7-17.調整組の巻き返し(後編)
前話のあらすじ:調整組の面々に呼び出されて、活動を少し自粛しろと釘を刺されたアキでした。それとアキに「竜神の巫女」という二つ名まで増えることになりました。
「――街エルフらしくない、からかもしれんな」
ヨーゲルさんがふと、呟いた。その言葉に、成る程と皆が頷き、ケイティさんが僅かに警戒する視線を送ってきた。確かに。僕の偽経歴からしても、ちょい返答は注意しないとマズい話題だ。
「そうね。ジョウ大使やリア様、それにアキの父母のハヤト様、アヤ様は街エルフらしいと思うわ。アキがまだ未成年なのも関係しているかもしれないわね」
「警戒感の欠片もないのは心配にもなるが、表に出さずとも警戒する気持ちを持てば、相手も自然と警戒するものじゃ。その点、アキは儂を見ても、がっしりした爺さん程度にしか思ってなかったぞ」
ヨーゲルさんが、ガハハと笑った。
「私なんて、王女だと言ったら、それは大変だね、で終わりよ。そんな風に軽く流されたのなんて初めてだったわ」
エリーが楽しそうに笑った。
「私も大きな体ですね、とは言われたが、それで終わりで、普通に雑談に入ってきたのには驚いたな」
セイケンもニヤッと爽やかに笑った。
「セイケン殿もか。私も森エルフらしいですね、と言われた程度で、後は雲取様との話に引き摺り込まれたのだ」
イズレンディアさんまで、追い討ちをかけてきた。
「なんじゃ、皆、同じようじゃのぉ」
お爺ちゃんが笑いながら、皆の周りをふわりと飛んで周った。
「そういえば、私も挨拶をした後、好きな事は何か聞かれまシタ」
最後のベリルさんの言葉にも、皆がそうだろうと納得していた。というか、それが普通じゃない?
「皆様、同じ経験をされたようですね。良くも悪くも街エルフらしさがなく、相手個人を見て、先入観なく心に触れてくる――これはリア様にはない、アキ様らしさと言えるでしょう」
「ケイティもその様子だと、軽い出会いだったようね」
「メイド服が似合っていると褒めてくれましたよ」
ケイティさんがそう告げると、何故か皆が合わせたように一斉に表情を崩した。
「ケイティも、魔導師や探索者になってから、そんな扱いを受けたのは初めてで新鮮だった事でしょうね」
「そうですね」
エリーが話を振ると、ケイティさんも素直に頷いた。うーん、なんであれ程、きっちり着こなしていて、身のこなしも優雅な大人の女性なのに、そこを褒めないんだろ? あ、そうか。
「えっと、綺麗で素敵な方だとも褒めましたよ?」
僕の言葉に、エリーがプッと吹き出した。
「違う、違う、そうじゃないわ。魔力が感じられないせいでしょうね。ケイティ程の魔力ともなれば、どうしたって相手は身構えてしまうものなのよ。アキは今後くるであろう鬼族の研究者でも、他の天空竜でも、きっと小鬼族だろうと、種族も国も気にせず向き合うと確信してるわ」
「研究者としての腕が確かなら、後は一緒にやってけるかどうかだけが、重要だからね」
「はい、はい。そうね、アキはそう。だから、鬼札。誰とでも組めて、大概のことなら起点として何か気付く。だからこそ最も注意すべきメンバーなの」
「はぁ」
「今回の件でわかったように、私達の師匠のソフィアもまた要注意人物よ。目的のためには、手段も影響も気にしない傾向が強いから」
うむうむと、それは皆が頷いた。
「妖精族は誰もが要注意、賢者はうちの師匠と同じ理由で、女王陛下は影響を理解した上で、こちらの事は殆ど御構い無しに実行してくるから」
「我らが女王陛下は深く考えておられるぞ? 無論、妖精族の視点で、じゃが」
お爺ちゃんが敢えて補足した。
「そう言う意味では、翁、貴方も同じよ。ある意味、街エルフの時間感覚がズレてて、大概の事に寛容なのと同じで、貴方達妖精族は、大概の事は何とかできる自信と、こちらに訪れている旅行者としての認識が、判断を緩くしているわ」
「それはまぁ、多少はあるとは思うが」
「それに比べれば、宰相、彫刻家、近衛の三人はほぼ単独で動かず、接触する相手も限られるから、注意度は少し下げてもいいわ」
「ヨーゲルさんは?」
「ヨーゲル殿は、大勢来ているドワーフ族の代表という立場も兼ねてるから、それ程、突飛な行動はしないと見ているわ。視点が現実寄りだから、注意度はずっと下でいいと思う」
「確かにな。儂はどうしても今の技術でならばどうするか、その延長線上であればどうか、そう考えがちじゃ。彫刻家との交流で多くの知見を得るじゃろうが、物事への姿勢はきっと変わらんだろう」
エリーの評価にヨーゲルさんも頷いた。
「雲取様はどうかな? 彼は顔は広いけど、気質としては研究者寄りな所があると思うんだけど」
「彼の方は、聞いた限りではかなり慎重で、人の世に干渉はしてこないと思うわ。ただ、単独生活が基本の種族だから、考え方とかはかなり違うと見るべきね。話ができても、取り決めはかなり注意が必要でしょう。ただ、天空竜全般に言える事だけど、ある意味、気にしても仕方ない事だわ。誓約にしても、天空竜専用のものを雲取様と一緒に考えていかないと駄目でしょう」
「確かに人族相手の誓約じゃ色々と合わない感じだろうね。そう言えば、セイケン、鬼族でも計画に参加する研究者を連れてくるんだよね? もしかして、もう目星は付いてたりする?」
「一人、心当たりがいる。名をトウセイと言い、我が一族でもかなりの変わり者として名が知られている。アキは大鬼という存在を聞いたことがないか?」
「えっと、ケイティさん、知ってます?」
「大鬼とは、鬼族との戦いにおいて、いくつか遭遇した例のあるとても大きな鬼で、普通の鬼族の優に三倍の背丈を誇る巨体でした。砂山を崩すように砦を壊したという逸話が残っています。ただ、それ程の猛威を振るいながらも、殆ど遭遇例がなく、人類連合でも大きな謎とされてきました」
流石、ケイティさん。
「ケイティ殿の話された通り、トウセイは大鬼に関わる魔術を編み出した術士の系譜に連なる者なんだ。だが、目撃例がないと言うように、残念ながら大鬼の研究は失敗だった。今では故郷に引き篭もって、半ば趣味の一環で研究を続けているんだ」
「普通に考えると、そんな巨体だと養うだけでも大変そうですね。それに普段の生活も支障が出るだろうし、召喚術みたいに仮初めの体なら魔力がかかり過ぎるから無理、巨人に改造するというのも無茶な気がするから、街エルフには魔導甲冑の転送モノがあったくらいだし、案外、時間制限付きで変身しちゃったりします?」
僕の言葉に、セイケンが腰を浮かして身を乗り出して驚いた。
「な、なぜそうだと――まさかマコト文書の知識か。しかし、あちらの世界は魔力がないのではなかったのか!?」
「……当たりですか。まさか変身モノまであるなんて、流石、魔法は何でもありですね。それだと日の目を見なかった理由は、そもそも変化の術は特性のある人しか使えないとか、大きくなった体を上手く使いこなせないとか、大鬼を何体も配備するのが費用対効果が悪かったとか、そんな感じ?」
僕の言う事に何か話そうとして、でも口籠もり、見てるだけでも悩んでるのがわかるほど、挙動不審な行動を繰り返した後、何とか言葉を絞り出した。
「……アキ、あちらの世界には変身できる者達がいるのか?」
「いませんよ。創作物では定番のネタですけど。ほら、やっぱり、一見、普通の人だけど、ここぞというタイミングで、変身して、悪を倒したりすると格好いいでしょう? 男の子向けの作品とかでは根強い人気があるんですよね」
「子供向け? 絵本とかか?」
「地球では、映像作品が大人気で、三十分くらいの番組を毎週、放送してたりするんですよ。敵は悪の組織とかで、ヒーロー側は変身前は一般人だから悪の側に気付かれない。そこで、相手に気付かれないように注意しつつ変身して、ズバッと倒して、平和を守る、みたいな」
「こっちは必死になって研究してる話が、あちらでは娯楽ネタか……」
「娯楽ネタなのは、全然手が届かない夢の技術だからですからね? 子供は小さくて弱いけど、大きくなれたら自分だって活躍して皆から格好いいとか言われたい。そんな男の子の夢を叶える物語、創作物なんです。もし、手が届く技術になったら子供向けとしては廃れると思いますよ。生々しくて無邪気に楽しめなくなるから」
「……そうか。確かにそういうものかもしれないな。しかし、アキ。トウセイは情熱溢れる腕のいい術式研究者だ。だが、その研究は失敗した。それでも、アキは奴が参加する意義はあると思うか?」
「勿論。着想が時代に対して早過ぎただけ、というのは地球でも良くある話でしたから。案外、街エルフや妖精族、それに天空竜の竜眼で見たら、何か改良点が見つかるかもしれませんし。トウセイさんって、それだけ不遇の身であっても、大鬼への情熱を消さず、研究を続けるような方なんでしょう? なら、大歓迎ですよ」
ヨーゲルさんも、早過ぎた発想、という辺りは身に覚えがあるのか、その通りと頷いてくれた。
そっか。鬼族は良さげだね。
「後は、イズレンディアさん。森エルフの方は如何ですか? 変わった方、尖った方はいそうですか?」
「竜対策の緩和術式や、対竜用の心話補助術式の方は、希望者が殺到するだろう。だが、次元門の方は心当たりがない。精霊術を使う我らにとって、迷いの道は精霊が嫌うモノ、消えるまで距離を置いておくモノという扱いなんだ」
うーん、それだと全然研究も進みそうもない。あ、そう言えば世界樹という立派な御神木があるんだよね。
「世界樹の精霊さんは、迷いの道に興味を持ってたりしないでしょうか? 木は動けないから、近くに迷いの道ができたりしたら困るでしょう? 森エルフの皆さんより切実だと思うんですよね」
「君はどこからそんな発想が出てくるんだ?」
「連樹の森では、連樹の神様が自分では対応が難しいとか、面倒臭い事を、巫女さんを通じて頼んだりしていたので、世界樹でも同じような事があるんじゃないかと」
「……念の為、お伺いは立ててみるが期待はするな」
「はい。お願いします。精霊さんとも交流できるといいですよね」
「ケイティ、取り敢えず最優先でアキへの誓約事項の合意を取り付けてちょうだい。こうして話をしてただけで、また増えるとは思わなかったわ」
今度は精霊ですって? などとエリーがブツブツ言ってる。
「わかりました。最優先で対応する事をお約束します。アキ様、次の雲取様との会合前に、小鬼人形達との話し合いの場を設けましょう。話し合いに参加する者達の修理が終わったそうですから」
ケイティさんが丁度いい相手がいた、といった感ありありで話を振ってきたけど、それはそれで楽しみにしていたから、それでお願いした。
小鬼と言っても、街エルフの魔導人形だから、新たな話が出てくる事もないだろう、そんな皆の心の内が聞こえてくるかのようだ。
「父さん達も、小鬼帝国とどう接触するかどうかすら分からないと言ってたから、何か糸口が掴めれば良いんですけどね」
僕の呟きに、エリーが表情を固まらせたまま、僕に掴みかからんばかりの勢いで、反応してきた。
「アキ! 絶対、絶対に小鬼帝国絡みの提案を思い付いても、例え家族であっても、ケイティが同席してない時に話しちゃ駄目よ! ケイティ、ベリルでもいいわ。小鬼人形との話し合いから暫くは必ずアキに誰か付きなさい! 街エルフだけで話をしたら、何をやっちゃうか分かったもんじゃないわ!」
「お任せください、エリザベス様、皆様。私か女中三姉妹の誰かが必ず付くことをお約束します」
ケイティさんが神妙な顔で宣言するのを、心配し過ぎと止める気にはなれなかった。確かに家族と僕だけで話をしていたら、良さげなアプローチがあったらやってみようか、という話の流れになりそうな気がしたから。
隣でお爺ちゃんが、儂も早く誓約術式で縛りを入れておきたいのぉ、などと呑気に話すのを、心底羨ましいと思った。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
鬼族も、やっと計画に参加する研究者の名が挙がってきました。知らないところで話がどんどん動いていくくらいなら参加しよう、というのは森エルフも鬼族も変わりませんね。そしてアキも、誰かと組んで行動しちゃわないように、常にサポートメンバーの誰かが同行することに。でもまぁ、それくらいしないと調整組も安心できないでしょう。
次回の投稿は、九月八日(日)二十一時五分です。