに入れたっぽい。まるで手品だ。
ドキュメンタリーとかで観たクロスボウの装填だと、弦を引っ張って引き金に連動した金具にセットし、次に矢を番えて、最後に構える感じだけど、こちらでは違うようだ。
ジョージさんが真剣な表情で大型コンパウンドボウガンを構える。引き金を浅く絞ると、回転音と共に弓が一気に引かれて弦が金具に固定された。同時に魔法陣から出現した矢がセットされ、弓床全体に文様がうっすらと輝く。あれが加速術式という奴なんだろう。
「アキ様、ボウガンのほうではなく的のほうを見てください」
集中しているジョージさんの代わりに、ケイティさんに注意されて、僕は的のほうに注意を向けた。
「撃つぞ」
ジョージさんが宣言し、引き絞られていた弓が力を開放して、一気に矢を放った。矢は銀色の光の筋となって、ダミー人形正面に展開された耐弾障壁の膜に命中し、そのまま僅かな勢いの衰えも見せずにダミー人形を貫いた。
ダミー人形が大きく揺れて、衝撃の凄まじさを教えてくれる。
矢と膜の接触位置に文様も見えたから、耐弾障壁はちゃんと働いていたと思うんだけど、想像以上にあっけなかった。
アーチェリーの大会で撃っているのを見たことがあるけど、今の矢はその何倍も速かった気がする。加速術式の効果だろうけど、とんでもない性能だと思う。発射音も銃とは比較にならないほど静かだった。
「と、このように銃撃を無効化する耐弾障壁の普及によって、銃は引退を余儀なくされ、耐弾障壁を貫通できるボウガンが主力武器として配備されるようになった訳だ」
これじゃ、銃が骨董品扱いされるのも当然だろう。
「ジョージさん、あれってまだ障壁は生きているんでしょうか?」
「矢の術式は貫通する瞬間にしか効果を発揮しない。それにケースに守られた護符は壊れていないから、耐弾障壁はもちろん稼働している。念のため、ライフル銃で撃ってみようか」
ジョージさんはせっかくだからと、それからライフル銃で四発撃ちこんでみて、いずれも障壁表面で止まることが再確認できた。
「嬉しそうですね、ジョージさん」
もう、そんな少年のような顔をされると僕も撃ちたくなってきてしまう。資格か。いずれ欲しいなぁ。
「祭りとかでも撃つ様子を見てるだけだったからな。おまけに経費で落ちる。最高だ」
おもちゃを与えられた子供みたいだ。後ろから僕を抑えていたケイティさんが深い溜息をつく。
「最後に、やはり術式を付与したナイフだとどうなるかも見せておこう」
僕たちを伴って、耐弾障壁を展開しているダミー人形まで近づくと、まずは練習用のナイフを取り出して鋭く振りぬく。
ナイフが障壁に当たると、文様が浮かび上がって動きが止められた。
「このように、ナイフでも動きは阻害される。だが、こちらの中和術式付きのナイフを使うとこの通り」
別の術式が刻まれたナイフを取り出して、無造作に前に突き出すと、障壁に展開された文様が搔き乱されて呆気なくすり抜けてしまった。
「矢のほうは障壁に干渉して小さな穴をあけてこじ開けるイメージ、ナイフのほうは障壁に干渉して脆くして崩すイメージだ」
鉾と盾の戦いはいつまでも終わらない、と。あ、ちょっと気になることを思いついた。
「ちなみに、銃火器全盛の時代に終止符を打った現代魔術ですけど、やっぱり初登場した戦場では無双状態で大活躍だったとか?」
なんとなくイメージできるけど、念のため聞いておこう。
「耐弾障壁を搭載した魔導人形達の襲撃は、どれだけ射撃しても足止めすらできず鬼族達を恐怖の底に突き落としたそうだ。その光景を目撃した友軍の人類連合も含めて、その時の記憶は色濃く残っていて、今でも街エルフの魔導人形は、別名『殺戮人形』と呼ばれたりもするくらいだ」
あぁ、やっぱり。きっとこれも街エルフとして覚えておくべきことなんだろう。
「アキ様、その別名ですが、街エルフの方々にとっては忌み名であり、自分達では決して使いませんので、覚えておいてください」
「はい。やっぱり、自分が作った人形がそんな呼び方をされるといい気はしないですよね」
仕事をしてくれている女中人形とか、園丁人形とか、皆、しっかり働いてくれている良い子なんだから。
それにしても、街エルフ、ほんといろいろやらかしてるなぁ……僕も当面、その一員なのだし、気をつけよう。
次話の投稿は、五月六日(日)ですが、都合により十七時頃にします。
「小説家になろう 勝手にランキング」でIN(クリックしていただいた件数)よりも、OUTのほうが三倍くらい多くなっており(五月五日時点)、紹介効果が出ているようでホッとしました。応援ありがとうございます。
あと、今回からできるだけ投稿時に活動報告も書く方針としました。
追記:誤字、一部表現を修正しました。(2018/05/06)