2-4.新生活一日目④
十三話目にしてやっと、館の外へ。
魔力、それは理屈ではなく、感じ取ることが大切、と。
「なまじ理論を学ぶとそれが邪魔をして、習得が困難になるそうなんです」
「――それで、これから何をするのでしょう?」
「館の外を散策しつつ、周囲に満ちた魔力を感じ取るということになります」
「それはただの散策とはどう違うのでしょうか?」
「感覚を総動員して、感覚に混ざる魔力の気配を感じ取るよう、意識を研ぎ澄ましつつ、自意識の動きを極力抑えることが目標になります」
「感覚に混ざる気配?」
感性の話ということもあってか、具体的なイメージが湧きにくい。
「見ていると暖かく感じるとか、音は聴くと圧迫感を感じるとか、匂いを嗅ぐとザラついた感触を覚えるとか、そんな感じです。言葉にすると難しいですね」
「共感覚のようなもの、でしょうか」
確かに感じろってのも仕方ないかな。言葉だとどう告げても一部しか表現できてない気がする。
「部分的にはそうかもしれません。ただ、魔力は意識や感情といったものも伴うので、共感覚とは似て非なるものです。意識しないようご注意ください」
「人間、考えないようにと言われて、考えないでいられるようにはできてないとか言いますが」
考える対象を認識しつつ、それを考えないというのは矛盾だと思う。
「ですので、前提知識はあると邪魔になるのです。どうしても意識がそちらに流れてしまいますから。では、外に行きましょう」
これは、かなり前途多難のようだ。
◇
「アキ様、館の外ですが、段差があります。降りる際にまず私が手本をお見せしますので注目してください」
そういって、ケイティさんは正面扉を開けて外に出ると、ロングスカートの裾を膝のあたりで掴み、軽く持ち上げて段差を降りた。
「裾を擦らないように注意するんですね」
「はい。こうして配慮しておかないと昇り降りの際に、自分で裾を踏んで転倒しかねませんのでご注意ください」
僕もケイティさんに倣って、スカートを軽く持ち上げて、玄関先まで下りた。確かに注意しないと危ないかも。
振り返って、館を見てみると、屋根も壁も緑化されていて、木々の中に埋もれてしまっているかのようだ。
窓ガラスも反射抑制処理がしてあって、極力、目立たないような作りになっている。
外壁はよく見てみると、本来の館の壁から少し離して、緑化用のフェンスが設置されている感じだ。
樹木もうまく配置されていて、注意してみないと館があるとはわからないに違いない。
日本なら緑化といえばエコな話がメインだけど、こちらだと擬装が主目的っぽい。
「こちらの見取り図をご覧ください」
ケイティさんが取り出した屋敷周囲の見取り図を見ると、屋敷の敷地はなぜか碁盤の目のように細い並木道で区切られている。
「なぜ、こんなに区切っているんでしょうか?」
「それは、防竜林なんですよ」
「防竜林?」
防風林みたいなものなんだろうか。
「この広さはちょうど成竜が羽を広げると、着陸する時に木々が羽に当たって邪魔になるサイズなんです」
「竜が降りてくること、あるんですか?」
一応、協定があるはずだけど。
「本気で降りてくるのは止められませんが、多少でも降りてくる気が削げれば良しということで、今でも維持されています」
「なるほど」
確かに僅かでも確率が下げられるなら、死の襲来は避けたい。でもこれだと、日差しが遮られて冬は寒そう。
「では、行きましょう」
ケイティさんに先導されて、並木道で碁盤状に区切られた庭を歩き始めた。あちこちに生えている背の低い木は、枝が剪定されていて、日本庭園のように、自然のままではなく、自然を模したものといった印象を受ける。
青々とした葉が茂り、木漏れ日が優しい。
木の中で、幹に紐でタグが括りつけられているものがあちこちにあるのが見えた。枝や幹の感じからして、多分、桜だと思う。
「ケイティさん、このタグは何ですか?」
「確か、桜の品種改良を示した管理用のタグだったかと」
「それはまた、気長な話ですね」
「交配して新しい木が育って花を見るまで五年、十年とかかるので、街エルフの方々の人気の趣味なんですよ。ある程度予想はしていても、実際に咲いてみるまで、結果がわからないところがいいんだとか」
確かに、過程を楽しむのにはいい趣味かもしれない。時間がかかることも、長命な彼らからすれば利点なのだろう。
「アキ様、気になってしまうのは無理と思いますが、できるだけ意識を感覚に向けてください。視覚だけでなく、香りや肌に感じる風、足元の土の感触といったように、全身の感覚全体に注意を向けましょう」
「あ、はい、すみません」
青空が綺麗だなぁ。雲の動きが早いけど、林のおかげで風は穏やかだ。澄んだ空気が心地よい。
そういえば、虫がいないけど、どうしているのかな、あ、なんか光った。
「あの光はなんですか? パチっと一瞬小さく光りましたが」
「あれは除虫結界の発動光ですね。――明日からは結界を止めておきます」
言われて見ると、庭のあちこちに目立たない色合いだけど、細い棒が立ててある。あれも魔道具なのかな。さて、気を取り直して感覚に注意を向けて――あ、遠いところに、麦わら帽子を被った人達がいる。
「あの方々は、庭の手入れをしてるんでしょうか」
「あれは、園丁人形です。というか、この距離で、あれだけ姿が隠れてても見つけますか」
「すみません、ほら、視界の隅で動くものがあると気付きません?」
「確かに軍事訓練で視界全体に意識を向けて、周囲への警戒を怠らないというものはありますが、困りましたね」
「すみません、一通り見て慣れれば、気にならならなくなると思います。ん? 随分大きな猫ですね」
ちょっと先の茂みから、柴犬くらいの大きさの茶トラ縞の猫が悠然と歩いてきた。額に短い角があって凛々しい感じ。僕を見て、ちょっと驚いたようで、なんか警戒して距離をとってる。
「あれは、リア様が飼われている鼠駆除担当のトラ吉です。家猫と違い、角もある通り、魔獣の枠に入る生き物ですので、愛玩用ではないと思ってください」
角があると魔獣?
「竜は魔獣だという話でしたが、魔獣かどうかは角のあるなしで決まるんですか?」
「その通りです。角は天然の魔術杖であり、角を発動体として彼らは魔術を行使します。また、魔術を使うためか知能もかなり高い傾向があります。トラ吉もこちらが話す内容はほぼ理解しているようです」
おー、それは賢い。
「トラ吉さん、はじめまして。僕はミア姉とリア姉の妹でアキ。これからよろしくね」
挨拶は大事。しかも話を理解するというのならなおさらだ。スマイル、スマイル。
胡散臭そうな目で僕を見ていたけど、にゃーん、ととりあえず返事をしてくれた。よし、最初の感触は悪くない。
「アキ様。トラ吉は緑色のかなり強い魔力を保有しているんですが、何か感じましたか?」
「返事もしてくれたし賢くて、いい子でしたね。え、あぁ、魔力、魔力。うーん、特にそういったものは感じませんでした。ちなみにトラ吉さんの魔力と、周囲の木々の魔力はかなり違う感じですか?」
「今回はトラ吉のほうで、気を使ってくれてたようで、魔力も抑えていませんでしたし、注意すれば違いははっきりわかるレベルですね。もちろん、狩りをしている時は、周囲に溶け込んでいて、認識は困難ですけれど」
そんなに違いがあるなんて。でも、こちらだと迷彩で視覚だけ溶け込んでも駄目で、魔力も抑えて同化させないと隠れたことにならないというのだから、狩りをするほうも大変そうだ。
「動物の気分とか、魔力で判断できるなら便利そうですね。トラ吉さんって何を食べるんでしょうか。マタタビに酔ったりするんでしょうか。魔術、頼んだら使ってくれたり――」
「気持ちは、ある程度は魔力の変動具合や感触でわかりますが、アキ様。主目的は魔力の知覚であって、トラ吉と仲良くなることでもありませんし、知的好奇心を満たすことでもありませんよ」
「あ……ごめんなさい」
初めてみたら興味が沸くのは仕方ないと思う。でも確かに今日は合計しても二十分も感覚に集中してなかった気がするし、もぅと注意を向けるように気を付けよう。本当に。
次話の投稿は四月三十日(月)になります。GW最終日までは毎日投稿します。
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