8-1.紅竜との心話(前編)
前話のあらすじ:雲取様もロングヒルに足繁く通うようになり、それに不満を持ったのか、彼に思いを寄せる七柱の雌竜達が編隊を組んで、ロングヒルにやってきてしまいました。幸い、所縁の品を必要としない心話補助用魔法陣ができていたので、それを使い、アキは全員と心話で対話を行うことにしました。
さて。互いに魔法陣の中には入ったので、紅竜さんが僕の心を認識することができるかどうか。
僕のほうからは、紅竜さんの心に触れて、混乱している様子がよくわかるので、この感じなら大丈夫と思う。
そのまま待つこと数分。
<……心話と聞いていたから、幼い頃、父母と交わした頃のことを想像していたが、随分違う。これが其方の心か。不思議な感じだ。だがわかった。視覚的な感覚が抜け落ちている以外は全てある。慣れれば、逆に他にない特徴故に他の者と誤解することもないだろう>
伝わってきた感じからすると、心を触れ合わせた時に感じる相手の心の起伏や熱さ、冷たさといった視力で感じ取れる以外の様々な感覚を総合的に認識しているといったところか。ただ、僕の場合、そもそもミア姉と心話をしていた時にも、こちらで言うところの魔力みたいな目でも見える動きや色なんてものは、ミア姉に対して感じたことはなかったから、心話というのそういうものだと思っていた。だけど、どうもそれは通常とは異なる例だったらしい。
<心話をこうして行うことができて幸いでした。心の相性が良くないと心話は成立しないと言われていたので、ちょっとドキドキしてました>
<其方の場合、魔力が感知できない分、良い相性もないが、悪い相性も生じることはあるまい。そして、心を触れ合わせてこれだけ感じ取れれば、私達、竜族であれば、心話を行うことは容易いことよ>
余裕しゃくしゃくといった雰囲気だけど、一緒に、上手くいって良かったとか、できなかったら恥ずかしいとか、付随する様々な感情まで流れてくるから、ハリボテなのがバレバレだ。
まぁ、雲取様に比べても若々しい感じだし、エネルギーも有り余ってる感があるし、僕に対する悪意、排除したいというような気持ちはほとんど含まれてないみたいだ。良い育ちのお嬢さんだね。
<こうして心話を行えて何よりでした。心話を行うには、相手を信頼して当たらなくては上手くいきません。それに互いに話し合いをするにあたっては、安心できないと、繊細な心の触れ合いにも支障が出ることでしょう>
<それは、そうよな>
僕の語りかけにも、鷹揚に答えてくれた。長命種であっても妖精さん達と違い、せっかちな印象は薄いね。あ、せっかちなのは、お爺ちゃんと賢者さんの二人だけって話もあるか。
<なので、耳の痛い話ではありますが、仲良く今後のことを談笑する前に、今回、皆さんがいらしたことの問題を認識していただきます>
<問題などなかろう>
そう言いながらも、何か思い当たるところがあるのか、面倒臭い、まるで父母のようなことを言い出したぞ、とかなんか身構えた雰囲気が出てきた。それでも怒り出したり、聞きたくないと拒んだり、自分の言いたいことだけ伝えて切り上げようとしないんだから、良い娘さんだ。僕への興味も結構感じられていいね。
<簡単に済ませますので、ご安心ください。名前がないと不便なので紅竜様と呼んでもよいですか?>
<好きにせよ>
<では、紅竜さん。問題認識の前提としてちょっとお聞きしたいことがあります。お仲間の竜で、会うのが怖い方はいますか? 信頼できる方だけど、かなり緊張する相手とかだといいですね>
<……>
ほぉ。なんとも大きな体躯で高齢っぽい竜のイメージが漏れてきた。関係は父方のお爺さんか。悪さをすると、本気で叱るけど、褒める時は褒める、と。いいお爺ちゃんだね。
<雲取様より大きな体躯で、結構なお年のお爺さんですね。確かにちょっと目線が怖い感じでしょうか。後ろめたいことがあっても、なくても、会うだけでちょっと緊張しますよね>
<な、なぜ分かった!?>
これ以上ないほどわかりやすく狼狽してくれて、どこで知った?とか、雲取様か? しかし、あの方はそんな話はすまい、とかなんとも目まぐるしく思考が走りまくってるけど、それを心が触れている状態でやったら、駄々洩れなんだよね。
<心を触れ合わせていれば、意識した事は相手に伝わるんですよ。いちいち話をしなくても済むから便利ですよね>
<そ、そうか?>
考えまいとしても、考えてしまうのが意識というもの。雲取様からは聞いてないですよ、と伝え、それに驚く様子にも、いちいち、驚かれているけど、ほら、こうしてどんどん教えてくれてますから、と続けたところ、明らかに怯えのような感情が生じたのがわかった。
<さて。紅竜様>
<うむ!>
ちょっと垣間見えたお爺ちゃんの語り方を真似て、一見、穏やかなんだけど、芯が通っている厳格さを前面に押し出して、話しかけてみたけど、効果覿面。……やり過ぎないように気を付けよう。彼女の中での僕の扱いは、雲取様の寵愛を受けている街エルフの娘から、心の内を見通す謎の生き物扱いになってきてるし。
<貴女が幼い頃、巣の中でうとうとしていると、突然、巣に向かって、お爺様や同じ様に厳格な老竜の皆様が、何やらピリピリした雰囲気で降りてきたとします>
<……ふむ>
わざわざ、感じ取った老竜達が降り立つ様子を明確にイメージして、逃げ道がない状況までしっかりと渡してみた。心話ではイメージだけでなく心象、圧迫感といったものまで渡せるから、便利だね。
<頼りたい母竜はあいにく不在です。どうです? かなり緊張しませんか? そもそも彼らの前に立つ事すら、とても勇気のいる事ではないですか?>
<その様に極端な例では、仕方ない>
老竜達に囲まれて、話しかけられたら、無視したり、背を向けて逃げ出すなんてできる筈もない。竜からは逃げられないのだから。悪いことをしてなくても、前に出て話をするだけで、緊張してまともに声が出ないかも……か。
なるほど。やっぱり天空竜が強いといっても、同じ天空竜同士なら、明確な上下関係が生じるんだね。
<勇気と、そして、彼らへの信頼なくしては、前には立てませんよね>
<それはそうだ>
心から同意してくれて良かった。共感してくれないと、これから伝えることの意味がないからね。
<僕は貴女達の前に立ちました>
<ん?>
<力の弱い僕は、貴女達、天空竜の前に立つのに、とても勇気が必要でした。皆さんはとてもお強いのですから。その気がなくとも、軽く振り回した尻尾に掠っただけでも、死んでしまうでしょう>
僕自身の小さな姿と、下から見上げた七柱の雌竜達に囲まれた様子をしっかりとイメージして渡した。悪気はないのだろうけれど、金属質な鱗や尖った角や牙もあって、とっても強くて恐ろしく、対峙するだけで強い圧迫感を覚えた、という記憶も一緒に渡した。
<……其方の勇気を認めよう>
あぁ、そういえばこいつは小さいんだった、と思い出したような感想付きで、僕の行動を賞賛してくれた。……ふぅ、なんとか第一段階クリア。
<それと、僕が皆さんを信頼している、その証となったと思います>
<なぜ、そこまでする? 其方も我らの力を怖れているのだろうに>
僕が結構ドキドキしていたこと、大丈夫と思っても不安だったことなんかも、心を触れて渡していたこともあって、疑問に思ったり、疑ったりされることはなった。……ふぅ。
<それは、雲取様が貴女達を認めているからです。雲取様が我々に対して見せた紳士的な振る舞いは、信頼するに値するものでした。そんな雲取様が認めるのです。ならば、認めない事などあり得ません>
言葉と共に、雲取様の見せたこれまでの紳士的な振る舞いや心遣い、それに対する憧憬の念もセットで伝えた。雲取様が認めた貴女達もまたきっと良い方々だと思ったのだ、とも伝える。
<――彼の方は素晴らしいからな>
乙女らしく、恋する殿方が褒められれば悪い気はしないようだ。同時に、そんな雲取様に認められたという話に対する喜びと、ならばそれに相応しい対応をしよう、という配慮も感じられた。
<はい。ですので、今から耳の痛い話をしますが、お聞きください。それが終わったら、仲良くなるためのお話をしましょう>
好意を全面に押し出して、貴女達とも雲取様と同じくらい仲良くしたいのだ、とはっきりと伝えた。今回のようではなく、紅竜さんが単独で舞い降りてきたのを歓迎する僕達の未来イメージも添えて。
<仲良く、か>
あぁ、混乱してる。なんでちょっと見に来た程度のつもりだったのに、先々、通う話になっていくのか、と。でも、それを嫌がってる印象はないかな。それより、歓迎されちゃったぞ、それってどう振舞えばいいんだ? みたいなお呼ばれして困ってる乙女な感情のほうが強い。
<だって、こうしてざわざわ来てくださったのですから、仲良くなりたいじゃないですか。まだ、天空竜は雲取様以外、面識がありませんからね。皆さんとも末永く交流したいと思っています>
<心話は便利よの。其方が心からそれを望んでいると伝わってきたぞ>
<はい>
<では、話すがいい>
紅竜さんから、あれだけ怖い、大きいと言ってたのに、心から歓迎します、と伝えてくる僕の姿勢に、半ば呆れたように、話すよう促してきた。
◇
怖いと思う気持ちはあるけれど、仲良くしたいという気持ちもあるのは確か。そして、親しき仲にも礼儀あり。やっぱり、そこはちゃんとしておかないとね。
<では。皆さんが編隊飛行でロングヒルの街に来ましたが、問題が三つありました>
七柱の飛行する姿や、降りてくる様子について、僕が下から見上げた時の記憶を見せた。ただし、感じられた魔力などへの印象は渡したけど、がっかりした僕の感想部分はしっかり隠して。光景や音、乱れる風や魔力の流れる様について、淡々と伝える感じだ。
<何が問題だというのだ?>
僕の渡したイメージは、予定通りの姿だったようで、本当にどこに問題があるのかわからないようだ。
<僕の記憶だったので、感じた魔力も僅かで、あまり圧倒された感覚を渡せませんでしたが、ロングヒルの人々は、この世の終わりかと思うほど、強烈に打ちのめされて、恐怖に身を固めました>
恐怖に打ち震える市民や軍人の皆さんのことをイメージして渡してみた。イズレンディアさんが僕に見せた恐怖の感情、表情ベースで、少し増し増しにして、大勢の人々が空を見上げて絶望する様や、慌てふためいて建物に逃げ込んでいく様子なんかも。パニック映画の記憶を少しアレンジしてみたけど、そう間違ってないと思う。
<何?>
恰好いいとか、軽く驚く程度の認識でいたようで、かなり冷や汗をかいてる感じだ。怖がらせるような威圧的な飛行とか、竜の咆哮とかも使ってないのに、なんでそんなに? と本気で困惑してる。
<一柱の竜がいつもより多少魔力を多めに出しただけでも天地がひっくり返るほどの大騒ぎになるのに、それが七柱となれば、かなりやり過ぎです。皆、天空竜がとても強くて恐ろしい事など知っています。必要以上に怖がらせるつもりなどなかったのでしょう? だからミスなのです>
<むぅ>
せっかく人族のところに行くのだから、第一印象が大事と、気張ってみたのに、予想してなかった副作用が大き過ぎたことを認識してくれたのは幸いだった。多分、竜の視点で人族の慌てふためく様を眺めるだけだと、ここまで恐怖を与えていた、ということは認識できなかったと思う。心話だからこそ、下から見上げる人々の視点で、印象を伝えることができた訳で、やっぱり心話を選んで正解だった。
<次に飛び方が雑でした。編隊飛行は揃っていて一見綺麗でしたが、雲取様の美しい飛ぶ姿を何度も見ている僕や妖精さん達からすれば、風の捉え方が雑で、無理に飛び方を補正するために魔力が余計にかかって、残念な印象になりました。もしかして、編隊飛行の訓練、殆どしてないとか、ぶっつけ本番で挑んだとかじゃないですか?>
<いや……確かに思い付きで今回、初めてやったのだが。そんなに残念に見えたのか? 雲取様と比べるのは厳し過ぎるぞ。あの方の飛び方は竜族でも五指に入るのだから>
人族のほとんどは恐れ慌てていて、編隊飛行の揃った様子などのんびり眺めるどころではなく、落ち着いて観察する僕や妖精さんからすれば、雑さが目立つという、良いとこなしな感じ。 結構いけたと思ったのに、なんて感情まで伝わってきたけど、雲取様に比べて数段落ちることは認めるあたり、素直だ。
<まぁ、僕も雲取様と比べるのは酷と思います。ただ、僕達が知る、基準となる竜は雲取様だけなんです。なので、今後来るであろう竜族の皆さんも、できれば雲取様のように魔力を抑えて、草木を揺らす事なく、フワリと降り立つくらいの振る舞いをして欲しいところですね>
雲取様がこれまでに何度もみせてくた芸術的な飛び方について、ふわりと降り立つ様や、優雅に飛び去って行く様子を、僕の賞賛マシマシな気持ちもセットで、イメージを渡した。乙女モードな現実改変フィルタにだって負けない、そんな記憶だ。
<なん……だと?>
渡された直後は、さすが雲取様、と同意してくれたけど、同じことをやれ、と言われたことを思い出して、絶句したようだ。スーパースターの美技を観た後に、同じことやって、と言われた一般選手みたいな感覚だね。うん、うん、そうだよね。
<僕が皆さんの力を知りながら、語るに足る相手と捉えて、信頼の証として、皆さんの前に立ったように。竜族の皆さんも、力の差を理解している事、相手を思いやる心がある事の証として、魔力を抑えて、静かに降り立つのです。互いに態度で、相手を信じるに値する、語る相手と認めたと示す。良いと思いませんか?>
ちょっとだけサービスして、紅竜さんが雲取様の如く、ふわりと降り立ち、僕達から見事と褒められるイメージを渡してみた。注、完成予想図です、みたいな怪しさもないではないけど、できるかどうか危ぶむ、僕の内心はちゃんと隠蔽しているから大丈夫。
<……いや、確かに其方のいう事は一利あるが、雲取様のように、というのは……>
僕の言うことはわかるけど、やれ、というのは無茶、と。まぁいきなりそこに行け、というのは無茶だよね。でも、もうちょっと貪欲さが欲しいとこだったかな。
<おや? 恋する乙女なら、今の話を好機と喰いつくと思ったのですが>
<どういう事か?>
<雲取様に、「貴方のように私も飛べるようになりたい。飛び方を、魔力の抑え方を教えて頂けないか?」って話せば、邪魔も入らず、二柱でマンツーマンのトレーニングの時間が持てるじゃないですか>
雲取様と、紅竜さんが二柱で並んで仲良く飛ぶ様を、ちょっと親密そうな演出も添えて渡してみた。鳥のカップルが仲睦まじく飛ぶ様子を参考にしてみたけど、紅竜さんから漏れ出た感覚からすると、驚きもあるけど、興味津々って感じだ。
<飛び方を……習うだと?>
親竜が、幼竜に対して、羽を広げて飛ぶ様子を見せて、飛ぶよう促したりする記憶が見えた。あー、それだとちょっとズレてる。というか、竜族の場合、互いに技を競い合って高みを目指すみたいな考え方はないのかな?
<人族なら、大人になっても、優れた技の相手がいれば、相手が年下だろうと、礼を尽くして教えを乞うものです。本当にそれを為したいのであれば、成功している方から学ぶのが近道でしょう?>
僕は人族目線ではあるけど、老人の小柄な師匠が、若くて体格も大きく力もある若者が挑みかかったのを術理を持って軽くあしらい、若者がその技の高みを感じ取って、弟子入りを申し出る……なんて功夫映画とかでありがちなシーンをイメージして渡してみた。徹底して体捌きが伝わるように、そこに注意したことで、紅竜さんも、老人の動きが巧みであることは理解してくれた。
<……それは、そうだが>
<仲良くなるのが主で、飛び方、魔力の抑え方にはそれ程、魅力を感じないから後ろめたい?>
<ハッキリ言うではないか>
雲取様が飛ぶことに情熱を燃やしていることは知っている。だからこそ、半端な気持ちでそこに踏み込むことは良くない、そんな認識だね。自分の想いが第一!とかじゃなく、雲取様の心情にも気を配っているあたり、確かに、良い子だと思う。
<考えてみてください、どちらもいずれ、子供が産まれたら必須の技術ですよ? 効率よく遠隔地まで飛べれば、獲物も見つけやすく、重くても持ち帰りやすい。魔力を抑えれば、相手に察知されにくくなり、それだけで有利です>
<ふむ>
<何より、雲取様の編み出した技に理解を示し、その技を身に付けた相手の事を、雲取様は他の竜より好ましく思うと思いません?>
<!!>
僕の示した利点、そして雲取様の心象。仲睦まじくなる未来への道が開けたー!って気持ちが激しく伝わってきた。あー、うん。やる気を見せてくれて何より。
<雲取様に教えを乞う時には、真剣な姿勢で臨まないといけません。中途半端な気持ちで試してみて、飽きたと放り投げたなら、雲取様の心情は大きく下がる事でしょう。どうです?>
<……興味深い話だった。ところで、今の話は他の者にも話すつもりか?>
他の六柱の雌竜達の姿が伝わってきた。でも、情報を独り占めしよう、って気はなくて、好感が持てる。
<はい。皆さんの飛び方が上手になれば、僕達も来るたびに怯えて逃げ惑うような事も減りますし、此方を思いやる竜が多くなれば、皆も、竜との交流を深めたいと考えるようになるでしょう。それと、やはり、誰かだけに肩入れするのはフェアじゃないですから>
<まぁ、よい。共に居る時間が増えれば、自ずと雲取様との心も近くなるだろう。……とこらで、問題は三つと言った。あと、一つは何か?>
<それは勿論、人類連合の最前線を支える中枢都市に対して、それを殲滅出来るだけの戦力を竜族が差し向けた、そう取れる事態を引き起こした事です>
<そんな気はないぞ? 私達が皆でちょっと遠出をして、其方に挨拶でもしておこう、とな。それだけよ>
<竜族同士ならそれでも良かったと思います。「私達の雲取様に認められているようだけど、いい気にならないことね」と釘を刺したい、その程度の事でしょう?>
<知らん>
なんか、だんだん、反応が雑になってきてる。僕に内心が伝わってるのはわかるけど、認める気はないっ、みたいな感じだね。ぷいっと顔を横に向けるような態度だけど、可愛いなぁ。
<もう七柱もいるのに、さらに増えたら困る、その気持ちも分からないではありません。でも、僕はこの通り、雲取様とは種族が大きく違いますし、皆さんの狙う位置に掠りもしませんよ?>
<理屈ではそうだと分かる。だが、理屈ではないのだ>
ペットを愛でることに夢中な彼氏に対して、私も見てよ、と割り込む彼女ってとこかな。
<それでも、僕の事を消してしまえばいい、とか考えたりしないところは、好感が持てますね。竜族の皆さんには、その美点はぜひ保ち続けて欲しいです>
<……なんでそんな真似をするのかわからん。相手の気が逸れるからと、逸れた先を灰燼と化していたら、いずれ全てが消えてしまうではないか>
<それに、そんな嫉妬深く残酷だと、雲取様に思われたら、選ばれる未来を自ら閉ざす事にもなる、と?>
<わかっているではないか>
相手が愛でているペットを殺して排除する、なんて真似をした挙句、私だけを見て、などと微笑む女がいたら、ホラー映画一直線だと思う。そのあたりの感覚は竜族も同じようで良かった。
<ちょっと話が横道に逸れましたが、今回、人族の住む都市国家を灰燼とすることもできる七柱の竜という過剰な戦力がやってきた、これは竜族が相互不可侵の約定を守る気がなくなったのではないか? そう人族に思わせるだけの出来事でした>
<だからその気はなかったと――>
<御爺様を始めとした老竜の皆さんにも同じように弁明してみます?>
裁判官のように紅竜さん達を囲んで見下ろしている老竜達を前に、弁明する様子を明確にイメージして渡してみた。当然だけど、これまでに感じた印象を元に、老竜達が冷たい視線を向ける流れもセットだ。
<い、いや……しかし……>
できないとは言いたくない、だけど、そんな弁明をしても大目玉間違いなし、と悟ったらしい。ちょっと涙目な感じなので、助け船を出そう。彼女達を追い詰めるのが今回の目的じゃないんだから。
<そこは、僕がとりなしてもいいですよ? ただ、ちゃんと父母の皆さんとか、報告すべき相手には正直に伝えるようにしてください。拗れちゃったら、フォローしようがなくなりますから>
<……言わないと駄目か?>
なんか、すっかり天空竜としての見栄とか、取り繕うのをやめて、素の発言が伝わってきた。ちょっとだけ、言わなくてもいいとかないかなー、なんて気持ちが見え隠れして、なんとも可愛らしい。
<自分から言ったほうが、傷口は小さいと思いますよ。あ、それと老竜さん達、あんまり元気に飛び回る感じでもなさそうですし、雲取様の庇護下の森エルフさん達経由で、老竜さん達の所縁の品を持ってくるよう手配してください。それがあれば、僕と老竜さんで直接話せますから>
僕が老竜さん達とも心話をがんがん行いたい旨を伝えると、僕の評価が、心の内を見通す謎の生き物から、心を見透かす理解し難い物の怪扱いに変わった。というか、竜から物の怪扱いされるって何?
<わかった。今回の件は報告しよう。アキよ、ちゃんと取り成すのだぞ? 絶対だぞ!?>
かなり逼迫した感じで、同意してくれた。ふぅ。なんとか、問題点もしっかり理解してくれて、今後の来訪は人族に配慮して貰えそうだ。良かった。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
八章開始となり、七柱の雌竜、そのリーダー格の紅竜と心話を始めました。先ずは信頼していること、今後も交流を続けたいこと、そして今回の来訪はかなり問題があったことについて、伝えることができました。
とはいえ、残り六柱も残っているため、アキは横着をして、相手の心を透かして、それを隠すことなく話を進めるのに役立てました。おかげでまだ話は半分なのに、既に街エルフの娘から、物の怪に扱いが変わってしまいました。まぁ、隠しててもバレる話ではあるんですけど、同じノリで七柱全てと対応していったら、それがどんな効果を生むことになるのか、アキは全然気にしてませんが、まぁ、穏便な流れになる訳がありません。とはいえ緊急事態ですし、まぁ仕方ないし、なるようにしかならないとも言えます。
次回の投稿は、十月九日(水)二十一時五分です。




