6-20.ミア姉の思惑
前話までのあらすじ:あちらにいるミアについての説明と、エリーの立ち位置表明、それと第三者から見た場合のアキはどんな感じか明らかにしたお話でした。
「ところでアキ。ミア様はあちらに行かれたのは何故なのかしら? 何か聞いてない?」
エリーがふと、思い出したように聞いてきた。今、どうなったかは話したけど、なぜ、そうしたのかは話してないからね。……とは言え、その問いは難問だ。
「地球に行くのは突発的な思い付きや実行じゃなく、前々から計画を立てて、関係者に許可も貰って、家族と言っても僕以外の、だけど、合意も得て、それで実行したらしいよ。僕には一言も事前に相談はなかったんだけどね!」
あー、なんだか、腹が立ってきた。一番仲がいい僕に何も相談しないで、そんなそぶりも見せないで、離れ離れになるような真似を仕出かすなんて、酷過ぎる。
「ほらほら、そんなに膨れないの。で、やっぱり、「マコトくん」への想いが募りに募っての決行だったのかしら。マコト文書から伝わる天よりも高く、海よりも深く広い愛情からすると、理由はそれしか考えられないわよね! 地位も名誉も資産にも不自由ない方だったのに、そんな全てを捨ててでも、愛する彼の元へ。深ーい愛よね! 年の差を考えると、色々と倫理的には怪しい気もするけれど、その辺りは純粋な愛故にって事で横に置くとして。で、アキ。そこのところ、どうなのよ」
ニヤ〜っと笑ったエリーが、手を組んじゃったり、抱き締める仕草をして見たりと、やたらとオーバーアクションで、自論を展開してきた。目が間違いなく恋バナ大好きな乙女モードだ。
ミア姉が愛する人の元へ全てを捨てて?
うーん、僕のこれまでの全ての記憶から想定するミア姉なら、それほど、好きな相手ならどうするか。
「――ミア姉なら、愛する人との婚姻を阻むものがあれば、それが文化、慣習、常識なんかだとしても全て壊して作り直してでも、受け入れさせると思うなぁ。全てを捨てるんじゃなく、全てを手に入れる。ミア姉なら、きっとそうするよ」
「どこの完璧超人だ!って、感じだけど、話に聞くミア様だと、強ち間違いとも思えなくなるのよね。でも、それだと、一方通行であちらに行った事すら、次に繋げる布石だとでも!?」
不思議よねぇ、とエリーが首を傾げた。
確かに。国の未来の為、大切な人達の為に、身を犠牲にして……? なんか違う。
それにミア姉は、最後に言ったんだから。
またね、って。
少なくともミア姉は、再会の可能性があると信じていた……そうに違いない。もし、可能性がないなら、別れの言葉を告げたり、何かしら遺そうとする筈だから。
ミア姉が想定したゴールはどこだろう? 僕とミア姉が直接会う事かな? 世界を隔てていて、あのままなら、僕とミア姉が逢える可能性はゼロ。
そう結論付けて、それを何とかしようと考えた?
でも、知識だけならミア姉だって、僕と同じくらい持っていた。それは間違いない。膨大な量のマコト文書を残したくらいだから、僕より、地球とこちらの双方を知るという意味では、ミア姉の方が貴重な人材と思える。
あー。
なんか、ピースが色々足りない。
……そんな風に考え込んでいたら、目の前で手を振る母さんの顔が間近にある事が分かって、慌てて距離を離した。
◇
「随分と盛り上がっていたようね。それで何を話していたの?」
母さんが、私も混ぜなさいと身を乗り出して聞いてきたから、さっきまで話していた内容をざっと伝えた。
「アキはできるだけ早く、できれば五年以内にミアを連れ戻す為に次元門を創りたい、と」
「かなり意欲的な目標ですよね、アヤ様」
「――そうかもしれないわね」
母さんは、言葉を選んで、そう告げた。
平気ですよ、アヤさん。
僕もとても難しいということは理解しているから。
「初めから二位を狙っていたら、実際には二位にすらなれません。何が何でも一位を取るんだ、という気概で行かなくちゃ」
「それはそう思うけれど」
「エリーもちょっと考えてみて。大恋愛をした男性が、諸事情で少なくとも五年くらいは離れ離れになっちゃう。でも実際に再会できるのは十年、二十年後かもしれないって。離れたくない、でも別れの日は来てしまう。どう?」
「それほど離れてしまう事が分かってるなら、別れるまでの間は閨を共にして、子宝を授かりたいところね」
「え? は、はい?」
「だって二十年後となったら、私も四十近い。母様のような歳になってから、子供を産もうとするのは母子共に危険だわ。幸い、子供を産んでも育てるのは乳母や母様達の助けを貰えれば大丈夫。我が子には、貴方の父はとても立派な人だと、語って育てるわ」
「うわー。なんか凄く生々しいんだけど」
「いい男程、死にやすいという話もあるわ。互いに好いているのなら、何を遠慮する事があるっていうの?」
死の危険を感じると女の方が度胸が座るとは聞くけど、ほんと、こちらの女性は逞しいね。
「あー、うん。それで離れ離れになり、色々と頑張ったけど、子供は授からなかったとして」
「それは悲しいわね」
「そうして過ぎていく日々。女盛りの時間は長いようで短くて。周りはどんどん相手を見つけて結婚して、子育てしてて幸せそう。なのに、自分の隣に愛しい彼はいない。そうして、三十、四十ともなれば、肌も衰えて、皺ができちゃったわ、とか、この歳になると体型も崩れてきて、みたいに愚痴も増えてくる」
「まるで母様の愚痴を聞かされているみたいに生々しくてキツイわ、それ」
「それでも、何とか彼が帰還した。苦労をしたようだけど、人生経験を重ねた彼は渋い男の魅力も加わってなかなか格好いい」
「父様の年齢よねぇ。確かに服を着てればそれなりだけど、運動不足で腹が出てきたとか、腰が痛いとか言い出したりしてるから、いくら私が見込んだ男でも――」
何とも残念な現実だね。でもまぁ、衰えない人はいないのだから、そこは目を瞑ろう。
「目一杯、彼に会う為に粧し込んだエリーだけど、英雄の帰還を歓迎しようと、若い女性達も集まってしまえば、やはり若い娘の輝ける魅力の前には霞んでしまう事は否めない。彼も若い子にチヤホヤされて満更でもない様子だ。エリー……?」
なんかエリーの様子がおかしい。
「何十年もほっとかれたら、どんな花だって萎れもするわ! 目移りするような男に熱を上げていたなんて、目が曇っていたと私も、愛想を尽かすでしょう」
「えっと、エリー? つまり、そこで彼を諦めて、新しい恋を探すと?」
「女盛りの時間を捨てさせた罪は厳罰を持って贖うべき。とは言え、一度は恋い焦がれた男。せめて苦痛なきよう一撃で絶命させてあげるわ!」
他の女になんか譲るわけがないでしょ、と暗い笑みを浮かべるエリーは、病んだ目をこちらに向けた。
ぐにゅぅ〜
母さんがエリーの頬を挟んで、顔を自分の方に向けさせた。
「いひゃいでふ、アヒャさま」
「アキも、雰囲気出して語り過ぎ。ほら、お茶でも飲んで落ち着きなさい」
母さんの勧めに従って、僕もエリーも冷たいお茶を飲んで一息。少し気分も落ち着いてきた。
「なんか、怖い未来も垣間見えたけど、若い時期、青春時代はとっても貴重で、そんな大切な時間は少しでも浪費をしたくないよね?」
「アキが急ぐのは、若い今の時を、ミア様と共に過ごしたいから、か。――そうね。確かに急ぐべきだと思うわ」
「うん?」
素直に同意してくれたというより、何か別の真実に気付いてしまった、といった感じだ。
「アキ、気がついているかしら。こちらにきてからの生活で、若い子との接点が極端に少ない事に」
これまでに、こちらで会った人を思い出してみたけど、確かに、一回り以上違う年上ばかりで、同年代なんて殆どいない。お爺ちゃん、お婆ちゃんとか、妖精さんとか妻子持ちのイケメン鬼族。確かにいない。
「……エリーとは会ったよ」
「私も迂闊だったけど、次元門構築なんて話に、若い子が絡んでくると思う? その道の熟達者とか、重鎮とか、ある程度、年がいってる人ばかりよね」
「そりゃ、伸び代があっても実力が伴わない人は、短期決戦、即戦力が必要な話には合わないね」
「つ、ま、り、アキ。下手をしたら同年代の子との出会いがないまま、今後、五年、十年と過ごす事になりかねないわ!」
背景に雷を背負うような迫力でエリーが宣言した。
あぁ。確かに。それはキツイ。
「まぁ、僕はミア姉が戻るまで、誰かと好いた、好かれたなんて話にうつつを抜かすつもりはないけど」
「あーもう、これだから長命種は! ――私は嫌よ。何も工夫しなければ、さっき、アキが語った暗い青春コース真っしぐらじゃない! アキ、計画推進者として、何か手を打ちなさい! そのやけに広い人脈を最大限に活用して!」
国の為に身を捧げる覚悟があろうとも、そこはそれ、という事だろうね。
チラリと母さんを見てみると、若いわねぇと言いながら苦笑している。
「計画の主要メンバーはともかく、周囲を固める人材は、今後を考えると幅広い年代から募る事になるわね。そのあたりは、ロングヒルの王家とも相談しましょうか」
「お願いします、アヤ様。それと、あくまでも――」
「わかっているわ。若い子達の将来を考えて、息の長い体制作りをしていきましょう、くらいにしておいてあげるから、心配しないでね」
「……はい」
流石にエリーも、婚活だの、若い男が欲しいだの、と王女が慌てていた、などとは言われたくはないらしい。
まぁ、エリーなら正直に話しても、国民は笑い話にして、ならば自分達がと、男達がわんさかやってくると思う。あ、でも、エリーには釣り合わないと尻込みして不戦敗と落ち込む男の子の方が多そうだ。
やっと、同年代の女の子と恋バナっぽいことを話したアキでした。
次回の投稿は、六月十九日(月)二十一時五分です。