8-13.時代遅れの一流古典魔術師(後編)
前話のあらすじ:アキが遂に魔術行使に成功し、それについて師匠から色々と評価と今後の方針が示されました。アキの評価は「時代遅れの一流古典魔術師」。褒めてるんだか、貶しているんだか悩ましいところですね。
あと、八章全般で誤記があったので修正しました。
誤:竜族の巫女
正:竜神の巫女
竜は沢山いるので、竜族の、としたほうがいい気もしますが、巫女と対になるのは神なので。
「ところで、師匠。ちょっと質問があるんですけど」
「なんだい?」
「僕も妖精さん達が使ってる投槍を創ったりできるでしょうか?」
あれはあれで、できたら格好いいなーと前々から思ってたんだよね。
「創ろうと思えば、投槍でも、盾でも、創る事はできるだろうね。その為に、アキには幾らでも工夫が利く基本技を教えたんだ。アキもケイティのような探索者達が魔術を使うのは見た事があるだろう?」
「はい。格好いいですよね」
「格好いいかどうかは見方によるだろうが、彼らの魔術の使い方と、私がアキに教えたやり方は違う。わかるかい?」
「呪文がない事ですよね」
「その通り。だが、勘違いはするんじゃないよ。呪文を使う術式の方が初心者用で、ある意味、応用技なのさ。基本はアキに教えたように、発動させるのに言葉なんざ要らないんだよ」
「お爺ちゃん達や雲取様、それにセイケンもほとんど技の名称を口にしたりしないから、気にならなかったですけど、集束、圧縮と同様、人族が編み出した技って事ですか?」
「そうだよ。弱っちい人族が、過酷な状況下でも確実に魔術を発動させる為に編み出した技さ。自転車で言えば、補助輪みたいなもんだ。術名と対応付ける形で、魔術の固定イメージを心に刻みつけておくのさ。だから、多少雑でも、決まった形で発動できる。ただ、アレンジが難しくなるし、詠唱しないと魔術が出せなくなる副作用もあるがね」
「詠唱しないで瞬間発動の方が良くないですか?」
「そりゃ、アキが試したような落ち着いた場所なら、その方がいいだろうさ。だがね、探索者が魔術を使うのは、そんなお膳立てができた場合だけとは限らない。例えば、夜、嵐の海で、大きく揺れた船から、外に放り出されてしまったとしようか。数秒後には冷たく暗い海の中に真っ逆さまだ。そんな中、海に落ちるまでの数秒で、どっちが空かも分からぬほどめちゃくちゃに飛ばされてる中で、正確にイメージして集束、圧縮、発動と工程を踏んで、確実に魔術を発動させられると思うかい?」
「かなり難しそう」
「そう、そんな状況で魔術を成功させるのは一握りの魔導師だけだろう。そして、そんな彼らだからこそ、緊急時にゼロからイメージしなくても、確実に発動できる術式を唱える方法を習得しておくもんなのさ。百回やって、百回成功するなら、融通が利かなくても、アレンジが難しくなっても、唱える手間が増えようとも、確実に発動できる方が探索中は心強いからね」
「なるほど」
「だが、それはあくまでも探索者の話だ。アキは術式を唱えるのは害しかないからやめておくんだよ。唱えるという行為自体が、そもそも余計なんだ。せっかく集束、圧縮の工程が不要なのに、余計な工程を自分で増やす意味はないからね。どうせ瞬間発動できるんだ。唱えるのに一秒かけるなら、その間に五回でも十回でも発動させればいい。どれか成功するだろうし、普通ならそれで事足りるってもんだ。手数が多いって事はそれだけで反則技なんだよ」
「それもそうですね。それじゃ、次の魔術は、エリーもよく使う火球を生み出す奴でしょうか?」
「いんや。次の機会に、水を創るのを試させようとは考えてるが、その結果がでるまで、アキは創造系魔術は使用禁止だ」
使えない、とは言わないんだね。何が問題なんだろう?
「不思議そうな顔をしてるね。エリー、ちょっと水球を創ってごらん」
「え? あ、はい」
『水球!』
エリーが短杖を構えて唱えると、握り拳大の水の球が出現した。表面が波打ってて、かなり不安定な感じだけど、エリーが杖を向けているからか、一応、球の形で安定して浮いている。火球の場合と同じで、やっぱりどこか嘘っぽい。良くできてるとは思うんだけどね。
「集中を解いていい。解いた後の様子をアキに見せたいからね」
師匠の指示を受けて、エリーが集中を解くと、すぐに水球は下に落ちてテーブルを盛大に濡らした。
あー、掃除しないと、と思ったけど、飛び散った水は僕が手を出すより前に、掻き消えていった。
「今見たように、創造系魔術で生み出したモノは、所詮は仮初め。術者が集中を解けば、こうしてすぐ消えてしまうのさ。勿論、昨日、暴投に備えて展開した障壁のように、込める魔力量と術式を工夫する事で、存在時間を多少は伸ばす事ができる。だが、それでも少し伸びる程度さ」
「すぐ消えるなら、僕が創っても安心ですね」
「今話したのは、一般論なんだよ。一流の魔導師が数十秒降臨させるのが限界の召喚術を、リアと二人掛かりとは言え、妖精達を五人、常駐させても負担にならない。アキの魔力量や位階の高さは、一般論の範囲から大きく逸脱してるんだよ。例えば、アキが水の枯渇した砂漠の街にでも行って、人々を助ける為に、魔術で半年分くらいの大量の水を創ったとしてみよう。半年間、人々の使う水は、アキの創り出したモノだけだ。で、人体の六割程度は水分で、創造した水はいずれは消える。下手をすれば、街の住人達の体内水分が一瞬で消えて、真空凍結乾燥の完成って話も考えられる……そうならない為の禁止措置なんだよ」
聞いていくうちに、そのホラーな様子がありありと想像できてしまって、気分が悪くなってきた。
「効果が強ければいい、という話ではないのですね」
「そうさ。妖精達は槍を投げる時も命中した後、消えるように魔力量を調整してるそうだ。だが、アキは常に最大出力の種火しか作れない。だから、創造する際に、いつ消えるのかも明確にイメージしてからでないと、危なくて使えない、そういうことさ。だから次回、期間指定なしに水を創ったら、それを瓶に入れて封をして保管しておく。仮初めの水が消えて瓶が空になるまで定期観察して、消えるまでの期間を把握するんだ。消えるのが数時間後なのか、数日後なのか、それとも何年も先なのか。気長に行くしかないね」
なんて気長な話なんだか。
「師匠、それって、並行して期限付きの創造魔術も試す感じですか? 期限設定が失敗したら、火球を杖で突くみたいにして壊せばいいんでしょう?」
「やる気があるのは結構な事だけどね。アキの創り出したモノは簡単に壊れないかもしれないんだよ。だから、期限付きも試したいが、何を創るかは検討するから、少しお待ち」
「はい」
小石飛ばしみたいに、沢山創って慣れればいいかと思ったけど、処分に困る物が増えるのは微妙だ。仕方ないね。
◇
「勉強熱心なのは良い傾向だが、暫くはアキに魔法理論を教えるつもりはないから、そのつもりでいる事。理由はわかるかい?」
「ケイティさんに聞いた話ですけど、確か、先入観が邪魔をするから、考えるのではなく、感じろ、が基本でしたよね」
「良く知ってるね。その通りだが、それだけじゃない。アキはこれから暫く忙しくなって、時間の確保が難しくなるだろう? なら、小難しい理論より、実技の方が身につくってもんだ。昨日の件を参考に、短時間でも最高の成果が出る計画を立てとくから、そのつもりでいるんだね。せいぜい、魔術に触れてる時くらい、他の事は忘れられる様に、考えておいてやるさ」
師匠はそんな事を言ってニヤリと笑った。どう見ても、裏がある、そんな顔だ。
「師匠、まさか賢者さんあたりの影響を受けて、無茶な計画を立てたりしてないですよね?」
「当たり前じゃないか。師たるモノ、弟子が懸命に手を伸ばせば手が届く程度の所に目標を定めて、挑戦させるもんだよ」
なんか、エリーが御愁傷様って顔をしてる。
「翌日に響くような無茶は勘弁してくださいね」
「疑り深いねぇ。師の深い愛情に疑問は持つもんじゃないよ。無理な事はさせたりしないさ。意味がないからね。それに、アキが頑張ると、リアにも良い刺激になるんだ。せいぜい、試した魔術の事や、感じた事、考えた事をリアに話してやりな。アレでなかなか熱いとこがあるからね。いい発破になるだろうさ」
裏はなさそうだけど。
「リアも随分丸くなったもんだが、街エルフがそうなるのは普通はもっと、ずっと先の話さ。今は何としても辿り着きたい目標がないんだろうね。だが、そんな常に片手間で過ごすような生き方はつまらないだろう? 」
「それはそうですけど、リア姉も結構忙しそうでしたよ?」
「アレでかい? 冗談はよしとくれよ。リアの本気はまだまだ、あんなもんじゃないんだよ。昔まで完全に戻したらやり過ぎだが、今はのんびりし過ぎってもんさ」
人族にやり過ぎって言われるんじゃ、かなり前のめりな生き方をしてたっぽいね。リア姉自身も、昔は少し荒れてたとか言ってたし。
まぁ、リア姉は僕と同じ魔力属性で魔力量も位階も変わらず、僕より多くの事を、身につけているのだから、リア姉が頑張れば、その分、ミア姉救出の成功率も上がるってものだよね、きっと。
「わかりました。リア姉に話せるくらいには加減してください。いずれ、リア姉と合同で魔術を使ったりできたら素敵だと思うし、一人の術者では無理だから二人で分担、なんてのもありそうですから」
「わかった、わかった。翌日に響くような真似はさせないよ。全く、なんでこんなに疑り深いのかねぇ。まだ、そんな事をやらせたりしてないっていうのに」
師匠がブツブツと文句を言ってるけど、まだ、とか言ってるあたり、要注意だ。でも、これで暫くはお偉方や竜族との会合か、魔術の訓練三昧か。道筋が見えて良かった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
創造魔術系についての考察回でした。パッと生み出したものなら、パッと消えても不思議じゃない。これが建物とか道具とかでも阿鼻叫喚地獄になるでしょうけど、食料や水だったりしたら、アキも思ったようにホラー映画間違いなしでしょう。
次回の投稿は、十一月二十日(水)二十一時五分です。