8-17.不戦の誓い(前編)
前話のあらすじ:竜族に対して誓う儀式ですが、進行役はアキ確定ということが判明しました。どんな猛者でも竜を前にしては平静ではいられない、というのが常識なだけに、まぁ、仕方ないところでしょう。
そんな訳で、関係者を集めて、誓いの式典をどう行うか、話し合っているんだけど、なかなか良い案が決まらず、打ち合わせは長引いていた。
というのも、まず、場所。これでいきなり躓いた。僕はよく使っている第二演習場で良いと思ったんだけど、これが不評だった。
確かに殺風景なので、もうちょっと写真映えする場所がいいかな、とは思うけど。ただ、こちらでは、森は防竜林として、竜が降りにくい広さになっているし、そろそろ冬なので、湖とかも寒いから、避けた方がいいとのこと。
「疑問があるんじゃが、衝立を立てるなり、絨毯を敷くなどして、飾り立てる事もできよう。それに各代表が集まって、竜に誓いの言葉を述べた後、共同文書に署名するとの事だが、誓いだけではいかんのか?」
お爺ちゃんの疑問も最もだ。
「そこは、国のような大きな集まり同士の約束だと、関係者も増えるから、後からでも合意内容を確認できるように、共同文書に署名して残すんだよね。あと、歴史的な合意でもあるから、その時の関係者達の集合写真も撮っておこうって話。やっぱり同じ記録でも、写真があると、説得力があるからね」
「国同士の約束事はそういうものか。確かに長命な者は当時の事を覚えていても、短命な種族では代替わりして当時の事を知らぬ事もあり得るという事じゃな」
そんな感じで、どうせ写真に撮るなら景色も綺麗な方がいいとか、意見が出て揉めたんだ。
ただ、写真については、リア姉の提案が通った。
「思ったんだけど、同じ一枚の写真に写す対象のサイズが違い過ぎるから、背景まで気にする事にはならないと思うんだ。翁、幻影で竜を出せるかい?」
「可能じゃよ。ハリボテじゃが、写真撮影をする程度なら問題ないじゃろ」
そんな訳で中庭で、鬼族のセイケン、小鬼人形のタローさんにも手伝って貰い、写真の構図を色々と検討してみたんだ。
「やっぱり、小鬼族、人族、鬼族が並んで撮影するだけでも厳しいね。各種族に合わせた椅子に座って、頭の位置をできるだけ揃えよう。彼らが主役なんだから。アキは背は高くないから、横に立って。トラ吉はアキの足元。妖精達はアキの周りに浮いて貰って、後は背後に竜が位置取るしかないかな。竜は顔のアップになるけど、全身を入れると主役が小さくなり過ぎるから仕方ない。――っと、こんな感じでどうだい?」
リア姉は手慣れた手付きで皆の位置を変更し、メイドさん達に椅子を運ばせたりして、全体の構図を決めていった。竜の頭の位置はかなり不自然になるけど、仕方ない。
構図を少しずつ変えて出来上がった何枚もの写真を見て、あーだ、こーだと決めていった。
最終的には竜の意見も取り入れる事になるけど、大体決まった。竜の背景の空の色まで、幻影を使って調整するというから、なかなか凝った感じだね。
◇
そして、演出だけど、音楽を奏でたりする話はなしに決まった。というのも、竜の圧力に耐えて演奏できる人も鬼もいないからだ。魔導具で音楽を鳴らすという方法もあるけど、いまいち味気ないという事で、それも却下。
で、それならとダメ元で思い付きを提案してみたんだけど、逆に特別な感じがしていいだろう、と採用が決まった。言ってみるものだね。
後は、小道具として、サインする為の机とか、各勢力が持ち帰る為の三冊の同じ内容の共同文書も、装丁をどうするか、なんてレベルから色々と意見を出し合った。
サインする為の羽ペンまで見た目に拘る力の入れようだ。
大軍を迎える用意に比べれば、大した手間ではないと、細部までとことん拘るつもりらしい。
僕は特に拘りはないので、街エルフとして公式の場に出るのに相応しい服装をシャンタールさんに見繕って貰うつもりだ。
そう話したら、何故か非難轟々だった。
竜神の巫女として、公式な場での初めてのお披露目なのだから、もっと気を使うべきだの、女の子なのだから、もっと着飾る事に気を配れだのと、次々に意見が飛び交った。
母さん、ケイティさん、それにエリーの三人が強力なタッグを組んで、晴れ舞台に相応しい装いにすると息巻いてる。
巫女とか言って荘厳な雰囲気とか言ったら、そんなバリエーションもないと思うんだけどね。
それより、個別の会合での装いの方が余程、心配だ。あまり堅苦しくなく、でもラフ過ぎず。多分、人族、鬼族、小鬼族でそれぞれ求められる装いは違うだろうから、それも含めて宜しく、とシャンタールさんに頼んだら、神妙な顔で、引き受けてくれた。
◇
ちなみに、全員を収めた写真撮影の件だけど、これが思わぬ波紋を生み出してしまった。
多大な影響を受けたのは竜族。
絵のように画家が描き終えるまで時間がかかるものと違い、すぐに額に入れた大判の写真が手に入るとあって、彼らの興味を引いた。
取り敢えず、やってきた雲取様の写真を撮って、畳一畳くらいに引き伸ばして、額縁に入れて見せたら、絵画よりも遥かに精緻な写りにいたく感心していた。わざわざ、自身の姿を映せる超巨大鏡を魔術で創って、竜眼で写真のソレと見比べたりとやけに熱心だった。
そして、翌日から、雌竜達が入れ替わり立ち代わりやってきて、立ち会いの打ち合わせもそこそこ、雲取様の写真の入った額縁を手に持って、何ともだらしない顔をして、いつまででも眺めている有様だった。複数で来訪してたなら、きっとガールズトークで盛り上がっていたに違いない。キャピキャピした竜の思念波が延々と飛び交うような惨状を見ずに済んで良かった。
誰もが一つ持ち帰りたいと所望し、額縁をそのまま抱えて飛ぶわけにもいかず、がっくりと肩を落とすところまでが同じだった。
梱包して丁寧に運べばいいと思うんだけど、これまで落としても問題ないものしか抱えて飛んだ事がないから不安があるとの事。雑に扱うつもりがないのは嬉しい事だけど、確かに彼女達の飛び方を見てると一抹の不安があるのも確かだった。
そして、話を聞きつけたという老竜達がまた酷かった。街エルフ並みに長命な彼らは当然、子供の数が少なく、子煩悩な輩が多かった。
幼い頃の孫の写真を残しておきたいとか、幻影で思い出の光景を出すからそれを写真にしてくれ、とか、雲取様のところには上の世代からの要望が殺到したそうだ。
幻影で出せるならいいんじゃないかとも思ったけど、記憶は時と共に薄れていくものだから、光景を残す写真の代用にはならないんだって。
結局、写真は長い年月で色褪せる事が伝わると、当初の熱狂は冷めていったんだけど、それでもこちらの写真技術は百年プリントくらいまでは手が届いていることもあり、千年プリントを達成するよう、研究に手を貸すとまで打診してきたそうだ。
物欲が薄い竜族、というイメージがガラガラと音を立てて崩れ去った感じだった。物欲がないんじゃなく、人の作り出す物をよく知らないから欲しがることがなかっただけ。
大体、全てを切り裂く竜の爪、とか言ってるのに、アルバムとか丁寧に扱えるんだろうか。気になるところだね。
◇
そんな感じで、僕は自分が関わるところを観てただけだったけど、それでも総合武力演習の時を遥かに超える関係者が日夜、受け入れる為の準備の奔走していたと聞いた。
なぜ、そんなに急ぐのかと言えば、本格的な冬が到来する前に会合を終わらせる為との事。確かに雪が積もってから移動するのは勘弁して欲しいところだろう。
結局、今回の会合は七日間に決まった。これは竜族の要望によるもので、罰を受ける雌竜がそれぞれ一日ずつ立会うためだ。
初日と最終日の式典だけでもいい気もしたけど、竜が聞き届けて、誓いが守られているか見ている事を明示する為にも、全ての日に立ち会う事にしたそうだ。律儀だね。
◇
そんな感じに、大変そうではあったけど、殆ど、僕は絡む事もなく、会合の日に向けた準備は着々と進んでいき、会合の日を迎えた。
初めはロングヒル周辺での不戦協定の筈だったんだけど、本拠地とロングヒルの間を行き来する間、安全を確保するのに大軍が必要となれば、竜族に誓う価値も半減してしまう。
だから、人類連合、鬼族連邦、小鬼帝国の会合参加者がロングヒルに向けて出発し、会合を終えた後、帰国するまでの期間、不戦の誓いが適用されることになった。しかも、参加者が移動する経路やその周辺地域も含めて、不戦地域の対象になるそうだ。
「ケイティさん、それって期間は二ヶ月近くて、対象範囲は弧状列島の本島の半分以上って言いません?」
「その通りで、三週間ほど前から、本島全域が不戦地域に認定されました。同地域を飛行する竜族達も、軍勢が動くのを見かけたら警告する取り組みを行なっていると聞いています。……お忘れですか?」
ケイティさんの目がすっかり忘れてるのはお見通しだ、と告げていた。
んー、そう言えば、そんな事を言ってた気もする。
「雲取様が試作鞄を付けて飛び回って、竜達がそれを見て騒ぎになった頃でしたっけ? 竜が空をあちこち飛んでるから、どの種族も軍を動かすような真似ができなくなって、平和になったとか言ってましたよね」
ケイティさんは、思った通りでした、と溜息をついた。
「アキ様の頭の中は、竜達の写真や鞄が元の騒ぎで一杯だったのですね」
「ちゃんと、各勢力の代表や同行者の方々の個人情報は覚えましたよ? 進行手順も覚えたし、リハーサルもちゃんとやってたじゃないですか」
しかも、そんな事をしつつ、師匠のとこに通って、魔術の訓練もしてたし。
かなり充実した三週間だったと思う。
因みに、僕が魔術で創造した水は未だに消える気配がなくって、一部ではいつ消えるか賭けの対象になってると聞いた。胴元はウォルコットさん。何してんだか。
「儂は三年に賭けた。結果を見るまでがちと長いのぉ」
お爺ちゃんも、今日は立派なローブを着ていて、お洒落さんだ。
「せめて、何か変化が計測できれば、先々の予測もできそうなんだけど。リア姉のお仲間さん達も匙を投げてたし、のんびりいくしかないね」
テーブルの上には他の妖精さん達の為に用意された専用の衣装が並べられている。お爺ちゃん以外の妖精さんは簡易型召喚体だから、あまり服装とかは変えられない問題があったけど、儀式用のゆったりとしたローブなら上から羽織ればいい、という事で、シャンタールさんを中心に、手先の器用な女中人形さん達が集められて、妖精用の式典衣装を全員分揃えたそうだ。
「シャンタール殿の仕上げた衣装は、妖精族であっても、此処までは辿りつき難い、それ程の見事さじゃ。何か礼をせねばな」
それでも自分達でも無理、とは言わないのは妖精族の矜持って奴だろうね。
「アキ様、こちらが雲取様の鱗を用いた装身具です」
透き通るような黒い金属っぽい光沢のある鱗を金細工で彩った素敵な品だ。イズレンディアさんのと似てるけど、こちらの方が女性向けのデザインだね。鱗も僕に合わせて、少し小さめなものが選ばれている。
「素敵ですね」
「ニャウ」
足元にやってきたトラ吉さんが、そろそろじゃないか、と声を掛けてきた。
「それでは会場に向かいましょう」
「はい」
外ではウォルコットさんが馬車を待機させていてくれた。傍には勿論、ジョージさんもいる。
僕達はいつものように馬車に乗り込むと、式典用に飾り付けられた第二演習場へと出発した。
幸い、少し肌寒いけど、雲一つない透き通るような青空だ。きっと式典も上手く行くだろう。
誓いの儀式の段取りを決めていくにも、いろいろと影響が出て大変ですね。何より、今回のアキのミスは、竜族達の物欲を目覚めさせてしまったところでしょう。人の何十倍という大きさの竜達が何万頭といるということは、いきなり百万人にも匹敵するニーズが生まれることにも繋がりかねないのだから大変です。これが人サイズだとしても数万人というのはインパクトが大き過ぎる話です。今後軟着陸させることに各方面の人々が苦労することでしょう。あー、もちろん、話ができるのだから、とアキが駆り出されることも確定です。自業自得ですけどね。
次回の投稿は、十二月四日(水)二十一時五分です。