7-3.イズレンディアに絡みつく意図
前話のあらすじ:イズレンディアさんから天空竜の話を聞いて、聞くことは聞いたと妖精達はさっさと帰っていきました。フリーダムですよね、彼らって。
翌朝、食事の時間はいつもより静かなものだった。何故かと言えば、お爺ちゃんとケイティさんが不在だったから。
朝食を給仕してくれたアイリーンさんによると、イズレンディアさんの来訪を察知したエリーが、鬼族のセイケンを巻き込んで、彼と今朝から交流の場を設けたのだとの事。
イズレンディアさんがケイティさんやジョージさんと良く知る仲であり、僕が、森エルフも計画参加如何ですか、魔術の深淵を覗き込みたいという熱意溢れる方はいませんか、と勧誘した事も聞き出して、それならばと、彼の人柄を把握する事にしたらしい。
そこで話し合われる内容は聞いておいた方が良いだろうと、ケイティさん、お爺ちゃんも参加する事になり、警備上の問題から、鬼族と並ぶと称される街エルフの人形遣いも何人か控える事になったそうだ。
ちなみにエリーは、僕と同じ師匠に魔術を学ぶ姉弟子であり、ここ、ロングヒルの王女様だったりする。黙っていれば美少女なんだけど、性格は結構激しいんだ。でも国の皆さんからは大人気なんだよね。
セイケンは、鬼族の青年であり、ロングヒルに新設される鬼族連邦大使館の代表も務めるイケメンだ。鬼族は、並ぶと人族の成人男性が子供に見える巨体だけど、頭から生えている天然の杖である角を使い、魔術と武術を同時に行使するという魔法戦士であり、一部隊に匹敵する強さで恐れられている。でも、故郷にお嫁さんと四歳の娘さんがいるリア充で、理性的な苦労人だったりするんだよね。
「何とも、騒がしい事になってますけど、イズレンディアさんは乗り気な感じでした?」
「国元に報告をするにも、多くの関係者と話をするべきだろうと話されてまシタ。ロングヒル領内で、雲取様と会うことになるので、場所や時間の調整をするロングヒルの上層部にも挨拶しておこうトモ」
「義務感から?」
「それだけではないと感じまシタ。家政婦長の語った、世界の変化が本当に起きているのか、当事者に聞けるなら願っても無い機会と話されてもいましたカラ」
「ふむふむ。いい感じですね。そちらは後で教えて貰いましょう」
「昨晩の話し合い結果を纏めたレポートはこちらデス」
アイリーンさんが一枚の紙に纏められた書類を渡してくれた。
天空竜達の最近の動向、流行、勢力の変化については新情報は特になし。成長途中の天空竜を殺しまくった過去のある街エルフが保有する膨大な記録に付け加えるような新たな生態情報もなし。
街エルフと互いに不可侵とする条約を締結をした時代から在命の個体も、流石に長命な種族なだけあって、未だ健在であり体制面に不安視する要素はない。
ただ、交流関係はともかく、天空竜同士の親子関係や血筋は不明な点が多く、雲取様の伝手から辿っていくしかなさそうだ。親子であれば、似た形質、能力を受け継いでいる可能性も高いと思っただけに、そこの情報がないのは残念である。
勿論、情報がないのは、全部、街エルフのせいだ。何千年と生きる天空竜に種族滅亡を覚悟させるほど、果てしなく長い年月、子竜を殺害し続けたのだから。
いくら、条約を締結しても、天空竜達が無防備に子供を育てられる訳もないよね。ここまで情報がないってことは、十重二十重の厳重な護りの奥で子竜を大切に育ててきたからだろう。
「えっと、もしかして、僕達は天空竜を恐ろしいと考えて対策を練っていたけど、天空竜の雲取様から見ても、街エルフの子供が絡んできたのは、かなり面倒臭い厄介ごとと思われたりするかもしれなかったり?」
「アキ様の立場、重要性を考慮すると、万一、アキ様が傷つくような事態があれば、互いに種として絶滅させようと殺し合う時代に戻り兼ねナイ……そう考えても不思議ではありまセンネ」
あー、なんて面倒臭い。過去の歴史は忘れてはいけないけど、交流の妨げになっては困る。
「下手をすると、雲取様、初めから話を切り上げて早々に帰る気満々だったりするとか? それは困る、かなり困る! アイリーンさん、何か腰を落ち着けて話をして貰ういい策はないかな?」
貴重な繋がりを得るイベントが、単なる顔見せイベントに降格したら泣けてくる。
「……そうデスネ、イズレンディア様に歓待するつもりである旨を伝えて頂き、飲食で持て成すのはどうでショウカ? 天空竜が食べて喜ぶ料理が何かわかりまセンガ……」
料理人であるアイリーンさんらしい、良い案だと思う。美味しいものを食べたり飲んだりして、気分が悪くなったりはしないもんね。でも酔われても困るからお酒は避けるとして、うーん、何がいいかな。
「大きめのホールケーキをテーブル一杯に沢山積み上げれば、天空竜の大きさからすれば、マシュマロくらいにはなると思う。樽一杯の紅茶とかを用意すれば、大きさ的には何とかなる気がするけど、どうかな?」
「天空竜は雑食性と聞くノデ、甘味が感じられないと言うことはなさそうデス。ケーキはしっとりと身の詰まったタイプにすれば、確かにマシュマロ程度の食感にもなるデショウ」
なにせ、天空竜の大きな口は人を丸飲みしてしまうような大きさだ。直径三十センチあるホールケーキだって、一口サイズの小ささだろう。
街エルフの蓄積してきた記録によれば、幼竜の頃は雑食性であり、成竜になると、食べるのは専ら大型の獣になるが、人族から献上された荷車一杯の林檎を食べて気に入り、定期的に食べていた個体もいたようで、成竜でも完全な肉食という訳ではなさそうなんだよね。
「天空竜には製粉したり、パンやケーキを焼く文化も技術もないから、目新しい料理という意味では肉や魚の料理よりはいいと思う。茶葉を発酵するような手間とも無縁だろうから、お茶も良し。そちらの方向で検討してみましょう。念の為、イズレンディアさんにも確認するとして。あの感じだと、雲取様が満足する味と大きさの料理を出したりはしてなさそうだから、いけそうだね」
「味付けの方向性を変えたものを用意してみまショウ。それと、ヨーゲル様達にも相談して、樽単位のお茶を美味しく淹れる道具を用意してみマス」
「それはいい、人用の器具で何百回と分けて作っていたら時間がかかりますし、その方向でお願いします。ちょっと楽しくなってきましたね」
「ハイ」
アイリーンさんも苦笑半分って感じだけど同意してくれた。さてさて、実は結構大変かもしれないね。天空竜とお茶しようなんて、きっと初の試みだろうから。
◇
ジョージさんに見守って貰いつつ、トラ吉さんと、相手を掴んだら勝ちという、遊びをやって、触れるか触れないかというところで、翻弄されまくって、ギブアップ。やっぱり、トラ吉さんとの実力差は如何ともし難いね。というか、真面目に動き回る猫なんて、人が素手で掴まえれられるわけがない。
「残念だったな。トラ吉もだいぶ加減が上手くなってきた。もう少しで手が届きそうなシーンが何回かあって、アキのやる気を掻き立てられていたぞ」
「ニャ」
トラ吉さんは、当然と言わんばかりのドヤ顔で、得意げに鳴いた。その姿を見送る僕はもう、指一本動かさないほど疲労困憊なので、どうしようもない。
「少し休んだら、一通り、近接武器の訓練をやるぞ。最近は雨の日が続いて、体も鈍ってきただろうからな」
「はーい」
体を動かす技術は、ミア姉の経験を引き継ぐことで、未経験者だった僕も、今では新兵見習いくらいにはなれてきた。でも、活動時間の大半を天空竜対策に割り振ってたから、ここのところ、運動量が絶対的に足りない。
少しでも動かさないと腕が鈍るから、こうして、たまには動かさないと。
でも、あと十分、いや、せめて五分は休まないと体が動かない。トラ吉さんの限界まで僕を引っ張り回す技量はほんと天才的だ。よくリア姉は、トラ吉さんを捕まえられたものだと思う。
「ほら、アキ、そろそろ立て。正しい姿勢で立ち、呼吸を整えた方が回復は早い。心拍数を下げ過ぎるな。武器を振るうには、体は温めたままの方がいい」
そう言いながらも、ヨロヨロしている僕を、猫の子供を摘むように、軽く掴んで、強引に立たせた。
渡された長剣を持つ手がプルプル震えてる。力を入れても、振り回すどころじゃない。もう少し回復しないと。
「そう言えば、疲労が酷い時の戦い方を教えてなかったな。丁度いい。これから、一通り教えてやろう」
「ぅー、ジョージさん、なんか、今日は意地悪ですよ」
僕の訴えも柳に風とばかりに受け流された。それでも、ジョージさんは敢えてわかりやすく、意地の悪そうな顔で心の内を打ち明けてくれた。
「完全装備の兵士達の一個小隊も軽く蹴散らす、おっかない鬼族と仲良く談笑してる様子を見ていると、ウチのお嬢さんももう少し大人しくなって欲しいと思う時がない訳でもない。それだけでも頭が痛かったが、挙句、今度は天空竜だ。護衛なのに、護衛する術がないのは虚しいと、部下達が嘆いても、かける言葉がなくてなぁ。単騎で戦場に突撃していく程度の無謀さなら、何とかするんだが。流石に天空竜はなぁ……などと思う事もないでもない」
僕より大きくて頼りになるジョージさんが、わざわざ、肩を落として、上司としての苦労を語る姿は見ているだけで申し訳ない気持ちになってくる。
部下達、護衛人形の皆さんも、人族相手なら相手が剣を抜く前に、首筋に切っ先を突きつけて止めるほどの凄腕なのを知ってるだけに、その彼らが無力感に苛まれるのは心が痛い。
「さて、無駄話をして少しは回復しただろ。剣を構えろ」
そう言われて、何とか半身で腰を落とした状態で、剣を構えた。突きを狙った構えだ。
「そう、それでいい。アキが襲われ、護衛の手が回らないとしたら、抜けてきた相手は少数、それにアキの技量で複数相手は無理。だから、相手は一人と想定して、そいつを相手に生き延びる、そのための訓練だ」
「はい!」
「愚痴も言ったが、護衛の出番なんざ、無いのが一番だ。だが、万一の事態に備えて、護衛対象が腕を磨いて生き残ろうという姿勢を見せてくれれば、護衛する側も、それならばと、気合いが入るってもんだ。な、簡単だろう?」
そう告げるジョージさんの目は九割くらいは優しさが占めている感じだった。残り一割はと言えば、護衛の人だって思うところはある、そこを覚えておいてくれ、という要望だろうか。
嗜虐心は含まれていないと信じたい。
結局、疲労困憊時の技を教わり、とても有意義な時間だったけど、二度とやりたくないと思うくらいキツかった。
それと、護衛の人達の苦労ももう少し考えるようにしよう、そう思った。
アイリーンと一緒に、天空竜相手の初となるおもてなしをすることにしました。といっても、相手はとても大きな天空竜。天空竜サイズのコップ一杯の紅茶を用意などとなれば、何百人という人に出す分量が一度に必要になるでしょうから大変です。ドワーフの技術力が試させる時ですね。
それと護衛をしているジョージや護衛人形達の胸の内をちょっと聞くことができました。やはり内心、かなり複雑なようですね。まぁ、アキもそれらを知って行動を変えたりすることはありませんが、それでもそんな思いがあるということは知っていたほうがいいでしょう。
次回の投稿は、七月二十一日(日)十七時五分です。