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2-5.新生活一日目⑤

 結局、あの後も、風に揺れるスカートに気を取られたり、空を飛んでる鳥が気になったりして散々だった。


 今日の昼食は、冷製トマトスパゲティと、魚の入った野菜たっぷりなスープだ。

 オリーブオイルといい、トマトといい、使っている香草にしても、海外との交易をしているというのは確かっぽい。

 パスタの茹で加減も丁度よくて、トマトの酸味もいいアクセントになってる。


「それで、アキ、初めての訓練はどうだった?」


「それがもう散々で――」


 僕は最初の魔力感知訓練で、あちこち気になってしまい、結局、ほとんど集中できなかったことを話した。


「そうか。まぁ、楽しんでいるのは何よりだ」


 そう語るリア姉も嬉しそう。


「あっちと似ていて、でもこちらにしかないことがあって、ちょっと訓練には集中できなかったけど、とっても良かったです。今日は失敗しちゃったけど、考えずに感じられる感覚をあるがままに受け入れるというのは、ミア姉から教わった瞑想と同じだから、多分、明日は大丈夫」


 うん、きっと大丈夫。そうそう気になる物が続くこともないだろうから、明日には……明後日くらいまでには多分。


「明日は、最初に私も一緒にトラ吉と会っておこう。混乱しているだろうからな、彼も」


「よろしく。やっぱり飼い主がいたほうが仲良くなれると思うから」


「アキはトラ吉が怖くないか?」


「彼は賢そうだったし、目が、なんとなくこう、見守るお父さんぽかったから、全然」


「お父さんか、そんなものかもしれないな。奴は私のことも飼い主と言うよりは、庇護すべき娘とでも思っていそうだ」


 なんとなく二人して笑ってしまった。


「アキ様、午前に行った魔力感知訓練は外にある魔力を知るためのもの、午後から行う訓練は体の操作を通じて、内側にある魔力を感じ取る訓練になります」


 ケイティさんが食後の紅茶を入れてくれた。うん、今日の昼食には紅茶が合うね。


「確か、海外にも行っていたんでしたよね。その絵画にあるような帆船に乗っていったんでしょうか?」


「そうなるな。やっぱりアキはそういう話は好きか?」


「それはもう。どんな感じなのかなぁ、こちらの海外って、日本の場合と違って異境って感じですよね。今から楽しみです」


「彼の歩いた道はアキが興味をひくことも多いだろう。だが忘れないように」


「そうです、アキ様。あくまでも身体操作ではなく、その行動を通じて変化する体内魔力を感じることこそが主目的です」


「あ、善処します」 


 午前中の失敗で、だいぶ株を落としてしまったらしい。

 二人して、僕が他のことに気を取られると確信している。

 うん……僕も気を取られない自信がない。

 この話題は圧倒的に不利だ。


 話題を変えよう。


「それで、リア姉は、どんなことをやってるんですか?」


 確か魔力強化について研究をしているという話だった。ちょっとは進展していてくれたりしないかな。

 

「私のほうは地道な確認試験を延々とやってるだけさ。私の魔力を直接観測することはできないが、周囲に与える影響自体を観測することはできるから、そこから、私の魔力について推測を行う、といった具合で、直接が無理なら間接で行こう作戦の実施中」


「それはまた手間がかかりそうですね」


 まるでブラックホールを観測するかのような話だ。


「それに観測結果の分析をして、推論して、他の研修者とディスカッションをして、と実験以外の時間のほうが割合は多いくらいだ。まぁ、研究というのはそういうものだから、じっくり頑張るよ」


「すみません、よろしくお願いします」


 大切な作業だと思うけど、必要なら言うだろうから、僕は今は僕のできることをしよう。


「気にしないでいい。子供は学ぶのが仕事さ。そして、何を感じたのか、何を思ったのか、そんなことを話したりするだけでも、私にとっては嬉しい。ずっと話していたいくらいだけど、それができないのが残念なくらいだ」


「僕も、リア姉と話せると楽しいです」


 高校生になったのに、こっちでも子供扱いか。でも仕方ないかな、まだちょっと、色々足りないし。





 ケイティさんに手伝ってもらい、髪を編んで動きを邪魔しないように止めて、服を着替える。

 丈夫な布で作られた長袖のシャツと、ストレッチ性に優れたトレッキングパンツ、そして足首まで覆う丈夫な革靴。


 軽く跳んでみるけど、胸もちゃんとホールドされていて、これなら大丈夫そう。

 

 外の庭に行ってみると、ケイティさんより更に背も体格もずっといい男の人が待っていた。

 ちゃんと身形は整えているけど、ワイルドな印象を受けるイケメンだ。

 鼻が高く、眼差しが穏やかで、なんか、とっても格好いい。

 うん、僕がイメージしていた成りたい大人の男そのままって感じだ。


「初めまして。護衛の任と、野外活動、戦闘全般の講師も兼ねるジョージだ」


「初めまして。お世話になります」


 黙っていても格好いいけど、声もまた落ち着いた通る声で、染み入るような笑顔もまた絵になる。


「護衛をする関係もあるし、講師と生徒という立場でもあるから、君のことはアキと呼ばせてもらう。いいかな」


「はい、もちろん」


 なんだろう、こう、頼りになる兄って感じがする。いいなぁ。


「話は一通り聞いている。君の場合、剣技を含めた様々な動きは既に身体に沁みついている状態だ。ただ、アキがそういった経験を持たないために、動作をうまく引き出せないと考えて欲しい」


 そういって、僕にナイフを差し出してきた。抜いてみると刃はついてない模擬刀のようだけど、重さは本物だ。


「刃物を扱ったことがないということなので、念のため、訓練に使う武器には刃は付けていない。では、ナイフ戦闘における基本動作を見せる。まずは突き」


 流れるような動きで、鋭くナイフが突き出され、すぐ構えに戻る。


「払い」


 手を大きく振って薙ぎ払う。動く向きと刃筋が合っていることもあって、見てるだけでちょっと怖い。


「とまぁ、多少の技はあるが、君がナイフを使って戦うような事態になったら、相手が素手であっても姿勢を崩されないこと、距離を詰められないこと、掴まれないこと、そうしたことに気を付けつつ、時間を稼ぐことが重要だ」


「それは、襲ってくる相手は僕より体格が大きいか、同じくらいの背丈でも戦い慣れていて力が強いから?」


「そうだ。ちょっと手をこちらに出してみてくれ。こうして、腕を掴まれたらどうだ?」


 差し出した腕の手首を掴まれた。痛くない程度に加減してくれているのに押しても、引いても、もう一方の手を使っても全然引き剥がせない。おまけに掴まれた手首を基点に引っ張ったり押し込まれたりするだけで、いいように姿勢を崩されてしまう。


「無理です、うー、こんなに非力だなんて」


 掴まれていた手首は特に赤くなったりも、痛くなったりもしてないけど、これは全然駄目だと思った。


「君はまず、自分の体格、相手との力の差を理解しないといけない」


「あの、ジョージさんが強いから、余計に強く感じるということはありませんか?」


「それはあるが、そもそも襲い掛かってくる相手は興奮していて力の加減もせず、多少の痛みは気にしない。本来、ナイフ戦闘では体術を混ぜることで、ナイフに意識を向けさせつつ、当身で相手の姿勢を崩すといったように、虚実を混ぜて戦うことが欠かせない」


 僕は自分の、ミア姉の手を見てみる。殴ったりしたら骨折しそうで、心配になる。


「君のような華奢な体格では、当身はほぼ意味がない。相手はナイフだけ見て対処すればいい。だから、君は相手の不意をついて急所に対して全身の力を込めて刺して一撃で仕留める以外に、勝機はない」


 手の中にあるナイフが酷く重く感じる。


「少し脅してしまったが、相手を殺さず無力化する、などという話は、子供相手にだって難しい。君は圧倒的に不利だということを忘れないで欲しい。いいかな」


 残念だけど、自分が今はか弱い女の子だということは忘れないように注意しよう。


「では、まず突き、それから相手を寄せ付けないようにナイフで払う動きをしてみてくれ。身体が発する声に耳を傾けることを忘れずに」


「声?」


「体を動かす時に、こうしたほうが自然だ、慣れた動きだと感じたらそれに逆らわないこと」


 ふむ。では、ちょっとやってみよう。

 まずは突き。構えた瞬間、どこで刺さるのか想定して動くのが良いと感じて、それに従ってみた。刺す直前に柄をしっかりと握り、刺し押し込む足運びをしつつ、全身の動きを使って引き抜いて距離を置く。


「悪くない。ずっと強く握り続けることはできないし、そんなことをしたら動きが遅くなる。だから、刃が刺さる直前に強く握りしめて、突き刺す時の衝撃に負けないようにするんだ。次は払いだ。腕を振る方向と刃筋を合わせること、そしてやはり相手を斬るタイミングでは握りをしっかりすること」


 今度は順手で振り下ろし、逆手で横薙ぎにしてみる。順手のまま振り上げようとしたけど、それよりは握りを変えて逆手のほうが薙ぐ動きには合っている。


「こんな感じでしょうか。でも逆手持ちにどんな意味があるのか疑問でしたけど、刃全体を使って切るなら、この持ち方が良いと思いました」


 もっとも逆手に持つ分だけ、間合いは狭くなるから、悩ましい。


「体を動かしてみてどうだった?」


「何度も繰り返して覚えた動き、といった感じでしょうか。初めてやった動きなのに、慣れ親しんだ動きのようで不思議です」


 それから、何回も突きと払いを繰り返してみるけど、そうするほど、ナイフが手に馴染み、身体の動きも鋭さが加わってきた。


「それは、ミア様が身に着けた技だからだ。何度繰り返してもまったく同じ動きができるほどの修練を繰り返さなければ、その動きはできない。とはいえ、君は最低限の動きができるだけで、敵との戦闘経験がないから新兵にも劣る。それを忘れないように」


「はい」


「では、次はショートソード、その次はロングソードだ」


 収納ケースから取り出された武器から、ショートソードを渡された。そこでふと疑問に思う。


「あの、そのケースには沢山、武器が入ってますけど、どこまでやるんですか?」


「街エルフの成人は、武芸百般、扱えない武器はないらしい。だから、まず今日はこの中身を全部、明日は長柄武器、明後日は射撃武器あたりを行う予定だ、あとは投剣術、暗器あたりもやってみよう」


 指折り数えているけど、僕が気後れしているのをわかってて見せる爽やかな笑顔が憎らしい。

 だけど、本来なら長い期間をかけて身に着けていく動きを『思い出す』だけなのだから文句も言えない。

 僕はしぶしぶショートソードを受け取ると、基本の動きを繰り返した。




次話の投稿は五月一日(火)になります。GW最終日までは毎日投稿します。


誤字、脱字、アドバイスなどありましたら、気軽にご指摘ください。

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