8-21.小鬼皇帝との対談(後編)
前話のあらすじ:小鬼皇帝との対談が始まりました。いい感じに話もできて、次元門構築計画に人も派遣して貰える段取りとなりましたが、アキが小鬼帝国を敵視していることを知っている、とユリウスがカードを切ってきて、一気に緊張感が高まりました。
いきなり本筋に入る前に、ちょっと確認しておこう。でないと、虎の尾を踏みかねない。
「ユリウス様、小鬼族の死生観というか、生き方について、ちょっと教えてください。僕は、小鬼族は過酷な自然と対峙して生きている事もあり、個人の能力を超えた何か、生き残った事を運命に選ばれたものとして尊ぶ思想を持つと聞きました。それに場合によっては全体の為に個人的な犠牲も厭わないと。合ってますか?」
「その認識で概ね間違いない」
「地球での話ですが、荒廃し草木も枯れて、動物も失せた過酷な地で、黙々と苗木を植え続けた人がいました。なんの意味がある、と皆に馬鹿にされながらも、その人は気にせず、命尽きるまで苗木を植え続けました。そして彼が天寿を迎える頃には、彼が植え続けた木々は、いつしか広大で豊かな森になり、動物達も暮らす程にまで回復しました。小鬼族もまた、そうした振る舞いを厭いませんか? そんな姿を見て、自らもその行いを引き継いでいこうと、成果の見えにくい、自分の代では終わらない、孫子の代でやっと花開くような遠大な作業を続けますか?」
寿命が短いからこそ、その中で短期的に成果を求めるような姿勢だと困る。ユリウスさんはかなり優秀なだけに、そこがちょっと心配なんだよね。一代の英雄が優秀であればあるほど、代替わりはだいたい悲惨になるから。
「……アキが知りたいのは、我の治世では成果の見えない、そんな遠大な話でも、我が、そして我に続く皇帝達が意思を引き継いで、目標に向かい続けられるか、という事だな」
ユリウスさんの言葉に、後ろの書記の皆さんや護衛のルキウスさんの目付きが鋭くなった。
尊敬する偉大な皇帝陛下、なのに、その彼をして、目標を達成するのは無理だ、と言ったわけだからね。ムカつくのも無理はない。……ないんだけど、もうちょっと落ち着いて欲しい。
でもユリウスさん自身は、それでも何としても自分の代で、という感じではなさそう。なら、大丈夫かな。
「その通りです。僕の認識が正しければ、すぐ効く妙薬はなく、帝国の国民全ての意識を少しずつ変えていき、生き方を根本から見直さないと、小鬼帝国と他の国々は仲良くできないでしょう」
「変えるというがどの程度なのだ? 何かわかりやすい指標はないか?」
凄いなー。根本から生き方を変える必要あり、と言われても、それを前提に話を進める忍耐力、想像力があるんだから。
「漠然と変われと言われても困りますよね。地球の話ですけど、乳児死亡率という考え方があります。一歳までに亡くなる人数を千人あたり何人と比率で表したものです。地球にある日本という人口が一億人を超える大国では、乳児千人に対して、亡くなった人数は二人を割り込む程でした」
「待て! その人口で、乳児死亡率が二人……だと⁉︎」
かなり衝撃的な数字だったみたいだ。それだけ数がいての値とは、特別な事例を引っ張ってきたのではない事を意味するのだから。
……まぁ、そうだよね。江戸時代には乳児の死亡率は五割にも達していた、なんて話もあるくらいだから、科学の進歩は凄まじいものがある。
「小鬼帝国でも同じ値を達成できたとしましょう。今は無理でも目指せば、いずれは到達できる話です」
「できるか?」
「地球ではできました。こちらでできない道理はありません」
「……わかった。今はそれを前提としてみよう」
「今は当たり前の成人の儀と称した定期戦争ですが、それだけ皆が死なない時代に、まだ続けているでしょうか? それにほとんどの子供がそのまま大人まで育つ社会で、今のように子供を多く産むものでしょうか? 妊娠、出産は母親の命を削る行為です。子供が育つなら、今いる子を育てる事に力を注ぐようになる、そう思いませんか?」
僕の想定を聞いて、ユリウスさんは少しの間、目を閉じて考え込み、そしてその未来をイメージしきったようだ。
「――不安定な未来が、確かな未来に変われば、運命に選ばれるか試す必要も無くなる……そう言いたいのだな」
ユリウスさんがなんかさっぱりした表情で確認してきた。
「そう思います。そして、戦争が何十年、何百年と起きなくなれば、小鬼族と他の種族の関係も変わってくる事でしょう。お求めの平和な世です。先は長く険しく、ユリウス様の治世ではそこへ向かう礎を築くのが精一杯でしょう」
今度は小鬼の皆さんも先程のように睨んではこなかった。……というか、なんか異質なモノに向けるような、軽い畏れ混じりの空気すら感じられる。うーん。
でも、ユリウスさんは満面の笑顔を浮かべていた。
「どうした、皆も喜ぶがいいぞ。今までは、より良くしようと足掻くだけだった。だが、目指す山の頂が見えたのだ。わかりやすい指標を示されたのだ。それが遠かろうと、魔力のない者達が辿り着いたと言うではないか。ならば、我らがそこに辿り着けぬ道理はない。そうだな、アキ」
「はい。そこを目指して登り続ければ、必ず到達できる高みです。取り敢えず、仲良く共に研究する為のお土産はこれくらいとしておきましょうか。いくら皆さんに熱意があっても一週間で持ち帰れる知識などタカが知れてます。それよりは、小鬼の皆さんがこちらに常にいて、日常的に交流するようになり、得られたマコト文書の知識から取捨選別して、帝国で取り入れていく、その為の段取りを決めましょう。どうです?」
「それが良さそうだ。翁よ、妖精族もこちらに来てまだ日が浅いと聞く。アキからマコト文書の知識をどれ程得たのだ?」
「ほんの少しじゃよ。儂らにとってはこちらの人族やドワーフ達から得る知識だけでも、血肉とするのに苦労しておる。そんな有様で、マコト文書に手を出しても手に余るだけじゃよ」
「それ程か!」
「そうじゃとも。アキはあちらに人族が百億いると話したが、それでもまだ正確ではないんじゃよ。あちらには人の形はしてないが、こちらでの魔導人形に相当するモノが、人の四倍、四百億もあるそうじゃ。しかも、世界の隅々まで、通信網で全てが繋がっているそうじゃ」
「な、なんと」
「こちらに伝えられているマコト文書はこれまでの知識の結晶、なれど、世界中が繋がり、その真価を発揮するのはこれからなんじゃと。聞いているだけで目眩がしてくるじゃろ?」
「法螺話でもそこまでではないぞ。そして妖精族達は、アキの告げたその話を本物と判断したのだな?」
「そうじゃ。だから、アキに話を聞くなら、どこまでか予め、範囲を区切るのを勧めるぞ。果てがないからのぉ」
お爺ちゃんは、ほっほっほっと楽しげに忠告してあげた。ユリウスさんも、成る程なんて納得してるし。
「後の為に礎を築く、か。聞きたいことは多いが、今後、国元に戻ってからも話をする機会を設けたいモノだな。手紙は遅い。何かいい案はないか?」
ふむ。前向きなのは嬉しいけど、さてさて、どうしたものか。
「小鬼さん達が心話を出来る様になる迄の繋ぎですけど、各勢力のトップ同士が直接対話できるホットラインを設けたらいいんじゃないでしょうか?」
「なんだそれは?」
「実現方法はおいおい考えるとして、地球では音声を伝える道具で、互いの執務室を有線で繋げてましたね。大海を超えて、他の大陸まで線を繋げてましたよ。有線なら魔力の影響を受けず通信できるでしょう? それの距離を伸ばすのはちょっと大変でしょうけど、あると便利だと思いますよ」
「それのどこがちょっとなんだ?」
「乳児死亡率の改善に比べたら、五年、十年で完成する仕組みなんて、ちょっとでしょう?」
僕が指でこれくらい、と短いアピールをしたら、ユリウスさんはツボに嵌ったのか、暫く笑っていた。
「成る程、成る程、確かに果てが無いな。翁、忠告に感謝する。我らも謙虚に、自分たちのペースで学ぶとしよう。我らはこれまでそうしてきた。これからもそうして行くとも」
ユリウスさんは仲間に、そして自分自身に言い聞かせるように、そう宣言した。
彼らとは長い長い付き合いになりそう、そう思えた。
◇
会談も終わったと、ホッとしたところで、ユリウスさんがなんでもないことのように、話を振ってきた。
「ところで、ハヤト殿。街エルフは、財閥のミアが不在の今、アキを持て余しているのではないか?」
「それは私の方からは答えにくい問いです」
父さんは肩を竦めて、察してくれよ、とでも言いたげな笑みで返した。
「そうだろうとも。アキの告げた話は、百人の賢者の言にも勝る。数多くの国家が歩んだ歴史を、成功、失敗の事例を踏まえての言なればこそ。なれど平易な言葉で語るそれも、実際に己が事として活かそうとすれば、大変な手間が掛かろう」
まぁ、そうだよね。言うは易し、行うは難し。こちらの実情に合わせてカスタマイズして導入しないといけないから、為政者の皆さんは大変だ。
「それでアキ、次元門ができたなら、相互に行き来できることになるが、あちらから見て、こちらの世界はどれ程の価値があるのだ? こちらは小さな島々すら統一できておらず、あちらは世界中が繋がっている。細かい話を抜きにしても、何万倍という国力差でこちらの世界は蹂躙されると思うのだが」
うわー、やっぱ、やりにくいね。弧状列島を小さい島々と言い切る世界観が既にこちらの普通の国主レベルじゃない。さすが稀代の皇帝陛下だ。
「世界間を繋げる技術はこちらにしかないのですから、上手くやれば、そうはならないと思います。何も考えず繋げれば、新たな未開拓地にご招待、って事になるので、想像されたようになるでしょう」
嘘はつきたくないので、誠意を持って答えた。
そんな僕の態度に、ユリウスさんは目を細めた。
「アキ、其方は誠実であろうとはするが、己が目的の為には、許容できると判断する範囲であれば、わざわざ止めたりはせぬ。そうだな」
「幻滅しました?」
「逆に安心したぞ。欲のない善意だけの賢人など、気味が悪くて信用できん。アキは目的がハッキリしている分、変に勘ぐらずに済むからな」
「何と答えればいいか悩ましいです」
「良い。政になど子供は触れずに済むならその方がいいのだ」
何か、お父さんって感じの目をしてる。
「ユリウスさんから見て僕は子供ですか」
「目を見ればわかる。其方は子供だ」
うーん、どういう事なんだろ。僕の外見はミア姉そのモノなんだから、大人に見えると思うんだけど。
「わからないという顔をしてるな。教えてやろう。大人になるとな、目が濁ってくるのだ。其方のように純粋な眼差しはできぬようになる」
「眼差しの落ち着き方とかでしょうか?」
「もっと、同年代の子供と接してみる事だ。そうすれば違いなどすぐわかる」
あっちでは普通に高校生をしていたから、経験は足りてると思うんだけど。あ、でも、あっちではなんか、皆、疲れた目をしてたよなぁ。
悩む僕を見て、ユリウスさんは嬉しそうに笑った。彼から見て僕は色々と足りないんだろうけど、そう思われてもいいかって思える、そんな安心できる笑みだった。
ブックマーク、ありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
小鬼皇帝との対談(後編)もなんとか無事終わりました。大型の金属船体帆船を建造したりと先見性があるだけに、小鬼皇帝の視野の広さ、望みの高さも際立ってましたね。それだけに、アキが、そんな皇帝の求めるモノを即答し、話す内容の整合性が取れているとなれば、軽く見ることもできません。
ユリウスは内心を隠すのが上手でも、護衛や速記者達まで同等とはいきませんでしたが、ユリウスとしても彼らが衝撃を受けて取り乱したのを責める気にはなれないことでしょう。
次回の投稿は、十二月十八日(水)二十一時五分です。