6-21.ミア姉からの手紙(前編)
前話までのあらすじ:ミアがあちら側に行ってしまった理由を切り口に、エリーと恋バナしてました。
エリーもある程度、納得してくれたし、今回の話はそろそろお終いか、と考えたところで、母さんが空間鞄から三通の封筒を取り出して見せた。
表に簡潔に数字が書かれているだけの封筒。
ミア姉の手紙だ。
エリーが、僕と母さんの間に流れた緊張を感じ取ったようで、遠慮がちに聞いてきた。
「アキ、その手紙は?」
「これはミア姉が僕の為に用意してくれた手紙だよ。両手で抱えきれないくらいあるんだけど、どれも条件があって、それを満たしたら、こうして僕に渡してくれる取り決めなんだ」
三通、か。今回はどんな条件を満たしたのかな。随分と多いけど。
「準備万端ね。でも、なぜ、そんな手間を掛けるのかしら?」
「多分、伝えたい内容を僕が受け止める準備が出来てない時に読んでも、誤解されたり、意味がなくて忘れちゃうことを考えたんじゃないかな。後は、単なる遊び心だと思うよ」
それに、はじめに全部読んで五年が経過するのと、毎月新しい手紙を読んで五年なら、手紙の数は同じでも後者のほうが寂しさもだいぶ紛れてくれると思う。ミア姉ならそんな配慮もしてくれていることだろうね。
「愛されてるわね」
「うん。――それで、母さん。今回はどんな条件を満たしたのかな?」
母さんが一通ずつ手に取った。
「まず、一通は人族の誰かと深い友好関係を築くという条件を満たしたからね」
ん、これはエリーが計画に参加する程、こちら側に来た事を指しているんだろうね。
「次の一通は、鬼族の誰かと深い友好関係を築く。セイケン殿との関係は、これに該当すると判断しました」
そうだね。セイケンとは今後は公私共に深い交流が続くだろうし、できれば家族ぐるみで仲良くしたいからね。娘さんも見てみたいし、お嫁さんからも話を是非、聞きたい。
「最後の一通は、アキと天空竜との接触が想定される事態になった場合よ。雲取様が光の花に見せた興味は、軽く話を聞いて終わる様なレベルではないわ。そして、雲取様の目的が妖精族だけだとしても、召喚に絡んでいるとかなんとか理由を付けて、アキは絶対、直接会おうとするでしょう?」
「勿論。そんな好機を逃すなんてあり得ないよ」
「だから、この手紙を渡す条件を満たしたと判断しました。アキ、読み終えたら、差し支えのない範囲で、私達にも内容を教えてね」
手渡された封筒は、天空竜の物が一番分厚い。後の二通は似た様な厚さかな。
僕がそうして封筒を眺めていたら、エリーが僕の頭をポンポンと撫でて、話は済んだから読んできなさい、読みたいんでしょ、と笑ってきた。
あー。
母さんとエリーの温かい眼差しが、なんとも言えない居心地の悪さを感じさせる。
「お構いできなくてごめんね。また、何か気になることとかあったら遠慮せず教えて」
僕としては落ち着いて話したつもりだけど、浮ついた気持ちが振る舞いに現れていたみたい。エリーは、邪魔はしないから、ほら、行きなさい、と手を振って追い出しにかかってきた。
「――じゃ、お言葉に甘えて、席を外すね」
エリーの相手は母さんやお爺ちゃん、それにケイティさんが対応してくれそうなので、僕は出来るだけ慌ただしくならないように、足早に部屋を後にした。
◇
さぁ、読もうとベットに座ったら、キャットドアを潜り抜けてきたトラ吉さんが、僕の隣で横になった。
「にゃ〜」
気にせず読めって感じかな。お言葉に甘えて、先ず、人族の条件を満たした手紙を読むことにしよう。
<三十>
ロングヒルでの生活も落ち着いたあなたは、ここでの活動を共にしてくれている人族の友人の事を思い出していた。街エルフと違い、日々を全力疾走するように生き急ぐ様は、もう少し穏やかに暮らすべきとは思うが、それが彼らの生き方、彼らの長所だから仕方ない。それでも、友との時間はもう少しのんびりするべきだろう。
あなたは自分では飲めないが、ケイティに選んでもらったワインを並べて、友との再会を楽しみにしていた。
さて、マコト。こちらでの生活も慣れてきたかな。我々の国には人族は殆どいないから、この手紙が読まれる頃にはロングヒルで暮らしている事だろうね。
あちらでの生活をしていたマコトなら分かっている事だろうけど、人族の人生はとても早い。つい先日、生まれたと思ってたら、もう成人の儀を終えて、気が付いたら所帯を構えて、子供も授かって、と驚く事ばかりだ。
彼らは良き隣人ではあるけれど、皆が善人ではないし、置かれる立場が変われば、思想が急変する事もある。それに、彼らの「時間がない」は要注意だよ。本当に急ぎの場合もあるけど、彼らの人生の残りを考えると時間がない、という場合も多いからね。
焦りが強引な行動を生む時もある。
だから、相手の発言、振る舞いに違和感を覚えたら、いつものように、相手の視点は勿論、置かれた立場や、周囲の視点なども踏まえて、意図を明らかにする事。きっと、感じた違和感には理由があるから。
それと人族の人生は激しく燃え盛る炎のようだけれど、余りに深入りしてはいけないよ。一緒に燃え尽きてしまうからね。
追伸:でも、人を思う気持ちは理屈じゃないよね。
追伸二:街エルフの腰の重さにイラつかない事。なかなか動かないのにも訳があるのだから。
追伸三:動かしたいなら、相手に考える余地を残すのを忘れないように。少なくても自分で選んだ、という過程が重要なんだ。
……相変わらずの追伸ラッシュだけど、対象が人族ということもあって、触れられている内容は、ミア姉との毎日の交流で、よく言われていた事ばかりだ。それに、想定されている状況も今とそうズレてない。
あ、そうでもないか。街エルフは腰が重いと言うけど、僕が来てからの二ヶ月ちょいで、随分、精力的に動いてくれていると思う。それは、結果から見てるから出てくる感想かも。今度、母さんに長老さん達と話すのがどんな感じか聞いてみよう。
「ニャ?」
読み終えたところで、トラ吉さんが声を掛けてきた。どんな感じか聞きたい感じだ。
僕は、ざっと話して、日本にいる頃から聞いてきた話だよ、と言うと、納得してくれたようだ。
◇
さて、二通目。こちらは鬼族との交流が条件だった奴だ。
<二>
人類連合に属する様々な種族と交流してきたあなただったが、噂に聞いていた鬼族は、噂に違わぬ大きな体躯、そして尋常でない魔力を備えていた。ただ、そんな色眼鏡を外して、人の集まりとしての鬼族を見れば、人族や街エルフとの共通性は驚くほど多かった。
深い交流を通じて性格まで見えてきた気の合う仲間。だが、忘れてはいけない。相手は鬼族、我々、人とは異なる文化で育ってきた者なのだ。想定外のすれ違いや誤解を生まないよう、もっと互いの事を深く知る機会を設けよう。相手も思っている筈だ。話には聞くが、実際に会った者が殆どいない街エルフが、どんな輩かよく分からないと。
さて、この手紙を読んでると言う事は、鬼族の人達と仲良くなれたという事だけど、語ったら何日もかかるくらい色々な苦労をして、やっとそうなったのか、どこか旅をしているときにでも偶然、知り合って仲良くなったのか。何れにせよ、昔から衝突を繰り返してきた人類連合と鬼族連邦だから、その人達との良好な関係が得られたのは、二度とない奇跡と思っておいた方がいいと思う。
きっと、数多くの要素がたまたま上手く噛み合っただけで、そんな幸運は何度も訪れるものじゃないんだって。
私も詳しくは知らないけど、彼らは家制度を大切に守っていて、名誉を重んじるのと、戦力としての力が重視される風潮があったと思う。銃弾の雨で、だいぶ武闘派は力を失ったけど、それでもまだまだ強い発言力を持っていた筈。だから、交流している相手の立ち位置はよくよく把握しておいた方がいい。
もし、交流しているのが、どちらか一方、例えば穏健派しかいないとかなら、後にかなりの揉め事が控えていると覚悟する事。
街エルフも大概だけど、鬼族もまた考え方に固いところがあるからね。
追伸:とても珍しい事だから、ぜひマコトだけじゃなく、家族ぐるみで仲良くお付き合いするように。息の長い何百年と続くお付き合いにしたいからね。
追伸二:集合写真も忘れずに。歴史的な偉業だから。
追伸三:後で詳しく聞けるようにちゃんとメモは残しておくように。私も彼らの文化や暮らしぶりには興味があるからね。
追伸四:相手にもなるべく手紙を書いて貰うこと。双方の資料が残れば価値は倍増だよ。
……どうも、ミア姉の想定より状況がかなり急展開で進んでいるみたいだ。僕が接点を持った種族は人族、ドワーフ族、妖精族、そして鬼族。でも、人族もエリーや師匠と打ち解けてきました、と言う程度だし、ドワーフ族は彫像絡みで接点ができた程度、森エルフに至ってはまだ接触すらしてないんだから。
一番、交流を深めているのは子守妖精のお爺ちゃんを擁する妖精族だけど、まだまだ深く知り合ったとは到底言えないレベルだ。
ミア姉の考えている感じだと、他の種族との交流で経験を積んだのなら、鬼族相手でも何とかなるだろう、と判断したのだろうけど、今の状況はかなりの経験不足、準備不足に違いない。
ただ、ミア姉の言う通り、セイケンとの関係は、色々あって良好な状態だけど、確かに二度はない奇跡と考えたほうがよさそうだ。正攻法で行ったら、かたや成人前の子供、かたや国の行方を託された未来の外交官候補だもんね。曲がり角でぶつかって恋に落ちるなんてレベルの偶然じゃ手が届かないと思う。
「ニャゥ?」
「あぁ、えっと二通目の内容だね。鬼族との――」
急かされるままに、トラ吉さんに粗筋をざっと話してみた。準備不足で慌ただしく会うことにした、といった件では、トラ吉さんも思うところがあったのか、しきりに頷いたりしてた。
そうそう。トラ吉さんにお礼を言っておかないと。
「トラ吉さん、セイケンとの会談、同席してくれてありがとうね。いくら、自分より大きい人の危険性は誰でも一緒だと言っては見ても、ジョージさんとセイケンじゃ、やっぱり圧迫感はかなり違いがあったからね。足元にトラ吉さんが居てくれて心強かったよ」
「ニャ」
気にするな、って感じに軽く答えてくれた。うーん、男前だね。雌猫がいたら一発で惚れると思う。
さて、最後の一通だ。
「次は、天空竜と会うことが想定される、その前に読め、ということで書かれている手紙なんだよね」
「ニャ」
「鬼族ですら、事前の忠告とかなかったのに、天空竜ってそれだけ別格ってことなのかな。ねぇ、トラ吉さん。僕は意識を失ってたから知らないんだけど、光の花を見つけて、雲取様が何時間もその周りを飛んでいたんでしょう? 怖かった?」
「……ニャ」
うわー、トラ吉さんが勘弁してくれ、って感じの弱気な表情を見せたのは初めてじゃないかな。それだけ、格の違う相手ってことか。これは気を引き締めて読んだほうが良さそうだ。
僕は覚悟を決めると、分厚い封筒に収められているミア姉が書いた手紙を開いた。
感想どうもありがとうございました。執筆意欲が大きくチャージされました。
それと、誤字・脱字の報告どうもありがとうございました。後から後から出てくる出てくる……。ほんと助かります。
今回は三通のミアからの手紙を紹介する流れでしたが、話が長くなったので、前後編に分けました。話の中でミアも語っているように、普通に手堅く正攻法で行くなら、こんなに早く鬼族と接点が生まれる訳がないんですよね。アキの場合、色々と普通ではなかったりするので、なんとかなりましたが、早過ぎる接触は、準備不足という形でいずれ、問題が生じることでしょう。
次回の投稿は、六月二十三日(日)二十一時五分です。