8-8.アキの魔術行使(前編)
前話のあらすじ:セイケンとの茶飲話もラストという事で、鬼族連邦の和平派、武闘派の見解について聞くことができました。中ボスラッシュ確定です。
なかなか時間が取れず、久しぶりに師匠の所で、魔術の訓練をした。と言っても、内容は代わり映えしない。エリーの創り出した火球を消すいつもの奴だった。
前々からちょっと考えていた事があったので、師匠に聞いてみることにした。
「師匠、僕の魔術なんですけど、集束、圧縮は難しいと雲取様も言ってましたし、この際、発動から試してみるというのは、どうでしょうか?」
僕の問いに、あー、そりゃ、気付くか、などと話すと、僕の方に居住まいを正してきた。
慌てて、僕とエリーも姿勢を正す。
「アキ、今の話だが、内緒で試してみたりはしてないかい? 怒らないから、正直に話すんだよ」
「そんな危ない事はやらないです。師匠の見解を聞いて、師匠のいる場所でないと、そもそも怖くて試せません」
師匠は僕の内心を見通そうとするかのように、ギョロリと睨んできたけど、後ろ暗い事はないので、そのまま受け流していたら、ため息と共に破顔した。
「アキにしては上出来だ。その慎重さを今後も守るんだよ。結論から言えば、アキが魔術を使うとしたら、それしかないだろうね。ただ、この上なく危険で、杖も特別な物を揃える必要がある。アキ、なんで、危険か言ってみな」
「僕が魔力を感知できないのと、魔力の制御もできなさそうってところでしょうか」
「正解だ。アキに分かるように話すと、魔力は周囲に満ちた可燃ガスのようなもんだ。術者が灯すのは種火。条件が揃えば一気に燃え広がる。ここまではいいね」
「はい」
「だが、魔力濃度の薄いところでは種火は強くしないと発動しないし、濃いところでは弱くしないと想定以上の効果が出ちまう。最悪、暴発ってことさ。で、アキは魔力を感知できない。種火の調整をやりようがないってことさね。しかも、魔力は常に満タンで、出力は殆ど制御できず、一般的な基準で行くなら、常に最大火力の種火しか出せない。ーーこの上なく危険といった理由はわかったね」
「それって、小さな火球を作るつもりが、巨大な火球ができちゃう、ってところでしょうか?」
「ただ大きくなるだけならまだいいが、軽く炙るつもりが、鉄をも溶かす白炎発生って可能性もある。私ゃ怖いね」
「私も」
二人が頷くのも当然だ。
「それに、アキの魔力に耐えられる長杖も必要だね。考えうる最大魔力にも耐えられる戦略級長杖辺りなら平気かねぇ。エリー、確か王家が飾ってるだけの骨董品があった筈だ。あれを暫く貸してやってくれるかい? どうせ、使う者もいなくて埃を被ってるだけ。有効利用してあげる方が道具も喜ぶってもんだよ」
「流石にハイそうですかとはいきません。父に話してみますが、あまり期待しないでくださいね?」
エリーの言に、師匠は鼻を鳴らした。
「街エルフに恩を売るチャンスじゃないかい。せいぜい高く貸してやんな。王家ならそこらの損得勘定はきっちりやるさ」
師匠は、これで長杖は確保できたねぇ、などと満足げだ。ちょっと気になった事を聞いてみよう。
「師匠、なぜ、その杖なんですか? ケイティさんが使っているような短杖とかでもいい気もしますけど」
「魔術の発動起点は杖の先端だ。発動起点とアキまでの距離の長さは、そのまま、何かあった場合に割り込める可能性を担保してくれるのさ。もし、指輪なんぞを起点に塵化の術でも発動したら、どうなると思う? 周囲が止める間もなく、アキは一山の塵となってお終いさ。これが長杖なら、魔術が周囲を飲み込んでいく刹那の時間に割り込んで、拡大を止めるなり、起点を破壊して魔術を崩壊させるなり、止める事もできる。だから、長杖なんだよ」
「……納得しました」
というか、魔術を使えるんだ、やったーとか軽い気持ちで考えていたけど、常に最大出力、魔力濃度無視じゃ、誰かの補助なしには試すのだって怖過ぎる。
「それと魔術を試す時は、私と、それに賢者、あと、雲取様にも立ち会って貰うから、そのつもりでいるんだよ。勿論、翁はアキの傍で待機だ。瞬間発動の担い手がそれだけいれば、何とかなるだろうさ。何ともならなかったら、その時は諦めな」
師匠はそこまで、話すと改めて聞いてきた。
それでも、魔術を試したいか、と。
◇
僕の答えは初めから決まっている。
「勿論、やります。次元門構築の時、僕が魔術を全然使えないよりは、使えた方が成功率は上がるんでしょう?」
「そりゃ間違いないね」
「なら迷う余地はありません。あ、でも、出来るだけ安全なやり方でお願いします。怪我とかしたくないので」
この身体はミア姉からの借り物だからね。傷がついたりしないように注意しないと。
僕の返事に、師匠は何とも面白そうなものをみつけたといったタチの悪い表情を浮かべた。
「安心しな。魔術を暴発させて死ぬ奴なんざ、歴史書を紐解いても、数える程度しかいやしない。それに試すのは、物を動かす術にするからね。暴発したとしても、演習場の土手に穴が開く程度さ。アキが気をつけるのは発動時、余計な話を考えない事くらいだ。しかし、どうなるか見ものだね。よし、ドワーフ連中にも計測させよう。阻害系の魔法陣で影響が出るかどうかも試したいね。ならーー」
ノリノリな感じの師匠だったけど、メイドさんが手を挙げたのを見て顔を顰めた。
「何だい?」
「ケイティ様から言付けが届きまシタ。ドワーフに話を通す前に、調整組を交えて検討するように、との事デス」
少し遠慮がちな口調ではあったけど、メイドさんはしっかりとケイティさんの言葉を伝えた。
確か、師匠の屋敷は街エルフの大使館領内という事もあり、大使館や別邸とシールドされた有線で接続されているから、遠距離でも連絡可能なんだよね。
師匠が金のかかる事、他の種族に絡む事を言い出したら、すぐ報告して指示を仰ぐ体制が構築されているんだろう。
見事な再発防止策だ。
「全く、財布の紐を他人に握られているのは嫌だねぇ。こんな幼気な老婆を掴まえて、大人数で囲んであれこれ文句ばかり。堅苦しいたらありゃしない」
師匠は放っておけば毒舌をいつまでも続けそうな勢いだ。メイドさんが気の毒なので、ちょっと割り込もう。
「師匠、それなら自腹を切って研究すれば、好き勝手できるんじゃないですか?」
「あん? 何、馬鹿な事を言ってるんだい。こちとら、至極真っ当な、世の為、人の為になる研究の為に尽力しようって言うんだよ? なら、魔術の才はなくとも、せめて資金くらいはぱーっと出すのが筋ってもんじゃないか」
「師匠は鍛えた腕を貸す、支援者は研究に必要な物を揃えて支える、イーブンの関係だと」
「そうさ。わかってるじゃないか。だいたい、自分の金じゃ余計な事に気が散って、必要な時にパーっと使えない。そういう縛りが入った計画は大体、うまくいかないもんさ」
他人の金なら躊躇せず使い倒せる、と。うん、流石、師匠。研究者の鑑だね。
おや? エリーが、まーた始まった、とか言ってる。
「エリー、またって、師匠はよく、今のような話をしているの?」
「よく言うの。それに失敗した時も、口が回る事、回る事。「失敗だって? 上手く行かない方法が見つかっただけじゃないか。それに今回の結果から得られた知見も多かった。ここで辞めたら確かに単なる失敗さ。だが、継続して成功すれば、そこに辿り着くために必要な礎だったとなるのさ。次の計画書はすぐ用意するよ。まさか、降りるなんて言わないよねぇ?」ってなもんよ」
エリーは、そう話す師匠の様子を幻視できるほどの見事な声真似で、師匠が言いそうな台詞を言ってのけた。
「いやー、エリー、上手だね。もしかして、王家も師匠のパトロンを長年やってるとか?」
「まぁね。父様や母様が初めは打ち切る気だったのに、いつのまにやら、計画続行になってた、なんてのも何回も見たの。それはそれはーー」
そこまで口にして、エリーはギリギリと首を横に向けた。そこには当然だけど、満面の笑みを浮かべた師匠が立っていた。背は師匠の方が低いのに、明らかにエリーが圧倒されてて、縮こまってるのがわかる。
「エリー、今回の試みは、妹弟子のアキが魔術を使えるかどうかだけじゃない、高魔力域における魔術の挙動を見る意味でも、深い意味のある事なんだよ。調整組といやー、エリーが牛耳ってるも同然。なら、師匠のささやかな頼みくらい叶えるのが弟子の孝ってもんだよ。あー、アキはそろそろ帰る時間だったね。試す時期は後でケイティにでも伝えておくから安心おし。姉弟子のエリーがちゃーんと手筈は整えてくれるからね」
などと言いつつ、僕はあっち、自分とエリーはこっち、とジェスチャーで伝えると、そのまま、調整組との会合へ行く、とばかりにエリーを引き摺って行ってしまった。
いったい、どこにそんなエネルギーを秘めているのかと疑問が浮かぶほどパワフルで、急いで後を追いかけていくメイドさんも、いつもの事なのか、手早く荷物を纏める手際は見事だった。
久しぶりに師匠を交えて、魔術談義となり、色々と用意して、もしもの事態に備える必要はあるけれど、アキも魔術を試せる事になりました。瞬間発動の使い手が師匠だけだったなら、きっと今回のようにゴーサインは降りなかった事でしょう。
何れにせよ、アキとしては念願の魔術という事で、ウキウキですね。
次回の投稿は、十一月三日(日)二十一時五分です。




