6-22.ミア姉からの手紙(後編)
前話までのあらすじ:久しぶりに条件を満たして、ミア姉からの手紙を三通受け取り、そのうちの二通を読みました。
他の手紙よりずっと分厚い、天空竜と会う前に読む事を前提としたミア姉からの手紙を僕は開いた。
<九十六>
人類連合、鬼族連邦、そして妖精の国。それらの国々から集められた理論魔法学の精鋭達を持ってしても、次元門は手が届かない難物だった。あちら側に転移門を持ち込めるのであれば、繋ぐ事は理論上可能なのだ。だが、その初めの一つが持ち込めない。そこであなた達は、天空竜のみが可能とする技「空間転移」に一途の望みを賭けた。座標を認識しさえすれば、こちらから一方的に訪れる事ができるという絶技!
もし、任意の物体を先方に送りつけられるなら、転移門を送りつける事で、問題を解決できる。
……合意を得るまでの道のりは辛く険しいものがあった。生ける天災たる天空竜にこちらから接触するのは、寝た子を起こすことになりはしないかと。そんな事を声を潜めて話す国主達も多かった。
だが、そんな準備期間ももう終わりだ。天空竜を前にしては、個人レベルの装備など薄紙のようなモノ。こうなったら腹を括るしかない。天空竜の中でも性格が穏やかな個体を選び、決死隊が繋ぎをつけた結果なのだ。
あなたは、普段は祈らぬ神に、会合が穏やかに終わる事を願った。もはや、人事は尽くしたのだ。不思議と恐怖心はない。
さあ、天空竜の元へと行こう!
マコト、これを読んでいるということは、次元門構築計画も道半ばまで来たという事だろうね。まずは、その多大な努力と、成し遂げようという曲がらぬ強い意志に対して敬意を表したい。そして、私への変わらぬ思いにも素直に感謝したい。目の前にいたなら、目一杯抱き締めてあげたいところだけど、それは再会の時まで取っておこう。
天空竜、それは生ける災厄、崇拝される生き神、長い時を生きる理不尽そのものだ。
その膨大な魔力は、人や鬼がどれだけ研鑽を積んでも届くものではなく、まさに神の如き力と言えるだろう。期待する気持ちもわかる。
ただ、水を差すようで悪いけど、彼らも我々と同じ理に縛られた生身の肉体を持つ生物である事に変わりはない。
天然の杖たる角を持っていて、羽を生やして空を飛ぶが、本質的には変わらない。
だから、過剰な期待をしないように。彼らは我々より少し高度な魔術を使えるだけなのだから。
それと、彼らと話し合える機会は、鬼族のそれより更に貴重な物と考えよう。本質的に生き方が違う彼らと、興味を向ける方向が重なることの方が稀だ。我々には意味のある事でも、彼らにとっては興味の持てない話かもしれないんだ。
彼らは己が実力に絶対の自信を持っているから、変にプライドをへし折らないよう注意が必要だよ。マコトはあちらの知識が多いから、天空竜に匹敵する強い乗り物もいろいろと思いつくことだろう。でも、こちらにはそれはないんだ。天空竜の高みを脅かすような存在は同じ天空竜だけ。それが摂理だからね。
マコト、本当に天空竜との会合は注意して欲しい。必死ではない、だけど決死の存在だと忘れないように。何人、いえ、何千人、何万人と仲間がいたとしても、それは戦力としてみれば一人の時と変わらないのだと忘れないで。
追伸:天空竜は頭がいいけど、書物を作る文化はない。だから、知識はその個体に閉じたものだと覚えておいて。その個体は知らない、無理な話でも、他の個体なら知っているかもしれないから。
追伸二:天空竜相手に恐れてはいけない。恐れは思考を鈍らせて、判断を誤らせるから。
追伸三:天空竜を侮っては駄目だよ。彼らは魔術を瞬間発動させてくるんだ。気が付いた時には消炭なんて事になりかねない。
追伸四:天空竜相手に少しでも怖いと感じたら逃げなさい。天空竜から逃げる事は恥ではないのだから。
追伸五:他の手段がないかもう一度、二度、三度は確かめて。他の人も交えて、寝不足でない朝に落ち着いたところで、ちゃんと考え直してみるんだよ。
……話を読んでいると、まるで一方通行のラスボスダンジョンに向かうかのような心配のされようだね。文面からもミア姉の心配する様が手に取るようにわかる。
そして、まるでチートを使って途中をスキップしたみたいに、こちらの体制が脆弱過ぎる。
本当なら、通常の手段でやりうる事をやりきって、それでも無理なら手を出す、それ程までにハイリスクで、しかもリターンがあるとも限らない。分の悪過ぎる賭け、そういう事だね。
でも、だからと言って、今回の機会を逃すわけにはいかない。ミア姉も言ってるように、千載一遇のチャンスなんだから。
幸い、聞いた話だと、雲取様は光の花を様々な角度からずっと眺めてはいたものの、攻撃的なそぶりを見せる事はなかったという事だ。だから、噂通り、雲取様は理性的な天空竜なのは間違いない。
森エルフとドワーフを庇護下にも置いているという話だから、人族と話をする事にもそれなりに慣れている筈だ。
◇
どれだけ考え込んでいたんだろうか。気が付いたら、トラ吉さんが僕の顔を肉球でプニプニと押しながら、耳元で結構大きな声で鳴いていて吃驚した。
「っと、え、あ、な、何かな、トラ吉さん」
「ニャーゥ」
なんか、呆れた顔をされてしまった。さっさと話を聞かせろ、といった感じに、僕の手を前足で叩く催促付きだ。
僕は、ミア姉の手紙の話をざっと話して、かなり途中を端折って、本来はずっとずっと後に会う筈の天空竜に会う事になっちゃうようだ、ということを伝えた。
勿論、だからと言って、会わないなんて選択肢はない、絶対、僕一人でも……一人だと雲取様は会ってくれないだろうから、妖精さん達と僕だけでも会うつもりだ、と話したら、トラ吉さんが、なんとも不機嫌そうに目を細めて、僕の手を叩いた。
「シャーッ」
怒ってるんだぞ、の意思表示だ。えっと、なんでだろう?
どこで怒ったか思い出してみる……と、妖精さん達と僕が、と言ったところか。
えっと。でも。
「相手は天空竜だよ? 遠くを飛んでてもヤバかった相手だよ」
「ニャ」
そんなの分かってる、いや、そんな当たり前のことを聞くな、ってとこか。
「えっと。もしかして、一緒に行ってくれるの?」
「――ニャ」
トラ吉さんは、ぐっと前足に力を込めると、高らかに鳴いて答えてくれた。
怖くない訳じゃない、なのに、一緒に行ってくれると。
思わず、僕はトラ吉さんを抱きしめていた。
「ありがとう、トラ吉さん。とっても嬉しいよ。もし、怖くて手足が震えたりしたとしても、トラ吉さんを抱きしめて、痩せ我慢して、立ち向かっちゃうから」
トラ吉さんに顔を埋めて、体を撫で撫で。なんか、呆れたような声も聞こえるけど気にしない。
「感謝の気持ちを込めて、全力で毛繕いしてあげるね。ふにゃふにゃになるまで、やるからねー」
ちょっと鼻歌なんか歌っちゃったりしながら、トラ吉さんを抱えたまま、毛繕い用のブラシを取り出して準備完了。
そのまま、お風呂に入るよう催促されるまで、じっくりたっぷりと毛繕いをして、マッサージもして、宣言通り、トラ吉さんから、もう十分、のジェスチャーがあるまで続けた事で、思う存分、ふにゃふにゃにしてあげる事が出来た。
うん。――もう大丈夫。
覚悟はできた。
妖精さん達とトラ吉さん、それに僕で会談には挑もう。多分、それがベストだ。
ブックマークどうもありがとうございました。執筆意欲がチャージされました。
ミア姉からの手紙の三通目、天空竜との接触について、切々と語ったお話でした。今回はキリがいいのでここまでです。文中でも書いたように、ハイリスク、マイナスリターンかもしれない存在なので、真っ当に考えたら、ミア姉のような思考、判断になります。六章もあと数パートで終了です。
次回の投稿は、六月二十六日(水)二十一時五分です。