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8-22. 福慈様は突然に

前話のあらすじ:小鬼皇帝ユリウスとの会談も波乱もありましたが、無事終わりました。一見、無害そうに見えるアキですが、その場で問われた帝国の未来への道筋を、即答して見せた事で、小鬼達に鮮烈な印象を与えたのは間違いありません。少しばかり畏れられてしまったようですが……

その日、立ち合いに来ている青竜さんの暇潰しに付き合ってお話して、結構な時間、対応したので、そろそろ帰ろうとした時、青竜さんがふと、南の空に視線を向けた。


「どうしました?」


<妙だな。雲取様だ>


視線の先を見ると、黒い点のような状態から、真っ直ぐこちらに向かってきて、天空竜特有のフォルムも見えてきて、透明感のある黒い姿から、それが見慣れた雲取様であることがわかった。


「何か、急用でしょうか? 竜の皆さんからこちらに直接連絡が取れないのは不便ですよね」


所縁(ゆかり)の品を経由して、直接、心話で心を繋いでくるアキから見れば、不便やもしれぬ。だが、良かったではないか。私達から繋げられたら、アキは応対だけで生涯の全てを費やす事にもなろう>


青竜さんなりの冗談らしい。彼女はこういう言い回しが好みなんだよね。


「それは勘弁して欲しいなぁ。いずれ受付窓口を用意しましょう。心話式でない、応対する人がパンクしないで済む工夫付きで」


<あちらではどうしておる? 世界中が繋がるのであれば、工夫せねば、応対だけで手が埋まるであろう?>


「受付を多段にして、担当範囲を限定して、必要なルートにだけ中継する事で、作業量を捌けるレベルに抑えてますね」


<それでは、受付が無数に必要ではないか>


「一つの受付が千人を担当するなら、一千万台のコンピュータがあれば良い計算ですね。それに常時、皆が使う訳ではないので、実際はその一割、百万台程度でしょう」


<アキと話しておると、おかしな数が出てくるから面白い。世界を覆うには、それ程の数が必要か。まこと面白い……っと、雲取様が来られた。今の話はまた別の機会に聞かせて貰うとしよう>


「そうしましょう」


そうこうしているうちに、雲取様が僕たちの前にフワリと降りた。いつも通り、埃一つ舞うことのない繊細さだ。いいね。


「雲取様、予定の日はまだですが、何か急ぎの用ですか?」


<うむ。実はな、アキとの心話の話を聞きつけた福慈様が、ぜひ、アキと心話をしたいと仰せになってな。急ぎ、所縁(ゆかり)の品を持ってきたのだ>


雲取様が手首に付けた先行型の竜用鞄を指し示した。急いで話をしたい、と言われた……って感じでもないかな?


「福慈様、というのは初めて伺いましたが、どのような方なのでしょうか?」


<この列島でも最も年上の世代の方でな。皆からとても慕われているのだ。此度の件も、特に急がずとも良いとは言われたが、我がどうしても、早く届けたくて、な。こうして予定を曲げて訪れたのだ>


うわー、なんか、お使いを頼まれた孫が、お婆ちゃんの為に目一杯張り切ってる感じだ。


思念波に混ざって伝わってきた印象からすると、とても大きいけど物静かで寝てる姿が基本っぽい。若い竜達の話を楽しげに聞くイメージもあるから、近所のお婆ちゃんってとこかも。


雲取様が敢えて拡散モードの思念波で話してくれているので、自分たちの出番が来たと、控えてくれていたスタッフの皆さんが、所縁(ゆかり)の品の保管容器を抱えて、慌ててやってきた。


雲取様は彼らの前に、そっと、宝物を置くように、鞄から出した品を置いた。


それは大きな牙だった。それも形状からして本来はあまり大きくない、奥の方に生えてる奴だ。サイズ比率からして、福慈様は雲取様が小さな子供に見える程の巨体っぽい。


スタッフさん達はと言えば、目に見える程、緩和障壁を強く展開して、素早く容器に収めていた。僕にはわからないけど、危険なレベルの高魔力に満ちた品のようだ。


<アキ、頼みがあるのだがーー>


「福慈様との心話ですね。やりましょう。せっかく雲取様が手早く運んでくれたのだから後回しなんて勿体ない。ところで、いきなり繋いでも大丈夫でしょうか?」


<暇だと話されていたから、問題ないだろう。済まないな>


「いえ。雲取様の意外な一面も見れましたし、まだ、陽も高いので対応できますから」


そう伝えながらも、スタッフさんに、ハンドサインで緊急事態対応って事で宜しく、とも伝えた。


本当はこの後、人類連合のニコラスさんと会談の予定が入ってたんだけど、まぁ、仕方ない。


スタッフさんも連絡をしてるけど、ニコラスさんの方を優先しろ、とは言ってこないから、何とか調整してくれたんだろう。


今回は竜達のフリーダムさに振り回されてばっかりで大変だね。


でも、雲取様の珍しい我儘だし、これくらいは対応してあげよう。いいとこ見せたいなんて、ちょっと応援してあげたいからね。





スタッフの皆さんが、福慈様の牙を魔法陣にセットし、所縁(ゆかり)の品を経由した魔法陣の準備をしてくれた。


青竜さんは、降って湧いたチャンスを活かして、雲取様と何やら内緒話をしている。絞り込んだ弱い出力の思念波だから、かなり顔を近づける必要があるようで、かなり親密な距離だ。


女の子だね。邪魔をしないよう、二人の方は見ないようにして、と。


魔法陣の用意をしている間、一旦引っ込んで、ケイティさんにも聞いてみたけど、福慈様に関する追加情報は得られなかった。


というのも、老竜クラスになると、飛来する姿を見かける事自体が稀な為だ。山々の奥地に居を構えていては、人の目に触れる事が無いのも仕方ない。


それだけ高齢の竜なら、きっと街エルフとの確執もあるだろうし、街エルフ側で情報をある程度持っていてもおかしくないとは思う。でも、言われてポンと出てくる程、利用頻度の高い情報でもないし、出てこなくても文句は言えない。


こういう時、コンピュータがないのは不便だ。今後の要改善項目という事でメモって置こう。





さて。



いつも通り、魔法陣の中に立ち、所縁(ゆかり)の品を経由して、その先にある心に触れてみた。


ん? なんか不思議な心だね。


とても静かなのに、内に秘めた熱は誰よりも熱く激しい……そんな心。


<福慈様、はじめまして。街エルフのアキです。起きてますか?>


起きているか、そっと問いかけたのは、これまでに心を触れ合わせた誰とも違い、心があまりに静かで寝ているようだったから。


待つ事、五分。


そろそろ、もう一度、問いかけてみようかと考えた頃に、触れていた心がゆるりと動き始めたのがわかった。


まるで大型トラックに触れているかのような圧力だ。ゆっくりとした動きだけど、内に秘めた力が強くて、正面から対抗するのは無理ってわかる。


<おや。おや、おや。随分と可愛らしい子よ。不思議な魔力よな。確かにこれなら間違える事もない。其方がアキか>


とても穏やかな心で、雲取様が気に掛けるのもわかるね。なんかお婆ちゃんって感じだ。


<はい、福慈様。僕との心話を望んで頂けて嬉しいです>


<こうして街エルフの子供と心を触れ合わせる時代が来るとは、夢にも思わなんだ。長生きしてみるものよの>


伝わってきた感覚からすると、そもそも街エルフ達の事を害虫のように、心がある者達だと考えたくない、という強い忌避感と、それもまた遠い過去だ、と傍観するような眼差しと、そして、遠慮なく触れて来た僕への興味が入り混じってる感じだった。


<僕もこうして竜族の皆さんとお話できる日々を迎えるというのは、想像してませんでした。遠くから振る舞いを眺めているだけでは分からない事が多いですよね。竜族の皆さんがこれ程噂好きとは思いませんでした>


福慈様は諦観と傍観の入り混じった複雑な思いを伝えてきた。


<我らの力は世界に対して強過ぎる。昔のように振る舞えば世界が耐えられない。それに比べれば、退屈凌ぎに噂話に興じるのも仕方なき事よ>


<近頃の若い奴はなっとらん、は地球あちらでも五千年も前の遺跡の落書きにも出てくるネタですから>


<あちら、か。皆から話を聞いたが、魔力のない世界では、竜も魔獣も妖精もおらず静かなのじゃろうな>


膨大な魔力にモノを言わせて、世界の(ことわり)を捻じ曲げる種族がいないから、魔力的な視点で言えば、起伏がなくて静かな世界なんだとは思う。


地球あちらでは、人族が空を飛ぶ乗り物を作り出して、騒音を撒き散らしながら飛んでますよ。雲取様には不評でしたけど、記憶に触れてみますか?>


<異界の人の営みか。こちらにはないモノとならば観てみようか>


了承を得られたので、ジェット旅客機の飛び上がる様や、遥か上空を飛ぶ様子、飛行場から見た機体の大きさなどの記憶に触れて貰った。


<……これが空を飛ぶ乗り物か。随分と騒々しく、荒々しく、大気を斬り裂いて飛ぶようだが、どんな仕組みなのか?>


ほぉ。性能や見た目ではなく、仕組みの方に興味を持ったか。


取り敢えず、前から吸い込んだ空気と燃料を混ぜて激しく燃焼させて、後方に吹き出して、その反動で前に進む事、高空の空気の薄い層を飛ぶ事で、空気抵抗を減らして、速い速度で飛べる事を伝えてみた。


<随分複雑な仕組みだが、それでは沢山の油が必要なのではないか? それに高空はとても寒い。油も凍りつくと思うが>


<翼は中空になってて中に油を詰めておくんです。それに胴体の中にも沢山詰んでます。地球あちらには空間鞄はないので、細かい隙間も徹底的に利用します。あと、燃料を激しく燃やすと、とても熱くなるので、その熱を上手く利用する事で、油が凍るのも防いでるんですよ。あと、油も凍結しにくいよう特別に精製したモノだったりします>


僕は配管の工夫とか、燃料の特性とか、熱を利用する仕組みとか、イメージを多用しながら伝えていった。


そして、福慈様は聞いているうちに、乗り物と言っても、馬車や帆船とは必要とされる技術レベルが何段階も跳ね上がってる事に気付いた。


<飛行機とやらは金属製というが、金属は重かろう。だが重くては飛べぬ>


<そこは軽くて丈夫な材質と形状で作るんです。鉄よりも軽くて丈夫なチタンを使ったり、他の金属を微量に混ぜて合金化したり、あと、やっぱり形状の工夫が大事なんです>


剣なら中までぎっしり詰まってて頑丈さを求めるけど、細い棒状の物なら、中空パイプにすれば曲がらなくて軽くなる、って感じに形状工夫の技を色々伝えてみた。


福慈様は僕が熱心に伝えるから、それなら聞いてみようって程度で、それほど人の技に興味がある訳ではない感じだね。


でも、完成品のジェット旅客機に至る為に必要となる技術の裾野の広さは認識したようだ。


<飛行機は飛ぶのにも勢いを付けねばならず、降りる時も随分荒々しいが、滑走路とやらは随分頑丈なのだね>


土は論外としても石畳でも駄目そうと理解するのだから、竜族の知性は驚くべきレベルだね。そして滑走路に注目するとはお目が高い。


<そうなんですよ。滑走路は単に広くて長い空き地があればいいって話じゃないんです。エンジンからの排気は熱く激しい。それに降りる時の衝撃もとても激しいので、滑走路のアスファルトって、それに耐えるように厚さが鬼族の背丈ほどもあるんです。それにーー>


ぼくは滑走路が特別製でとても手間をかけた物で、しかもすり減るから直す必要もある消耗品である事など、できるだけイメージで見ればわかるとこから説明していった。


<聞けば聞くほど、何から何まで特別製のようだね。随分無理をしてるように思えるが、そこまでして空を飛びたいモノかい?>


呆れた気持ちと感心する気持ちが半々くらいかな。魔力もないのによくやるもんだ、なんて気持ちも垣間見えた。


<それこそが人類の夢、空を優雅に飛ぶ鳥達の姿を見て、自分もあのように空を自由に飛んでみたい、そう望んだんです。鳥のように羽ばたいて飛ぶのは無理とわかったので、温めた空気を溜めて浮かぶ気球を作ってみたり、風を捉えて滑空するグライダーを作ったりして。エンジンだって軽く作らないとそもそも浮かびもしないから、軽く、でも力強く、そして頑丈で、なんて無茶な要求を少しずつ工夫を積み重ねて克服した結果が、あの飛行機なんです>


気球の仕組みとか、グライダーで山の斜面から滑空する様子とか、初期の飛行機の色々な失敗事例とかを思いつくままに渡していった。


<我々も空を飛べたらそれは嬉しいし、飛んでいるだけで楽しいものさ。けど、そこまで人族が空に恋焦がれていたとはね。面白い話が聞けて良かったよ。しかし、棒を振り回して、獣を追いかけ回していた人族がねぇ。そんな果てまで行き着くとは驚いたよ。魔力もないのに良くやるね>


伝わってきたのは縄文人か弥生人かって人々のイメージ。そこからしたら、同じ人族と言われても、なかなか結びつかないだろうね。


地球あちらでも人が空を飛ぶようになってから、まだ百年ちょっとなんですけどね>


<は? 聞き間違えたかねぇ?>


<いえいえ。百年で正解です。それまでの技術の蓄積があればこそ、ですけど>


<人の人生は短く、人の世は移ろいやすいものではあるけど、そこまで変わるのかねぇ……疑ってる訳じゃないけど、しっくりこないね>


竜族の時間感覚からすれば、生まれた子供がまだ半人前なのに、人がそこまで化けるというのはイメージしにくいんだろうね。


っと、少しお疲れかな?


<今日は急でしたし、初日から慌てて話し合うのも無粋でしょう。日を改めて定期的にお話しする時間を設けませんか?>


もっとお話ししたい、と誠意と興味を前面に出して。


<せっかちな人族だから、異世界への扉を開ける計画に手を貸せ、とか言い出すと思ったけれど、いいのかい?>


そう話を振りながら、まだよく知らないから、とかせっかちはいけない、なんて感覚も混じってるんだから、気が抜けない。


<それはいずれ、福慈様がその話をしても良いと思われた時で。それよりは竜族の年配の方とお話しするのも初めてですし、今後を考えると福慈様と話して互いを知る方が大事と思いました>


<こんな年寄りと話をするのが良いとは変わっているねぇ。まぁ、良い。今後は今回のように心を触れて、私が気が付いたら話すとしようかね。反応が無ければ寝ていると諦めておくれ>


<はい。どこか、具合が悪いんですか?>


<いんや。ただの老いさ。年を重ねると、魔力がなかなか戻らなくてね。静かに寝ている事が増えてくるのさ。それじゃ、今日はここまでだよ>


体が欲する魔力量に、回復が追い付かない、って感じか。なんか悲しいね。


<はい。お休みなさい、福慈様>


尻尾を振るイメージと共に心の繋がりが切れた。声を出すのも横着する猫みたいだ。

人が手を振るようなモノなんだろうね。

ブックマーク、ありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。

なかなか予定通りとはいかず、雲取様の珍しい我儘により、急遽、老竜の一角との会談が行われることになりました。大統領のニコラスがサラッと後回しにされてましたが、まぁ、仕方ない事でしょう。

キリが良いので今回で八章は終了です。ある意味、与し易い、優しい相手との会談はここまでですから。

九章は、人類連合の大統領ニコラス、鬼族の武闘派代表ライキと和平派代表シセン、上手くいけば鬼王レイゼンと続き、間に合えば街エルフの長老達と会談ラッシュになります。

途中、鬼族の研究者トウセイの到着も挟む予定です。安全に移動するなら今が最適、遅れると雪中行軍になりかねませんし。


次回から三回(十二月二十二日(日)、二十五日(水)、二十九日(日))は八章の設定公開です。人物、施設や道具、勢力の順です。


次、九章の投稿は、年明け、一月一日(水)二十一時五分ですので、ご注意ください。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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