7-1. 竜神という存在
前話のあらすじ:妖精が初撃だけなら天空竜の攻撃を防ぐといい、実際実演もすることで、皆を納得させました。そして、待ちに待った天空竜の雲取様からの勅使、森エルフの男性、イズレンディアが現れて、会うための場所と日時を決めよ、という竜信託が伝えられました。
今回からは書籍換算3冊目の冒頭に当たる章ということで、まず、これまでの粗筋をざっと紹介して、それから、イズレンディアとの会談再開です。
僕は、今では慣れて、日常と化した室内を改めて見回した。目の前には森エルフの男性であるイズレンディアさんが座り、僕の足元には、柴犬程の大きさのある角の生えた猫、魔獣のトラ吉さんがごろりと横になっていた。
僕の周囲には妖精さん達が六人も浮かんでいて、これからの会話に参加する予定だ。
後ろには家政婦長のケイティさん、護衛のジョージさん、それにこちらでの母さん、街エルフのアヤさんも控えてくれている。壁際には女中人形三姉妹のアイリーンさん、ベリルさん、シャンタールさんもスタンバイしてくれていて準備は万端。
それが今の僕の日常。
日本で男子高校生をやっていた時には思いもしなかった日常だけど、三ヶ月近くも過ぎれば慣れてくるもので。
こうして街エルフの女の子として、当たり前のようにワンピを着て、生活をしていても慌てるような事はだいぶ減ってきた。
偽経歴として、こちらでは、ミア姉の末の妹アキという立場だ。
なぜ、今、女の子をしているのかと言えば、ミア姉と呼ぶ街エルフのお姉さんと魂を入れ替えられる形で、こちらに喚ばれたから。
こちらに来た事で、僕と同じ無色透明という魔力属性を持つリア姉と魔力共鳴現象が発生し、僕とリア姉の魔力はストップ高の爆上げ状態になった。それは予定通りだったけど、魔力感知ができず、魔術も使えないヘッポコ状態に陥り、しかも子供だから後は大人に任せろと、百六十年間学業専念ルートに流れそうになる危機にも陥った。
地球にいるミア姉を助ける事を優先するよう、こちらの両親に働きかけて、何とか学業エンドに陥ることを回避し、地球の知識をミア姉が書き記した「マコト文書」の専門家として働けるようにもしてもらった。
そして、魔術が使えない状況を打破しようと、元々の国から、隣国ロングヒルに留学することにもなった。
子守役として、妖精界から召喚されたお爺ちゃんと楽しくやれているのは幸いだ。自由気ままに過ごしているお爺ちゃんを見ているだけでも、心が和むからね。
息抜き、娯楽のつもりで観ることにしたロングヒルの軍隊が行う総合武力演習では、街エルフ、鬼族、妖精族の公開演技も加わって大いに楽しむことができた。
その時、最後の演目で、妖精達が大空に描いた光の花を、空を飛んでいた天空竜の雲取様が見つけて興味を持ち、こうして、会うための場所と日時を決めるための勅使である森エルフのイズレンディアさんまでやってきた。
何とも目まぐるしい展開続きだけど、地球にいるミア姉を助ける為、世界間を繋ぐ次元門構築計画を推進している身としては、空間転移を行使するという天空竜との縁は是が非でも有効活用したい。
その為に色々と準備も重ねて、やっと彼との話し合いの日もやってきた。
僕が活用できるのはミア姉と十年間、ほぼ毎晩話し合う事で鍛えたディベート能力と、地球の知識、視点だけ。ホワイトボードとペン、それに弁舌だけが僕の武器、そしてこの話し合いの場こそが僕の主戦場だ。
◇
思えば遠くへ来たものだ、などと少し考えたけど、気持ちを切り替えて、イズレンディアさんに話を切り出した。
「イズレンディア様、自分達は雲取様を、天空竜をあまり知らないため、無知故の暴言を口にするかもしれませんが、そこはご容赦下さい」
「そう固くならなくてもいい。無知故の誤りならば我々は寛大だ」
イズレンディアさんも、渡された資料の厚さから、長丁場になると覚悟したのか、外套を脱いで、用意された椅子に座ってくれた。
ただ、さて、では話そうかと思った僕を、イズレンディアさんが手で制した。
「アヤ殿、貴女が説明するのではないのか?」
彼は母さんに対して、そう問いかけた。
「雲取様と実際に会うのはアキであり、その資料の内容は、アキを交えて決めたものです。この子は説明し、貴方と話を詰めていくだけの力がありますのでご安心下さい。武器の手入れを他人に任せる者はいない、そうですよね」
母さんは、さも当然というように、話を締めくくる。問題はないと言われれば、それに異は唱えにくいというモノ。彼は話をするよう僕に頷いてみせた。
さて。
彼の手元にある資料「雲取様と仲良くなろう計画」に視線を移して、それの説明に入るか、少し考えてみた。
彼のこれまでの言動、僕や妖精さんに向ける視線、それらから導き出せる結論は、まだ、早いという事。
彼の認識は、聞く姿勢はまだ定まったものではない。すぐ資料の具体的な話に入るのは下策だ。
「資料の説明に入る前に、先程の雲取様からの言葉『其方らを見定める故、場所と日時を決めよ』ついて、疑問にお答え下さい。僕は簡潔過ぎる物言いのように感じました。他に何か補足事項はなかったのでしょうか? 短過ぎると誤解が生まれる恐れがあると思いますが、雲取様はあまり使者に任せず、自分で動くタイプなのでしょうか? それと、始めに聞くべきでしたが、そもそも雲取様は僕達の言葉を上手く発音できるんでしょうか? というか、イズレンディア様と普段、どんな感じにお話されるのでしょうか?」
僕の「雲取様の言葉は簡潔過ぎる」という切り口に、彼は意外な物を感じたようだ。要件としてはアレで十分、そう考えたのかもしれないけど、少し詰めた方が良さそうに思える。
「それ程、一度に聞かれても困る」
待ちの一手と。
「すみません、ベリルさん、ホワイトボードへの記入をお願いします」
「わかりまシタ」
早速、ベリルさんがホワイトボードに、今、僕が挙げた疑問点を箇条書きにしてくれた。
書いている間に、話す順番を考える。やはり、彼が話しやすく、考える必要のないところから入る事にしよう。
「順番を入れ替えて、大元の話から伺わせてください。まず、雲取様とどう話をするのか。僕や妖精さん達は、後日、雲取様とお話しするので、その時のイメージをまずは持っておきたいのです」
自分が経験している事を話すだけなら、ハードルは低い。そうだな、と彼は話してくれた。
「まず、雲取様が深緑の国にある祭壇に降り立つ。そして、雲取様は思念波で意思を伝え、我々は大声でそれに答えるのだ」
成る程。天空竜の口は、人の言葉を話せる作りではなさそう、と。まぁ、形状からして妥当な話だ。
「皆さんは思念波で返事をされないのですか? どうせなら同じ思念波の方が話が進みそうですけど」
「アキ様、それは私から補足します。人族では、例え魔導師であっても、魔力が少な過ぎて、思念波を送れたとしてもすぐ息切れしてしまい、現実的ではないのです」
ケイティさんの説明に、イズレンディアさんはそんな事も知らないのか、という表情を見せたけど、妖精さん達がケイティさんの話に興味を示したため、そこには触れない事にしたようだ。
うーん、表情だけじゃなく、身体言語もかなり読みにくい。とは言え、腹芸をするタイプじゃなく、単に表情が乏しいだけかな。
「では、心話なら? 大声を張り上げるより良い気がしますが」
「魔法陣の補助があっても、彼我の魔力量が違い過ぎて、此方からの応答は掻き消えてしまうだけでしょう」
僕とお爺ちゃんが初めに接触した際には、心話はできたのだから原理的にできないという事はなさそう。ただ、僕と妖精の差の方が、人と竜の差より小さいのかもしれない。そこは脇道だから後で確認しよう。
雲取様からは思念波、こちらからは音声が妥当で確定と。
「イズレンディア様、大声で、という事は、雲取様とは結構離れた位置にいるのでしょうか?」
この問いも、彼には意外だったようだ。なぜ、そんな当たり前のことを聞くのか、そんな疑問が滲み出てる。
「そもそも、雲取様に近付くだけでも、負担が大きいのだ。我々は雲取様に出来るだけ近付くが、やはり距離があり、言葉を伝えるには声を張り上げねばならん」
大声で話しかけるのは、距離だけじゃなさそうだ。天空竜という存在への畏怖、それを抑えつけるためにも、大声で自らを鼓舞せざるを得ない、そんな気がする。
そこは指摘すると、藪蛇な感じなので触れないでおこう。
「声を風の魔術で、雲取様の耳元まで送り届ければ良いのでは?」
「魔術を使う余裕などある訳がないだろう!」
当たりか。恐怖はともかく、天空竜が上空を飛んでもかなりの圧力を感じたようだし、それが目の前にいるなら、神として崇めているとは言っても、痩せ我慢でどうにかなるものじゃないようだ。
「もしかして、皆さんが辛そうだから、雲取様は出来るだけ話を短く切り上げようと配慮してくれているとか?」
「……それは、あるかもしれない」
思い当たる節があったのか、言いにくそうだけど、同意してくれた。
「優しい方ですね」
「その通り、優しいお方だ」
イズレンディアさんの返事も誇らしげだ。強くて、優しくて、頼りになるとなれば、崇拝するのもわかるね。
「ねぇ、お爺ちゃん。妖精の皆さんなら、雲取様の近くでも、魔術は使えるかな?」
「声を運ぶ魔術なら、容易いことじゃな」
「何だと?」
僕はまぁそうだろうと思ったけど、イズレンディアさんからすれば、聞き捨てならない話のようだ。
「そもそも、この前見たが、雲取様は普通の成竜ではないか。老竜ならば、確かに儂らとて気合いを入れねばならんがのぉ」
妖精界は怖いねーって、そうじゃなくて、フォロー入れないと、その言い方だと不味いよ。
「老竜だと!?」
お、気になったのはそちらか。
「えっと、イズレンディア様、彼らの住まう妖精界だと、世界に満ちた魔力が、こちらよりずっと濃いそうなんですよ。だから、妖精界だと天空竜も伸び伸びと育つんじゃないでしょうか」
「……」
雲取様より大きな天空竜を見たことがない、だけど、頭ごなしに否定もできない、そんな葛藤が感じられる。少し話を変えよう。
「お爺ちゃん。僕達は雲取様にどの辺りまで近づけそう? 遠過ぎると話しにくいし、こちらの顔もよく見えないだろうから、出来るだけ近づきたいんだけど」
「相手も大きいからのぉ。まぁ、首を伸ばしても牙が届かぬ程度まで近付けば十分じゃろう」
「お前達、何を言ってるんだ。こんな子供をそんなに近寄らせようとは正気か!?」
やはり、イズレンディアさんの感覚からすれば無茶に聞こえたようだ。それでも長命種だからか、僕の事を心配してくれているのは嬉しいね。
「えっと、イズレンディア様、それなんですけど、ちょっと見ていて下さい。ケイティさん、お願いします」
天空竜に近付いても問題は少ないと、説明するより見せた方が手っ取り早いと師匠も推薦してくれたデモを見せる事にした。
ケイティさんが、指先に魔力を集中して、一つの点にまで絞り込むと、驚いたイズレンディアさんが止めるよりも早く、その指先で僕の頰をフニっと押し込んだ。
わざと指を少し戻して、圧縮状態の魔力を見せつける丁寧さで、何回か頰を押してくる。
もっとも僕には魔力が感知できないから、あらかじめ打ち合わせていた通り、ケイティさんが集束&圧縮した魔力を相手に打ち込むという魔導師の近接戦闘技『魔力撃』を使ってくれているものと想像しているだけなのだけれど。
イズレンディアさんの驚愕した反応を見る限り、ちゃんと打ち込んでくれていたようだ。
ちなみに『魔力撃』だけど、打ち込まれた側は体内魔力がめちゃくちゃにかき乱されて、下手をすれば死んでしまい、死を免れても十日間くらいは行動不能に陥るという酷い効果があり、明確な殺意がなければ使わない技だったりする。イズレンディアさんが慌てるのも無理はない。
「あー、そのあたりで。イズレンディア様、見ての通り、僕はそれなりに濃い魔力でも問題ないので、雲取様には出来るだけ近付こうと思います。やっぱり、遠くから叫んで思いを伝えるより、そっと手を取って囁く方が思いが伝わりますから」
「……君は本当に街エルフなのか。魔獣が人に化けていると言われた方が、まだ納得できる」
僕が浮かべた表情を見て、自分がどんな顔をしているのか認識したらしい。彼は何とか恐怖の感情を押し隠してくれた。
そっか。魔力撃を受けて影響なしなのは、そこまで異常と。覚えておこう。何せ、僕の周りにいる人達は、かなりの実力者ばかりで、一般の人の感覚がよくわからないからね。
「まぁ、僕は魔術を使えないヘッポコなので、トラ吉さんみたいな魔獣と並べるほどでも無いと思いますけど。取り敢えず、お話を聞いた限りでは、皆さんと雲取様は魔力量の差が災いして、あまり親密な間柄とは言えないと捉えましたが如何でしょうか?」
「……君の、君達の感覚がおかしいことは理解した。その上で聞きたい。君の考える親密な間柄とはどんなものだ?」
「そうですね。天空竜の手は、人のように道具を作ったり、使ったりするのには向かない気がするので、庇護下の種族が、雲取様の住まいを修繕したり、大きな鍋に料理を作って献上してみたり、大きな瓶にお酒を入れて、一緒に美味しく飲んでみたり。雲取様の方も、気が向いたら、お父さんが子供を肩車してあげるように、庇護下の種族を背に乗せてあげたり。そんな風にアットホームな感じなら素敵かな、と」
「竜神と信者がそんな関係になるものか!」
身振り手振りを加えて、できるだけイメージしやすいように話してみたら、思いの外、強い反応が返ってきた。
はて? なんでかな。
「うーん、でも連樹の神様は、巫女の人達と結構近い感じでしたよ? 降臨された姿も優しそうだったし、巫女の人も神託はよく聞くようでした」
あちらは互いを利用して、持ちつ持たれつって雰囲気だったからね。
「……少し待ってくれ。降臨された姿だと!? 君は降臨された神と直接会ったとでもいうのか?」
衝撃的だったのか、だいぶ慌てていて、少し前屈みになって腰を浮かせるほどだ。
「はい。この前、ロングヒルに来る途中で、挨拶に寄った際に、降りてきてくれたんですよ。貴重な体験でしたよね」
「……待て。待ってくれ。頼む。ケイティ、この子の言う事は事実なのか? よりによってあの連樹の神だぞ?」
困った時のケイティさん頼み。信頼できる人だから、その気持ちはとてもわかる。そう言えば、森エルフも連樹の森だけは近寄らないって話を聞いた覚えがあるし、おっかない森という認識なんだろう。
「私もその場に居合わせましたので、間違いありません。事実です」
「事実か……」
彼はドスンと椅子に沈み込むように座り、ポツリと呟いた。かなりショックを受けたようだ。
「イズレンディア殿、神の降臨は確かに珍しいだろうが、それならば、我々、妖精族に対しても、もう少し驚いても良いのではないかえ?」
妖精女王のシャーリスさんが揶揄うように告げた。
「――いや、こうして姿を見ているからこそ、今は受け入れているが、会うまでは、本物の妖精がいるという話は半信半疑だった」
「雲取様もそう考えたのかもしれぬな。お主、もう少し何か言われたりしてはおらぬか? 例えば、光の花を描いた者達とは、事を荒立てぬようにせよ、とか」
シャーリスさんはそう言いながらも、確信しているようだ。
「確かに、争う気はないとも話されていたが」
「確かに理性的で話の通じる竜のようじゃ。アキ、これで懸念が一つ、払拭できたの」
「うん。話合いが穏やかに始められそうで良かった」
「何を懸念していたのだ」
なんか、色々とお疲れのようで、聞き方もぞんざいになってきた。まぁ、固いよりはいいね。
「常に敬われ、傅かれている方だと、それが当たり前で自分が上で、相手は話を聞くのは当然、みたいに考えることもあるかな、と」
「あの方は天空竜なのだ。それが当然だろう」
「それは、こちらの理に過ぎない。イズレンディア殿、我々は妖精族、こちらの住人ではない。まして、この方は我らが女王陛下であらせられる。並ぶことはあれど、下につくなどあり得ぬ事と理解されよ」
妖精の近衛さんが、当たり前の事実を告げるように、気負う事なく、淡々と言い切った。
一瞬、イズレンディアさんの目付きが険しくなったけど、暴発はなさそうだ。というか、動いた視線からすると、後ろにいるジョージさんが少し牽制とかしたっぽい。
何故か、トラ吉さんが僕の膝の上に乗ってきて、撫でろと要求してきた。
仕方ないので、背中を撫でつつ、イズレンディアさんには、猫の気まぐれですから、気にしないように、って気持ちが伝わるよう、少し苦笑してみせた。
そんな、なんとも居心地の悪い妙な空気が張り詰めたところで、ケイティさんが割り込んだ。
「イズレンディア様、貴方は魔力が感じられないせいで、混乱して、妖精達に対する認識を誤っているだけです。ジョージの力量は覚えてますか?」
「忘れる筈がないだろう」
「ジョージ、貴方から見た妖精族の評価はどれ程ですか?」
「妖精の翁は、そこにいる角猫のトラ吉とかなり本気の模擬戦で遊べる力がある。そして、そんな妖精が六人もいる。先の発言も、俺は大言壮語とは思わない。そんなところだ」
「……それ程か」
ジョージさんの言葉なら素直に認められるのか。やっぱり、後で、三人の出会いとか、関係とか色々聞いてみよう。嫌がられない程度に。
「ふむ。それならば理解が進むよう、少しだけ妾達の技を見せよう。イズレンディア殿、貴方は魔術で障壁を作れるだろうか? こんな感じに物理的に固いものがいい。できるだけ固いのがいいのぉ」
シャーリスさんが話しながら、自分の目の前に、色のついた障壁を創って、手に持った杖でコンコンと叩いてみせた。
シャーリスさんが説明する為に、詠唱すらせず片手間で障壁をさらりと創って見せた時点で、目を見開くほど驚いて、目の前で行われたことが事実と飲み込むのに、少し時間が必要だったらしい。
イズレンディアさんは、色付き障壁が虚空に消えていくのを唖然とした顔で見ていたけど、暫くして、気を取り直すと、腰に下げていた杖を取り出すと、呪文を唱えた。
『水よ、冷気を纏い集いて盾となれ。氷盾!』
イズレンディアさんの前に水晶のように透き通った仮初の氷盾が出現した。周囲に冷気が流れだすことで、それが氷なのだとわかる。
まぁ、魔術で作られた火球と同じで、いまいち本物っぽさが足りない感じだけれど。
そして、半ば予想した通り、シャーリスさんは、竹串のような大きさの妖精の槍を次から次へと創り出して、ブスブスと、氷の盾に突き刺していった。それはもう簡単そうに。
イズレンディアさんの持つ杖の先が震えているのが見えた。
彼の表情からすると、氷盾はそれなりに頑丈な障壁だったようだ。まるで豆腐か、ダンボール紙かってくらいに簡単に穴だらけにされたけど。
「妾達の実力も多少は感じ取れたじゃろう。口先だけではないと理解してくれれば、それで良い。妾達も別に威張り散らしたい訳ではないから、そこは誤解せぬようにな」
子供をあやすように、シャーリスさんが杖を振って、突き刺さった槍を全て消し去った。
穴だらけの氷盾だけが残っていたけど、イズレンディアさんが集中を解いたからか、すぐに虚空に掻き消えた。
彼は、何度か口を開きかけては躊躇し、僕達に断ってから、注がれてあった緑茶を飲んで深く溜息をつき、そして、深呼吸を幾度かしてから、改めて僕達の方に向き直った。
「私は、貴女や妖精達の華奢な外見や体の小ささ、魔力が感じられないことで、確かに見誤っていたようだ。我々、庇護下にある者達が、雲取様に会うのと同じ感覚で捉えようとしていたが、そもそも前提がまるで違っていたということも理解した。――アキ殿、改めて、この資料について説明して貰いたい」
感覚のズレ、思考のスタート地点の相違は、これでだいぶ修正できたと思う。いい感じだ。
◇
「では、資料の一ページ目をご覧下さい。まず、雲取様の対竜関係図を書いて、立ち位置を把握しておきたいのです。雲取様は通常の天空竜より体つきが大きく、飛ぶのも得意との事ですので、他の天空竜とも接点が多く、そして争わないという事は力量差もしっかり決まっているという事でしょうから」
「対竜関係? 対人関係の竜版か」
「その通りです。お話が早くて助かります」
ベリルさんがホワイトボードに、デフォルメされた雲取様の絵を貼り付けて、予め、街エルフの方で調べておいて貰った近隣で目撃されてる天空竜の絵も並べて貰った。
説明用に、雲取様から矢印を引いて、別の竜に繋げて、そこに「好き」と書いてもらう。
「こんな風に、互いの認識だとか、関係を書いていくと理解しやすいでしょう?」
「言ってる事は理解したが、何処からこんな発想が出てくるんだ!?」
「え? 沢山の神様がいたら関係図を書いて整理するのは基本ですよね? 或いは何十人もいるチームのアイドルとかなら、メンバー同士の対人関係図を書いて、誰が仲良し、誰が対立してるとか書いてみるものでしょう?」
「……それはアレか。確か、マコト文書だったか。異世界の話を纏めているとか」
「よくご存知で。地球では、神話体系だけでも結構種類があって神様も八百万とまでは言いませんが、膨大な数がいるので、そうするのが普通なんです」
「……理解した。雲取様から直接聞く事はなく、あくまでも我々の間で見聞きした情報から推測した内容だが、話すとしよう。まず――」
イズレンディアさんも、なんか色々と吹っ切れたのか、リラックスした表情で、天空竜同士の関係について色々と語ってくれた。
長命種だけのことはあり、見聞きした話も、年代幅は広いものの、かなりの量があり、興味深く拝聴することができた。
そして、ベリルさんが整理してくれた関係図からは、雲取様の立ち位置がとてもよくわかった。
「雲取様、すっごくモテますね。というか、雌竜達が殺到して、互いに牽制しあっているせいで、番が成立しない感じ?」
そう、描かれた図を見ると、どこの恋愛系ゲームの主人公だ、とばかりに雲取様の近辺は年頃の雌竜達に包囲されていた。
これ、空を飛ぶのが好きというのもあるけど、面倒な関係を嫌って逃げてるって線もあるかも。
ヒロインが一人ならイチャイチャな話になるだろうけど、それが七人もいて互いに譲り合う気ゼロなら、女同士の争いの激しさに疲れてしまいそう。
そんな状況を喜んでいられるのは、ハーレム系主人公くらいなもの。
そして、弱肉強食の世界でそんな真似をすれば、まぁ、他の雄竜達から嫉妬の炎で燃やされそうだ。
僕は、そんな争いとは関係ない位置だし、せめて彼の話くらいは聞いてあげようと思った。聞き役が絶対必要なのに、そんな相手はいそうにない。これじゃかなりストレス溜めてそうだからね。
ちょっと量が多くなりましたが、キリがいいのでまとめて公開としました。
七章開始ということで、まずは雲取様の勅使イズレンディアから聞けるだけ話を聞いて、雲取様との会談の成功率を少しでも高めようと頑張ります。
イズレンディアもまぁ、災難でしたね。アキや妖精達は、魔力属性が無色透明ということもあり、その実力を魔力から推し量ることができないため、ある意味、初見殺しなところがありますから。
次回の投稿は、七月十四日(日)二十一時五分です。