7-21.雲取様が寝落ちした結果
前話のあらすじ:雲取様との心話も大盛り上がり。でも、雲取様は疲れて寝てしまいました。
師匠、リア姉、それと馬車の中で待機していたケイティさんに、まずはざっと、今回の心話で交わした内容を報告した。
挨拶、人の生涯の説明と、互いの年齢層の確認、そして、僕の正体がマコトである事の告白。その辺りまでは、ある意味、予定通りだったので、特に意見はなかった。
だけど、地球の世界のジェット旅客機について詳細に紹介した事を話したら、驚かれた。
「空を独占する天空竜、そんな彼らに、人もまた空に手を伸ばせる可能性を教える事は危ういと議論した覚えがあったんだがねぇ。それで、どんな感触だった?」
師匠の指摘通り、要注意とは言われたけど、話してはいけないとまでは言われなかったからね。
「飛べない身でありながら空へと進出していく人の挑む姿勢には感心してくれました。ジェット機は音がうるさくて、スマートさに欠ける、って感じで、天空竜の感性とは合わないようでしたね。こちらでは受け入れられないと思います。後は、空を運ばれる者の記憶は珍しかったようでした」
「竜族の領域に割り込んできた者達への拒絶意識はなかったのかい?」
リア姉の指摘は、空を支配する者の視点、か。
「それは特には。実際にこちらで爆音を撒き散らしながら飛んだら、きっと文句を言うだろうし、静かに飛べと警告してくるとは思いますけど、飛んでる鳥に文句を言わないのと同じで、邪魔にならなければ気にしない感じでしたよ」
これが地上なら支配地域としての意識も強まるだろうけど、空には停まれないから、あくまでも一定時間、支配下に置くという航空優勢の考えが限度ってことだろう。いくら竜族でも、その空域で自分以外、飛ぶのは禁止、なんて事は言い出さない。というか、無敵に強いから、その辺りは寛容なんだろうね。危機意識を持つ事もないだろうから。
「そいつは良かった。それにしても空飛ぶ乗り物をそんなに紹介していて、よくあの時間で収まったものだね」
「イメージを渡すようにしましたからね。実際に使ってる様子とか、材質とか、大きさとか、飛び方の特徴とかも合わせて伝えたら、雲取様は結構、興味深く聞いてくれてましたよ」
「想像以上に好奇心旺盛だね。伝えたのはそれだけかい?」
「いえ。後は地球の世界の見応えのある様々な風景について、紹介しましたよ。取り敢えず、南極大陸、サハラ砂漠、グランドキャニオン、グレートバリアリーフにしてみました」
極地方がどこにあるのか、他の地形がどの辺りにあるか、地球儀ベースで伝えた事に触れると、ケイティさんが懸念を口にした。
「雲取様は、世界が丸い事について、自分で確認してみようとするそぶりはありませんでしたか?」
ケイティさんが気にしたのは、やはり、宇宙にある街エルフの人工衛星で、それに繋がる流れが気になったようだ。
「それはなかったですね。高高度の飛行あたりの記憶をやり取りした時も、寒さとか、空気の薄さとか、気持ちいい感じというより、無理して飛ぶ感触があったので、余程のことがなければ、成層圏を超えて宇宙に向かう気にはならないと思います」
「それを聞いて安心しました」
「心話をしてみて、アキは雲取様に対する心象で変わった事とかあったかい?」
「そうですね。思ってたより、心が若々しい感じでした。所帯を持って落ち着くのはまだ早い感じでしょうか。あ、これは、僕の感覚だから、こちらとは違いますね。人族の二十代前半くらいの年齢に相当すると思います」
「こちらの人族なら子供の一人、二人は生まれれてもいい年齢だがね。竜族を害する者はいないから、その辺りはのんびりしたもんなんだろうさ」
「それと、今、飛び回っている空域に飽きてきてて、もっと遠くへ、まだ見ぬ所へ行ってみたいという思いがありました。ただ、巣に縛られていてそれもできず、刺激に飢えてる感じですね」
「それはまた興味深い話だね。誰よりも強いんだから、好き勝手飛んだ先で、狩りをして休めば良さそうなもんだろうに」
師匠の指摘は当然と思ったけど、お爺ちゃんが、思いついた事を教えてくれた。
「それは、弧状列島の狭さと関係しておるのじゃろう。魔力の豊富な場所は既に必ず天空竜がいるのじゃろう? ならば、遠い土地から来た他所者の竜に、自分の巣を休憩場所として貸してやるお人好しはそうそういない、じゃから、自分の巣から出て往復できる範囲しか飛べぬのじゃろう」
「翁の言っていた、こちらの魔力が希薄な事と関連してそうだね」
「その通り。竜族にとって、巣以外で休んでも、それでは魔力の回復効率が悪過ぎるんじゃろう。遠出をしたくてもできない訳じゃ」
「不自由だね」
「我が物顔で空を飛んでても、あまり自由じゃない、か。夢がないねぇ」
リア姉も師匠も、天空竜は自由で、何者にも縛られないって思ってきたからか残念そうだ。
「あと、僕がこちらに来てから魔力共鳴が始まった事と、僕とリア姉を観察して気付いた事について師匠と相談しよう、と言ってましたよ。思考を意図的にごちゃつかせてたせいで、詳しい事はわからないですけど」
「それなら、雲取様が起きたら話をしてみるかね。何せ、アキ達の共鳴もどきは、わからない事だらけだ。雲取様の助力があって本当に助かったよ」
僕とリア姉の魔力属性が無色透明なのは、調査、検討のネックになっていたんだね。師匠の表情からも、安堵感が伝わってきた。
◇
一通り話したことで、ちょっと気になった事を聞いてみることにした。
「雲取様、寝ちゃいましたけど、問題ないんですか?」
僕の問いかけに、師匠がなんか手招きするので、顔を近付けたら、いきなりデコピンをされた。
「痛っ! 何するんですか!」
「危機意識の欠片もない平和ボケした弟子の目を覚ましてやったんじゃないか。目一杯感謝するのが筋ってもんだよ」
「……危機というと、雲取様が寝惚けて、竜の吐息を吹いたりしちゃう危険性があるとか?」
「そんなに寝癖が悪かったら、自分の巣を消し炭にしちまうだろうさ。雲取様自身は何の問題もない。仮眠を取ったら、来た時のように魔力を抑えて、帰ってくれるだろうさ」
「なら、問題なさそうですけど」
「大有りだよ、少しは考えな!」
なんだろ? 雲取様は傷つかないと思うし、起きるまでは森エルフさん達も周辺警戒しているから問題ないと思うんだよね。
うーん。
「魔力を抑えてないから、第二演習場を雲取様が起きるまで使用できなくなる事でしょうか?」
「心話補助用魔法陣や、護衛用設備の追加をしてる時点で、ロングヒル軍は使用中止しています。セキュリティ的にも、いちいち使う前の日にすべて洗い直す事は非効率です。ですので、そちらの実害は軽微です」
「えーと、なら、天空竜が短期間とは言え居座るから、周辺地域とのパワーバランスが崩れて困るとか?」
「天空竜が週二回も通いにきてる時点でそれは今更です」
「じゃ、寝てる天空竜を観察したいという意欲溢れる芸術家の皆さんが騒いで――」
「そこまでだよ。なんでまぁ、思いつかないかね。いいかい? 男が、女の家でのんびりして、一晩ゆっくり泊まって朝帰り。普通、その男は、女と親密な仲と思われるもんだよ」
「それと、今回の件とどう繋がりが?」
「アキに分かるように話しても、まだ分からんとはね。天空竜は強い。だがね、いくら強いと言っても、普通は人の街でのんびり寝たりはしない。例え、人の側が招き、歓待したとしても、だ。これは庇護下の種族でも同じだ」
「一飛びして自分の巣で寝た方が快適だからでしょうか」
「それもあるが、基本的に群れず、独りで行動する天空竜は、例え相手が人族だろうと、信用して無防備に寝たりはしないもんだ。それが、今回、というか二回目だが、雲取様は我らの側で寝る事を良しとした。この意味がわかるかい?」
「さっきの話からすると、僕達と雲取様が親密な仲だと、周囲にアピールすることになったとか?」
「そうだよ。なんでそう考えられて、さっきは自分で思いつかなかったかねぇ?」
「雲取様とこうして頻繁に会うのは仲良くなって、互いをよく知るのが目的だから、ちょっと前倒しにはなったけど、良かったですよね」
パンッと手を叩いて、良かった、とアピールしてみたけど、皆が呆れた視線を送ってきた。あれ? なんで、目的達成なのに、そんな渋い反応なの?
「――アキ。お前さんは確か、先日、エリー達、調整組に釘を刺されたんじゃなかったかい? これ以上、何か起こしても混乱するだけだから自重しろと、さ」
「……ぁ」
「あ、じゃないよ。雲取様が頻繁に会いに来ますって話が流れて、一週間も経たずに、雲取様とは仮眠してから帰るくらい仲がいい、そう続報がくる訳だね。変化が早過ぎるところじゃないね。間違いなく、竜神の巫女たるアキへの注目は跳ね上がるだろうよ」
「あー、で、でもですね。寝不足で飛んで事故っても困るし、雲取様が寝ると言って、駄目とは言えないでしょう?」
「そりゃそうさ。だがね、結果が全てだ。こんだけ魔力全開で寝ていれば、城塞都市の中に居たって、勘のいい奴なら気付く筈さ。情状酌量の余地はあるにせよ、覚悟しておくんだね。私達は助けないからね」
「えー!」
「心話を長々と一時間以上も続けたのは、アキだからね。他人が心話をしているのを、外から割り込む訳にもいかない。だから、今回の件は百パーセント、アキ単独の犯行だよ」
「別に犯罪って訳じゃ――」
「弁明はエリー達に対して頑張る事だね。ほら、皆が出迎えてくれてるじゃないか」
馬車が向かう先では、調整組の面々が腕組みして待ち構えているのが見えた。
「アキ様、私がご一緒しますので、翁やトラ吉は同行しませんが、ご安心ください」
「あの、別に護衛とかで心配はしてないんですけど……もしかして、ケイティさん、怒ってます?」
「いえいえ。全てを予め想定する事の難しさを痛感しただけです。話す内容の範囲だけでなく、長く話し込む事のリスクも考慮しておくべきでした。つい熱中し過ぎて、約束をすっぽかす。子供ならよくある事です。アキ様も一緒に考えてください。同じようなミスを今後起こさないためにも」
……こうして、心話を終えた時には大満足、と嬉しさ一杯だった僕は、調整組の皆さんとケイティさんに連れられて、こってりと反省会をさせられた。
誤字、脱字の報告、ありがとうございます。何度も読み返してはいるんですが、やはり見落としや勘違いがあるので、とても助かります。
さて、雲取様と行った心話について、同行者への横展開もして、調整組とも熱い意見交換ができた事でしょう。何事も想定通りとはいかないものですよね。
次回は九月二十二日十七時五分の投稿予定です。




