7-2.雲取様に求めるもの
前話のあらすじ:イズレンディアさんと、本題に入る前に認識のズレを色々と調整するお話をしました。おかげで、アキや妖精達が一般人枠ではないことも理解して貰えたようです。アキなんて探索者としてほぼ最上位級のケイティが放つ魔導師の近接殺傷技「魔力撃」を食らってノーダメージですからね。ゲームならチートキャラかバグキャラ扱いされるところでしょう。
ちなみに、イズレンディアさんの反応を見て、アキが「一般人の反応ってこんな感じかぁ」などと考えたりしてますが、彼は森エルフの中でも十分な実力を持つ強者であり、雲取様の勅使も、彼ならば、と皆が納得する域には達しています。まぁ、アキの誤解が解ける日がくるかというと、当分来そうにないんですけどね。
丁度、昼時ということもあり、イズレンディアさんも一緒に食事をとることにした。今日のお昼ご飯は、炊き込みおこわ、サツマイモのレモン煮、それに野菜スープだ。
しっかりと味が染みていてもちもちっとしているおこわがとても美味しい。中に入っている栗はホクホクしてるし、鮭もまた旬なだけあって旨味が段違いだ。
急な来訪ということもあって、特別なおもてなしはできませんが、とアイリーンさんが言ったことにも、そもそも長居をするつもりがなかったイズレンディアさんに、不満はないようだ。
というか、森の幸には一家言あるだろう森エルフに、山の幸系で纏めた炊き込みおこわということもあって、イズレンディアさんは、最初は少し試すような目をしていたけど、今では心から食事を堪能しているようだ。良かった。
レモンの香りがアクセントになっているサツマイモもまた美味しい。ついつい食べ過ぎちゃうから気を付けないと。
具沢山の野菜スープも体に沁みこむような優しい味付けが嬉しい。こういう毎日食べても飽きないような料理がいいよね、やっぱり。
妖精の皆さんも、妖精サイズのナイフやフォークといったカトラリーを使いこなして、舌鼓を打っている。全身で嬉しさを表現する妖精さん達の振る舞いは見ているだけでも楽しい気分になってくる。
「とても美味でした。アイリーン殿でしたか。何か特別な調理をされているのだろうか?」
イズレンディアさんは料理の美味しさに、何かあると感じたようだ。普通に炊き込んでも美味しいけど、更にもう一押しある感じだもんね。
「調理には無水鍋を使いまシタ。水の乏しい国で生み出された鍋で、重く密閉する蓋で全ての水分を閉じ込めて調理するタメ、燃料も節約できる優れものデス」
水の豊かな弧状列島ではなかなか自力での開発はしないであろう鍋だからね。無水鍋は凄い発明だと思う。
「ほぉ。後で見せて貰っても宜しいか。薪を減らせてこれほど美味しく調理できるとは実に興味深い」
「イズレンディア様、気に入られたようですので、お帰りの際にお土産に一つお渡ししましょう。レシピ本も付けますので、ぜひ国元で使い方を試してみてください。購入されたい時には大使に伝えて貰えれば用意しますから」
ケイティさんが、すかさず割り込んで、にっこり微笑んで大盤振る舞いの発言をしてきた。
……大判振る舞いとはちょっと違うか。実演して惚れ込ませて、品を売り捌く街エルフらしい振る舞いだね。
「済まない。好意に甘えることとしよう」
空間鞄があるから、手荷物になるということもない。イズレンディアさんは申し出を受けて嬉しそうだった。
◇
食事を終えたところで、妖精さん達はひとまず、召喚を終えて国に戻ると言い出した。挨拶は終えたし、次に雲取様と会うのもしばらくは先。それに話ならお爺ちゃんは残るからそれで十分だろうと。
「皆さん、忙しい身ですからね。皆さん、聞くべきところは聞いた感じ?」
「天空竜は道具を作らない、その時点で彫刻家はおらんでいい。天空竜の魔術行使は稀で発動も瞬時だから結果から類推するしかない、となれば、賢者も後は会って話を聞けばよかろう。あちらと同じで、天空竜は基本的に単独で生活していて、その社会構造もせいぜい村といったところ。ならば、宰相と妾もそれ以上聞くことはないのぉ。生態や人族との交流ならば、翁が居れば十分だろう。ということで、イズレンディア殿、また会える日を楽しみにしておる。お主も忙しいだろうから、森エルフについて話を聞くのは、別の機会としよう」
「こちらこそ宜しく頼む」
こうして、挨拶もそこそこ、妖精さん達は送還の魔法陣を出して、あっという間に去っていった。なんとも慌ただしいね。というか、いつもやってくるところしか見たことがなかったけど、こうやって帰るのか。なかなか格好いい。
「さて、妖精は儂だけになったが、その分、午後からの話し合いでは、ベリル殿達も交えて、残りのページについても、話を進めていこうではないか。なにせ知っておくべきことは多い。段取りよく進めんと今日中に終わらんからのぉ」
「……一体どれだけ聞く気だ」
「無論、聞き洩らしがないと判断できるまでじゃよ。天空竜との会合となれば、僅かでも成功率を高めておきたいからのぉ。記念すべき、こちらの天空竜との初会合じゃ。やはり出だしは順調と行きたいところじゃ」
お爺ちゃんも、準備は念入りにするタイプのようだね。そう、戦いの九割は戦争が始まる前の準備で決まる、なんて話もあるくらいだし、ここは手を抜けない。
なんて考えていたんだけど、イズレンディアさんは他のところが気になったようだ。
「天空竜とこの先もずっと会合をしていく口振りだが」
「それはそうじゃろう。何せ、儂らは天空竜達の中でも魔術に長けており、儂らと共に未知に挑む熱意があり、そして協調性も備えた個体を見つけねばならん。雲取様がその条件を満たしていれば幸運じゃが、そうそううまくはいくまい?」
「……何を望んでそのような真似を?」
圧倒的な力を持つ竜神、雲取様と会うとなれば、彼らの感覚からすれば、それは一生に一度あるかないかの大舞台、そんなところなんだろう。イズレンディア様が頬を引くつかせながらも、なんとか言葉を絞り出せたのは強い意志があればこそだろうね。
「僕達は色々あって、別の世界との行き来を可能にする「次元門構築計画」を推進中なんですよ。そのためにも空間転移を駆使する天空竜にはぜひ、計画に参加して貰いたくて。天空竜は文字を持たないというし、個体同士の繋がりも深くない、となれば、天空竜同士の繋がりを辿りながら、魔術が得意な個体を探さないといけないでしょう? だから、結構、手間がかかるんですよね。これが中央集権化とかしててくれれば、代表に話を通すだけで済むから簡単なんですけど」
「貴方達にとっては、我々の竜神ですら、多くいる天空竜の一頭に過ぎないと言う訳か」
「行動範囲が広く、体格も大きく、森エルフやドワーフを庇護下に置き、こうして話をする理性的な方ですから、尊敬に値する方と思います。ですが、弧状列島には数万頭の天空竜がいるので、雲取様だけに注力する訳にはいかないのも事実です。というか雲取様の位置付けは、森エルフにおけるイズレンディア様と同じと考えています。雲取様の竜脈を通じて、広く竜探しをしていくためにも雲取様とは良好な関係を築きたいと思ってますよ」
「私を信頼して話してくれているのはありがたいが……なんとも不遜ととられかねない発言だ。天空竜を軽視しているとも取られかねん。発言には注意することだ」
「ご忠告感謝します。イズレンディア様。ところで、森エルフの方々で、理論魔法学に詳しい方をご存知だったりしませんか? 精霊術の使い手にもぜひ参加して欲しいところなんですけど」
「君はそうして誰にでも声をかけているのか」
少し呆れ気味に言われてしまった。それは誤解だ。
「いえ。信頼に足る方と思えばこそです。それと優れた人材がいるであろう方々と思えたからですね。森エルフは長命な方が多いのですから、魔術の深奥を覗き込みたいという熱意溢れる方もきっといるでしょう?」
僕が好意百パーセント、貴方だからですよ、と伝えたからか、イズレンディアは何とも苦々しい顔をして、目頭を手で揉んだりして、少し間を置いた。
「……次元門構築計画だったか。確かに我が国でも、稀ではあるが妖精界に通じる道が開き、行方不明になる者も出てはいる。だから興味がない訳ではない。だが、即答はできん。私は雲取様の勅使としてここにきているのであって、外交をするために来たのではない」
「勿論、そうでしょう。ぜひ話を持ち帰って、検討してみてください。既に街エルフ、人族、妖精族、それと鬼族の参加は確定してますし、ドワーフの皆さんも強い興味を持っていただけてます。やはり森エルフも一枚噛んでおくと良いと思いますよ」
「鬼族だと!?」
やっぱり鬼族と聞くと皆、驚くんだね。鬼族の代表としてきていたセイケンを説得して引き入れることができたのは大金星だったと言えそうだ。
「はい。総合武力演習に参加しに来られたので、その際に勧誘して、快諾していただきました」
「信じられん……どんな手品を使ったというのか」
こちら特有の褒め方だね。魔術では実現できないような凄い事を、こう表現するのだとケイティさんが教えてくれた。
「話の通じる理性的な方々で良かったです。竜族もぜひそうあって欲しいですね。あと森エルフも」
「君と話していると、常識が音を立てて崩れていくようだ。長年敵対してきた鬼族、偏屈なドワーフ族も既に引き入れたとは……。ちょっと待ってくれ。先程、街エルフとも言っていたが」
街エルフの僕が、街エルフも参加したと告げれば、それは不思議に思うのも当然だ。
「次元門構築計画の言い出しっぺは僕なので。多くの人の助力がなければ、国の後押しを得るのは難しかったと思います」
父さん、母さんが議員をしてくれていて、かなり強く働きかけをしてくれなければ、もっと時間はかかっていた筈。それにリア姉の同期に効きまくる不思議な人脈も忘れてはいけない。人に恵まれた事を忘れないでおこう。
「推進メンバーの一人というだけでも信じがたいが、まさか提案者だとは。もう、そういうことと割り切ることにするが。それに母国であれば、頼れる人々もいるだろうから、何とかしたというのもまぁ納得しよう。だが、君は確かこちらに来てからまだ二カ月にも満たなかった筈ではないのか? 鬼族と接点を持ったのはこちらに来てからなのだろう?」
「よくご存じで。たしか、こちらに来てからなら一カ月半くらい。鬼族、セイケンと接触したのは総合武力演習あたりからですけどね」
「ケイティ、これはどういうことなんだ? いくらなんでもおかしいだろう」
困った時のケイティさん頼み。ほんと、信頼されているんだなぁ。
「アキ様だから、で納得していただくしかありません。物事の移り変わりが激しいとは誰もが感じていることです。ですが、アキ様は言葉のみで、それを成し遂げてきたのです。ご希望とあれば後で説明しますが、意図的に先手を打った策もありますが、こちらに都合のいい動きがあったのも確かです。世界が変化の時を迎えている、そう捉えてもいいかもしれません」
「世界だと?」
「えっと、僕がしているのは最後の一押しだと思うんですよね。これまでに積もり積もった色々なことがもう動く寸前まで蓄えられていて、何かのきっかけがあれば動き出す、そんな状態になっていたんですよ。だから、一つ動けば、ドミノ倒しのように物事が進んでいく。きっとそんなところでしょう」
「……そうか」
「イズレンディア殿、そろそろ具体的な話を始めようではないか。こちらの天空竜達とは接点がほとんどないからのぉ。ぜひ、話を聞きたいところじゃったんじゃ。では二ページ目を――」
お爺ちゃんが、あー、もう早くせんかーって感じで、流れをぶった切って、イズレンディアさんの前に飛んでいくと、資料を開いて、杖でページを指して、ここじゃ、ここと話をするよう割り込んだ。
イズレンディアさんも、僕達との話を消化しきれていないようで、まずは目先の話から片付けよう、と気持ちを切り替えたようだ。うん、うん。考えても結論が出ない話なら後回しにするのも手だからね。さーて、話を聞いていこう。
◇
目次ペースで、それそれの項目について、何を聞きたいのか、どこまで深掘りしたいのか、後回ししてもいい項目はどれか。そんな事をイズレンディアさんと認識を合わせてから、一つずつ片付けていく事にしていった。
時折、森エルフの方でも聞きたい内容があれば、それはメモしておいて貰い、後日、聞く手筈を整える。
そうこうしているうちに、お茶の時間になったので、蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキと濃いめの紅茶をいただいて、それで僕も退室する事にした。
「そろそろ、寝る時間なので、僕はこれで失礼しますね。お爺ちゃん、あとケイティさん達も後は宜しくお願いします」
僕の発言に、イズレンディアさんが驚きの表情を浮かべた。
「まだ陽が落ちるまで時間はたっぷりあるのに、もう寝るのか?」
「少しずつ長く起きられるようにはなってきているんですけどね。お風呂に入ったり、寝るための身支度とかすることを考えると、そろそろ動かないと間に合わないんですよ。あ、そうだ。イズレンディアさん、世界樹って、夜に見たらキラキラ輝いているとかあったりします?」
どう言っても状況が変わる訳ではないので、できるだけ軽く伝えて、それと話題転換ということで、世界樹について話を振ってみた。ただの大きな木だとしたら、さほど観に行きたいとは思わないけど、名前からして、観に行きたくなるような何かがあるんじゃないかなー、と思うんだよね。
僕の期待する眼差しを受けて、イズレンディアさんは、深い溜息をつくと、少し考え込むそぶりを見せたけど、あまり公ではないっぽい話を教えてくれることにしたようだ。
「……満月の夜には月明りを受けて、葉が全て淡い魔力光に包まれるな。いつか、観に来てみるといい。一生忘れられない光景となるだろう」
イズレンディアさんは、優し気な眼差しで教えてくれた。それは綺麗で幻想的だろうね。もしかして、魔力がうんと高まる時には精霊さんの乱舞が見れたりするのかな。あー、なんか気になる。
「その時はぜひ! じゃ、皆さん、御先に失礼します」
また一つ、夜に観たい光景が増えてちょっと嬉しい。シャンタールさんがついてきてくれるから、寝るまでの手筈も問題なし。なにせお風呂に入って、髪を洗って乾かすだけでも一苦労だからね。ミア姉には、長い髪が好みだ、素敵だと言い続けてきただけに、面倒臭いからと短く切る訳にもいかない。脱いだ服の片付けや、代えの下着やパジャマも用意して貰っているだけに、誰かが来てくれないと時間が足りない。
やっぱり一日の半分も起きてられないのは厳しい。
でも、ケイティさんを筆頭に、僕が行う最低限の作業以外は、サポートメンバーの皆が全部カバーしてくれているからこそ、不自由なく生活していられるんだよね。ありがたいことだ。
トラ吉さんも、お爺ちゃんに声をかけてから、僕についてきた。護衛役は任せろ、ってことだろう。お爺ちゃんは子守妖精といいつつ、今回のように、僕の活動の支援を優先して、離れることも多いからね。
「ニャ」
ほら、時間ないんだろ、って感じにトラ吉さんが一鳴きすると、すたすたと前を歩いていく。
「あ、うん」
皆の視線を背中に感じながら、急いで部屋を後にした。明日には、色々とヒアリングできた話を聞くこともできるだろう。どんな感じなのかな。楽しみだね。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
海外との貿易をほぼ独占している街エルフだからこそ、無水鍋のような調理器具も真っ先に導入することができるというものだったりします。まぁ、「マコト文書」でも紹介されていたりはするんですけどね。一般公開部分には書かれていませんが。
今回は妖精達の気ままな振る舞いや、アキ達の視点・認識と、イズレンディアのそれの違いについて明らかにするお話でした。彼が理性的で忍耐力のある性格で良かったですね。これがカッとなりやすい相手なら、「我が神を愚弄するか」などと衝突しても何ら不思議のないシーンでした。
次回の投稿は、七月十七日(水)二十一時五分です。




