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7-8.雲取様とアキ(前編)

前話のあらすじ:まずは雲取様の聞きたいことを一通りお話しました。やはり、空を独占的に支配している天空竜としては、同じ空を飛ぶモノの登場となれば、色々と知っておきたいもののようです。

さて、雲取様が樽サイズの紅茶も飲んでまったりした感じになり、僕達も食べ終えたので、話し合いを再開する事にした。


でも、その前に雲取様がテーブルサイズの大皿に山盛りになっているパウンドケーキをじっと眺めてから、話を切り出したので、まずはそちらの対応から。


<このケーキだが、確か其方らは保管庫という食べ物を長く保存して置ける魔導具を持っていただろう? それに入れて保管しておいて貰えるか?>


おや、気に入ってくれたようだけど、伝わってきた「対応しておかないと後が煩い」といった困ったような感覚からすると、それだけではないっぽい。


「それは、今後、訪れるであろう他の天空竜の方々に振る舞うように、という事でしょうか?」


<そうだ。話が早くて助かる。確か、ケーキは年に何回か、祭りの時に作るもので、そう頻繁に食するものではなかった筈だ。それにあれほど美味なのだ。我らの腹が満ちるほどに用意するのも難しかろう。ならば、一頭が一つ食べられれば、文句も出まい>


あれこれと状況を思い描きながら思念波を送ってくれたおかげで、だいぶ、事態が飲み込めた。


少なくとも、こうして人族の国に降り立った事は、普段接点のある竜達に話す必要があり、そうなれば、雄竜達が何頭か、それに雲取様に言い寄ってきている雌竜達は恐らく全頭が、ケーキに興味を示すだろう、と。


さっき、皿を真剣に眺めていたのは、数が足りているか確認していたらしい。


モテる男も大変だ。


「では、保管しておきましょう。ところで雲取様。ケーキは他の果実を練りこんで作る事も出来ます。食べてみたい果実はありますか? 次の時までに用意しておきます。勿論、その皿のケーキとは別に確保しておくのでご安心ください」


僕の提案に、雲取様は目を閉じて暫く考えた後、答えを口にした。


<ならば、葡萄味はどうだろうか。旬の時期ではないが、保管庫のある其方らであれば、何とかなると思うが>


雲取様は幼い頃に口一杯に頬張った葡萄が大好物だったらしい。体が大きくなってしまった今では、ゴマ粒のように小さな葡萄をしっかり食べるのは無理と諦めていたようだ。


「用意できるので期待してください。ところで、食べてみたい葡萄の色や形、味を強くイメージして、言葉にせず思念波で送ってみて貰えます?」


<ふむ? こうか?>


困惑しながらも、試してくれて、届いたイメージは十分、どの銘柄か特定できるだけの情報が含まれていた。


思い出の味なんだね、雲取様。


「有難うございます。明確にイメージを把握できたので、ご希望の葡萄を使ったケーキを作れると思います」


<希望の葡萄だと?>


「人族は、より美味しくなるように品種改良したり、珍しい食べ物を求めて、海の向こうまで船で渡ったりと、その行動力は凄いものがあるんですよ。海外産の野菜とか果物とか、やっぱり気候が違うと、味が違いますからね」


<まて! 珍しい食べ物を求めて、海を渡るだと!?>


一杯の水を飲むために、世界の果てに行く……それくらい突拍子もないことのように聞こえたらしい。天空竜に美食家がいなくてよかった。こんな大きな種族が悪食だったら、世界が食べつくされるのもそう遠くないだろうから。


「あの丘の向こうには何があるだろうか、あの山の向こうに行くと香りが変わるのだろうか、あの雲の向こうはどんな景色が見えるだろうか、あの海の向こうには何があるだろうか――雲取様もその気持ち、わかるでしょう?」


<わかるとも>


「それと同じですよ。未知の土地にはまだ知らぬ食物や料理、お酒や香辛料があるだろうと」


<確かに美味ではあったが、何とも想像を超えた話だ>


理解はしたが納得はできない、そんな感じか。


「それぞれの種族によって、得意だったり、興味をもつ分野は違うって事ですね。何でもできる種族はいないし、何でもできたとしても、全てに手を出す者もいないと」


<深いな>


これは納得してくれたようだ。天空竜はとても強くてできないことはないって思う人もいるかもしれないけど、実際には不得手なことも多い。それを雲取様は認識してくれているのだからありがたいことだ。


「――さて。では、僕の話を始めますね。雲取様とこうして話をして、これからもお話をするにあたって、純粋に雲取様とお友達になりたいだけではない事を白状します」


<それはそうだろうとも。何も無いと言われた方が疑わしいぞ>


「ただ、まず、雲取様と仲良くなりたい、それが第一です。種族の枠を超えた友情って素敵ですよね」


<それが第一か>


そんな奇妙な奴と思わなくてもいいのに。


「お互い、相手の事を信頼できる、そう思える間柄になれたら、いいですよね。次に僕は魔術が得意で新たな境地を切り開く熱意に溢れた天空竜を探しています。もし、雲取様に心当たりがあれば紹介して頂ければ幸いです」


<ふむ。そのような竜を探す理由は何だ? 生半可な事ではあるまい?>


「僕の大切な姉が、異世界の地にいて、自力では帰還出来ないので、こちらから回廊を繋げて救出しようとしています。天空竜は空間転移を可能とすると聞きます。なので、その計画に是非、天空竜の方にも参加して欲しいと考えてるんです」


<異世界とは、例えば妖精界のようなところか?>


「簡単に行き来できないという意味ではその通りです。ただ、地球あちら側には魔力がありません。もしかしたら物凄く微量にはあるかもしれないけれど、ゼロと思った方がいいでしょう」


<空間転移で、世界を渡る事はできないぞ>


木の上で鳴いてる猫がいるけど、助けられそうにない、それに近い感覚が伝わってきた。もし可能なのなら、助けてあげられるのに、と。優しい方だ。


「それは、今はできないということですよね? でも工夫すればできるかもしれません。今日はダメでも明日はできるかもしれません。だから、未知に挑む熱意溢れる方がいいな、と」


<それが一番ではないのか?>


「いえ。雲取様に、コイツなら仲間の竜を紹介してもいいだろう、と思って貰えなくては話が始まりませんし、雲取様に紹介して貰えばお終いでもありませんから。僕としては、雲取様とは末永く、仲良くしていきたいと思ってるんです。お互い年を取ったなぁ、なんて感じに笑い合えるような間柄になれたら素敵ですよね」


<アキよ、お前は街エルフだろう。どれだけ気長な話だ>


街エルフの長寿さは、歴史書に記述されるほど気の遠くなる長い年月続いた天空竜と街エルフの骨肉の争いの中で、伝わっているようだ。個体識別できるほど、相手を長年見て、そして、酷い目に遭い、遭わせてきたのだから、それは記憶にも強く刻み付けられることだろう。


「お互い長生きなのだから、海が干上がる遠い未来、この星が寿命を迎えるその時を共に眺めてみるのも一興、くらいは言ってくれてもいいんですよ?」


<さほど冗談と聞こえぬからタチが悪い>


「半分くらいは本気ですからね。それはそうと、話をするだけでもきっと、楽しいひと時になると思いますけど、僕達は雲取様の益となるような話も用意しました」


<それは何だ?>


「まだ、僕達は雲取様をよく知らないので、取り敢えず、外から観察して、興味を持って貰えそうなことを用意しました。まずは天気予報。雲取様が空を飛ぶ時、近くは晴れていたのに、遠くは天気が荒れていて残念、なんて事ありませんか?」


<それはある。ある程度は雲の流れから予想するが、外れる事も多いな>


「我々、街エルフは雲取様が飛ぶ空域が荒れていないか、朝は良くても夕方に荒れたりしないか、広い範囲の気象情報をお伝えする事ができます。知っていれば便利でしょう?」


<それはな。だが、それをする其方らにどんな益がある? そのような情報を集めるのは多くの労力が必要だろう?>


残念、限界に挑戦するようなレアケースなら役立つだろう、くらいか。少しは魅力を感じてくれたようだけど、大半の場合はただ飛びたいだけだから、天候の変化も楽しみ、って感じだ。


「雲取様が僕達と交流を続ける事に価値がある、そう思って貰えれば、それが何よりです。利を必要としない関係も素敵ですけど、互いに交流するとお得だ、というのも悪くない関係でしょう」


<ふむ>


賢者さん達から、さっき、こっそり魔力面で雲取様を分析した結果を教えて貰ったから、今度はそちらから攻めてみよう。


「雲取様の飛び方は、見直すところが見当たらないほど高度なレベルで洗練されているので、より高く、より速く、より遠くへ、そんな飛び方を可能とするかもしれない提案があるとしたら興味はありますか?」


<無論あるとも。だが、そんな上手い話があるとも思えん>


ほー。諦めの気持ちの中にも、そんな話があるなら聞いてみたいという熱意が垣間見えた。


「理解に誤りがあればご指摘下さい。天空竜は風を捉えて効率良く飛ぶ技術が同等であれば、後は落ちる方向を操作する技術の効率性を高めることと、保有する魔力を増やすことで、飛び方の優劣が決まる。どうでしょうか?」


<それで合っているぞ>


「雲取様はすでの風を捉える技術、移動魔術の効率性、保有魔力の量、そのいずれも高いレベルにあり、だからこそ、他の竜の三倍も広い空域を飛ぶことができている、と」


<その通りだ>


「雲取様自身の技量をこれ以上伸ばすのが難しいとしても、体から拡散している魔力の漏出を止める魔導具を用いれば、それは雲取様の保有魔力の総量を引き上げることと同意です。また、外部から魔力を集める魔導具もあり、それも僅かではあっても、魔力を足す効果があるでしょう。どうでしょうか?」


<魔導具……か>


「雲取様は、結果を求める方でしょうか? それとも過程を重視する方でしょうか?」


<無論、結果だ。だが、我が使える魔導具などないだろう?>


あぁ、口で否定しながらも、可能性がある方を期待して、尻尾を振ってるワンコのような感情が駄々漏れですよ、雲取様。


「今はまだありません。雲取様が使わないなら、そんな魔導具はあっても無意味ですから。ですが、それを可能とする街エルフの技の高み、その一端をお見せしましょう。えっと、お爺ちゃん達、例の特大宝珠を雲取様の近くに運んでくれるかな」


「任せておけ」


妖精さん達が空間鞄を持って飛び、雲取様の眼前で鞄を操作して、赤く透き通った特大宝珠を取り出してみせた。


魔力を蓄積できる宝珠、その船舶搭載用の特大タイプだ。


雲取様が目を大きく見開き、顔を宝珠に近付けて、食い入るように凝視し続けた。


良し、反応は上々だ。

誤字・脱字の指摘ありがとうございました。ほんと助かります。

さて、今回は雲取様と話し合い、その中盤戦でした。モテる男も色々と大変そうですね。それと船舶用特大サイズの宝珠を見せられて、雲取様もかなり驚いたようです。まぁ、現代人だとしても、直径三十センチの紅玉ルビーとかを見せられたら唖然としますよね。掴みはOKでしょう。

次回の投稿は、八月七日(水)二十一時五分です。

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