7-7.雲取様の懸念
前話のあらすじ:天空竜の雲取様が遂にロングヒルの地に降り立ちました。森エルフやドワーフを庇護下に置いているだけあって、無駄に怖がらせないための配慮もしてくれてたりと、だいぶ良い出だしとなりました。
<では、まず我から、話をするとしよう。事の始まりは、先日、空に描かれた巨大な光の花を見かけた事にあった。魔術をあのように愛でる事に用いる感性は好ましいと感じた>
魔術を遊びに使うという発想は天空竜達にはなかったみたいだね。戦闘の補助に使う、そう認識していて、人が使うのも、外で大規模に使うシーンとなれば、確かに戦闘以外は考えにくいかな。
僅かだけど、魔力の無駄遣いって感じも受けたから、やっぱり天空竜の魔力管理は結構シビアっぽい。
<この地は我が飛ぶ空域ではあるが、縄張りという訳ではない。故に、今回、其方らに話を聞くのは我が興味を持ったからであり、深い意味はない>
伝わってきた感覚からすると、散歩ルートでなんか珍しい物を見たから、話を聞いてみようってくらいの軽い気持ちだったようだね。
<ここまで話が広がるとは予想外であったが。大きな身はこのような時は不便なものだ>
雀を見かけて、少し声を掛けた程度なのに、その様子をみた他の雀たちが一斉に飛び立って少し離れたところに逃げられた感じ、かな?
なんか、その感覚、わかるなー。
というか、雲取様からすれば、人族は雀くらいの感覚か。
「天空竜の方々と会合をするのは、争い事を除けば、初と言ってもいい事なので、皆、ちょっと気合いが入ったんですよ」
<ほぉ>
満更でもないって感じかな。とは言え、伝わってきた感触は、猫カフェで、猫達に愛想良くして貰えて嬉しい、みたいな感じだ。
「歓待の気持ちを込めて、雲取様サイズのお菓子と飲み物も用意しましたので、後でお召し上がりください」
<菓子か>
言葉は知っていても自分が食べるという認識はなかった感じだね、よし、よし。
「雲のようにフワフワしていて、果実のあまみが口一杯に広がるケーキなんです。雲取様なら一口サイズになりますけど、味はしっかりと堪能できることでしょう。話のキリが良くなった頃にお出ししますね」
目はいいという話なので、手で大きさを示して、直径三十センチくらいのパーティ用のケーキが、テーブル一杯あると補足した。
<では、後でいただこう>
僕の示した大きさなら、まぁ、食べてみよう、そんな感じだ。果実は食べるから、未知の味でないというのも安心してるようだ。それに食べる前に専用の魔術で害がないか確認すればいい、なんて打算も垣間見えた。
うーん、いろいろ把握できるのはいいけど、思念波ベースの天空竜同士だとお互い腹芸はできそうにないね。雲取様が他の天空竜に話す事も考慮して話題を選んだ方が良さそうだ。特に不十分な理解のまま、伝言ゲームをされて、話が拗れたら困るし。
<我が確認したいことはいくつかある。まず空に光の帯を描く様子を実際に見てみたい。次に妖精族の飛ぶ空域の広さや高さ、主な食べ物を知りたい。その大きさであれば、我らと食べ物で競合することはないとは思うが念の為だ。そして、妖精界との回廊が開いているのか、最後に妖精達は今後、人数を増やすつもりがあるのか聞いておきたい>
雲取様の懸念は、同じ空を活動の場とする種族が現れたのであれば、その実態を把握しておこう、といった感じだ。それでも、事前に妖精達の体の大きさを森エルフのイズレンディアさん経由で聞いているからか、競合する相手、争う可能性のある相手とは考えてはいないようだね。それよりは話にしか聞いたことがない妖精族について見てみたいという興味の方が強いっぽい。
「シャーリスさん、お願いできるかな?」
「では、妾から答えよう。妾達は森の住人であり、木々の間を縫うように飛ぶのが一般的だ。そこで、まずは光の帯を描きつつ、演習場の起伏に沿って飛んで見せよう。彫刻家よ、妖精らしく、起伏に沿って、ギリギリの高度を飛んで見せよ」
「ご指示の通りに」
一礼すると、彫刻家さんは透き通った仮初めの羽を広げると、地面スレスレを人が全力疾走するような速度で、飛翔していく。光の帯を引きながら飛んでいくから、その飛び方の特異性がよくわかる。曲がる時に、鳥や飛行機のように滑らかに曲がるのではなく、飛びたい意思のままに、ベクトルを捻じ曲げて、鋭角の軌跡を残して、飛ぶんだ。
慣性法則自体を歪ませてるんじゃないかという出鱈目ぶりに、雲取様が目を見開いて、驚くのがわかった。
体が小さい分、慣性も小さいから、好き勝手に飛べるんだろう。同じ軌道を雲取様が飛んだら、体が悲鳴をあげる事請け合いだ。
「女王陛下、妖精らしく飛んできました」
「うむ、ご苦労」
光の軌跡を使って、ハートマークを描いたりというお茶目な飛び方をしたおかげで、シャーリスさんも満足そうだ。
<この目で見ても、何とも不思議な飛び方だ。十分参考になった。妖精族は短時間、素早さを活かした飛び方を得意とし、長距離を飛ぶのは不得手と見たが>
まぁ、そう判断するよね。僕もそう思う。
「妾達は森の住人、必要があれば飛ぶが、そうでなければ木々の茂みでノンビリするものじゃ。指摘の通り、鳥には真似の出来ぬ軌道を素早く飛べるが、渡り鳥のように遠くまで飛ぶ様なことはしない。妾達が展開している翼は、鳥ほどには風を捉えられぬ」
シャーリスさんもそれには素直に同意した。
<同じ空を飛ぶ者として、空域や食する物が被る可能性を考えたが、今の飛び方からして、我々とは殆ど被らないと感じたがどうか?>
そう聞いてるけど、念の為に聞いてる感じだね。
「その通り。妖精界では、天空竜達と、妾達は完全に棲み分けておる。天空竜は高い空を飛び、大きな獲物を狙う。妾達は森に近い低い空を縫うように飛び、妾達にちょうど良い小さな獲物を狙う。お互い、空域も、食べる物も被らないから棲み分けができておるのじゃ」
<ならば、新たな争いを産む火種ともなるまい。妖精達がこちらから去っていった理由もわかった。本来は話に聞く妖精界のように、濃厚な魔力に満ちた場所でなければ、落ち着いて暮らせまい>
「こちらは、妾達からすれば、皆がこうして普通に暮らしている事を不思議に思うほど、魔力が希薄じゃからのぉ。お主達、こちら側に住む天空竜達も希薄な魔力に順応した身体の作りになっておるようじゃな」
シャーリスさんの言葉に、思うところがあったのか、少しの間、雲取様は目を閉じて返事をしなかった。それでも、魔力の希薄さについては触れることを避けて話題を変えてきた。
<――街エルフの子よ、妖精達を召喚しているとのことだが、妖精達をもっと大勢、昔話に聞くように何百、何千と喚ぶことは理論上可能なのか? それと召喚したと言うことは、妖精界との回廊が開いている訳ではないと考えてよいか>
魔術の秘密に触れるのは申し訳ないが、この程度までなら話すこともできよう、といった配慮が感じられた。まるで気分は猫と触れ合おうと、おっかなびっくり指を伸ばす青年って感じ。触れ合うことに慣れてないから加減がわからない、でも触れたい。
あー、なんだろ、なんか可愛いなぁ。
いけない、あんなに畏れていたのに、もうそんな事を考え始めるんだから、現金なものだね。
「妖精界との回廊は開いていません。それと召喚については妖精族の専門家である賢者さんから説明しますね。僕は彼らの召喚に関わる主要メンバーの一人ではありますが、全体を把握するだけの知識も経験もありませんから」
<人族が使う集団魔術か。それもそうか。異界から何者かを召喚し続けるなど、如何に優れた術者であっても手に余るものだろう。では、妖精族の賢者よ、答えを聞かせてくれ>
人族の魔術程度、子供が遊びに使う水鉄砲程――受けた感覚に近いのはそんな認識かな。そんな児戯でも束ねて工夫する事で放水車になれば、その力は侮れない、まぁ、そんなところと。
人の使う魔術なんて、大概は何もせずとも無効化しちゃう竜族ならではの認識だね。
つまり、彼らと話をする時に力や魔術という視点で話す際には要注意という事。あくまでも知的好奇心や、未知への探求、といった、力技ではどうにもならない方向を明示していかないと、子供の戯言と思われるのがオチ。
或いは鬼族や妖精族と話をする際と同様、マコト文書という切り口、魔術抜きの分野を主戦場にする事……か。
「我らは街エルフが編み出した大規模魔法陣を元に、高効率化と召喚体の簡略化を行う事で、何とかこの人数を喚んだが、この方向性ではこれ以上、人数を増やす事は難しいだろう」
「それと、妾達、妖精族は当面はこれ以上、人数を増やすつもりはないぞ。政務に支障が出ないよう、人数は絞らねばな」
賢者さんの技術的な説明に、シャーリスさんが政治的な面から補足した。
<人数がさほど増えそうにないのであれば僥倖だ。ところで簡略化だったか。それは今いる妖精達は皆、同じなのだろうか。それとも差異があるのだろうか。差異があるようなら、近くで見せて欲しい>
魔力はまるで感じられないけど、召喚体という仮初めの存在ならば、近くで見れば、色々と分かるだろう、とまぁ、そんな感じか。
「雲取様、ちょっと教えてください。遠くで見るのと、近くで見るのでは何か違いがあるのでしょうか? 竜の目は遠くと近くでは見え方が違ったりするのですか?」
<ふむ。例えば、このように人族がよく使う障壁だが、遠目には確かに本物の壁のように見えるだろう。だが、近くで見れば、それが仮初めの存在、虚ろで安定してない物だとわかるものだ>
雲取様は妖精族のように無詠唱で鬼族が使う扉盾を目の前に作り出し、僕達に見せた後、ふーっと息を吹きかけて消してしまった。
なるほど。舞台の背景は遠目にはよくできてるように見えても、近くで見れば、結構、粗く描かれていたりするのと同じ感じか。
それと、多分、今消したのって、トラ吉さんが爪で障壁を切り裂いたのと同じで、術者が解除したんじゃなく、魔術を崩壊させた感じだろう。
「所謂、竜眼という奴じゃな。天空竜達の目にかかれば、半端な幻術はすぐに紛い物と見破られてしまう。こうして、鳥の幻影を纏っても、遠間ならともかく、近場なら幻影と見破られよう」
シャーリスさんも、鷹の幻影を纏って、羽を羽ばたきながら、僕の肩に停まって毛繕いをしてみせると、すぐに解除して、元の姿に戻って、ドヤ顔をしてみせた。
なんだろ……こう、水面下で力の探り合いをしているというか、隠し芸を見せ合っているような不思議な感じ。
<見事な幻影だ。もう少し遠間ならば、我らの目も誤魔化せよう。さて、先程の問いだが>
<翁、彫刻家、二人で眼前まで行って見せよ。見れば、どちらがハリボテかすぐ判ろう>
「ハリボテという程ではないと思うがのぉ」
「見た目は似てても中身は違う、そういうことでしょう」
そんな事を話しながら、二人は雲取様の眼前、顔のすぐ隣まで飛んでいき、手を広げてポーズを取って、姿を見せつけた。
二人を見ていた雲取様の気配が一瞬膨れ上がって、肌を打つその感覚に鳥肌が立った。
姿勢はそのままだけど、先程までののんびりした雰囲気から、一転、気が引き締まった感じだ。
演習場の周囲で監視していた森エルフ達が一斉にこちらを見て、何かあったのかと慌ててる。
その様子に、雲取様の気配が幾分収まった。
<すまなかった。まさか、これ程とは、魔力を感知できないせいで、だいぶ見誤っていたぞ。妖精族の長よ、手の内を明かしてくれた事に感謝する。もし、他の竜が来た時は、こうして眼前で姿を見せてやるがいい。無用な争いを避けられよう。二人ともご苦労様だった。元の位置まで戻ってくれ。その様に近くに居られると、気が休まらぬ>
蝶だと思って近くで見てみたら、凶悪な面構えのスズメバチだったとでも言わんばかりの驚きっぷりが伝わってきた。
でも、焦ったと言ってもその程度。それでこれなんだから、戦争時の銃撃が齎らした騒音に怒髪天を突いた雌竜達の暴威がどれ程だったのか、想像もつかない。
よくもまぁ、そんな怒れる天空竜達に、人族や鬼族の長達は逢いに行ったものだ。
ご先祖様達の勇気に心から感謝しよう。それと、そんな事が二度と起こらないように注意しないと。
竜の怒りは天災に等しい。それは誇張ではなく、厳然とした事実だ。
お爺ちゃんと彫刻家さんは、オーバーアクションで一礼すると、フワリとこちらに戻ってきた。二人ともイタズラ成功って感じで、顔がニヤけてる。
「何とも妖精さんらしいね」
「遊び心を無くした妖精族など、死んでいるも同じじゃよ」
お爺ちゃんが、当たり前の真理を語る様に言い放った。
<我も驚いたぞ。魔力が感じられないのは、召喚主のそこの娘の魔力属性故とは聞いているが、妖精界ではそうではあるまい。小さく華奢な見た目と言っても、膨大な魔力を感知すれば、相手も警戒しよう。その辺りはどうしておるのだ?>
雲取様も、妖精達の性格がだいぶわかってきたらしい。きっと、妖精界でも小さく愛らしく、森に隠れ住む種族、という印象で、相手の認識を誤らせる事を楽しみながらやってるに違いないと看破した様だ。
「妾達は周囲の魔力に溶け込むことに長けておるのじゃよ。このように姿を消して、物陰から相手を伺い、見つからぬ様に邪魔をして、気が付かれぬうちに、相手を遠ざける。それが妾達の矜持というもの。自分が優位と思った時ほど、脇が甘くなりやすいものじゃ」
シャーリスさんは、空中でパッと消えて、僕の肩の上に現れてみせた。
「シャーリスさん、それ、かなり趣味が入ってるよね?」
「趣味というか、暇潰しというか、娯楽じゃな。どこまで力を隠して目標を達成するか。力技で押し切るのは好みではないのじゃ」
<我らとは真逆の在り方だな>
他を圧倒する絶対的な猛威を持って、堂々と大空を我が物顔で飛び回る天空竜達からすれば、そんな窮屈な生き方の何が面白いのか、そう不思議に思ったようだね。そう思っても言葉にはしないあたり、気を遣ってくれているようだけど、微妙な心情は駄々漏れだ。
「それは妾達と竜達の生き方の違い故よ。天空竜は広大な地を単独で縄張りとする。その中で、相手と争い、森の一つや二つ、灰にしても何ら困る事はあるまい。広い縄張りが少し傷ついたとしても、竜族の人生からすれば、少しの時間で再生するのだから、その様な些細な事に気を配る事はあるまい」
<妖精界の竜達はそんな雑な生き方をしているのか>
雲取様も、今の話には驚いたようだ。天空竜からしたら、この弧状列島も広くはないから、無駄に傷つけないよう気を配るのが当たり前、そんな感じっぽい。まぁ、気をつけるといっても彼らなりの尺度で、だろうけど。
「それは、この島々に棲まう竜達の辿った歴史があればこそじゃろう。きっと、こちらでも大陸に棲まう竜達は、其方の言う「雑な生き方」をしておるじゃろう」
<大陸に棲まう竜達か……>
天空竜達の活動範囲はさほど広くないから、大陸に棲む天空竜達と衝突するのは暫くは先だろうけど、ね。雲取様のように遠くまで飛ぶ天空竜でも、大陸の天空竜達と交流する未来はイメージできないようだ。
「話が横に逸れたが、妾達、妖精族は森に住処を構え、森の恵みで生活をしておる。遠出もさほどしない。面倒だからの。じゃから、森を傷めないよう気を使うのじゃ。お主とて、自分の住処が荒らされれば、嫌じゃろう? 妾達が森を大切にする思いもそれと同じじゃ」
なるほど。誰も害虫が嫌だからと家を燃やすような真似はしない、結果として失火する事故はあっても、狙って燃やす馬鹿はいない、と。
ただ、以前聞いた話だと、妖精族が勢力圏としている森って半径百キロを超える広さだったからね。人族も侵攻してきてるというし、妖精族が生き方を変えるのもそう遠い未来ではないと思う。
できれば、今の生き方を続けて欲しいかな。お爺ちゃん達と話していても、今の彼らの在り方は素敵だと思うし。
<妖精族の在り方はよくわかった。異世界からフラリと現れた旅人、そんなところだろう。他の竜達も其方らを見に来るかもしれんが、物珍しさで来るだけで悪意はない。穏やかに迎えてやって欲しい>
天空竜が来てくれるのは、僕は嬉しいけど、ロングヒルからすれば一大事だよね、きっと。
「無論、歓迎しよう。妾達も、こちらでは、幅広い種族と交流を深めて、見識を広めたいのじゃ。同じ生き方だけ繰り返して篭っていては行き詰まる、それをこの子、アキに教えて貰ったからのぉ」
ナイスアシスト。
<か弱い子供にしか見えんが……アキと言ったか。お主も、人形達をワラワラと出してくるのか?>
雲取様から伝わってきたのは、住処に入り込んで悪さをする害虫といったイメージ。街エルフを一人見つけたら、魔導人形が三十人はいると思え、とまぁ、その嫌悪感は人がGに向けるそれに近い。
確かに街エルフは人形遣いで、手勢を増やして戦うのが常だけど、天空竜からすればGと同じカテゴリーとは……
「僕はまだ子供なので、人形遣いとして魔導人形達を操る術は使えません。それとシャーリスさんが言ったように、僕が得意とする分野は力も魔力も関係ない、そんな幅広い分野です。ところで、雲取様のお話もキリが良いようですから、ここで小休憩としませんか?」
<それは構わんが、疲れたか?>
「少しは。真面目に考えてお話ししていると疲れてくるものですからね。そんな時は甘いお菓子を食べて、少し休みを入れて、頭をスッキリしてから、話し合いを再開するものです」
<そうか>
疲れたら、日を改めればいいんじゃないか、って感じか。まぁ、寿命が長くて敵対者もいない竜族ならそれでもいいだろうけどね。
「では、休憩としましょう。お爺ちゃん、雲取様にお菓子とお茶を持って行ってくれる?」
「良かろう。彫刻家、近衛、運ぶのを手伝ってくれ」
そう言って、三人で間口がとても大きな空間鞄を持って、雲取様の近くまで飛んで行った。
<お主が運んでくるかと思ったが>
「僕が触れると、魔導具が壊れちゃうので」
<触れて壊れるとは珍しいな。――ほぉ。これが我でも食せる菓子か>
大きな荷物を小さな妖精が運ぶ事に違和感を覚えたようだけど、それもお爺ちゃん達が荷物を広げるまで。
特製の空間鞄からテーブルのように大きな器を置くと、空間鞄を操作して、ホールサイズのパウンドケーキをどんどん器に置いていき、器一杯、ケーキの山を生み出した。
濃厚な果実の香りに、雲取様も頭をあげると、器の方に顔を寄せて匂いを嗅いだ。
<何と豊かな香りだ……確かにこれだけの大きさがあれば、我が摘むのも容易かろう>
雲取様から伝わってきたのは、幼竜の頃に齧りついた大きな林檎のイメージ。確かに、竜だって小さい頃はあるのだから、口一杯に果物を食べた記憶はあるんだろうね。とても嬉しそうで何よりだ。
お爺ちゃん達は樽のように大きな透明な分厚いガラスの特注コップも取り出して器の脇に置いた。たっぶりと注がれた中身は琥珀色の色合いが美しい紅茶だ。
「雲取様の手で持てるサイズのコップと飲み物も用意しました。ケーキも一口サイズですけど、ぜひ、口の中で柔らかさ、甘さを味わってください。フワフワとした感触も新鮮と思いますよ」
<ふむ。……確かに我らが食せるもののようだ。頂くとしよう。ところで、休憩を挟むと言ったが、其方らの話は長いのか?>
雲取様は、何か魔術を使い、ケーキや紅茶だけでなく、器やコップについても確認したようだ。慎重だけど、そうして貰えた方がこちらとしても安心だ。
それに雲取様は知識欲は旺盛なようで、話す事自体は苦痛ではないらしい。長さを気にするのも、こちらの、というか僕やトラ吉さんの体調を気にしてのようだ。妖精族はもうか弱いとかいう認識は完全に捨て去ってる。
「今回は初めてですから、僕も妖精さん達もそれ程、詰め込むつもりはないので、ご安心ください」
<待て。今回は、だと?>
天空竜相手に好き好んで寄ってくる生き物などいなかったらしい。目をまん丸に見開いて、僕達の方をマジマジと見据えてきた。
かなり強い視線を感じるけど、思念波で雲取様の感情に触れた事で、だいぶ心にもゆとりが持ててきた。畏れは無くならないけど、触れて心地好い方なのも確か。
なら、こんな素敵な出会いを今回限りにするなんてあり得ない!
「雲取様は、自分達と異なる場所で生きる者達と触れ合い、話し合う新鮮な感覚は良いと思いませんか? 僕は雲取様と話せて、とても好感を持ちました。こうして話すのが今回限りなんて勿体ない。それに僕達なら、雲取様と接していても負担にならないので、雲取様も気楽に話せるでしょう?」
<……其方らは変わっているな。我の人生の中でも並ぶ者も思い付かぬ。だが、確かに異なる生き方をする者との話は面白い。それに気を遣わずに済むのも楽で良い>
雲取様はそう語ると、器からホールサイズのパウンドケーキを指で摘むと、口の中に放り込んだ。
<口の中に広がる果物の香りの何と豊かな事か。それに何とも甘く、そして溶けるように柔らかい。何とも美味で、今までに食べた何とも似つかない不思議な食べ物だ>
目を細めて、口の中に残る味も楽しんでいて、送られてきた感情からも、とても嬉しい事が伝わってきた。
会合の第一ターンは何とか無事成功だ。良かった。僕達に興味を持って貰えているし、次も会おうと思わせるくらいに、話の量を加減しないと、ね。
それにしても聞きたい事が後から後から湧いてきて困る。天空竜同士で話し合うような機会は少ないのかとか、穏やかに話せる相手はいるのかとか、生活してて困った時は、やっぱり年配の竜に相談しに行くのかとか、あーもう、気が済むまでぜひ、聞きたい!
……っと、いけない、いけない。落ち着いて、落ち着いて。
僕は、自分達のテーブルの方でもケーキを出して、妖精さん達と食べて甘味を楽しむ事にした。やっぱり、美味しいものを食べて、気持ちをリラックスしないとね。
雲取様との会合が始まり、まずは雲取様が聞きたかった話までは話し合いが終わりました。ここまでは云わば、前哨戦。次からはアキのターンです。
次回の投稿は、八月四日(日)二十一時五分です。