8-14.嵐の前の静けさ
前話のあらすじ:アキが魔術を使う際に気を付けるべき事や今後の修練の方針を教えて貰いました。いつ消えるか分からない創造魔術なんて怖くて使えないですよね。
「アキ様、では、入退室と挨拶の手順をもう一度確認しましょう」
「はい。街エルフの挨拶は、相手が見上げるほど大きな鬼族でも、屈むほど小さな小鬼族でも、変わりなしですよね」
「そうです。互いに手を伸ばしても触れ合わない、そんな距離感を保つよう心がけてください。それより近いと、小さい側が相手を見上げる手間が増えて、威圧感を与えてしまいます」
今朝は朝から、街エルフとしての立ち振る舞いの確認作業をケイティさんにして貰っている。公式な場であれば、立ち位置とか、色々と手間が増えるけど、今のところ、どの勢力も公式に動く気配はないので、そこまではやらなくていいとの事。
ただ、鬼族と小鬼族は体格差もかなりあるし、文化の違いもあるから、一応、不快感を与えないよう、でも、下手には出ないよう、どう振る舞えばいいか、心構えも含めて学びなおす事になったんだ。
「上手、下手の関係を考慮しなくていいというのは助かります」
「アキ様はとても立ち位置が特殊なので、下手に上下関係を明らかにすると、問題になると判断されました。竜神の巫女としての序列は、各宗教のそれとも、政治のそれとも異なります。また、マコト文書の専門家としての立場は、共和国から資金提供は受けていても、あくまでも民間人としてのモノです。これも先程のいずれにも含まれない序列ですが、財閥との関係を考慮すれば、尊重される立ち位置です」
「強いて言えば、街エルフの御老人達は、国の為政者ですし、年齢的にも、上の立場として尊重すべきですよね。それを言えば、今後想定される方々は、皆、僕より年上で尊重すべきですけど」
「そうですね。敬意を持ってあたられれば良いでしょう。その点、アキ様は他種族への偏見や悪感情もないので問題ありません」
そんな話をしつつ、椅子に座る時の姿勢とか、足を揃えるとか、色々とチェックして貰った。日頃から見苦しくならないようには注意しているけど、それでもやっぱりちょっとした手の位置や視線の向け方なんかはケイティさんの指摘が入った。
相手に不快感を与えない、言ってしまえばそれだけなんだけど、なかなか奥が深くて、世の女性も大変だね。
◇
今後の大まかな予定も決まり、暇な時に竜族の若者達と心話をするとか、師匠と一緒に魔術の訓練三昧……となるかと思ってたけど、実はそうはならなかった。先ほどまでやっていた立ち振る舞いの見直しなんて話も入るほどで、竜族を含めた御偉方との会合まで少なくとも一ヶ月は空くことが決まったからだ。
では、なぜ、そんな話になったかと言えば、それぞれに理由があった。
まず竜族。竜達が仲間内で話し合うのは簡単そうだけど、縄張りを飛び越える形での飛行は色々と問題があるとかで、お伺いを立てて、了承を得てから、などと手間を掛けているため、予想以上に意見統一に手間取りそうとのことだった。
勿論、僕の希望とか、雌竜達の失策とか、僕との心話の話みたいな娯楽ネタは、あっという間に弧状列島全域に広がったそうだ。
雲取様に聞いたら、竜の言葉は千里に響く、なんて諺があるそうで、暇で刺激に飢えている竜の間では、良くも悪くも噂はあっという間に広がるんだって。
互いの活動空域はかなり重なってるし、伝言リレーでも八頭くらい経由すれば、端から端までカバーしちゃうだろうから、まぁ、そんなものなのかもしれないね。
ただ、街エルフの老人達も、竜族の横の連携の強さは理解してても、その理由がこんなのだとは思っても見なかった事だろう。この辺りの竜族の実像なんかは、老人達との会話にも役立つと思うから、出来るだけ情報を仕入れておく事にしよう。
◇
そして、遠隔地にいる竜族の所縁の品を運んでくるのも、なかなか手間取っているとの事。雲取様のように庇護下の種族がいればいいけど、そうでない竜の方が大半なせいで、品の受け渡しをしようにも、接触できる相手がいない、という状況というから、簡単には改善しそうにない。
竜達が近場の都市国家に訪れて品を渡す、なんて真似をすれば大混乱間違いなし。
なので、ドワーフ族のヨーゲルさんに頼んで、竜族が手首に付けられる鞄を用意する事になった。
雲取様とも色々と相談してみたけど、竜の体の作りからして、背負うのは難しく、抱えて飛ぶのも嫌。なら後は何処かに巻いて固定する事になるけど、首や胴回り、腕、足はいずれも飛ぶのに邪魔との事だった。
その中で、手首であれば、巻いてもそれ程気にならないとの事だった。人で言えば腕時計ってとこだけど、竜は大きいから、そこに取り付けるサイズの鞄でも牙や鱗なら十分入る事も分かった。
魔導具にしても、竜の魔力で壊れるから、魔導具ではなく、普通の道具として、竜族でも扱えて、中に入れた物が落ちず、飛ぶのにも邪魔にならず、簡単に壊れない、そんな手首装着型の鞄を作る事になった。
なかなかの無理筋と思ったけど、ドワーフの皆さんは雲取様が使う道具を作れるという事で、制作希望者が殺到する程の人気ぶりとなったそうだ。
ちなみにバランスを取る為、森エルフのイズレンディアさんも、制作に名乗りを上げて、こちらもやはり、制作希望者の選考に難儀しているとの事。
やっと、庇護下に置いてくれている雲取様に恩返しができる訳で、奮起するのもわかるね。
ただ、その話を聞いた時、きっと、追加オーダーが数百の単位で入るだろうから、量産性も考慮するようにだけ、忠告しておいた。
雲取様の話だと、竜も所有欲はあると言うし、彼らでも使える実用品となれば、欲しがる竜も出てくる筈。
そんな話をしたら、ヨーゲルさんもイズレンディアさんも、二律背反な欲求に頭を抱えていた。荒く使われても平気な頑丈さ、というだけなら、なんとでもなるだろうけど、その荒く使う相手が竜とならば、話は別だ。
何せ亜音速で飛び回り、成層圏まで行けば外気温はマイナス四十度、気圧も地上の四分の一になる。
つまり、人が使う道具を作っていた職人に、ジェット戦闘機に吊り下げる外部ポッドを作れ、と言うようなモノ。
なのに、量産性も考慮しろ、だ。
無茶言うな、と叫びたくなるところだろうね。ただ、僕が示した未来予想図がそうそう外れないだろう事も彼らは理解していたから、相反する要求を何とかクリアしようと悩んでいる訳だ。
大変だけど、取り敢えず雲取様用の試作品がまずはできれば、暫くは平気だから、と言って、励ましてみた。
彼らが、暫くとはどれくらいか聞いてきたので、最短でも何ヶ月か、少し伸びれば半年くらいは稼げると思う、と伝えたら凹んでいた。
うん、まず試作品ができない事には話が始まらないし、しかもそれができても、そう時も稼げない。大変だね。頑張れ。
◇
次に鬼族。彼らも新たな動きがあった。当初はセイケンが予想してきたように、和平派と武闘派から、それぞれ信頼の置ける高い地位の人が来るつもりだったらしい。それで九分九厘話が纏まりかけたところに、齎された小鬼皇帝の来訪。
これで、予定が御破算となったそうだ。秘密のベールに包まれた小鬼帝国のトップと、安全な話し合いの場を設ける事も可能とあって、鬼族の王まで来る気になってしまったとのこと。トップ同士の会談などと言うのは、やりたくもなかなかできるモノではない、とか言って、派閥代表を置いてでも王がやってきそうになって、調整作業に追われているところらしい。
近所への散歩だって、王様がそんな簡単に出歩けるかと言えば微妙だろうからね。なのに、いきなり人類連合の所属国へ出向こうと言うのだから、外交部門はひっくり返したような大騒ぎなんだろう。
それは受け入れる側とて同じ事。メンバーが増えるというだけでも考える事は多いだろうに、それが王様となれば、受け入れ体制とか、戦力バランスとか、宿泊施設の確保とか、お付きの者達を含めた各種物資の調達とか、やる事は山盛りだからね。
◇
そして、受け入れ側となる人類連合はと言えば、議論が纏まらず、迷走中との事。ロングヒルの王家はさっさと見切りを付けて、自分達だけで、鬼族、小鬼族を迎える算段を、街エルフ側と協議し出したそうだ。
人類連合の所属国はある意味、他人事だからのんびりしたモノだけど、ロングヒルからすれば、受け入れを断る事など、力関係や今後の事を考えれば、できるわけがない。
せいぜい、相手から多少の譲歩を引き出すくらいしかできない。それでも同盟関係にある街エルフ達がいるからこそ、受け入れ体制を整える事も何とか可能になってくる。
これがロングヒル以外の国なら、そもそも国の全軍にも匹敵する敵対勢力が二つもやってくるなんて事態に対応できる筈もなし。
そして、ロングヒルは竜が足繁く通う交流の場と化していて、状況はまるで魔女の大鍋といったところだ。
ロングヒルは王家だけではどうにもならず、貴族達も根刮ぎ総動員して、何とか鬼族の王を含む一団と、小鬼皇帝を含む一団を穏便に受け入れようと、場所の確保辺りから奔走しているらしい。
聞いているだけで胃が痛くなってくるような話だよね。しかも、出入りの商人も含めて、やってくる一団に振る舞うだけの食事を用意できる厨房施設の確保をさせているそうだ。
防衛戦主体の人類連合では、そもそも遠征部隊を支えるような野外炊具もさほど発達していないそうだ。空間鞄があるから、兵站網さえ確保すれば、都市国家から調理済みの品を運んだ方が合理的なんだろう。
都市間の交流網も細いから、大規模なイベントで、人口が短期的に増える、なんて話も少なそうだし。
なので、鬼族、小鬼族の一団を迎えている期間は、城塞都市ロングヒルが持つ厨房施設群をフル稼働させて、それでも足りないだろうから、周辺諸国から半加工済みの食材を仕入れるとか、効率アップも図るらしい。
ロングヒルの事務方を支えるため、街エルフから魔導人形達が続々と派遣されているそうだけど、そんな事態は半年前なら、夢想だにしなかった事だろうね。
緊急時対応要員として、保管庫内で待機していた魔導人形達だって、呼び出されたら、武器の代わりにペンとノートを持つ羽目になるとは考えてなかったと思う。
関係する全ての者達が、経験した事のない新たな時代の流れを感じていることだろう。変化を喜ぶ者、昔を懐かしむ者とか色々あるだろうけど、もう昔に戻る事だけはない、それは感じてると思う。
どんな感覚なのかな。いずれ、落ち着いたら聞いてみたいね。
◇
そして、今回の波乱の最重要人物たる小鬼皇帝さん。彼が来るとなれば、ある程度の軍勢と共にくるのは避けられない。何せ、まともな国交もない状況なのだから、何かあった時のために、戦力という保険は必要だからだ。
勿論、小鬼皇帝とて、竜族の庇護下にある僕やリア姉、それに加護を得ているアイリーンさんに手出しするつもりはないと思う。
ただ、それは小鬼族がロングヒルにいる人々のうち、手出ししない相手が三人いるという事を意味しているに過ぎない。
庇護下という意味では森エルフとドワーフも含まれる気もするけど、彼らの場合、雲取様の支配地域での居住を許可されている、というだけなので、雲取様も彼らまで守るつもりはないだろう。
つまり、何かあれば、小鬼達の軍勢は、ロングヒルや、駐留している街エルフ、それに鬼族、森エルフ、ドワーフ達と事を構える事も辞さないという事だ。
竜族と妖精族は別枠だから、除外するとしても、この状況は火薬庫と呼ぶに相応しい状況と思う。
同様の事が鬼族にも言える訳だ。
小鬼達は数で、鬼族は質で、どちらも城塞都市ロングヒルを壊滅させるだけの戦力を投入してくることが確定し、そんな彼らを抑えられるだけの人形遣い達を街エルフも投入してくる事だろう。
小鬼族はロングヒル入りする軍勢とは別に、国境に多数の部隊を待機させるくらいのことはしてきそうだ。数で圧倒するのが彼らの基本戦術である以上、ロングヒル入りした軍勢が、何かあれば小鬼皇帝を守りつつ撤退戦を行い、脱出を確実に成功させるため、国境付近に展開している部隊が雪崩れ込んできて、ロングヒル自体を埋め尽くすくらいの事はやると思う。
……戦記物のハイライトになりそうな壮大な戦になりそうだけど、その場に立ち会わされる側からすれば、溜まったもんじゃない。
うーん、なんか壮大な無駄って気がするんだけど、どうかなぁ。互いに信用できないからこそ、軍勢を動かさなくちゃいけなくて、軍勢があちこちからやってくるから、受け入れる側もキャパオーバーに陥ってる訳だ。
セイケンは、竜族の介入には否定的だったけど、鬼族の王と二大勢力の重鎮、小鬼皇帝とその取り巻きが集う、となれば、検討の余地はあると思う。
それに、無駄に規模が大きくなって、調整だけでパンクしているせいで、話がすぐ動かない事態に陥っているんだよね。
……なので、仕方ないので、関係者を集めて提案してみることにしたんだ。
なかなか予定通りにはいかないモノで、小鬼皇帝が来る事になって、その影響があちこちに悲鳴を上げさせる結果となりました。アキは何か思い付いたようですが、それもまた影響を与える訳で……
次回の投稿は、十一月二十四日(日)二十一時五分です。




