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8-16.休戦協定の冬

前話のあらすじ:今回のお偉方が集まるイベントに対して、人類連合、鬼族連邦、小鬼帝国、それと竜族いずれにも益のある提案をアキが行いました。それ自体は好評でしたが、他にも考えてる事を吐け、と皆から迫られてアキも大変でした。

僕の提案は各方面で大急ぎで検討されたようで、三日後には各勢力宛に、大まかな趣旨説明と、協力の要請が行われたそうだ。


冬に大軍を動かすとなれば、戦費も馬鹿にならず、物流網への影響も心配されただけに、各勢力の事務方からは諸手で歓迎されたそうだ。小鬼帝国ですら例外ではなく、興味深い提案と称賛されたとの事。


小鬼皇帝のお出ましとなれば、手を抜く訳にもいかず、さりとて財政に与える影響も大きかっただけに、現場は苦労していたらしい。

小鬼帝国は領土は広いけど、貧しい土地が多いから無理はしたくないとこなんだろう。

ただ、春先まで延期する話を提案したところ、「千変万化するロングヒルから一冬の間を置くなど、愚の骨頂だ」と一蹴されたそうだ。


なら、軍人達はと言えば、政治的にはそうだろうけど、真冬の行軍なんて正気じゃないというのは、こちらの世界でも同様のようだ。……というか、小柄な体格の小鬼族は体内熱量も少ないし、体も冷えやすいから、尚更、大変なんだろうね。


鬼族もまた、歓迎の意を伝えてきたそうだ。そもそも、小鬼帝国が大軍を出してくるだろうから、それに見合う人数を揃える必要あり、と判断したのであって、元々、百人力な鬼族からすれば、少数精鋭の方が性に合うそうだ。


そして街エルフの事務方も当然だけど、歓迎してくれた。誰よりも竜族との確執がある彼らからしても、竜族の力は認めている。人形遣いは少人数でも大軍と変わらないとは言うけど、同行する魔導人形達の頭数で行けば、大軍派遣と変わらないのだから、動かさないで済むならそれが良いに決まっている。


ロングヒルは今回の話を通す為、精力的に動き回っている。冬支度が忙しいなどとごねる貴族達まで蹴飛ばして、各国との調整に駆り出す程で、国家百年の計の為、今動かずしていつ動くのか、とエリーが檄を飛ばしたそうだ。市民達に対して演説までして、貴族達が重い腰を上げるよう圧力まで掛ける徹底ぶりで、貴族達も王家の要請を受け入れざるを得なかったとの事。


そして、皆から問題視されていた人類連合。こちらも、ロングヒルが緊急動議を発動して、関係国の代表を集める事にしたそうだ。この連絡には街エルフの流通網が最大限に活用されて、状況を把握するまで静観などという日和見勢を切り捨てる大鉈を振るったらしい。

元々、鬼族連邦と直接対峙しているロングヒルだからこそ与えられていた発議権限だけど、正に伝家の宝刀。


ロングヒルの王も、今こそ抜く時、と覚悟を決めたそうだ。


いやー、なんか幕末動乱期あたりの世相でも聞いているような激しい時代のうねりが感じられて、状況を聞いているだけでもドキドキしてくるね。


実際は外交官が走り回り、手紙があちこちに飛んで、関係者が会議室で缶詰めになっているだけで、別邸の中はいつも通り静かな時間が流れていて、慌ただしさとは無縁だけど。


「アキ様、今、静かなのは、皆様が既に出掛けられた後だからです」


給仕してくれていたケイティさんが、静かな理由を教えてくれた。


「そして、儂がここでのんびりしておるのは、妖精族対応要員まで駆り出されて、出掛ける予定がないからじゃよ」


お爺ちゃんは、手元の情報を見直す良い機会じゃな、なんて言ってる。


「雲取様にも話を通しておかないといけませんね」


「そちらは既に今朝、リア様が心話で話を伝えたそうです」


ふむ。それは手際がいいね。


「雲取様はなんと?」


「雌竜達への罰をどうするか揉めていたところなので、ちょうど良かったと話されていたそうです」


まぁ、竜族からすれば、彼女達の行動は不注意くらいな話だろうからね。頭ごなしに叱れば反発するお年頃だろうし、大人も大変だ。


「立会人になる事には何か言われてました?」


「料理や酒は立会いへの対価ではなく、謝礼の位置付けとするように、との事でした」


「あくまでも隣人として、頼みを聞いて手を貸すけど、仕事として請け負うのではない、という事ですね。それはそれでアリでしょう。対価を支払っているのだから、しっかり働け、などと言い出す輩が居ないとも限りませんし」


「アキよ、それは何が違うんじゃ?」


「雲取様の話なら、契約という形式にはならないからね。長屋住まいの隣人同士の諍いに、大家さんが間に入って、落とし所を双方に、合意すると誓わせるようなものだね。大家さんは誓いに直接は絡んでないけど、関係者から信頼されていて、誓った者達への強制力も握ってる。誓いが破られても大家さんに何かする義務はないって事。まぁ、今回の場合、大家さんじゃなく竜族だから、顔に泥を塗られたら、国の一つ、二つは灰にするくらいやりそうだけどね」


「なんともフワッとした話じゃのぉ」


「妖精族にはない? 女王陛下の前で、もうしませんって誓うみたいな話」


「ある事はあるが、女王陛下の言葉は多かれ少なかれ強制力を伴うからのぉ」


「権力という意味じゃなく、言葉其の物って事?」


「そうじゃ。前に話した事があったじゃろう? 妖精界では意志が物事に影響を与えると。女王陛下ほどの力を持つと、その言葉は誓約術式にも匹敵するんじゃよ」


「それじゃ、シャーリスさん、迂闊なことは言えないね」


「女王陛下が迂闊な事を話しても困るがのぉ」


シャーリスさんも大変だ。





「竜族の都合も考えると、今回のロングヒル会談の開催期間は七の倍数になりそうですね」


「七日でなければ十四日と?」


ケイティさんは露骨に嫌そうな顔をした。


「雌竜は七柱。なら、一日ずつ立ち会うなら七日、二日立ち会うなら十四日って感じになるでしょう?」


「各国とも国の中枢があまり長く不在では具合が悪くなるのではないかのぉ。式典(セレモニー)を開く訳でもなし、話し合うだけであれば、一週間あれば十分だろうて」


「あれ? 少なくとも開始時には誓いの式典(セレモニー)を、終了時には謝辞を伝える式典(セレモニー)をやると思うよ。そうでないと、竜族の雌竜達も役目の終わりがいつかわからないから」


「まぁ、それもそうか。それで、その式典(セレモニー)は誰が仕切るんじゃ? アキの話だと、竜族は各勢力の代表が行う宣言を聞き届けるだけなのじゃろう? そして各勢力に優劣はなし。どの勢力から進行役を出しても揉めると思うんじゃが」


あー、うん。それは確かにそうかも。


「人選は悩む余地なく決まってますよ」


「父さんとか? でも、街エルフの議員だから微妙な気も――」


「アキ様以外、誰がいると言うんですか?」


ケイティさんがさも当然とそんな事を言い出した。


「え? そう言うのって、僕みたいな重みのない子供がやったら台無しになっちゃいますよね? もっと、こう、人生の重みというか、燻銀の格好よさが滲み出るような年配の方がやらないと」


小さいけど、お爺ちゃんみたいな人が、語った方がそれらしいと思う、と補足した。


けれど、ケイティさんもお爺ちゃんもそこは同意しなかった。


「アキ、儂らは見ての通り小さく、それにどの参加者とも関係がなさ過ぎる。ちと力不足じゃよ」


「それに、進行役は竜族の傍にいて、話を仕切らなくてはなりません。そんな事は一流の魔導師でも無茶です。その点、アキ様は竜族からの圧力をものともしませんし、関係者が誰だろうと話せるでしょう? それにアキ様は竜神の巫女です。どの勢力にも与せず、竜族との交流を支える役なのですから、これ以上の適任者はいません」


なんか、逃げるルートを全て塞がれた感じだ。


「でも、こう、人生の重みが足りないと思うんです」


実際、小娘では説得力がないと思う。


「……アキ様。気を悪くされる話である事を初めに謝罪します。国の重鎮の相手でも、鬼族でも、竜族でも、自然体で接してきて、それでいてマコト文書の深い知識を駆使して専門家達とも互角以上に話し合い、そして誰にも、どの勢力にも重きを置かない、そんな成人してもいない小娘、それがアキ様です。あまり関わる気はないと言いながら、貪欲に各勢力の中枢に手を伸ばす。全ては異世界への扉を開く為に。……どうしても組み上がらないパズルのようなモノ、理解できる部分から全体を推測しようとすると説明が破綻してしまう存在、なのに一見、無力で無害そうな華奢な容姿。貴女はそう見えるのです」


まるで正体に気付くと正気度(SAN値)を削ってくる輩のような扱いっぽく聞こえる。


努めて冷静に、悪感情からそう話しているのでないと伝わるよう、ケイティさんが配慮してくれているのがよくわかる。


「魔力を感じさせず、天空竜の傍に立ち、気負いなく各勢力の代表相手に、粛々と進行役をこなす姿を見れば、皆は間違いなく、その位置に立てるのはアキ様しかいないと悟ります。ただ、少しでも厳粛な雰囲気になるよう、重みを感じさせるように話された方が良いと考えます」


「記念すべき式典(セレモニー)ですから、勿論、そうするつもりですけど」


「……アキ様。先日、皆を集めて、今回の休戦の誓いの話をされましたよね」


「うん。なんだかんだと聞かれまくって、帰るのが遅れて大変だったんですよね」


「あの時、皆さんが心に抱いた共通の感情がありました。それが何かわかりますか?」


「戦いの危険が減って良かった、とか、ホッとしたとか、今後の作業を考えると憂鬱だ、とか、じゃないですか?」


「違います。それらもありましたが、皆が抱いた感情に比べれば些細な事です。抱いた感情、それは……恐怖です」


「恐怖? 先の見えない混沌とした情勢に対して?」


「違います。アキ様への恐怖です。皆は気が付いたのです。アキ様にとって、ミア様が何よりも重く、そしてミア様救出に繋がる計画を重視しており、それ以外の全てを集めても天秤は揺るがない。その意味に気付いたからです」


「人は誰しも物事に優先順位をつけるもの。僕の場合、それがミア姉だというだけと思いますけど」


「アキ様の場合、今回の不戦の誓いの件も、魔術の訓練に思いを巡らせる事も、鬼族が郷土料理を振る舞う件も、妖精達と彼らの文化について語り合う事も、どれも似たような重みですよね。その意識、それ自体が恐ろしいのです」


影響範囲の大きさとかで、いろいろ考える深さは違うと思うけど、ケイティさんが言いたいのはそう言う事じゃないんだよね。


「セイケンが言っていた、家族に向ける眼差しも、他の種族、鬼族や竜族に向けるそれに違いがない、って話でしょうか?」


「その延長線上の話です。先入観のなさ、思い入れのなさ、影響を与える規模への興味のなさ、そう言ったモノ全てです。アキ様は誰にも誠意を持って仲良くなろうと振る舞います。それは好ましい事ですが、それとミア様、次元門の計画以外に対する意識の軽さ、重みの無さを考えた時、怖くなるのです。アキ様にとって、自分はどれほどの重みがあるのだろうか、と」


……ケイティさんが伝えたい事がやっとわかってきた。


人は己が将来に絡む話なら慎重になる。多くの人の命が絡むなら尚更だ。そして、前例のない事に自分の未来を賭けるのはとても勇気がいる。


なのに、僕は弧状列島の未来と、夫婦の婚姻は似たようなモノと喩えた。誓いを守って将来の幸せを掴みましょう、と。


確かに、言い方が軽かったかもしれないね。いくら、地球あちらの歴史で似たような話を色々と知ってても、竜族の理性的で落ち着きのある振る舞いを肌で感じていたとしても、それを知らない人達からすれば、自分達の未来を軽く捉えてる、そう思えてしまうって事だ。


「厳粛な振る舞い、重みを意識した言葉遣いこそが、数千万という弧状列島の人々の未来を語るのに相応しい、そういう事ですね」


「そうです。各勢力の代表達が、数十万、数百万の仲間の命を背負っている、その事実さえ気に留めて頂ければ、彼らが抱く恐怖も幾らかは軽減される事でしょう」


無くなるとは言わないのか。うーん。


「そんなに感情を露わにするでしょうか?」


「勿論、そんな素振りは見せないでしょう。心の内と、表情を切り離す事など彼らからすれば造作もない事です。ですが、何も感じない訳ではありません。彼らに必要以上に警戒心を抱かせない事が重要です」


「まぁ、式典(セレモニー)の後には個別に話をする方々ですし、好印象を与えるよう頑張りますけど。僕はもっと私的な会合をイメージしてたんですよね。それがなんでこんな流れになるんだか」


意見を少し話して後はお任せして、重鎮の方々との会合の準備でもしようと思っていたのに。


「街の外で大軍が三つ巴で睨み合う中、会合の場だけアットホームな雰囲気というのも、どうかと思いますよ。何れにせよ、賽は投げられた、です」


もう、溜息しか出てこないよ。でもまぁ、やるならしっかり演出して、印象深いイベントになるよう頑張ろう。


「ねぇ、お爺ちゃん。そういう式典(セレモニー)なら、やっぱり演出は重要だよね。特に竜族はそのままでも格好いいけど、立ち振る舞いや言葉選びでも印象は変わるし。それにどうせなら、妖精族の存在感もアピールして、時代の変化を強く意識させたいかな。どうかな、お爺ちゃん。妖精族も式典に絡む気ない? どっちにしても子守妖精としてお爺ちゃんは参加するんだから、多少増えても平気だと思うんだ」


「ほぉ。確かに各勢力の代表が集うのだから、我らが女王陛下が立ち会っても格は揃おう。どうせなら、これを機会に小鬼族とも繋ぎは付けたいのぉ。それで、竜族の方はどうするんじゃ?」


「本当は担当する雌竜が七柱揃って、その前でやるのが見栄えがいいと思うけど、竜族の圧力からして厳しいと思うから――」


そこまで話したところで、ケイティさんが僕の口に指を当てて、話を強引に止めた。


「そこまでです。演出は必要と思いますが、それは関係者を集めて、改めて調整しましょう。竜族にも話を通さなくてはなりませんが、我々が規模を抑える策を選ぶのですから、竜もまた参加するとしても少数に抑えて貰いましょう。アキ様の言われたように、また七柱で飛行するような真似は悪手です。私が関係者に話を通しますので、それまでは話をしないように。二人ともいいですね?」


有無を言わせぬ勢いで、ケイティさんが同意を求めてきた。僕とお爺ちゃんは横目で互いの反応を伺ってから、二人揃ってそれまでは話さないと誠意を持って約束した。


そうしたくなるほど、ケイティさんの目がとっても怖かった。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

本格的にアキの案ベースで動き始めましたが、進行役までやらされるとは、アキも予想外だったようです。アキもボヤいてましたが、私的でこじんまりとした開合の筈が、何でこんなに話が大きくなるのか、困ったものだすね。

次回の投稿は、十二月一日(日)二十一時五分です。

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