8-3.次に備えた内緒話
前話のあらすじ:紅竜とも彼女がギブアップするまで心話を続けることで、話が終わり次第仮眠を取らせる作戦を成功させることができました。
僕は、紅竜さんとの話について、だいぶ端折って、皆に説明した。いちいち何を伝えたか、列挙していったら、小休憩の範疇から大きく逸脱しちゃうから。
だから、まず、あちらの不手際について三点ほど指摘して、同意を得て、今後の改善が見込めそうだったので、問題点の指摘はそこまで。後は紅竜さんの好きそうな話題について、マコト文書の内容をざっと二割ほど伝えたところで、限界を迎えてギブアップ。今はああして寝てるから、僕との対話で何があったか、残りの竜達にもバレてないので、同じノリで各個撃破してくつもり、だと。
そう話したんだけど、皆の表情が引き攣ってる。妖精さん達は良くやった、くらいには言ってくれるかなーと思ったんだけど、なんか呆れてる感じだ。
「それで、アキは今の説明で、対話内容の何割くらい説明できてると思うんだい? あと、僅か二十分程度なのに、随分濃い対話だったようだけど、疲れてはいないのかい?」
リア姉が皆を代表して、質問してきた。
僕が心話している間も皆で意見交換していたんだろうね。聞きたい内容は全員の合意済みっぽい。
「あれ? それくらいの時間でしたか。まぁ、相手に合わせたのんびりペースだったから、僕のほうは別に問題ないです。説明は大筋では間違ったことは伝えてないですよ? あー、そういえば、話が終わる最後のほうには、思考を読む物の怪扱いされましたね。話した内容を全部文字に起こしたとすれば、一割も話してないですけど、そもそも心話で伝えあった内容を言葉にすること自体、真面目にやったら、それだけで何時間もかかりますからね、きっと」
僕の説明に、リア姉は合点がいったと頷いた。
「マコトくんとの心話の内容を書き残すのにも、ミア姉は随分時間をかけていたからねぇ。それもロゼッタや彼女の部下の女中人形達を加えてでも、それだ。それで、物の怪扱い? それもまた、重要な話と思うけど、他に言い忘れたことはないかい?」
優しい口調だけど、他にも触れてないことが沢山あるんだろ、さぁ、話せ、と圧力をかけられた感じだ。
うーん、さっきので粗筋は合っていたと思うけど、他にか。
「そうですね。紅竜さんの祖父世代の方々は厳格な考えをお持ちのようだとか、老竜は大きくて力も強いけど、あまり活発には動けないっぽいとか、父母も結構、心配性っぽい感じだとか、今回の来訪は思いつきで、事前の練習もしないでぶっつけ本番でやったとか、それが齎すであろう影響を説明したら、紅竜さんが怒られるだろうと蒼くなっていたこととかでしょうか」
「……アキ、ちらっと聞いただけでも、重要そうな話ばかりに聞こえるんだけどね?」
リア姉の言葉に、皆がうんうん、と頷いている。シャーリスさんも、報告者としては失格じゃのぉ、と呆れている。お爺ちゃん達の反応からしても、似たようなものっぽい。
むむ、結構、上手く端折って報告したつもりなんだけど、なんか不評だ。
「アキ様、今の話からすると、残りの六柱とも心話をして、紅竜と同様、仮眠をとって貰うつもりのようですが、雲取様のほうはどうしたらよいと考えてますか?」
ケイティさんの問いも尤もだ。リア姉の反応からして、雲取様とリア姉の心話も成功しているようだし、彼にいつ出てきて、どう振舞って貰うか、は結構重要そうだと思う。
「残りの方々の性格にもよりますけど、あまり僕達と雲取様が結託している感じを出すと逆効果かな、と思います。それよりは、ここは雲取様の散歩コースにもなっているのですし、七柱も同じ場所で寝ていれば、彼が気が付いて様子を見に来てもなんら不思議はないでしょう。そこでざっと説明して、雲取様から、人族への対応絡みで、ちょっとだけ釘を刺して貰えればいいんじゃないかと思います」
ティーンエイジャーにありがちな反応として、誰かに頼って力を借りると、不評を買うというのがあるから、そのあたりはできれば避けたいところ。ただでさえ、雲取様の好意を受けてて感情の折り合いがつかないとか言っているとこに、僕が雲取様に頼って、あれこれして貰うのは、燃料投下にしかならないと思う。
「あくまでも自然に、か。アキよ、雲取様は大丈夫かの?」
シャーリスさんが疑問を口にした。雲取様が大根役者だったら確かに問題だ。
「それは問題ないと思う。色々内心思うところはあっても、彼女達との仲も険悪になったりしてないくらいだから、きっと大丈夫」
ストレスは溜まるだろうし、きっと、彼女達の親の世代からも、頼りにされているだろうから、いずれ愚痴くらいは聞いてあげよう。ガス抜きしないと、いくら彼が人格者でも辛いだろうからね。
「アキ、あの雌竜達だが、暴発する可能性はどの程度ありそうなんだ?」
ジョージさんが割り込んできた。ふむ。暴発、か。彼の目線の先には、風の障壁の中で、活発に話をしているっぽい六柱の雌竜達のなんとも活動的な様子があった。確かにエネルギー有り余ってる感じだし、外見からじゃ、どんな雰囲気かわかりにくいだろうね。
「まだ、紅竜さんだけなので、例外もあるかもしれませんけど、理性的で、感情を御することができないってこともなさそうなので、暴発することはないと考えていいでしょう。ただ、人に慣れてないので、ちょっとした感情表現のつもりで羽ばたいたり、尻尾を振り回したりして、少し周りを荒らしたりはするかも。壊そうとか害そうとする意識でやることはないと思っていいでしょう」
「竜にとってはその程度でも、やられるほうは洒落にならないんだが」
「心話の最中に、体が動かなければ大丈夫じゃないかと。そういえば、心話の間って、紅竜さん、感情の起伏は結構激しかったけど、体のほうは動いたりはしてたんでしょうか?」
「魔力の変化は激しいものがありましたが、体の動きはほとんどありませんでした」
「なら問題なしですね」
「問題ないのは、私と妖精達くらいで、周りは大変だったんだよ」
む、リア姉の話からすると、感情の高ぶりに合わせて魔力も増大するとか、そういう変化があったっぽい。
「まぁ、でも今回は感情を揺さぶり、問題点を認識して貰い、疲弊して仮眠をとるまではセットなので、許容して貰うしかありませんね。あと六柱です。頑張りましょう」
ぐっと、手を握ってみせたけど、皆さん、お疲れのご様子。
「アキは元気だねぇ。きっと、内緒話をしている残りの竜達も、こんな小さな体なのに、と驚いていることだろう」
「心話に、体の大きさって関係あるの?」
「さてね。そもそも、体の大きさが違う魔獣なんかは、魔力も大きいから、魔力は似たような量で身体の大きさだけ違う、なんて事例もないし、そこは何とも言えないけど」
そんな話をしていたら、内緒話をしていた六柱の竜達が話し終えたようで、こちらに顔を向けてきた。
<そろそろ、再開したいが準備はよいか?>
「あ、はい。では次の方、魔法陣にお入りください」
少し小走りで、魔法陣の中に入ると、次の竜が紅竜さんと同じように、結構気を使ってそっと、飛び上がって、魔法陣の中に降り立った。次は青竜さんか。
◇
それから残りの雌竜の皆さんも一柱ずつ心話をして貰い、心労で仮眠をとってもらう流れまで、予定通り進めることができた。
どの子も、興味の分野が違ったり、親類との関係も多少の違いはあったけど、大方、大切に育てられた良いとこのお嬢さんといった感じで、妙に擦れたり、捻れたりしてないのは良かった。好奇心旺盛なのもどの子も同じ感じ。
予想外だったのは、最後に話をした白竜さん。彼女は他の竜より少し小柄で妹分といった扱いのようで、甘やかされている感じはないけど、腕力で敵わない分を、頭で補ってる感じの才女ってとこで、他の子達とは着眼点が違ってた。
彼女が着目したのは僕。竜族に貪欲に働きかけて、魔術に長けていて未知に挑戦する、そんな個体を探している理由や、竜と対話をしても平然としている僕自身に興味を強く持ったとのことだった。
彼女はとてもお願い上手で、なんか話をしているうちに、僕がミア姉に寄せている思いを知っておきたいと言われ、記憶を渡すことになってしまった。できるだけ触れないように、気にしないように、避けていた記憶に触れてしまったせいで、しばらく感情のコントロールができないほど荒れて、泣いて、色々と愚痴を言って。
彼女に慰められてしまったりして、落ち着いた後はかなり恥ずかしかった。
種族間の違いを強く感じたのは、彼女がみせたその時の反応。幼い頃であれば、父母に頼らないと生きていけないから、父母が近くにいないだけでも悲しい気持ちが強くなり、寂しさに胸が締め付けられそう、というのはわかる、と。
でも、体も成長して独り立ちした後であれば、一人で生きるのが当たり前であり、他の誰かと会えないからといって、それで寂しさや悲しさを感じることはほとんどないのだ、と。それぞれにそれぞれの生きる道があり、時折触れ合う程度というのが普通だと。
群れで生きることが基本の人族と、独り立ちした後は個別に生きることが前提の竜族の大きな違いだろうね。
それに、僅か三カ月程度離れただけで、寂しく感じるとは、アキは見た目通り幼い、などとお姉さん風まで吹かれてしまった。そこは譲れないところなので、親しい人と離れることは、いて当たり前の人がそこにいない、というのは人族にとってはとてもショックなことなのだと力説したんだけど。
竜族の時間軸からすれば、数日離れたくらいで、みたいな感覚だったようで、はいはい、それは寂しかったね、などと温かい心で包んでくれるほどの配慮をしてくれた。
おかげで、白竜さんからは、僕は小さな子供みたいなもの、あるいは人族からみたペットみたいなものであって、小さく、儚いからこそ、手もかかり、雲取様が気を回しているのだ、などと思われてしまった。
伴侶枠に入ってくることなどないのだから、ここは夫殿の愛でる様も含めて受け止めるのが妻たるものの度量というものだ、などとなんか自己完結した挙句、僕にそう思うよね、などと聞いてきたり。
他の六柱の竜よりも、白竜さんのほうが精神的にはちょっとだけ大人で、そして、ちょっとだけ大人であろうと背伸びしている感がある、そんな女の子と言えそうだ。勘が鋭くて、頭の回転も速く、これと思うと突き進んでくる突進力も侮りがたし。
心話を終えた時、僕が泣き腫らしていた様子をみて皆を心配させたけど、概ね成功したと言えると思う。
戦績としては、六勝一敗といったところかな。
一回の心話は三十分に満たなくても、七柱もいれば、時間も結構かかるもので。
終わった頃には、もう日も傾いてきて、寝るための準備をしないといけない時間になっていた。
万一に備えて、リア姉達は残るというから、対応をお願いして、僕は別邸に戻った。
シャンタールさんに寝落ちしないようにフォローして貰いながら、なんとか身を綺麗にして、寝る準備を整えることができたけど、今回の対応は結構、疲れるものだったらしい。
ベットに辿り着いて、潜り込んだところで、あっという間に寝てしまった。
なんとも疲れた日だった。
アキは話をするのは得意でも、話を取り纏めて報告するのはあまり得意ではない、というのが周囲の評価になりそうですね。アキ本人としてはちゃんと要点を抑えて報告しているつもりなんですけど。
他の人が竜族相手なのだから一挙手一投足を見逃せない、と思うのに対して、アキは話し相手のことだし、プライベートのことはあまり話さないほうがいいよねー、などと認識していることから生じるズレだとは思いますけど。判定してくれる第三者がいない心話の良い点でもあり、悪い点でもありますね。
次回の投稿は、十月十六日(水)二十一時五分です。