6-24.ドワーフと妖精が贈った彫像(後編)
前話までのあらすじ:人類連合所属国でも情報収集に熱心な国々から派遣されてきている人達を相手に、アキがプレゼンをやることが決まったり、ドワーフの技術者達が、妖精から贈られた彫像の再現結果を持ってやってきたりしました。
ダイニングに通されたドワーフの皆さんには、アイリーンさん達が彼らサイズの椅子を用意して座って貰うことで、なんとかスペースを確保した。
お爺ちゃんが、ちょいと待っておれと、こちらにほぼ毎日来ている賢者さんの所に向かい、妖精界側と連絡を取って、すぐに彫刻家さんを連れてきた。今日はいつにも増して荷物が多い。
「久しぶりですね。我々の技術を学びたいと聞き、とりあえず、初心者向けの学習セットを持ってきましたが、そちらがヨーゲル殿ですか?」
テーブルの上に、背負っていた妖精サイズの大きなバックパックを降ろすと、どさりと大きさの割には重い音がした。
「いかにも。儂は貴方の彫像をこちらの世界で再現する事を頼まれた。だが、儂は、イヤ、正直に言おう。儂らドワーフの技では、貴方の像の完全再現は現段階では不可能という結論に達した。悔しいが、実現の目処すら立たん。習作ではあるが、先ずはこれを見て欲しい」
ヨーゲルさんが、空間鞄を慎重に操作すると、床に魔法陣が浮かび上がり、そこに妖精達と戯れる少女の像、それも実物大、つまり、少女の背丈が僕と同じ、という作品が出現した。
象牙質のような柔らかな印象のある大きな賽子を三個組み合わせて作られた椅子に座った少女が、周囲を飛ぶ三人の妖精達と戯れているという、まるで生きているかのようにリアルな像がそこにはあった。
表情や仕草は控えめで、僕がかなり背伸びして澄まし顔で役に徹したら、こんな感じになりそう。そんな見事な作品だ。
以前見せられた妖精サイズのそれを忠実に原寸大にしたのだろう。慌てて、彫刻家さんが、魔法陣を起動して、自らの横に、自分が創ったオリジナルの彫像の幻影を表示させると、ヨーゲルさん作の人間サイズの像と見比べて、感嘆の溜息をつき、驚きの表情を浮かべて、ただ、ただ、ずっとヨーゲルさん作の彫像に魅入っていた。
どれ程の時間、そうしていただろうか。
彫刻家さんはテーブルに降り立つと、口を開いた。
「先ずは、これ程の大きさで、我が作品を再現させた貴方の力量に感服したことを伝えたい。貴方の言いたい事もわかります。だが、こちらの世界で飾るのであれば、観る者は妖精ではなく、貴方達です。この像は貴方達が観るのに丁度いい大きさでしょう。この像の目的は、貴方の作品でこそ達成されるのです。この評価は素直に受け取って欲しい。貴方は二つの世界を結ぶ、この像に込められた思いに相応しい形で創造したのだと」
彫刻家さんの偽りない賞賛に、心の奥底から込み上げてくるものがあったようで、ヨーゲルさんは少しの間、上を見上げたまま、動く事がなかった。
暫くして、ヨーゲルさんが答えた。
「貴方にそう評価して貰えて、肩の荷が降りた。自分で言うのもなんだが、この像は儂が手掛けた作品の中でも一、二位を争う会心の出来だと自負していたんだ。良かった」
そこまでは満足そうな表情を浮かべていたヨーゲルさんだったけど、次の瞬間、その雰囲気が一変した。
「だが、儂らが貴方の技に追いつけなかったのもまた事実。これが儂には悔しいんじゃ。工具で作ろうにも細工が細密過ぎて、僅かな力加減で簡単に折れ、欠けてしまう。そもそも工具で細工できない部分も多かった。複雑に絡み合うパーツは、工具を入れる隙間がなく、しかし、別に作って組み合わせた跡もない。それに複数の素材が有り得ん薄さで重ね合わせてある。作りに迷いの跡も一切ない。……完敗じゃ。そして恥を忍んで頼みがある。貴方に弟子入りさせて欲しいのだ」
ヨーゲルさんは、己の中の矛盾する思い、悔しさ、そして羨望を隠す事なく語り尽くした。立ち上がって、彫刻家さんに向ける視線は、熱を帯びているのではないかと思える程、熱いものだった。
そして、彫刻家さんも、彼の技に対する拘りに、創作に打ち込む者の矜持を見たようで、ふわりと彼の隣まで飛んでいくと、彼にまず座るよう促し、自分も机の上に、妖精さん用のテーブルセットを出現させると、そこに座ってみせた。
ヨーゲルさんも、無意識のうちに立ち上がっていたようで、居心地悪そうに椅子に座り直した。
◇
彫刻家さんが軽く咳払いしてから話し始めた。
「ヨーゲル殿、まず、認識の誤りを正しましょう。貴方は私の、我々の技術と同じ結果を己が技では再現できなかった。しかし、こうは思えませんか? 妖精もまた、ドワーフの技を再現できないと」
彫刻家さんの言葉に、ヨーゲルさんははっと顔を上げた。
「例えば、貴方達は手に持つ金槌で、熱した金属を叩いて望みの形に変える事ができる。だが、見ての通り、妖精の手はとても小さく、そんな方法では金属の加工などできないのです」
彫刻家さんが、手に妖精サイズの金槌を創造して、消えるまでの僅かな時間を使い、足元の人用のテーブルを叩いてみせた。
デコピンで弾いた程度の軽い音がしただけで、テーブルには傷跡すら付いてない。この通り、と指差す彫刻家さんのことを、ヨーゲルさんは口をあんぐりと開けたまま、ゆっくりと頷いた。
「互いに相手の技はそのままでは使えない、それを踏まえた上で、今から、妖精の技をお見せしましょう。我々は互いに技を見せて、質問があれば答える。しかし、その技を我が物とできるかは、その者次第。ヨーゲル殿、如何か」
「文句などある筈も無し。お心遣い感謝する。ところで、技を見せるというが、何か必要なものはあったりしないのか? その鞄の中に必要なものは入っているという事だろうか?」
ヨーゲルさんの問いに、少し考えた彫刻家さんは、ケイティさんに声を掛けた。
「ケイティ殿、少し入用なものがあります。用意して頂けますか? 出来るだけ微細に砕いた金属粉を用意して欲しい。量は我々用のコップに一杯ずつで構わないが、色合いの違うものを何種類か欲しい。それとーー」
彫刻家さんは、自分を覗き込むように囲むドワーフの技術者達を見て、肩を竦めた。
「私の手元を大きく投影する魔導具を用意して欲しい。皆さんの大きさでは、私の手元を覗き込むのは大変でしょうから」
「記録用の魔導具なら持ってきておる。ケイティ殿、幻影の魔導具はあるだろうか?」
「お任せ下さい。金属粉ですか。とりあえず、ウォルコットに聞いてみましょうか」
ケイティさんが、宙に杖で何か描くと、さほど間を置かず、シャンタールさんとウォルコットさんが入ってきて、ざっと話を伝えると、必要な材料や魔導具は揃いそうとの事だった。
用意ができるまでの間、お茶菓子を摘みながら待つことにした。歯応えのある八ッ橋は、ドワーフさん達にも好評だった。
◇
彫刻家さんの姿を捉えた魔導具は、それを壁一杯の大きさの幻影として、映し出してくれた。おかげで、皆が針先を覗き込むように息を殺して、団子状態になる事は避けられそうだ。
そして、映し出された光景だが、かなり異様なものだった。彫刻家の前には、妖精サイズの大皿と、さらに絡みつくように金属製の蔦が伸びて、三方に妖精サイズのコップをセットできる仕組みになっていた。大皿にも、コップにも、そして蔦にも魔術の制御術式がギッチリ描かれていて、大皿には魔法陣も描かれていた。
でも、それだけ。
工具に相当するものは何処にもない。
「さて、用意が整いました。金属粉の粒度が多少不揃いですが、基本セットで扱う分には品質は十分でしょう。これから、下準備をして、妖精サイズですが、拳大の賽子を作るので、よく見ていてください」
彫刻家さんが、投影された幻影に映る自分の姿を確認して、撮影位置を調整すると、早速、始めると言い出した。
「始めるというが、道具は使わんのか?」
ヨーゲルさんも、それでどうやって作るのかと、戸惑っている。材料を熱する炉もなければ、叩く金槌もない。というか、道具らしい道具が見当たらない。
「作業皿があり、材料入れに微細に加工した金属粉もある。これでいいのです。ヨーゲル殿、我々はあらゆる加工に魔術を使うのです。ですから、皆さんのような道具は使いません。あぁ、そう言えば、召喚の影響で、魔力が感知できない問題がありましたね。ですが、作業工程を見れば、何をしているのかは理解できるでしょう」
彫刻家さんの説明を受けて、ドワーフさん達がなるほどと膝を打った。そもそも、妖精が人のような道具を使う、という事自体が間違いだった訳だ。思い込みが思考の視野を狭めていたという事だろう。
「撮影しておくから、後で幻影を見ながら説明してくれ。作業中に説明するのは難しいだろう?」
「そうですね。補助用の魔導具があれば、楽なんですが、基本セットは学習用なので、術者の負担が大きい難点があります。では、作業を始めるので、皆さんは風や振動を起こさないようにだけ注意をして下さい」
ドワーフさん達がマスクを取り出して口元を覆うと、静かに頷いた。妖精に教えを請うことを想定していたから、呼気を防ぐマスクは予め用意してたみたいだ。
僕はマスクはないけど、魔導具に触れないよう、離れた位置にいるから、付けなくても大丈夫そう。
さて、妖精の技。どんな感じなのかな?
◇
彫刻家さんが杖を取り出すと、サッと一振り。大皿の中央に、薄っすらと透けて見える立方体の幻影が現れた。
単なる幻影というよりは、三次元投影された設計図といった感じで、大皿の魔法陣が淡い色を放ち始めた。
更に杖を振るうと、今度は小さな球体が現れ、それの色を変更してから半分に割ると、沢山複製して、立方体の各面に埋め込んでいった。賽の目と言うことだね。半球の大きさを変えないのは、手順の簡略化のためだろう。
作業といっても何も音がしないから沈黙が痛い。
次に立方体の縁の部分を滑らかに削っていき、僅か数分で、中身の透けた賽子の立体投影図形の完成だ。
気が付いたら、何故か皆が僕を見ていた。何かが気になるようで、彫刻家さんも魔法陣の一角を杖で突いて、賽子の加工を止めた。
あれは、セーブ機能みたいな機能っぽいね。彫刻家さんが僕の方を向いても、賽子の立体投影図は保持されたままだから。
っと、なんで、こっちを見ているんだろう?
「えっと、皆さん、どうかしました?」
「このように幻影を用いた設計図なのか、補助線的な役割なのかわからんが、作業をする様は、異質で儂らとは違う地点から始まった技術だとわかった。こうして落ち着いて話すのすら苦労するほど、実は混乱し、興奮しておるんじゃ」
ヨーゲルさんが代表して話してくれた。
「うん、凄いですよね」
職人さんの技は見ているだけで、心がワクワクしてくるもんね。……でも、ドワーフさん達だけでなく、彫刻家さんも、そんな僕の反応に、違和感を覚えたようだ。
「私もこちらに訪問するようになり、こちらの技術については色々調べました。こちらには妖精の技に類するものはなし。それが私の認識です」
「あれ? あ、そうですよね。コンピュータがないとCADは無理か」
「そう、その反応です。アキ殿、貴方は私の、我々の技を知っている。そうではありませんか?」
「仮想空間で、精密な設計図を作り、その設計図を頼りに、材料を重ね塗りするように積み重ねていって、立体造形する技法であれば、知ってます。地球ではその設計作業に使う技術をCAD、コンピュータを使ってデザインすることの略で呼んでました。そして、そのデータを元に立体造形を作る道具を3Dプリンタと呼んでました」
「……やはり、似た技術を生み出していたのか! それも、あちらということは、魔術を使わずにだと!?」
「えっと、そうなりますけど、続き、見せていただけませんか? この後、どんな感じに作るのか、早く見てみたいです」
「……ほぉ。技術の行く先は同じ方向であっても、道筋は違う、そういうことですか。面白い!」
なんか、目の色が変わったような彫刻家さんの前に、ふわりとお爺ちゃんが飛んで、額を指で突いた。
「ほれ、そこまでじゃ。こちらもよく知らんのに、あちらに手を出すのは、闇夜に見ず知らずの土地を飛ぶようなもんじゃぞ」
「……わかりました。今は我慢しましょう。アキ殿、いずれ、話を聞かせていただきます。いいですね?」
「あ、うん。でも僕は話せるけど、実技は無理だからね?」
「わかってますとも。……さて、話が横道に逸れ過ぎましたね。改めて、ここから、金属製の賽子を作って見せましょう。もう工程の半分は終わっています。一気に作り上げるので、注目してください」
彫刻家さんの言葉に、皆が表示される幻影の方へと視線を戻した。
◇
それからの製造過程は想像していたのとはかなり違っていた。それぞれの壺からにゅーっと、色違いの仮初めの東洋の龍が現れると、息を吹きかけるように、金属の粉を投影されている立体投影図形に吹きかけていったんだ。金属の粉はキラキラ輝いていて見てるだけでも楽しくなってくる。
凄いのは、粉が予定位置に吹き付けられると、その場にどんどんと積もっていくこと。
三つ首が絡まらないように互いの位置を調整しながら、スライスされたハムを重ねるように、底の部分からどんどん材料を吹き重ねていく。
細く吹いたり、広げて吹いたりと、ちっちゃな龍が口を窄めたり、大きく開けて調整する様はなんとも可愛らしい。
無駄な所には一切吐き付けないようで、形作られていく速度が凄まじい。中空の形状ということもあってか、八ミリ位の大きさだけど、五分程度で完成してしまった。
冷やしたりする待ち時間も不要なようで、彫刻家さんが、出来上がった賽子を大皿から取り出して、両手で放り投げると、軽い音を立てて、コロコロと転がっていき、六の目で止まった。
風を立てないようにと言われていたので、ジェスチャーで、最高です、と伝えると、彫刻家さんは満足そうに頷いた。
ドワーフさん達が、もう話してもいいのか確認を取り、良いと返事を聞いた途端、全員が感激して高まった気分のまま、賞賛の思いを話し、疑問を口にし、互いに見解を話し合ったりと、一気に室内はドワーフの大声と熱気で埋め尽くされた。
◇
まだ、揺さぶられるような感じがして頭を抑えながら、ケイティさんに連れられて、一旦脱出していた室内に戻ってみると、まだ興奮気味のドワーフ達が言葉を叩きつけあい、テーブルの上にノートを広げて、なんか、色々書き込んだりしていて、熱は冷めないどころか、更に沸々と煮えていく様相を呈していた。
あんな爆音の嵐ではさぞ大変だろうと、彫刻家さんを見ると、妖精用のヘッドホンを付けていて、ノーダメージっぽい感じだった。それどころか、杖を振るって、拡大した声を相手に送りつけて、ドワーフ達の爆音とも互角に渡り合っていた。
僕はケイティさんと目で語り合って、そそくさと退散した。だって、あんな熱気に付き合えると到底思えないし、なんか難しそうな、かなり細かいところまで話している雰囲気だったから。
僕が話せるのは入り口まで、概略まで。
後は技術者同士仲良くしてくださいってね。
僕とケイティさんは、扉を閉めても響いてくる議論の声に、どちらからともなく笑い合った。
アイリーンさん達が、どうせこのまま、話し合いが続くだろうからと、山盛りのサンドイッチやビールを持ち込んで行くのも、見てるだけでなんだか楽しい気分になってきた。
「あの貪欲さはいいですね。互いの技を学びきるまで、こちらに滞在し続けるようですし、ぜひ、ヨーゲルさんにも計画に参加して貰いましょう。妖精とドワーフを混ぜただけでアレなら、鬼族も混ぜたらきっと面白いですよ」
未知に挑む飽くなき心。それこそが今後、必要になってくる力だ。
手をギュッと握って、同意を求めてみたけど、ケイティさんは首を横に振って、僕の手を包み込むように抑え込んだ。
「アキ様、ブレーキ役をもっと増やして貰いましょう。アクセル役のパワーが強過ぎて、今のままだとエリザベス様やセイケン様が疲弊していく未来しか思い描けません。せめて三倍くらいはお願いしないと」
ケイティさんが本気とも冗談ともつかない声でそう呟いた。静かに淡々と議論する冷めた技術者達なんかより、燃え盛る情熱をぶつけ合う技術者達の方がいいと思うんだけど、そう話をするのは、藪蛇になりそうなので我慢した。
それくらい、ケイティさんの目がマジだった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
さて、今回は妖精さんの加工技術をお披露目したお話でした。ドワーフの技術もかなりの高みにあり、彫刻家もお世辞ではなく本心から、見事な出来と褒めています。互いの立ち位置、向かう方向性の違いが明らかになったというべきでしょう。
次回の投稿は、六月三十日(日)二十一時五分です。




