7-15.静かに広がって行く変化の大波(後編)
前話のあらすじ:アキが、雲取様との会話で、思念波で一方的に感情等が漏れる状況は良くないからと、心話を行うことを提案しましたが、それが街エルフの対外活動組織を麻痺させる程のインパクトを生んでしまいました。連帯責任ということで、アキ、リア、翁は正座させられてます。
「はぁ? それは天空竜を甘く見過ぎじゃないですか?」
彼らは高い知性があり、弧状列島全域に広くて住む数万頭の天空竜の間で、街エルフとの不干渉条約を遵守するだけの結束力、社会性がある。
僕が熱心に働きかけたからといって、それがマコト文書のような情報独占みたいにはならないと思う。
「これまでは天空竜とは天災であり、干渉しようのない存在だった。何かあっても諦めるしかなかった。それが世の理、異論を挟む余地はなかった。しかし、強大な力を持つ隣人、話ができるとなれば、もはやそれは天災ではない」
「お話しして、仲良くしましょうってのと、話して望むように動いて貰うのでは随分違う気がしますよ?」
「その通り。実際には話ができても、天空竜は孤高にして独立した絶対者である事に変わりはないと思う。ただ、そんな天空竜の動向を知ることができるだけでも、気紛れに睨みを利かせて貰えるだけでも、その効果は絶大なんだよ」
「……アウトローの方々の力に頼るのは碌な事にはならないんですけどね」
「人の法の及ばぬ存在、アウトローとは言い得て妙だね。何れにせよ、彼らは危機意識を持った。しかも、マコト文書から予見される将来の危機よりも、天空竜達の力はより直接的で眼前に迫った脅威だ」
それはまぁわかる。何十年後、何百年後に危機があると言われるより、近場に住んでる天空竜達の動向が変わる、となれば、すぐ対応しないといけない案件だ。
「人族はエリーと師匠が、鬼族はセイケンが既に計画に参加しているから、具体的な話は特にない感じですか?」
「鬼族の方で、計画に参加して今いる面々とやりあえる様な人物を何としても見つけてねじ込む事にしたと聞いている」
「経緯はともかく、それは素敵ですね。どんな方が来てくれるんでしょうか――」
「それは別の機会にしよう。今、多数の大人相手でも互角以上に話ができて、マコト文書の専門家でもある街エルフの子供、つまりアキちゃんが各勢力から異様な注目を集めている。異常さに気が付いたと言っても良い。そんな存在が、天空竜との交流を独占する、いずれできるかどうかではなく、すぐにでもできてしまう、それの意味するところを理解したんだ」
「異常……ですか」
うーん、そう断言されると、ちょっと居心地が悪い。まぁ、僕も普通の街エルフの子供から大きくかけ離れている事は自覚しているけど。
「異様、異質、特異、言い方はいろいろあるが、既存の範疇に収まらず、畏れを抱かせる存在と見ているのは間違いない。並みの優秀程度の子供が、巫女として天空竜と接点を持つだけなら、誰もここまで危機意識は持たないんだよ」
「……えっと、どういう事ですか?」
「アキちゃんは勉強会で、弧状列島の人々が世界に対して遅れている可能性を示唆した。だからこそ、彼らは気付いたんだよ。天空竜との交流において、皆が街エルフ、と言うよりアキちゃん個人に対して大きく遅れていることを。可能性ではなく、遅れている、この差は大きい」
「何だか、投影された影の大きさに怯えているだけに見えますけど」
「……そうかな? 私はそうは思わない」
そう答えたジョウさんの表情からは、軽い雰囲気はまったく感じられなかった。大使としての顔だ。
「ジョウさんまで?」
「アキちゃんは、全ての天空竜達に自身の望み、つまり、次元門構築計画の参加に相応しい個体を求めている話が、どの程度で伝わると思う?」
「そうですねぇ。天空竜は大きな地域を支配しているとは言っても、ここ、ロングヒルの地域のように、どの個体の支配下でもないところを好きに飛んでる感じで、結構活動領域は重なってるようです。ですから、雲取様は例外としても、週に四頭くらいは接触して、そのうち二頭は重複すると仮定、つまり、開始時の個体数から、毎週二倍の天空竜に話が伝わるとしてみましょう。そうすると、天空竜は何万頭かという話なので、四ヶ月くらいで全員に話が伝わると思います」
人族と密な交流をした、というネタは珍しいので、話題も拡散しやすいでしょう、と補足しておく。
「……そう、それだ。アキちゃんが話した内容は、伝言ゲームのように歪みはするが、その程度の短期間に全ての天空竜に伝える事ができてしまう。私はこれが小さな力、影響力とは到底思えない。まして、アキちゃんはマコト文書という強大な知を持っている。我々は、鬼族との交流促進よりも、天空竜との交流、特に心話は細心の注意を払うべき問題と判断したんだ」
だいたい、そうやって分析できる事自体が普通じゃないんだよ、と苦笑された。
「すみません、影響力と言っても、ミア姉ができていた心話を、対竜用心話魔法陣辺りを流用して実現するまでの期間ですよね? なら、注意すべき問題と言っても期間限定という制限付き。そこまで繊細な問題でしょうか?」
「アキ様、それについては私から補足しマス。ミア様が高位存在との接触を行なっている事が明らかになると、多くの人がそれを模倣しようと試みて、そして、彼らは殆ど成果を出す事が出来ませんデシタ」
幻影のロゼッタさんが説明してくれる。確かにミア姉の秘書だから、その件なら一番詳しそうだ。
「何が足りなかったんでしょうか」
「不可能を可能にしようという絶対的な意志、魔導師としての能力、資質、投入した財の不足、そのいずれか、それとも全てでショウカ。高位存在との接触の価値を誰もが理解し、手を伸ばし、成功した者がいるのだからと、果敢に挑みまシタ。しかし、どれだけ挑もうとも、彼らは何かを手にすることすらなく、断念しまシタ。そうして、ミア様に続く者は現れず、いつしか試みる者はいなくなりまシタ」
「……もしかして、次元門構築並みの難度だったり?」
「ミア様という成功者がいる分だけ難度は低めとは思いマス。ただ、理論上でも成立させる、その域にすらまだ達していないことを考慮すると、同等の超難度と言えると考えマス」
「えっと、つまり、こうして正座させられているのは――」
「同じ結果となるにせよ、もっと情報の伝え方なり、タイミングなりを考えて、危機意識を可能な限り抑えるべき案件だった。なのに、そんな事も考えず、無邪気に話を広げた能天気さへの罰だよ。我々の受けた衝撃と無力感の何パーセントかだけでも感じ取って欲しいな」
ジョウさんが総括した。マサトさん、ロゼッタさん、ケイティさんがその通りと頷いている。
説明を聞くと、確かにかなり不味そうだ。妖精さんが無色透明の魔力と、魔導師並みの技量を持ち、小さな体を活かして、暗殺し放題、と推測できるような技の披露をした時も不味かったけど、あちらはそれでも個人技に収まる話だった。
今回は天空竜と心話しますよ、というだけなのに、天災と認識される天空竜達の動向を左右する可能性がある、という点で戦略級のインパクトがあった。
「……ごめんなさい」
「済まんかった。そこまでは考えておらなんだ」
「ごめん。今後は気をつけるよ。それで、こうして集めたのは他にも話があるんだろう?」
「……そうだ。すぐではないが、次元門構築計画の研究者が揃った時点で、計画の正式な開始と、参加者には誓約術式を受けて貰う方向で話を進める方針で行く。そのつもりでいて欲しい」
「やっとというべきか、もうと言うべきか悩ましいところですけど、一つの節目として良い事ですね。ところで、その計画、僕とリア姉、それに雲取様も参加予定ですよね」
「勿論そうだ」
「確か、僕達には誓約術式は効かないと聞いた覚えがあるんですけど、天空竜にも効く術式が開発できたとかですか?」
「いや。そこは普通の商取引に準じた誓約をしていこうと考えている。理性と誇りに誓って約束する、そんなモノだ。実際、魔術の誓約術式にしても完全に行動を縛るものでは無く、ミスを減らす程度のものに過ぎない。誓いを破れば罰を受ける、それだけだ」
「罰、ですか」
「その者は約束を守らぬ、と街エルフが未来永劫、その事実を認識し伝えるだけだよ。信用に関わる全ての取引時に不利益を被り、名が汚れる、そう考えてくれればいい」
「何百年、何千年と。長命種の街エルフがそれをやると言えば、徹底してやるでしょうから、行動を縛るのに十分な罰ですね」
「相手が、何を失ってもいいと考えたら、意味のない縛りだがね。そこは皆を信じるよ」
「それで具体的にはいつ頃を考えているんですか?」
「全ての天空竜に話が伝わり、計画に参加する個体が特定できた時点、つまり四ヶ月後と考えている。実際はもう少し前倒しになるとは思うが。それまでには鬼族の研究者もこちらに来ている事だろう」
「……四ヶ月後ですか」
合計半年で計画を本格始動できることになったのは早いのか、遅いのか。何にしても、待ちに待ったスタートだ。頑張っていこう。
◇
話者交代という事で、今度はケイティさんが前に出てきた。
「さて、ではアキ様。まずは私の話を聞いてください。押し寄せる業務の中、アキ様が希望されていた事もあり、アキ様との心話を行なう為の用意を少しずつですが進めておりました。いえ、勿論、計画の為にも、天空竜との交流促進の為にも必要な事と理解はしてはいるのです。ですが、アキ様と心を触れ合わせる事への迷い、葛藤もあり――」
ケイティさんが珍しく感情を表に出して、というか、ワザと感情を前面に出して、淡々と胸の内を語り始めた。うん、うんとジョウさん達が頷いたりしてるし、聞かないといけないのもわかる。というか、なんだか色々と心に溜まっていたモノがあるようで、申し訳ない気持ちで一杯だ。
聞きたいんだけど、足が痺れてかなり辛い。ミア姉は正座に慣れてないんだろう。スラリと伸びた脚からしてもそうだと思う。……で、かなり辛い。なんか変な汗が出てくるくらいに。
話しながら、ケイティさんが僕とリア姉の隣まで来て、崩れていた姿勢を肩に手を当てて戻してくれた。
「「痛っ!!」」
思わず涙目になるくらい、い、痛ーい!
「今、作業に忙殺されているアイリーン達の分もお話しないといけませんね。あぁ、でもその前に。目に涙を浮かべて、見上げられると、心が揺さぶられるモノがありますね。そのように相手を誘惑してはいけません。……っと、話を戻しますと、私も心苦しいのです。ですが、これも長い目で見れば皆様の為。スタッフメンバーとの心が離れては、難事に立ち向かう事など――」
ケイティさんは目一杯、私も辛いんですアピールをしながら、話を再開する。だけど、芝居掛かった態度から、ちらほらと肉食獣が獲物を見るような気配が垣間見えて、ちょっと怖かった。
……結局、マサトさん、ロゼッタさん、ジョウさんと話が一巡して、足の痺れが限界突破して、時間感覚も怪しくなってきた頃に、やっと解放された。
酷い目に遭ったけど、これも僕の事を思っての事だから、文句はない。それにこれだけ強烈な経験をすれば、そうそう忘れたりはしない。……しないはず。
◇
師匠が問題ないと言ったから、リア姉がそれに異論を挟まなかったから、お爺ちゃんが止めなかったから。それらは何の保険にもならないのだと。彼らは皆、研究者気質であり、調整役とは視点が違う点を忘れてはいけないのだと。……確かにその通りだ。
今回の件では、師匠は魔術的な挑戦とその難度、それと必要な費用しか影響を考えなかった。リア姉は街エルフらしい長期視点で、多少揉めてもいずれは軟着陸する、とざっくり考えて、街エルフ側の体制がどれくらいギリギリか意識してなかった。お爺ちゃんは、竜と心話ができれば便利になるな、くらいにしか考えてなかった。
……確かに誰もブレーキ役になってないし、全体の運営的視点も持ってない。これは盲点だった。
そして、警戒し過ぎと思うけど、今回の件で、弧状列島の安全保障体制を根本から揺るがしかねない要注意人物であり、竜神との交信を独占する者として、僕がクローズアップされてしまった。
確かに、天空竜達、サンプルはまだ雲取様だけだけど、頭の回転の速さとは裏腹に、人族に対する理解の拙さ、脅威認識の甘さが垣間見えたから、忠告しておこうとは考えてはいた。でも、それは人族の腹黒狸達に妙な事を吹き込まれて、武力で状況リセットとかやられては堪らないからであって、大した話じゃない。
ただ、魔法陣を少し改良すれば、普通の人も竜との心話もできると思ったけど、それは甘過ぎる見通しだったみたいだ。ミア姉が魔導師として優れていたというのは確かと思う。だけど、他の人とそれほど差があるものだろうか。各種族がバラバラにやっていて駄目だった事実はある。だけど、天空竜や妖精族の協力があれば、各種族が協力し合えば、それはこれまでには無い試みだと思う。……言ってる事が次元門と確かに同じだね。
難しいか。
……いや、やっぱり難度は低めだ。接触する相手と直接やり取りしながら研究できるのだし、今後、やってくる天空竜もある程度は見込めるのだから、サンプルはどんどん増える。うん、やっぱり、ロゼッタさんが言ってた程の難度ではない。
というか、この話って、他人事じゃなく、僕とミア姉の為にも役立つ話だよね!
そもそも、僕とミア姉は世界を超えて、心話を行う事ができていた。それが今、できてないのは、僕がこちらに来て魔力が激増した事も理由の一つかもしれない。
ミア姉が繋ぎに来てくれているのに、僕が鈍くなって気付かない、その可能性は十分ある。
それなら、一般人向けの心話支援魔法陣ができて、一般の人が、魔力量の極端に違う天空竜クラスの存在と負担なく交流できるようになれば、地球にいるミア姉との心話も出来るようになるんじゃないかな?
ん、これは良い思い付きだ。
ケイティさん達への連絡ノートに書いておこう。僕が起きていられる時間は少ないから、ケイティさん達にも並行して検討して貰わないと。
慌てず、騒がず、急いで書かないと、ね。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
懇切丁寧に説明されて、人類連合の巫女を全て集めても、情報をやり取りした量は、アキが前回行った数時間の雑談の足元にも及ばない訳で、アキの心話は通常の会話の十倍効率(本人談)ということを考えると、今回、激震が走ったのも当然と言えるでしょう。そして技術的難度故にアキの優位性は当面揺るぎそうにありません。
あと、おかげで苦労させられまくりの皆さんからの罰でしたが、一応、アキ達も骨身に沁みたようです。アキ達のことを思えばこそ、という心情をアキ達もまた理解しているからでしょうね。
次回の投稿は、八月二十八日(日)二十一時五分です。