7-20.雲取様の再訪と未知への挑戦(後編)
前話のあらすじ:雲取様との交流も2回目。とりあえず、魔力操作関連について色々試してみました。
シャーリスさん達は用事も済んだという事で、妖精界に帰って行き、場が少し静かになった。
「雲取様、そろそろ、ちょっと休憩しませんか? 約束していた葡萄のケーキをお出ししますよ」
<ほう。そうだな。では休憩としよう>
澄ました声だけど、楽しみにしていたようで、弾むような気持ちが伝わってきた。
お爺ちゃんと賢者さんに空間鞄を運んでもらい、テーブルとその上の大皿に、葡萄のタルトを出して貰った。
直径三十センチサイズのタルトの表面一杯に敷き詰められた輝くような緑色の葡萄は、溶かしたゼラチン液を塗ってあることもあり、キラキラとしていて宝石のようで、瑞々しさも感じさせる逸品だ。
隣には樽サイズの雲取様専用の巨大グラスにたっぷりの紅茶を注いである。
「アイリーンさん特製の葡萄のタルトです。とうぞ、お召し上がりください」
僕の言葉も右から左に抜けてくようで、雲取様はマジマジと葡萄のタルトを観て、手を伸ばしたけど、なかなか食べようとしない。
「どうしました?」
<余りにも美しくてな。食べるのが少し惜しくなった。人の技は見事なモノだ。食にかける情熱は、他の追随を許すまい>
「そうですね。どうせ食べるなら美味しくいただきたいですから。次にいらした時にも別のケーキをお出しするので、遠慮なく召し上がってください」
<別か>
同じのでいいのに、と言った残念そうな気持ちが伝わってきた。もぅ、なんだか可愛いなぁ。
「たまに食べるから有難いんですよ。どんなに美味しいモノでもそればかり食べていたら飽きちゃいます。それに、春夏秋冬、それぞれの時期にこそ美味しいケーキがあるんです。まずは一通り試してみませんか?」
<そうか。では次の機会を楽しみにしておこう>
そう言って、雲取様は、葡萄のタルトを摘むと、口に放り込んだ。目を閉じてモグモグと食べてる様子はとても嬉しそうだ。
グラスの紅茶も飲み終えて、リラックスした感じだね。
<大変美味であった。葡萄も美味かったが、サクサクとした焼いた小麦の生地も共に食することで、更に別の美味さになっていた。アイリーンだったか。次に来た時に連れてきてくれ。我の加護を与えておきたい>
どんな効果かよくわからないので、リア姉に視線を向けて、返事をして貰う。
「雲取様、私達は竜族の加護がどのようなモノか知りません。アイリーンは魔導人形ですが、問題はありませんか?」
<なんと、魔導人形か。伝承では血も涙もない街エルフの作る魔導具、殺戮を目的として生み出された死の使いとあったが、料理人の魔導人形もいるとは驚いた。加護は人族に与えても問題は起きておらぬ。だが、念の為、与える前に影響が出ないか精査する事を約束しよう>
「雲取様、加護って怪我をしにくくなったりするとかですか?」
<そのような魔術的な効果は何もない。加護とは、我を示す印だ。弱い魔獣であれば、我の気配を感じ取るだけで逃げるだろうが、その程度だ。加護は竜族同士の争いを避ける為の印だ。他人の加護を見つけたら、それには手を出さない。紳士協定という奴だな>
聞くと、まるで猫の匂い付けみたいだ。
「あれ? 庇護下に置くという話とは何が違うんですか?」
<其方らには、加護は与えても意味がない。強過ぎる魔力で搔き消えてしまう。だから、二人は相手の竜に我の庇護下にある事を言葉で伝えるのだ。加護のように観ただけで伝わるモノではないから注意するのだぞ>
僕らは、消臭剤か。
「わかりました」
◇
そして次は、もう一つの試み、雲取様との心話だ。既にイズレンディアさんの手で、所縁の品である、雲取様の大きな鱗もセット済み。
「そう言えば、お爺ちゃんの時は、所縁の品は何だったのかな? それに、妖精界から、その品物はどう持ち込んだの?」
「儂の場合は、愛用の帽子じゃな。偶然開いた妖精の道で落としてしまい、あの時は随分と落ち込んだものじゃったよ。しかし、それが人の手を経てミアの手に渡り、こうして、アキとの縁を結ぶことになったのじゃから、不思議な運よの」
お爺ちゃんの言葉に耳を傾けていた雲取様だったけど、次の言葉は皆が驚いた。
<そのように異界の者との縁となるなら、妖精の道を見かけたら、鱗を投げ込んでみるのも面白いかもしれんな>
いや、そんな、トレビの泉じゃないんだから。
「雲取様、妖精界に竜族は普通におるから、異界の品とは思われんじゃろう。儂らの場合、ほれ、この通り、体が小さいからのぉ。拾った者も、妖精の品かもしれないと想像しやすいじゃろう」
<ふむ。そうか。残念だ>
何とも娯楽に飢えてる感じだね。
「雲取様、もしかして新鮮な刺激に飢えてます?」
<少し、な。我は他の竜より飛ぶ範囲は広いが、それでも季節の違いはあれど、やはり見慣れた景色になってしまう。それに、巣に帰る事を考えると、ある程度で引き返えさざるをえない。その時、思うのだ。この先はどうなっているのだろうか、あの空の先には何があるのか、と>
狭い村落での生活に閉塞感を感じ、都会に憧れる若者って感じだ。人と違うのは、巣が行動の基点になってるせいで、土地に縛られているところ、か。自由に空を飛べるのに不自由だね。
「雲取様の思いは、人族の船乗りや探索者達のそれと同じですね。この後の心話で、外国の景色とか街並みとか、こちらのモノではないけど、お伝えしますよ」
<それは楽しみだ。しかし、こちら、とな? いや、いい。言葉を交わすより、心話をしようではないか>
雲取様も、僕達との心話にとても前向きで、楽しみにしていたようだ。先程の飢え方からすると、これも新たな娯楽扱いなんだろうね。
気後れしてるよりは良い傾向だ。
◇
まずは、僕が魔法陣の中に入り、暫くすると、魔法陣が起動した。
僕が魔術が使えないので、起動と、相手との経路の接続までお任せという、超初心者用だ。便利だね。
<……ふむ、これがアキの心か。我と同じように、心が弾んでいるのは嬉しいことだ>
おや、触れてくるなり、楽しげなコメントをくれた。それになんというか、心が落ち着きながらも活力に満ちてる感じだ。
というか、全然問題なく接触できたね。お爺ちゃんもそうだけど、それほど、僕と相性がいい……と言えなくもないけど、他の要因がなんかありそうだ。後で師匠に聞いてみよう。
さて。
雲取様だけど、他の竜より大きな体つき、落ち着いた態度から、大人で少し落ち着いた年代と思い込んでたけど、実は結構若いのかな?
<こうして、心を触れ合わせることができて、とても嬉しいです。竜族の年齢がわからなくてごめんなさい。ズレた質問かもしれないけど、雲取様って竜族だとまだ番を作って落ち着く年代としては、若い方だったりします?>
<我の年代だと、番を作る者の方が稀だな。やはり、経験を重ねた年上の竜達には勝てず、どうしても雌竜達からも相手にはされにくい。せいぜい遊び仲間といった扱いが多いようだ>
伝わってきた感じからすると、雲取様はやっと独り立ちした若者よりはずっと経験があるけど、同年代で結婚している人は少ない、人に換算すると二十代前半くらいのようだ。
と言っても、年上の竜達とも互角以上に渡り合えるという自負も感じられた。流石だね。
<人族の年齢は分かりにくいと思うので、僕の年齢がどの辺りか簡単に説明しますね。まずは――>
僕は、赤子から始まって、頭が座ってきて、一人で座れるようになって、ハイハイで動き回るようになり、掴まり立ちして、ちょっとずつ立って歩けるようになり、というように成長とその時期の呼び方をイメージを渡す事で、感覚的なところを把握して貰えるよう、大人までざっと説明した。
<ふむ。それでアキは身体的には成長期は終わっているが、社会的な経験を積んでいる途中で、まだ、大人とは認められていない、そんな年代か>
雲取様とやり取りした感じだと、赤子、幼児、子供、大人、老人くらいの分類で認識はしてくれていたから、よく把握してくれている方だと思う。ただ、人はすぐ大人になる、って感覚も伝わってきたけど、それは人が猫に対して抱くそれに近い。つまり生まれて一年もしたらもう大人だ、と。
時間感覚のズレはよくよく注意しておいたほうが良さそうだね。
<はい。子供扱いは嫌だけど、完全に大人扱いされても困る、そんな年頃なんです。ところで、雲取様に僕のとっておきの秘密を明かしますね。僕がマコト文書、こちらと違い、魔力がない異世界について、こちらの誰よりも詳しい、その理由です>
<……聞いて構わないのかね?>
<雲取様は誰彼構わず吹聴するような方ではないと信じてるので。僕が伝える内容が、単なる空想や思い付きではない事も、それを知っていた方が納得できます。それでですね、僕は、実はマコト文書の語る地球の世界の住人だったんですよ>
僕は地球での自分、つまりマコトのイメージを添えて、話してみた。
<……確か、アキの姉、ミアが行った世界だったな。だが、妖精の道が開いて、通ってきたなら姿が変わる訳がない……魂だけ連れてきた、或いは入れ替えたのか!?>
<見事な推察です。アキと名乗っていますが、身体はミア姉のモノ、魂は地球からきたマコトのモノなんです。地球の世界にいるマコトは、身体はマコト、魂はミア姉になってます。ややこしいですね>
<魂を入れ替えたのならば、いろいろ感じた違和感にも合点がいった。其方は、もう一人の姉、リアと違い、身体と魂にズレがあるように思えたのだ。そのような状況では長く起きていられないのも道理。しかし、そのような危険な技に手を出していたとはな。……我にとって其方はアキとして認識している故、これからもそう呼ぶが、魂に手を出すような真似は今後してはならん。良いな>
水辺に落ちそうになる子供を掴まえて、その危険性を説くように、雲取様は少し怒りながらも、噛み含めるように、そう告げた。
<それをしたのはミア姉なんで、気をつけると言っても、なぜいけない事なのかわからないんですけど、その感じだと、不味い事があるんでしょうか?>
<ある。よいか。身体から離れた魂とは、器から溢した水の様なモノなのだ。身体があるからこそ一つに纏まっているが、魂だけとなれば、不安定極まりなく、容易に傷つき、散ってしまう。今のアキは、その身体に魂をゆっくりと合わせて行っている途中で、形がまだ安定しきっておらん。そして、心もまだ成長期にある。不安定で成長期、そんな危うい状況なのだ>
雲取様のイメージした魂は、水よりはゼリーに近い感じだ。普通の魂はしっかり固まったゼリーで、器から出してもプルプルしてて脆いけど、多少の安定性はある。だけど、僕の場合は、まだ固まりきってないゼリーに近く、器なしでは形がすぐ崩れちゃう、と。
……というか、そんな危うい状況だったなんて予想してなかった。
僕は、ミア姉が地球に行った際の定着術式の話と、僕の場合、こちらにきた途端、魔力共鳴が始まり、そのせいで定着術式の恩恵が得られなかったことも伝えた。
<――ふむ。こちらに来た時から魔力共鳴が始まった、か。先程試した結果も踏まえて、後程、其方の師匠と検討してみよう>
何か思いついたようだけど、意図的に思考をごちゃつかせて、思考にスクランブルをかけているような感じだ。器用なモノだね。
<軽い自己紹介もしたので、僕が地球の世界の住人である証として、こちらの人族では有り得ない記憶をお見せしますね。まずは空を飛ぶイメージから――>
僕はジェット旅客機に乗り、離陸してどんどん高度を上げていき、眼下に広がる大地を空から眺めたり、雲の中を抜けていく感覚、そして、雲海の上、空気の薄い高高度を飛行するイメージを伝えてみた。
<何だと! まるで我らの飛ぶ様そのモノではないか!……いや、何かおかしい。アキ、其方が自分で飛んでる感覚がない。まるで運ばれているかのようだ。いや、外気の冷たい感覚、空気の薄さ、そんな肌感覚もない。辻褄が合わん。……だが、偽りや空想でもない。奇妙な記憶、いや、経験だ>
自ら大空を駆け抜ける竜族だけあり、空を飛ぶ者の視点でありながら、空を飛ぶ者として持つべき感覚の殆どが欠けている、それに気付くんだから、さすがだ。
<人が作り出した空飛ぶ乗り物、飛行機に乗って、飛んだ時の記憶なので、僕は馬車の中から外の景色を眺めていたようなものでした。でも、それがこちらでは、あり得ない事とは納得していただけましたよね?>
僕はジェット旅客機の外観や、乗り込む際の流れ、中の様子、そして飛び立つ際の加速や爆音などもできるだけ詳細に伝えてみた。特に爆音は、こちらでは絶対に許容されない話だからね。
<人が作る帆船並みに大きく、そして空を飛ぶ乗り物、か。あり得んと否定するのは容易いが、渡された記憶はあまりに鮮明で、紛い物とは思えん。アキのいう「あちらの世界」にはそんな乗り物がある、と認識せざるを得んな>
雲取様の感覚というか、竜族からすれば、大気を切り裂き、爆音を響かせて空を飛ぶ様子は、優雅さから程遠く、不快感すら覚えるモノのようだ。
それでも、頭ごなしに否定しないのは、とても素晴らしい。
<ありがとうございます。一応、地球にも風を掴まえて飛ぶ乗り物、グライダーとかはあるんですけど、そちらは乗った経験がないので、後回しにしました>
ハンググライダーとか、パラグライダーとか、翼のような断面を持つ操作性に優れたパラシュートとかも、人との対比とか、作りとか、飛んでる様子とかを、イメージを渡してみた。
<これはわかりやすくて便利なものだ。言葉を重ねられても、見たこともないものを理解するのは難しい。心話でこうして記憶に触れるのが理に適っているのだろう。しかし、アキよ。あちらの世界では、人は驚くべき情熱を持って空を飛んでいるのだな>
羽もないのに、自ら作り出した乗り物に命を預けて空へと挑む姿は雲取様からしたら、想像の範疇を超えた命知らずの行為に思えたようだ。
<鳥の飛ぶ様子を見て、自分もあのように空を飛んでみたい、それが人類の長年の夢でしたから。本当なら鳥のように、竜族のように、身一つで空気を感じながら空を飛んでみたい。空から地上を眺めたらどんな風に見えるのか、あの空の向こうへ、雲の上へ。……でもそれは無理なので、道具で補うんです。それが人の強さです>
僕は、人には鋭い爪も牙もなくて弱いけど、剣を作り上げた事で、それは体の大きさに比べればとても大きな爪や牙に相当することをイメージ付きで補足した。
道具の利点として、必要がなければ持ち歩かなくてもいいし、壊れたら別の物と交換するなり、修理すればいい、という事も伝える。
< 道具作りは人族の得意とするところなのは知っていた。知ってはいたが、我が事に置き換えてみると、その異質さがよくわかるな>
自分の身長並みに長い爪なんてあったら、強いかもしれないけど、生活は不自由この上ない事だろう。それにその爪が折れたり、欠けたりしたら、鮫の歯のように生え変わるとしても、治るまで長い時間がかかってしまう。それに長過ぎる爪は相手が近くなれば取り回しが不便だ。
でもそれが剣なら、戦う時以外は鞘に入れて背負ってれば邪魔にならない。折れたり欠けたりしたら直せばいい。直す間は別の武器を使えばいい。そして相手が近いなら、長剣を捨てて、短剣を抜き放てばいい。
そして、並みの獣の牙より、鋼の剣の方が頑丈で斬れ味が鋭く、しかもリーチもある。
武器一つとっても、そのチート具合がわかろうものだ。
<今は人族の道具作りが自らの能力を伸ばすもの、補うものと思っててください。いずれ、雲取様の魔力漏れを抑え、周囲の魔力を取り込む魔導具を作る際のイメージを共有していきましょう。大サービスで、地球の世界の景色ではありますけど、弧状列島では見られないような風景、気候について紹介しますね>
という事で、まずは氷に閉ざされた大地、南極大陸の景色詰め合わせから記憶を渡してみた。
<ここにない景色か。な、なんだ、これは! これが全て雪、いや、氷なのか!? 見渡す限り、大地が氷に覆われていて、木も草も全くないではないか!?>
雪に覆われた山林は見たことがあっても、草木もなく、分厚い氷に閉ざされ、巨大な流氷が浮かび、暴風が叫ぶ南極の光景はインパクトがあったようだ。
それからは、毎週楽しみに見ていた世界遺産の紹介番組で観た光景をベースに、サハラ砂漠の果てしなく続く砂の海を、深く削り取られた岩が織りなすグランドキャニオンの壮大な景色を、グレートバリアリーフの透き通るような青い海を紹介していった。
初めは圧倒されていた雲取様も、次第に慣れてきて、地球儀ベースの位置関係把握とか、砂漠の暑さ、極地方の寒さなども含めて、後から後から湧いて出てくる疑問を投げかけてきて、随分長く心話を続けてしまった。
いやー、こんなにがっつり心話をやったのは超久しぶりで大満足だ。最後の方では雲取様も興味は尽きずとも、心の疲労は半端なかったようで、僕が続きはまたの機会に、と告げたら、納得して引き下がってくれた。
心話を終えて、意識を外に戻して、周りを見ると、セイケンの姿はなく、師匠は椅子に座って、賢者さんと一緒に最初に見た時とは随分違う緩和術式の障壁を何枚も展開して、こちらを睨んでいた。お爺ちゃんはと言えば、テーブルの上に置かれた籠の中でゴロゴロしてる。リア姉は机に突っ伏して寝てて、トラ吉さんはリア姉の足元に座ってて、僕と目が合うと、やっとか、と呆れた顔をされてしまった。
<……アキよ。触れた多くの記憶は、幾万の宝よりも価値あるものだった。感謝する。だが、ちと根を詰め過ぎたようだ。ソフィア、それに妖精達よ。済まんが、今日はここまでとしたい。それとしばし寝るが、気にしないでくれ>
雲取様は大きく欠伸をすると、そのまま、丸くなって目を閉じて寝てしまった。なんとも我が道を往く感じだね。熟睡ではなく、仮眠程度の感覚だから、ここでずっと寝てるって事は無さそうだけど。
「おやすみなさい、雲取様」
<うむ>
目を開けるのも億劫なようで、かなり大雑把に返事の思念波が投げられてきた。因みに、雲取様の魔力も睡眠モードに切り替えた事で、抑えた状態から、通常状態に戻ったみたいだ。
挨拶もそこそこに、僕は皆に引き摺られるように、第二演習場を後にした。
「アキ、何を話したか、キリキリ吐いて貰うよ、いいね!」
師匠もなんか目付きが怖い。
「まさか、いきなり一時間以上も心話を続けるとは思わなんだぞ。あと、心話は周りがやる事もなく暇じゃった」
お爺ちゃんがボヤいてる。
「心話中における魔力の変動については貴重な情報を得られた。だが、感情に合わせて抑えた魔力が跳ね上がるのは、我らはいいが、周りは大変だったぞ」
賢者さんが疲労困憊といった様子の森エルフの狙撃兵の皆さんを指して説明してくれた。
「心話と魔力を抑える事の併用は難しいのかな?」
「そりゃそうさ。もっとも、こちらも心話の難度は考えていたが、雲取様が常に抑えてくれていた魔力の件は想定してなかった。それも含めて今後の課題だ」
なるほど。
「アキは疲れてないのかい? 雲取様は疲れてあの通り、今は寝てるけど」
リア姉が僕の様子を覗き込んできた。
「僕はほら、慣れてるからね。それに話す速さでゆっくりやり取りしてたから、そういう意味でも十分余裕があったよ」
「私は他人の心とあれだけ触れ合ってて、ビクともしない、アキの心の頑丈さこそ、異質だと思うね」
「まぁ、慣れですよ、慣れ。ところでセイケンは?」
「心話が長引きそうとわかった時点で、撤収して貰ったよ。私は緩和術式の確認も兼ねていたから残ったがね。もっと老人は労わるもんだよ」
元々、セイケンは近くで話をする予定ではなかったのだから、妥当な対応だろう。それと、師匠は何かあった時のために待機していてくれたんだ。お礼を言わないと。
「すみません、それとありがとうございます。取り敢えず、馬車に入ったら説明しますね」
こんな見晴らしのいいところで話す内容じゃないからね。
「そうだろうさ。さぁ、とっとと乗りな、グズグズするんじゃないよ、ほら!」
早く話を聞かせろと、師匠に投げ込まれるように馬車に乗せられて、別邸に帰るまでの間、説明をさせられる事になった。
こうして、雲取様との初めての心話はまずまずの成功を収めたのだった。
雲取様との心話もたっぷりできてアキとしては大満足。ただ、熱中し過ぎて、雲取様が寝落ちする事態に。これがどんな影響を与えるのかは、次パートで語ります。
次回は9月18日21時5分の投稿予定です。




