6-18.アキを突き動かす思い
前話までのあらすじ:エリーは、自身がなぜ熱意を持って鬼族と接触しようとするのか、その胸の内を明かしました。私より公を優先する。そのために己ができることをやる……綺麗事では言えても、なかなか本心から言うのは難しい気がします。私のほうも理解した上で、それでも公の活動を選ぶ、その重みは、同じ立場のセイケンの心にも響きました。
「セイケンさん、好きな人はいますか。その人の為なら、自分の全てを賭けてもいい、そんな人はいますか」
ここで、そこまでの人はいないと言われたり、口先だけで本心からでないならアウト。
さぁ……答えて。
「……居るとも。国に妻と五歳になる娘がいる。私の宝だ」
セイケンさんがそっと、秘密を打ち明けるように教えてくれた。
イケメンでリア充とは隙がない。でもこちらだと、結婚するのも、子を育てるのも早いんだろうね。地球と違って物騒だから。
「娘さん、可愛い盛りの年齢ですよね。というか、そんな家族を置いて、こっちに出突っ張りじゃマズイでしょう? 多種族との交流は何十年と続くのだから、他の方々も含めて、こちらに呼び寄せて、ちゃんと教育を受けられるように学校を作ったり、郷土料理とかも食べられるようにしていかないと」
僕の話に、セイケンさんは勿論、後ろのお付きの鬼の人も驚いた表情を浮かべた。何十年も続く、って部分だね。それほど長くなることは考えてなかった? それとも今回の件で抜擢されて、長期プランはまだ聞かされていないとか。
「何十年どころか、何百年単位で悪化した状況を、数年単位で何とかしようとしたら、かなりの無茶をする事になるから駄目ですよ。病気と同じです。命の危険を晒すような外科手術は、それがどうしても必要でない限りは避けましょう」
「先ほど、アキ殿の話は世界規模だと聞いた。――世界規模の外科手術は、見たくないものだ」
「一部を生き残らせる為に、世界を焼き滅ぼすんじゃ、本末転倒ですから。……っと、話が物騒な方向に流れちゃいましたね。話を戻します。人族の代替わりは数十年単位ですから、それより長命な種族が周りを固める事で、人族の暴発を防ぐ為にも、他の種族は関わり続けなくてはいけません。人族の代替わりで、話を混ぜ返されたことってあるでしょう?」
「……危惧している事はわかる。人族は昔の約束をよく忘れるからな」
「やっぱり。なので、少なくとも何十年かはセイケンさん達、鬼族の窓口担当の人はこちらに住むことになると、覚悟して下さい。それに、久しぶりに家族に会って、おじさん誰? とか言われたらショックじゃありません?」
「考えただけで気が沈みそうだよ」
セイケンさんは苦笑しながらも同意してくれた。現実味のある話として、想像できたのだろう。
「家族仲が良くて何よりです。是非、大切になさって下さい。離れた地から、手紙を貰うより、怖い時に大丈夫だと抱き締めて貰った方が嬉しいものですから」
「前向きに検討するとしよう」
流石、イケメン。拗れて破綻する前に手を打とうというのは、大切だからね。
「では、そんな家族思いなセイケンさんには酷ですが、仮定の話を想像してみてください。珍しい異国の街の様子が描かれた絵画があるとします。生き生きとした様子が描かれており、異国の息遣いさえ感じられるような見事な絵です。それをセイケンさん達は家族で鑑賞していたとします」
「……」
「ところが、実はその絵は、神代の魔導具でした。絵が激しく光を放った瞬間、奥さんと娘さんは絵に吸い込まれてしまいました。セイケンさんは魔術に対抗できたため、吸い込まれませんでしたが、吸い込まれる二人に伸ばした手は届きませんでした。光が収まると絵の前にはセイケンさん一人。部屋は静かで二人の気配がありません。でも、絵を見ると、街の中に人物が二人増えている事に気が付きました。そう、奥さんと娘さんです」
「……嫌な話だ」
「そうですね……。伝手を頼り、何とか妻と娘を助け出そうと奔走したものの、鬼族の魔術では、二人が絵の中に取り込まれてしまった事はわかったものの、助け出す術がないことも確定しました。そもそもどうすれば助けられるのかさえ、わからないほど手が出ない状況でした。家に帰ってももう奥さんも娘さんもいません。部屋にある様々な品を見ると、そこにいない人達のことが心に浮かびます」
身振り手振りも使って、できるだけ、がらんとして、話声一つしない室内をイメージできるよう、声色も工夫して、そっと話して想像を促した。
セイケンさんは、真面目に想像してくれたようで、眉間に皺を寄せて悲しそうな目をしてくれた。
「絵の中にいる、だから行方不明ではない。でも、自分が頑張っても、周りを巻き込んでも、手が届かない。どれだけ頑張れば手が届くかわからない、届かないかもしれない。――いないという事実で、自分の心に大きな穴が開きませんか? 思いが強ければ強いほど、繋がりが強ければ強いほど」
沈黙の後、セイケンさんは静かに口を開いた。
「想像しただけで胸が苦しくなったほどだ。本当にそんな事態に陥れば、喪失感は耐えきれないとさえ思う」
やはり、セイケンさんは誠実だった。僕の仮定の話にしっかりと想像して、胸を痛めてくれた。
「正面から向き合い続けたら――」
そこまで話して、次の言葉が話せなかった。ミア姉がいない、話もできない、という事実に向き合うだけで、心の奥底が凍り付くのがわかる。ちょっとだけ目を閉じて、ゆっくりと深呼吸してから、話を再開した。
「正面から向き合い続けたら、喪失感で心がどうにかなってしまうでしょう。そんなセイケンさんを親しい友人や仲間はきっと支えてくれることでしょう。美味しい料理を食べたり、音楽を聴いたりするのも、きっと心を癒してくれると思います。それで、セイケンさん。鬼族で手を尽くして駄目だとして――諦められますか?」
「……」
セイケンさんは悩ましい表情を浮かべた。二律背反の状態を想像したからだろう。義務感が強い人ならそうなるだろうね。
「公的な立場で、実際には自由な行動はできないかもしれませんが、心情的なところだけで答えてください。――諦められますか? 心に空いた穴から目を背けて、生きていけますか?」
セイケンさんは、僕の視線を真正面から受けて、そのまま探るように見続けた後、ふっと、溜息をついて目を閉じた。
「……諦められる訳がない。周りの全てが諦めようと、諦められる筈がない。私が声を上げなければ、動かなければ、助かる可能性はゼロになってしまう。動けば何か変わるかもしれない。世界は広く、鬼族にはない魔術を、技術を持つ種族は多いのだから。……アキ殿が言いたいのはそういうことだろう」
「はい。僕から補足することはもうありません。……僕を突き動かす力は、何かせずにはいられない思いは、そんな気持ち。大切な人を思う気持ち……つまり、愛です」
伝えたいことは全て、言い終えた。後は、それをセイケンさんがどう捉えるか。僕はちょっとお茶を飲んで一息ついて、返事を待った。そして、セイケンさんは柔らかい視線を向けて話し始めた。
「……済まない。君がどれだけ優秀で、持てる知識が有用だとしても、浮ついた思いなら、現実で遊びたい子供の夢想なら、距離を置くつもりだった。長い付き合いになるだろう。改めてよろしく。私の事はセイケンとだけ呼んで欲しい。それと君のことをアキと呼んでもいいだろうか?」
「もちろんです。こちらこそ、よろしく、セイケン」
互いに身構えることなく、素の心を触れ合わせることができた。そう思えた。
◇
色々と重い話もあったので、近くに住んでいてこれからも会えるのだから、と、今日の会談はお終いとなった。僕もエリーも、当初の目標を完全クリアして嬉しい筈なんだけど、エリーは何か考えているのか、口数も少なく、馬車の中の空気もなんとも重い。
それでも途中で、エリーはそんな雰囲気を打ち破って話しかけてきた。
「アキの大切な人は……」
聞きにくそうに、でも聞かない訳にもいかないと、悩んでいる表情だ。うーん、そこまで秘密という話じゃないんだけど。
「エリーは計画に参加する人だから、話すね。誰よりも大切な人はミア姉、そして、彼女を連れ戻すのに必要なのが次元門」
僕の言葉に、エリーも想像通り、といった反応を返す。
「それでね。ミア姉は今、地球側にいるんだ」
できるだけ、暗くならないように軽い口調で言ったんだけど、それを聞いたエリーは死刑宣告を聞いたかのように表情を凍らせてしまった。いけない、駄目だよ、エリー。そんな悲痛な状況じゃないんだから。
……悲痛な状況じゃないんだから。
「エリー、日本はね、マコト文書でも紹介されているように、戦争もなく、魔獣もいなくて、ほとんどの人が天寿を全うするような平和な国なんだよ。世界中と交流があって、世界中から多彩な食材も集まるし、文化的な交流も活発なんだ」
殊更、明るく話すと、エリーは少しだけ表情を持ち直してくれた。
「それで、ミア様はあちらで、あちらの生活を満喫しているのね?」
「うん。でももう十月だから、ミア姉も文化祭の準備とかで大忙しじゃないかな」
「文化祭?」
「うん。二学期の最大の学校イベントだからね。中間テストとかはまぁ、ミア姉なら余裕で乗り越えると思うから、そっちはまぁ心配ないと思うんだよね」
僕の説明に、エリーは手を出して、話すのを止めさせた。
「ちょっと待って、アキ。学校のイベント? 中間テスト? というか学校!?」
「今は高校生をやってる筈だから。ミア姉は『マコトくん』の家で厄介になってるんだ」
エリーは、口をあんぐりと開けて、聞いた話を理解しようと苦闘した挙句、言いたいことを全部飲み込むと、猛禽類のような眼差しに笑顔という器用な表情をしたまま、僕ににじり寄って、肩をがっしりと掴み、言葉をぶつけてきた。
「別邸に戻ったら説明しなさい、いいわね!」
「あ、うん。もちろん」
圧倒された僕は、頷くしかなかった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
それと誤字報告ありがとうございました。何回となく読んでいる部分でも誤字・脱字が見つかるのだから、人の思い込みというのは手強いですね。助かりました。
アキが初めて、サポートメンバー以外に対して、自らの行動原理、最優先事項をはっきりと伝えたお話でした。相手が人族より長命で個体数も減少傾向にある鬼族だからこそ、響いた話だったのかもしれません。
小鬼族に対して話したとしても、沢山生んで、成人の儀で振るいをかける彼らからすれば、共感できないとは言いませんが、鬼族に比べればだいぶ薄い反応になったことでしょう。
あと、今回のラスト、初期案では、アキの「ミア姉は、あちら側にいる」という台詞で一旦切って、次パートで補足する感じでしたが、それだと話が重く感じられる気がしたので、今回のように変えてみましたがどうだったでしょうか?
次回の投稿は、六月十二日(水)二十一時五分です。