7-9.雲取様とアキ(後編)
前話のあらすじ:雲取様とのお話ということで、アキから色々と探りを入れつつ、インパクトのあるアイテム(天然ものではありえない特大宝珠)を見せることで、街エルフの技術力をアピールしました。
特大の宝珠を前に、凝視し続ける雲取様。
目が淡い光を帯びて、なんかやっているっぽい。
お爺ちゃん達が何か雲取様に叫んでいるけど、いまいちよく聞こえない。ジェスチャーからして、丁寧にとか、壊すなよとかそんな事を言い聞かせている感じだ。
首を持ち上げると、置かれた宝珠を様々な方向から眺めてたり、目を閉じたり、細めたりとなんとも忙しい。
そんな風に十分程、無言のまま、特大宝珠を観察していたけど、宝珠をお爺ちゃん達に持ち帰らせると、やっと元のように、尻尾の上に頭を戻してくれた。
<アキ、あれは何だ! 掘り出した宝石をどう磨いても、あれ程の透明度、輝きにはなるまい! それに純度がおかしい。アレは歪みや傷が無さ過ぎる。それに我が知る宝石に比べて余りにも大き過ぎるぞ>
「驚いていただけたようで何よりです。アレこそが、我々、街エルフの知恵と技術の粋が生み出した人造の宝珠、天然物よりも遥かに高純度、高品質な逸品です。アレを創れる街エルフの力の高さはご理解頂けたものと思います」
<……街エルフの技術力、到達するであろう高みを推測する事はできた。確かにあのようなモノを創れるのであれば、竜族の使える魔導具にも手が届こう>
「はい。ただ、先程のは流石にお渡しできませんので、ご了承ください。それに先程の宝珠は魔力の蓄積量こそ膨大でも形がよくありません。雲取様が身につける魔導具なら、空を飛ぶ時に邪魔にならないよう、体にフィットして空気抵抗をおこさないように形状を工夫する必要がありますからね」
<……人族の工夫にかける情熱は驚くものがあるな。しかし、それ程まで変わるモノだろうか>
その問いに、シャーリスさんが賢者さんを連れて、雲取様の目の前に飛んでいき、杖を振って、大きな透明の器に同じ量の青い液体を注いだものを二つ出現させた。
片方の器は小さな穴を開けてポタポタと中の液体を漏れ落ちるようにし、穴の空いてない器を下に置く事で、漏れた液体を貯めるようにした。
「見よ。お主はいわば、穴の空いた器のようなモノ。そして、下の器は漏れを無くし、周囲から魔力を集める魔導具を付けたお主じゃ。塵も積もれば山となる。わかりやすかろう?」
暫く漏れる様子を見せて、二つの器を並べると、その差は歴然。杖を一振りして、器を消して、シャーリスさん達は戻ってきた。
<成る程、とてもわかりやすかった。妖精の長よ、我の魔力はそれほど周囲に流れ出ているものなのか?>
「いや。妖精界の天空竜に比べれば、お主の魔力制御は熟達の域に達しておろう。じゃが、だからこそ、そこから更に精度を高めるのは至難。そして、空を飛びながら、魔力を抑え、さらに魔力を集める術式まで併用するのは妾達とて、不可能ではないがやりたくはない。だから妾達も妖精界ではある程度は魔導具の補助を導入しておる。あれもこれもと全部自分でやるのは曲芸の域じゃよ」
シャーリスさんは、そう話しながら、ポンと姿を鷹に変えて、光の帯を引きながら飛んでみせた。
「術式を併用するにしても、この程度が限度じゃ。今のでも周囲への警戒はだいぶ疎かになっておった。やはり、いくら研鑽を積んでも、この辺りまでじゃよ」
「シャーリスさん、今のって妖精さんなら皆できるの?」
「できれば、見事と皆から賞賛されるくらいには出来るものの少ない技じゃな。勿論、祭りの際にはどこまで並行行使できるか競ったりもして、子供達は大はしゃぎするものじゃ」
<なかなか興味深い。伝承にあるように妖精達が魔術に長けているのは、そうして常日頃から仲間内で競い合っているからか>
「半分は遊びじゃがのぉ。それでも魔術の並行行使は慣れの部分も大きい。何より、ずっと同じ芸をしててもつまらんじゃろう?」
<我らも幼い頃は魔術を使うものだが、こうして体が大きくなってからは、使う機会も減るものだ。其方達の示した益はよくわかった。そして、それに見合う程、魔術の得意な天空竜が其方らの計画に参加する事は価値がある、そう考えておるのだな>
「はい。なので、僕達の目指すところ、その困難さを考慮して、この方なら参加するのに相応しい、そんな竜族の方を紹介して欲しいのです」
<無茶を言う。だが、意味もなくそれを求めているのでもない、その心意気もわかった。暫く其方らとの会合を続ける事としよう。互いに深く知り合わねば、新たな試みは上手くいくまい>
「ありがとうございます。末永くよろしくお願いします。先程のような小難しい話でなくても、多くの雌竜に言い寄られて居心地が悪くて辛い、みたいな愚痴とかでも気にせず話しにきてくれていいですからね? 誰かに話すだけでもストレス発散にもなるでしょうから」
<……なぜそう思った>
格好いい天空竜というイメージからはかけ離れた身近な印象を僕が持ち出したことに、違和感を覚えたらしい。なぜ、そんな発想が出てきた、と。
「イズレンディアさんから、色々と目撃情報を教えていただいたり、それに、先程、ケーキを残しておくよう話された時も、他の竜達に気を使っている感じでしたし、ちょっとだけお疲れな様子も感じましたから」
<思念波からか>
まさか、そこからか、という驚きがたっぷり。というか、互いの意思疎通がスムーズにいく利点だけに目がいってたっぽい。まぁ、天空竜の方々は表情筋はそれ程発達してないようだから、伝わるのは便利だったのだろう。
「はい。細かい心の動き、感情が伝わるのは便利ですよね」
<妖精族の長よ、其方らもそこまで察したのか?>
すっごく慌ててる、というか私生活を覗き見られたような気恥かしさが伝わってきた。うーん、そこまで慌てるような事でもないと思うけど。
「言いたい事はわかる。心を触れ合わせる技に余程熟達していなければ、そこまで察するのは無理じゃよ。そして妾達、妖精族とてそこまでの域に到達している者は殆どいない」
<そうか。――確かに色々と思うところはある。だが、口外はせぬようにな>
内緒だぞ、話が拗れるとかなり面倒なのだ、そんな感情たっぷりの思念波が届いた。リア充も限度を超えるとほんと、大変なんだね。
「どの子にも良さがあり、さりとてこの子とするだけの決め手にも欠ける。それに一人の時は可愛いが、集まると互いに牽制し合って、ギスギスした空気で息が詰まりそうだ、とか?」
<アキ、其方、心が読めるのか!>
あー、もう、雲取様、慌て過ぎ。探りにそんな反応を返したら、心の内がバレバレです。
「そんなの読めませんよ。でも、考えてみてください。力や魔力を抜きにして、互いの関係だけで考えれば、天空竜の皆さんは何万頭か。それも接点のある方に限定したら百頭も行かないでしょう? 狭い集まりですよね。それに比べて、我らは何千万といるのです。雲取様のように沢山の異性に言い寄られて大変、なんて話もゴロゴロ転がってます」
<なんと……>
「成人したとなれば、なかなか親に相談という訳にもいかず、さりとて同じ年代の雄竜に話したとて、妬まれるだけでしょうし、ストレス溜まりそうですよね」
<まるで見てきたように言うな>
「否定しないという事は、まぁ、それ程外れてもいない感じでしょうか。勿論、僕は天空竜ではないので、気の利いたアドバイスができるかと言えば微妙でしょう。でも、他人に話すということは、それだけで心の内を整理し、自らを見詰め直す機会にもなります。それくらいの軽い気持ちでお話しください」
<……アキよ。其方は不思議な子だ。できれば近くで姿を見せてくれないか>
害するつもりは皆無。だけど、魔力が感知できないせいで、僕の事がよく分からないのが気味悪い。天空竜にとって竜眼で見る事は、匂いを嗅いで安心する犬みたいな感覚っぽいね。
「ならば、妾達が供をしよう」
「それじゃ、宜しく。トラ吉さん、行ってくるね」
「ニャー」
本当に行く気かよ、と言った感じで、トラ吉さんは呆れ顔だけど、止める気はないようだ。
「トラ吉、安心せよ。妾達がおれば何とでもするからの」
「ニャ」
シャーリスさん、お爺ちゃん、近衛さんの三人と一緒に、雲取様の近くまで歩み寄った。
一歩近付くたびに、その大きさ、内に秘めた力の強さが感じられて、心臓がバクバクしていく。
だけど、それなりに言葉も交わして、心の内にも触れたおかげで、未知の相手に対するような不安はない。それに妖精さん達もいてくれるんだから。
そうして、近付いていくと、雲取様は宝珠を見た時と同じ様に眼に光を湛えて、僕の事をじっと見据えた。
瞳孔の動きまでよく見える。そんなに見通せるものがあるんだろうか。
雲取様が宝珠の時の様に頭を動かそうとするのをシャーリスさんが制した。
「違う方向から見たいのなら、アキが向きを変えれば良い。そうであろう?」
<うむ。アキよ、ゆっくりと回って見せてくれ。済まんな>
「あ、はい。こんな感じでいいですか?」
僕はゆっくりと一分程かけて、一回りしてみた。圧力を感じるほど凝視されるというのは、何とも居心地が悪いね。
<……もう良い。其方を見てしまえば、先程の宝珠すら色褪せて見えるぞ>
「何か見えたんですか? 魔力が強いのはいいけど、魔力感知ができなくて、不自由しているんです」
<アキが他人の魔力を感知するのは確かに難しかろう。日中に蛍の光を探す様なものだ。それにしても――>
うわー、なんか思考がごちゃごちゃして読みにくい。というか意図的にスクランブルをかけてる感じかな? なんとも器用な事をする。
「どうしました?」
<アキよ。其方のように魔力が強い街エルフは他にもいるのか?>
「いえ、ここまで強いのは後は姉のリアだけです」
<そうか。――ところで、アキは子供だったな。両親は近くにいるだろうか。もし、居るなら話をしておきたい>
他の家族の子と成竜が会う場合、親の了承は必須、最悪の場合、本気で排除されかねない、って感じかな。子供が大切にせよ、天空竜もかなり過保護な文化になってる感じだね。
「居ますけど、用件は何ですか?」
<今後、こうして会う機会も増えるのだ。其方の親にも挨拶しておくべきだろう?>
挨拶だけでなく、竜眼で見えた事とかも色々と。雲取様の目を見る限り、それ以上は秘密だ、という事か。器用だね。思念波を漫然と送るのではなく、必要最低限だけ送ってる感じかな。素っ気ない印象になっちゃうけど、感情とか記憶を制限するのには向いてるかな。でも、竜族同士の会話の際に印象が悪くなるかもしれないから、その辺りは次回以降、雲取様と話し合って、研鑽を積んで貰うことにしよう。
「それはそれはご丁寧にありがとうございます。あ、でも、これから呼んでくると、僕が同席するのは難しくなりそうです」
<アキの同席は不要だが、何故だ?>
「日が沈む前には寝てしまうので、逆算していくと、ちょっとご一緒するのは難しいんです。病気という訳ではないんですけど、長く起きていられないんです」
<そうか。次に会う日は今回と同様、イズレンディアを通して連絡するとしよう。またの機会を楽しみにしているぞ。では、アキ。両親に連絡をしてくれ>
爽やかで心待ちにしている温かい気持ちが添えられてて、優しい思念波が届いた。モテる男はこんなところも気配りができるんだね。嬉しい心遣いだ。
僕達は暫く待つようお願いし、一礼してから練習場を後にして、馬車の近くまで戻った。
◇
馬車の近くで待機していたケイティさんやジョージさんに話の経緯を説明する。
「雲取様が会いたいと言った真意がわかりませんが、断る訳にはいかないでしょう。まずは別邸に戻り、相談しましょう。トラ吉、それに妖精の皆さん、護衛お疲れ様でした」
「ニャ」
「気にせずともよい。それとアキの両親じゃが、妾達が護衛せねば、立場上、会合とはいくまい。それで良いな?」
「宜しくお願いします」
かくして、別邸に戻り、父さん達に雲取様からの要望を伝えたところ、何故か、父さんや母さん、それにリア姉も、雲取様と話す事になってしまった。
話の足しにでもなれば、ということで、僕が、思念波経由で受け取った雲取様の心の内を伝えたら、途中から皆の表情が強張ったものになっていった。不思議に思って聞いてみたら、普通、心話であっても、そこまで読み取れる物ではないとの事。
「アキ、ミア姉との心話でもそこまで読み合っていたのかい?」
リア姉が恐る恐る聞いてきた。
「いえ。中学生になった頃、お互い気恥ずかしくなって、互いに見せ合える深度を調整して、抑えるようにしてたので、そこまではしてないですよ?」
「……アキ、それは精神系魔術の秘術レベルの難度だ。見通される雲取様が可哀想だから、見知った事を話すのは控えなさい」
父さんにも釘を刺された。
「うん。さっきの話も家族や支えてくれるスタッフの皆さんでなければ話さないよ」
「それでいい。――雲取様の話はその辺りも絡んでそうだね」
「面倒そう?」
「それ程でもないかな。それに天空竜から礼を尽くすと言われたなんて、光栄な事だ。余り待たせてもいけない。さっそく向かう事にしよう」
「気を付けてね」
「アキが会いに行った時に比べれば、気が楽だわ。護衛は私の人形達がいるから同行は不要よ。ウォルコットは済まないけれど、私達を運んで頂戴」
母さんが魔導人形達の入った空間鞄を持ち上げて微笑んだ。あの中には五十体以上の魔導人形がいるのだから、確かに護衛は不要だろう。
「わかりました、アヤ様。では、皆様、馬車にお乗りください」
朝とは逆に、父さん、母さん、リア姉、それに妖精さん達が乗り込んだ馬車が出掛けていくのを見送る事になった。
雲取様の性格を理解した今でも、大丈夫だとわかっていても、やっぱり少し不安だ。
「シャーリスさん、宜しくね」
「任せよ。明日の朝には何があったか教えよう」
散歩にでも出掛けるような気軽さで答えるシャーリスさんの振る舞いを見て肩の力が抜けた。そう、妖精さん達が同席してくれるなら安心だ。
雲取様も妖精さん達を竜眼で見て、どんな存在かしっかり把握したようで、上下関係に触れるような事もなかった。だから平気。
それでも去っていく馬車を見て、なんか胸の辺りがモヤモヤする僕に、ケイティさんが微笑ましいものを見るような眼差しを向けてきた。
「何です?」
「いえ。アキ様も、自分の知らぬところで、家族が話をするのは気になるようで安心しました」
あぁ、この感覚はそれか。一体、何を話し合うつもりなんだか。これもまた、集団で暮らす人族ならではの悩みなんだろうなぁ、とか考えて、ちょっとだけ嫌な未来を想像してしまった。
猿山の勢力争いを観察する動物園好きのように、天空竜達がゴシップネタを話して盛り上がる様を想像してしまった。
うーん、なんか神秘性が薄れてヤダなぁ、そんな竜族は。
雲取様との会合もなんとか無事終了となりました。わざわざ親に挨拶までするなんて、雲取様も紳士ですね。まぁ、竜眼で見えたモノが色々とアレだったこともあった、というのが大きかったのですが。何にせよ、雲取様との会合は、人類連合、鬼族連邦のどちらにも激震となります。しかも、まだ変化は始まったばかり。ロングヒルの方々もストレスで胃に穴が空きそうですが、きっと彼らなら乗り切ることでしょう。
次回の投稿は、八月十一日(日)二十一時五分です。