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7-11.マコト文書勉強会(前編)

前話のあらすじ:雲取様ですが、色々あって、週二回ペースで通ってくることになりました。アキはまぁもちろん喜んでますが、天空竜が週二回もきてしまうロングヒルからすれば、洒落にならない事態でしょう。

鍛えて何とかなるとかいうレベルじゃありませんから……。

リア姉との検討もしつつ、準備を整え、提示する資料も用意して、としているうちに、マコト文書勉強会の日がやってきた。


鬼族の皆さんも参加するということで、街エルフの大使館領の中にある森の一角を借りて、屋外で勉強会を行う手筈だ。

勿論、街エルフ定番の陽射しと風を調整してくれる魔導具を配置するから、中は暑過ぎず、寒過ぎず、資料が飛ばない程度の風も吹いてて心地好い。

僕が提示する資料の大半は持ち帰られると困るから、大型幻影で空中に表示する。地球あちらのディスプレイと違って、日中でも見にくいなんてこともないから便利だね。


僕の関係者としては、街エルフとしての視点から発言するということでケイティさんが参加、シャンタールさんは魔導具の操作役、ベリルさんは記録係、アイリーンさんは飲み物の給仕役だ。ジョージさんは護衛役ということで、後方で待機、事故防止の観点から傍らにはトラ吉さんにいて貰い、お爺ちゃんには参加者兼子守妖精として頑張って貰う。


ドワーフ族からはヨーゲルさん、森エルフからはイズレンディアさん、鬼族からはセイケンと常駐組の皆さん。街エルフからも常駐してる人形遣いの人が三人ほど。それに妖精族からは宰相さんと近衛さん。

ロングヒルからはエリーと閣僚の付き人をしてるとかいう若手が三人ほど。


それで、後は元々の言い出しっぺである人類連合所属国のロングヒルに常駐している先発エージェントの皆さん。大使と言うほどではないけど、一応、公式にそれぞれ何らかの役職にはついてたりする。


そんな訳で、単なる勉強会ではあるんだけど、何気に大所帯だったりする。


「皆さん、お忙しいところ、お集まり頂きありがとうございます。ご存知の方も多いかと思いますが、僕がアキ、マコト文書の専門家としての任を得ています。こうして、多様な種族の次世代を担うお若い方々と、学びの場を設けることができて喜ばしく思います」


集まった皆さんには、公式な場ではないので、リラックスできるようにカジュアルな服装でくるようお願いしておいた。おかげで、ざっと見た限り、一番お堅いのが、護衛のため、外套を着込んで目深に帽子を被っているジョージさんといった感じで、そのジョージさんが、かなり浮いてる感じだから、雰囲気作りは成功と言えそう。

というか、鬼族の皆さんはほんとラフで、薄手のシャツに包まれた肉体の筋肉の主張が激しくて、人族の体格を見ると、貧弱な坊やって思えてしまう。エージェント組の皆さんがなんか打ちのめされてる感があるけど、種族差と思い諦めて欲しい。


僕が皆に若いね、と告げたところで、軽く笑いが起きた。いいね。さすがエージェント、気持ちの切り替えが早い。そして、ナイスアシストだ。


「実は、大使のジョウさんとか、僕の姉のリアが参加するとか言ってたんですけど、そんな保護者同伴みたいな感じだと、窮屈ですからね。遠慮して貰いました。今日、お集まりいただいた皆さんは、マコト文書に対する知識のレベルも同じくらいという事で、本日は入門編的なところを紹介していこうと思います。疑問に思った事は遠慮なくお話しください。疑問に思った事はきっと、他の方も聞きたい内容ですから」


そこまで話したところで、一人が挙手してきた。エージェント組の少しワイルドさのある男の人だ。


「えっと、ディーアランドからお越しのトレバーさん、何でしょうか?」


「貴女の足元にいる騎士の角猫くんが気になるので、紹介して貰えないだろうか?」


ざっと他の反応を見ると、確かに気になるようだ。寝てる猫くらいスルーすればいい気もするけど。


「こちらの角猫は僕の友達のトラ吉さんです。今日は事故防止の為に来て貰ってます」


「事故? 護衛ではないのかな?」


「僕の魔力属性は珍しいものなので、皆さん、僕や隣に浮かんでる妖精のお爺ちゃんの魔力を感知できないですよね? そうすると、僕と思わぬ接触をしてしまう事故が起こりかねません。その点、足元の角猫に気付かないという事はないと思うので、彼にはその為にいて貰ってます」


「確かに貴女は魔力がとても強いとは伺っているが」


僕は予め用意して貰ってきた魔法陣の勉強キットに魔石をセットして明かりを灯して、彼に魔力の流れている魔法陣の回路を触って貰った。


勿論、彼が触っても何の問題もない。


だけど、彼に下がって貰い、僕が触れるとパチンと音がして、回路が壊れてしまった。


「このように、特に意識しなくても触れただけでこれです。はい、トラ吉さんにいて貰う意味もご理解頂けましたね。ではアイスブレイクという事で、ちょっとマコト文書に対するイメージとか印象を話して貰いましょうか。正直に言ってくれていいですよ。怒りませんから」


派手に火花が散って魔導陣が壊れる様は、初見だと結構なインパクトがある様で、エージェント組の皆さんは表情が一瞬固まっていた。ヨーゲルさんはドワーフ魂が騒ぐのか、ニヤリと笑ったりしてるから、まぁ、考える事は人それぞれと言ったところだろう。


とりあえず、ヨーゲルさんからどんどん話して貰い、皆の発言を聞くうちに、だいたい大方のイメージが見えてきた。


異世界の子供が語った言葉を書き記した書物との事だが、作り話ではないかとも思った。ただ、作り話にしては量が多く、内容が高度で整合性があって、街エルフが公式にそれの考えを採用して動いているというから、単なる読み物とも思えない。文書の内容を信仰対象とするマコト文書の信者達の在り方が異質で、なんか不気味だ。公開されている内容を読んでも、国が後押しするような内容は書かれていない。非公開部分に何が書かれているのか気になる……と。


胡散臭いけど、街エルフが国として動いているから嘘とも思えない、非公開部分をまずは聞いてみたい、って感じかな。


まぁ、端から否定する様な輩なら、勉強会に参加すると言い出す事もないだろうから、まともなほうと言えそうだね。


「まず、前提としてですが、僕からマコト文書の裏付けとなる何かを提示する事はありません。信じろとも言いません。マコト文書に記された地球あちらの情報を元に僕の推論を提示して、後は皆さんに考えて貰うだけです。ここまではいいでしょうか?」


今度はセイケンから手が上がった。なんだろ?


「それは、話す内容だけで真偽をある程度判断できる、そんな内容と考えていいだろうか? それと、何か実際に話してみてほしい」


「それもそうですね。では、まずは、皆さんに、ちょっと刺激的な言葉をお伝えしましょう。我々は弧状列島も統一出来ておらず、世界との競争で大きく出遅れている可能性が高い。そして世界相手に内に籠る選択は愚策である、と」


その言葉に、皆が少し騒ついた。そこまで断言してくるとは思わなかったといったところか。


何せ、皆は不十分な世界地図を持ち、世界の広さをやっと理解し始めた段階だ。置かれた地理的状況が違えば、国の在り方も、文化も、大きく異なる。それを漠然とは理解していても、まだまだ認識は甘い事だろう。


「さて、いきなりそんな事を言われても納得できないですよね? なので、先ずは世界の広さを再認識して貰いましょう。まずはこちらのロングヒルの周辺地図をご覧ください」


シャンタールさんが魔導具を操作して、宙空に特大の地図を表示した。海と河川、それに実効支配している地域とがカラー表示されている。


「左上の島が街エルフの国で、その対岸が港湾都市のベイハーバー、そして、中央より少し上のあたりにあるのが城塞都市ロングヒルですね。都市間を結ぶ線は、道路を示しているとお考えください。あ、宰相さん。ベイハーバーまでの距離が、妖精さんの一日の飛行距離とざっくり考えて貰えればOKです」


ここまでは良し。皆の反応を見ても、ある程度把握している地理の範囲だろう。


「さて、次は縮尺を変えて、弧状列島全域です。南西の端のあたりがトレバーさんの母国、ディーアランドですね。遠路はるばるお疲れ様です。街エルフの国もだいぶ小さいけど、まだ見えますね。ちなみに青い色分けが人類連合、赤い色合いが鬼族連邦、緑色の所が天空竜達の領域、そして灰色の地域が小鬼帝国領になります。黒く塗り潰されているのが、通称「死の大地」、街エルフと天空竜達が延々と互いを絶滅させようと死闘を繰り広げた歴史的な地です。こうしてみると、やっぱりカラフルですね。それに、小鬼帝国が面で地域を支配しているのに対して、我々は城塞都市を中心とした点で領土を維持しているのも見て取れるでしょう」


さらりと出したけど、皆の反応は劇的だった。というか、地図を凝視していて、言葉が出てこない。少し時間を取って、落ち着く時間を稼ごう。


「皆さん、地図を見て色々と思うところがあるようですので、十分程意見交換の時間としましょう。周りの人と思ったことを伝え合ってみてください。それと僕以外に、僕の活動全般を支援してくれている女中人形の三名、アイリーン、ベリル、シャンタールが回りますので、聞きたい事があれば質問してください。三人とも、マコト文書に精通しているエキスパートです」


という訳で、女中三姉妹にも散って貰い、熱が落ち着くまで、ちょっと雑談タイムだ。


さーて、僕はどこに行こうかな。うん、やっぱり鬼族だね。他の異種族組はケイティさんがフォローしてくれているからね。


「さて、皆さん、ちょっとビックリして貰えたようですね」


「驚いたとも。この地図を見ただけでも、参加した意味があったと感じたほどだ」


セイケンの言葉に、頷く者も多い。


「これくらい荒い地図、というか勢力図くらいなら、皆さんの立場なら、見慣れたものと思ってましたが」


「本当にそう思うなら、我々の反応を見て、悪戯成功という顔はしないだろう?」


「まぁ、そうなんですけどね。多分、小鬼帝国や天空竜の支配地域については、鬼族の皆さんは情報入手に苦労されていると予想していたので、ビックリして貰えて、苦労した甲斐がありました」


「提示する許可を得るのに苦労したと?」


「それもありますけど、色を塗るのが大変だったんですよ。ほら、ムラなく塗れていて綺麗でしょう? この色一つとっても、色合いを決めるだけでも――」


「その辺りは次の機会に」


「はーい。補足するとしたら、小鬼族の支配地域は広いけど、荒地や急傾斜地など、貧しい土地が多いので、面積の広さと豊かさは比例しないといったところでしょうか。魔力の一等地は天空竜達が占有してますけどね」


僕がいると意見交換しにくいだろうから、この辺りで離れて、全体を俯瞰できる位置に戻った。ふむふむ、エージェント組が予想以上にエキサイトしてるね。若いなー。ベリルさんの落ち着きがいい重しになっているっぽい。忘れがちだけど、普通は魔導人形に会う事自体が稀な経験だからね。





さて、だいぶ、場の雰囲気が落ち着いてきた。あまり長いとダレるから、そろそろ再開しよう。


「はい、では皆さん、お話を終えて、こちらに注目してください。驚いて貰えて良かったです。僕達の力作でしたからね。では、ちょっとこの範囲の地図を見慣れていない妖精族の意見を聞いてみましょう。宰相さん、どうですか? 隣接地域の色合いだけでなく、その先、相手の国の周辺状況まで見えてくると、色々と考えられそうでしょう?」


「言いたい事は分かる。先程の距離感から、我が国を重ね合わせて見てみれば、この地図が持つ重み、価値も分かろうというものだ」


隣の近衛さんも、妖精の国と、その周辺国の大きさを想像して、周辺の把握というのはこの広さが必要と理解してくれたようだ。


この発言に皆さん同意してくれて良かった。この地図の価値が分からない人だと、この次の地図の持つ意味がわからなくなるからね。


「皆さん、この地図は世界の広さを把握して貰うためのものなので、今は、各勢力の支配地域の優劣はあっても、統一には程遠い事だけ理解して貰えれば良いので、今はその辺りで考えを止めてください。――では、弧状列島の広さ、形を認識したところで、世界の広さを見てみましょう」


シャンタールさんの操作で、鬼族が把握しているであろう範囲までの交易ルートに限定した海域図を表示してみせた。


弧状列島も大分小さくなり、街エルフの国は点みたいなサイズだ。


海を色付けし、把握できてる国についても大きさを把握できるように色分けしてある。うん、インパクトは十分、皆が世界の広さを認識してくれたようだ。


誰かが、我々の国は小さいな、と呟いていたのが聞こえたので、それは訂正しておく。


「そこは認識を改めてください。世界がとてつもなく広いのだと。例えば、人類連合の支配地域はかなりの広さがありますけど、船旅なら一週間程度で端まで到達できるでしょう? でも世界はそうじゃない。陸の見えない大海原を何週間と航行してやっと、陸地が見えてくる、それ程の広さなんです」


僕が地図のいくつかの地点を示して、その移動時間を示すと、世界がとても広い、と視点を変えて貰えたようだ。そう、まずは現実を受け入れないとね。


「さて、このように世界はとても広く、我が国や鬼族が運用している外洋船でも、交易して帰国するのには半年、一年という長い時間がかかります。ここまではいいですか?」


今度はエリーが手を上げてきた。


「地図の精度がおかしなレベルだけど、それは横に置いておくとして、今示している地図は、話の前提条件なのよね?」


「うん。その通りで、世界はとても広く、互いに行き来するには、外洋船がないと話にならない、ってとこまでまず認識して貰えればいいよ」


今度は、ドワーフ族のヨーゲルさんから手が上がった。


「風を捉えていれば昼夜問わず、進むことができる外洋船がないと、話にならない。それは漠然とだが理解できた。こんな距離だ。もし、陸続きだとしても、馬に乗ろうと、走ろうと、とても無理だとわかる。だが、そもそも儂らは外洋船を詳しく知らんのだ。説明して貰えんか?」


ざっと見回してみると、確かに説明が必要そうだ。というか、鬼族の面々も、街エルフの外洋船については興味津々みたいだね。それじゃ、ちょっと大型外洋帆船、通称、外洋船について説明してみよう。

ブックマーク、どうもありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

さて、雲取様の来訪が先になりましたが、予定していた勉強会開催となりました。アキとしては結構、前準備もしていたので、軽い気分で司会役をやったりしてます。そして、当然ですが、こんな濃い面々相手に、平然とそんな役どころをこなせる「子供」なんてのが、人畜無害な庇護されるべき者、なーんて思われる訳もありません。人前で話すことに慣れてる王族だって、こんな状況に放り込まれれば、平然とした外見を取り繕うだけでも大変でしょう。

それに、アキもまぁ自覚してやってはいますが、鬼族の大人五人相手に平然と雑談してる時点で、参加者達から、通常のカテゴリー外に分類されたのは間違いありません。鬼族はまぁガッツがあるなぁくらいに思ってるかもしれませんし、妖精族はこちらの「普通」がどれくらいかよくわからないので、あまり異質とは感じてはいないでしょうけど。

次回の投稿は、八月十八日(日)二十一時五分です。

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