8-9.アキの魔術行使(中編)
前話のあらすじ:師匠に、集束、圧縮、発動の前2工程をすっ飛ばして、発動工程からやるなら、魔術できませんか、と相談してみたら、かなり危険だけど、やるならその方法しかないだろう、との返事を得て、試してみることになりました。
あと、口先八丁手八丁な師匠は、パトロンから資金を集めるのも得意なようです。成功確率のほうが高いようですし、パトロン側も資金提供続けるかどうか悩むことでしょうね。
別邸に戻ると、珍しく、母さん達が揃って、リビングでグテーっとしているという珍しい光景に遭遇した。
「ただいま。なんか、皆さんお疲れだね」
外では一分の隙もない街エルフと言っても、四六時中、そんな真似をできる筈もなし。内と外の使い分けは重要だね。
「やぁ、アキ、お帰り。今日は魔術の訓練日だったね。何か変わった事があったかい?」
皆に給仕をしているケイティさんは、特に口を挟むつもりはないようだ。家族のコミュニケーションの場という事か。
「今日はね、雲取様から、僕は魔力の集束や圧縮はできないだろうとも言われたから、それなら、発動からやれば魔術が使えるんじゃないかと師匠に聞いてみたんだよね」
「ほー。で、ソフィーはなんて?」
「やるならそれしか無いだろうって。ただ、エリーのとこから、戦略級長杖を借りるのと、実際試す時は、瞬間発動の使い手として、師匠、賢者さん、お爺ちゃん、それに雲取様も立ち会わないといけない、それだけ危険だと言われたよ」
僕は、なぜ危険なのかをざっと補足した。話を聞くうちに、父さんと母さんも、座り直して、気持ちを切り替えたようだ。ちゃんと聞こうという事だね。ありがたい。
「アキはそれでも試したいのよね」
母さんが念の為確認してきた。
「うん。その方が次元門構築の成功率も上がるのは間違いないというから。それにせっかく、こちらに来たんだから、魔術も使えるなら使ってみたいからね」
単に使ってみたい、という願望もあると白状すると、父さんは嬉しそうに目を細めた。
「私も小さい頃、大人達が魔術を使うのが羨ましくて、自分の杖が貰えた時には、興奮してなかなか寝付けないほどだった。その気持ちは誰もが持つものだ。魔術が普通に使えるようになっても、今の気持ちは忘れない事だ」
うん、うん、そうだよね。初めて自転車の乗った時とかと同じで、できる人とできない人には大きな違いがある。だからこそ、できた時の喜びも大きいってものだ。
母さんがちょっと席を外して、戻ってくると一通の封書を携えていた。表に「七」とだけ書かれているシンプルな装い。ミア姉からの手紙だ!
「アキが魔術を行使する事が決まった、という条件を満たしたから、ミアからの手紙を渡すわね。あの子も、まさかこれが、天空竜との会合より後に渡されるとは思ってなかったことでしょう」
確かに母さんの言う通り。そんなのは最初の村を出る前のチュートリアルあたりで終えておくべき話だ。
あー、でも、早く読みたいなー、でも、リア姉達と会うのも久しぶりだし、もう少し話をした方がいいかも。
「アキ、明日の朝は共に食事をとれるから、私達のことは気にせず、読んできなさい。すぐ読みたいんだろう?」
父さんがわかっているぞ、という顔をした。
うん、そうだよね。上の空で話をしても失礼だし、仕方ないよね。
「ではお言葉に甘えて、読んできますね。最近、忙しかったようですし、明日はそのあたりの話をお互い交換しましょう」
「そうしよう。トラ吉、アキを宜しく」
「ニャ」
リア姉に頼まれると、任せろと言った感じで、トラ吉さんがキャットドアをくぐり、扉の向こうから僕を呼んだ。遅いぞーってとこだね。
「今いくね! お爺ちゃん、それじゃ、また明日」
「うむ。アキの魔術行使の件もある程度、話を進めておくから期待しておれ」
お爺ちゃんも杖を振って、また明日な、と快く僕を送り出してくれた。有難い。
僕は無くさないように封書を胸に抱えて、トラ吉さんの待つ自室へと滑り込んだ。
◇
机の上、定番の籠の中で、トラ吉さんは丸くなってる。僕が封書を開けるのを待ってくれていた。
さて。どんな内容かな。番号も若いし、普通なら始めの一歩とか、出かける前の準備とかだろうし、そうそう凝った話ではないと思うんだけど。
どうかな。
ペーパーナイフを取り出して、封を切る。
気を落ち着けて、中の手紙を開いた。
<七>
あなたは、こちらの世界にきて、あちらの世界にはない魔力の理について、試す機会を得た。魔術、それは物の理を捻じ曲げ、現実を望んだ姿に改変してしまう技術だ。こちらでは誰もが魔力を持つが、だからと言って、誰でも魔術の使い手となれるかといえば違う。現実を己が意思で書き換える強い心と、現実に合わせるのではなく、己に対して現実を書き換えて合わせるという傲岸不遜さが不可欠なのだ。
魔力属性と本人の心の在り方が合わなければ、魔術師としても大成しない。
だから、逸る気持ちを抑え、まずは心を落ち着けて、体の内と外に満ちた魔力を感じ取ろう。それが基礎であり、最も重要な事なのだから……
さて、あちらにはなかった魔力、そして、それを行使する為の技である魔術。補助する魔導具もあるけれど、基本はシンプルで、成功した状態を明確にイメージして魔術を発動させる、それだけだ。簡単だね。
どんな大魔術だろうと、それが基礎にして全て。そう言っても過言じゃない。
願ってはいけない。願うのは神の力を借りる神術であって、魔術じゃない。
頼むものでもない。心を通わせた精霊に頼むのは、精霊術だ。魔術じゃない。
結果に疑念を抱いちゃいけない。そんな気持ちがあれば、魔術はその通りに発動して失敗を正しく再現するだろう。
目の前の現実がどうだろうと、思い描いた姿こそが現実なのだと、一切の疑念なくイメージする、それが魔術師に求められる資質だ。
師の教えに疑問があれば、納得するまで話を聞き、自分の中で納得できるまでは決して魔術を試みてはいけないよ。
最後に、魔術は不可能を可能にする技術だけど、危険な技術だという事を忘れずに。
追伸一:同じ魔力属性のリアにもよく話を聞く事。一般的な魔術師とは、かなり毛色が違うからね。
追伸二:リアの説明はちょっと感性寄りだから、よくわからなければ、ケイティや師匠に聞くように。
追伸三:リアとの魔力共鳴で、魔力量が増えているだろうから、魔力増幅時の注意点を確認しておく事。
――成る程。やっぱり魔術はかなり危険だね。ちょっと割り込みでも入れば、すぐおかしな事になりそうだ。エリーが魔術を使っている様子からすると、定番の魔術について、何度も使って心の中での発動イメージを確立しておくんだろうね。だから、多少の心の動揺くらいなら、発動した魔術の精度低下くらいで済むんだろう。
あと、書かれている内容も、街エルフの国から出航した際の手紙のように仲間に言及もしてないし、初めに住んでいた館で、魔術を使う事を想定して書いた感じだ。
師匠と書いてるのは、ソフィアさんとは限らなかったから、その配慮かな。街エルフで教えられる人はいくらでもいた訳だからね。
それにしてもミア姉が、リア姉の事を感性寄り、ね。自分だってそうなのに、どの口が言うんだか。
「にゃー」
おっと、トラ吉さんの催促だ。
「手紙には、魔術を使う上での注意点、明確に結果をイメージする事が大切、って書かれてたよ。それに魔力が多くなってるだろうから、同じ魔力属性のリア姉の話もよく聞くようにって」
トラ吉さんは僕の説明を聞くと、それならいいかって感じで、大きく欠伸をすると、目を閉じた。
まぁ、そうだよね。安全策で行くなら、今頃、街エルフの国の館で、魔術訓練とかしてたかもしれないんだよね。
でも、そんなノンビリしてたら、こちらにきてからの多くの出会いはなかった。
妖精さん達は来ていただろうけど、それだけ。竜族も、森エルフやドワーフも、それに鬼族とも接点はなかった事だろう。エリーとも出会わないから、今よりだいぶ落ち着いた感じだった事だろう。
ある意味、引き篭もりな街エルフらしい生活スタイルだったとは思うけど、たらればの話で、ぼくがそんな変化の少ない生活に耐えられなかった気がするから、いずれにせよ、長続きはしなかったんじゃないかな。
そう考えると、現状はミア姉の想定からはかなり外れてきてるけど、それは良い傾向だと思う。女神の前髪をちゃんと掴めてきたからね。
今後の話として確実なのは、街エルフの国、人類連合、鬼族連邦、小鬼帝国、それと竜族それぞれのお偉方との交流ラッシュがあるって事。
他が接触しているのに、自分達は後でいいなんて、のんびり考えるのは街エルフくらいだと思う。
今起きている事をその目で把握するというのに、一連の出来事に全て絡んでいる僕に接触してこない訳がない。
今から考えても仕方ないし、ここはケイティさん達に支援して貰って、相手の情報をなるべく頭に叩き込んでおこう。
……とは言うものの、鬼族、小鬼族、竜族は事前情報なんて期待薄だし、街エルフの老人達はケイティさんの話だと小手先でどうにかできる相手でもなし。対策を立てられそうなのは人類連合だけ。か。
まぁ、なるようにしかならないって事だろうね。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
久しぶりに家族揃って話をする機会があり、ミアからの手紙も久々にGETすることができました。母も言うように、竜族との会合より後に、魔術行使の話がくるとは予想できなかったことでしょう。
次パートは魔術談義とは内容がズレるので、魔術行使(後編)は8-11になります。
次回の投稿は、十一月六日(水)二十一時五分です。




