6-17.エリーを突き動かす思い
前話までのあらすじ:鬼族の青年セイケンとの歓談が始まりましたが、アキとエリーが話す内容は勿論、鬼族を前にしても全く怯えることなく、気負いなく話す二人の姿勢に、セイケンは驚き、困惑しながらも、語られた内容には理解を示しました。
二人の人並外れた熱意には何か理由があるはず、とセイケンはそれを話すよう求め、二人は快諾しましたが……。
題名変更しました。
旧:6-15.セイケンとアキ(前編)
6-16.セイケンとアキ(後編)
新:6-15.セイケンとの歓談(前編)
6-16.セイケンとの歓談(後編)
エリーは、まず、前提として、と断ってから話し始めた。
「ところで、セイケン殿は、街エルフや人族との戦いに実際に参加された事はありますか?」
「ない。私が参戦した戦いは全て小鬼族に対する防衛戦だけだ。それが何か?」
「今から話す内容に共感されるか否かに、関わってくる話ですから。念の為、確認させていただきました。まず、前提ですが、街エルフ、人族、鬼族、それぞれが過去に起因する不満、不信を抱えていますが、それはない、或いは各種族内だけで解決できるものとします。そう考えないと話がややこしくなるのと、そこまで面倒は見きれません」
まず、エリーがカードを開いた。続きが見たければ、前提に同意しろ、と。
「……何とも高い前提だ。だが、それは許容しよう。どう落とし所を探るにせよ、共闘するならば、それができなくては話にならない」
セイケンさんは、少しだけ武人の顔を見せて、同意してくれた。
「エリー、ちょっと割り込んでいい?」
「何かしら?」
「セイケンさんもそうですけど、各種族は内部の意見統一を図る際に、粛清や内紛のような勿体ない真似はしないことも前提として欲しいです」
「はぁ?」
「……アキ殿、貴女は自分が何を言っているのか理解されているのか?」
二人して、意見統一のためには血が流れる事は避けられないという認識だった訳か。
「ただでさえ、劣勢な勢力が、内輪揉めで力を落とすなんて下策です」
「言いたいことはわかるわ。でも、相容れない奴はいるものよ」
「セイケンさんも同意見?」
「我らは強い、そう揺るぎなく確信している武闘派が、穏健派に宗旨替えする未来は想像できないな、残念ながら」
「ふむふむ。では地球の事例を紹介しましょう。「孟獲を七度捕えて七度放つ」という話で、蜀という国が、南中という地方の反乱を鎮圧した際、首謀者の孟獲を捉えるんですが、孟獲は囚われるたびに、あれが問題だった、それがなければ勝てたと抗弁したんですね」
「囚われるたびに? 七度放したと言っていたが、まさか本当に七回も捕らえて、その度に放したとでもいうのか?」
「その通りです。孟獲も馬鹿ではないので、放たれるたびに手を変え、品を変え、挑んだんですが、七回目も負けて、遂に彼は心服し、蜀に帰順したんです」
「何故、そこまで手間を? 孟獲がそこまで惜しい人材だった……いや、そうか。孟獲には人を束ねる力がある、助力しようと人が集うだけのモノがあった。だから、彼によって統制された地域そのものを得る必要があった。そういう事か」
「お見事。軍を率いて鎮圧しても、軍が去って、すぐ反乱するようでは意味がありません。心の底から恭順させなくては。僕が粛清は勿体ないと言った理由も納得して頂けたでしょうか?」
「粛清したら、同じように高い力量の兵士を揃えるのにどれだけ時間がかかるか。それを考えれば、反対勢力の心を折るほうが得策ということね」
「エリー、なんか発言がいちいち物騒だよ。でもまぁ、そういう事。それに仲間を殺して、いい気はしないでしょう? やっぱり最後はみんな、笑顔でないと」
「……理想論だな」
僕の問いに、セイケンさんは苦笑してみせた。
「はい。でも素敵でしょう?」
「あぁ。……素敵だ」
僕の目一杯の笑顔を見て、やっとセイケンさんは心の底から同意してくれた。そんな気がした。
◇
「話が横に逸れたから戻すと、我々、人類連合と小鬼帝国の殺害対殉職比率が年々、悪化しています。渡せませんが、見せるので、そちらの方も見たいようでしたら、どうぞ。遠慮は不要です」
そう言って、エリーが紙に書かれた折線グラフの表を見せた。横軸は年代、縦軸は殺害対殉職比率だ。小鬼族は人族の半分の時間で成人するから、最低でも兵士は死ぬまでに二人は殺害しないと釣り合わない事になる。
勿論、それは双方が同数からスタートした場合の話で、実際には小鬼帝国の方が領土が広く、人口もずっと多いのだから、殺害対殉職比率はずっと高くなくてはならない。
そしてグラフを見ると、多少の上下はあるけど、殺害対殉職比率は五対一といったところだ。中々の値だと思うけど、グラフを見ると、右肩下がりの傾向がハッキリと見て取れる。
今はいいけど、このままいけば……
セイケンさんも、お付きの鬼族の人もグラフを食い入る様に見つめて、表情が凍りついていた。
「危機意識を共有して貰えたようですね。小鬼族達はわざと毎年、同じように、似たような戦力で攻めてきます。成人の儀と称して。それを毎年、撃退していて、この結果。兵士は死線を潜って腕を上げる。でも、相手を殺害できる数が減っている。或いは同じ数を殺害するのに、昔より今の方が被害が大きい。このままだと、我々、人類連合は小鬼帝国に勝てなくなる……これが私の熱意の源。実際はこれでも甘くて、アキから色々聞いて、もっと急がないと不味いと考え始めてます」
「これ以上の危機があると!?」
セイケンさんの反応からすると、鬼族も似た傾向はあるけど、もっとマシな状況なんだろうね。だからこそ、武闘派の鼻息が荒く、穏健派も過半数を握れてない、と。
「実際には、これ以上に危うい状況かもしれないのに、それがどれ程か知らない、という危機意識ですね」
「アキ、説明が足りないわ。このグラフは情報が大きく欠けているのです、セイケン殿」
「人類連合全てを分析したグラフではないと?」
「いえ。そこは全て含んでいます。ですが、それは、我々の住む弧状列島のことしか表してない。――世界は広大です」
エリーの言葉に、セイケンさんがハッとした表情を浮かべた。
「鬼族も、外洋船を建造して、海外へと足を伸ばし始めていると聞きます。であれば、世界はとても広く、私達はあまりに無知だと理解されている筈です。我々は弧状列島内ですら統一した国家を樹立できてませんが、海外では弧状列島より広大な領土を持つ国家をいくつも確認しています」
「……」
セイケンさんは静かに頷いた。世界を知るからこそ、危機意識を持ち、意見統一を待たずに演習参加を決めた、ってとこなんだろう。
「世界全体で見れば、我々は大きく出遅れているのかもしれない。我々、人類連合もまた、世界全体からみれば、少数派かもしれない。だからこそ、少しでも早く、我々は立ち位置を知らなくてはならない。世界を知らなくてはならない。人類連合と鬼族連邦が争っている場合ではない。私を前へ進ませるのは、そんな危機意識です。それと、我が国を大切に思い、それを守りたいと願っていますが、それは多かれ少なかれ、国の為に尽くす者であらば、持つ感情でしょう」
エリーはそう締め括った。静かな熱が部屋の中に満ちて、心の内が熱くなるのを感じる。
カリスマ性って、こういうものなんだろう。強く人を惹きつける何か、その人の為に何かしたいと思わせる何か。
王族に生まれれば自然と身につく、なんてものじゃない。エリーが国民から人気があるのも当然だ。綺麗なだけなら他にも似た人は沢山いるだろうけど、エリーはそこにいるだけで華がある。人目を惹きつける何か、内から溢れ出る輝き、そういったもの。
「エリー殿。抱えている問題、悩みに違いはあれど、我らの向く方向は等しい。手を取り合い、困難に共に立ち向かえるでしょう。胸の内を明かして頂けたこと、深く感謝します」
セイケンさんもまた、感じ入ったようで、心の内を刻み付けるように、思いを告げた。
もう任務完了でいいんじゃないかな、と言った空気になってしまって、何とも居心地が悪い。
「では、次はアキ殿。その熱意の源が何か教えて下さい」
セイケンさんが場を仕切り直した。
さて、ここからは僕の番だ。
鬼族が人族と手を結ぶ、それは良い。街エルフとしても、それで充分な成果だろう。
でも、それじゃ、僕にとっては、まるで足りない。
エリーの事を個人的に認めたように、せめて同等には僕自身を認めさせないと!
となれば、先ずはインパクトのある言葉で攻めよう。
「僕の方も前提を話しますね。人には誰しも優先順位があります。こちらの方が大事だ、譲れないことだ、と」
「それはそうだろう」
セイケンさんも、普通に頷いてくれた。
「僕にとっては、次元門を構築して、地球から情報を得て、人類連合や鬼族の皆さんの未来を掴み取ること、それはオマケのようなものです。僕の優先するものは、もっと私的なものです」
「……」
セイケンさんは、驚きながらも開きかけた口を閉じて、話を進めるよう促してきた。
良し。
私より公を優先すると話した二人に対して、僕は公より私を優先する、と明言した。それに対して思う所はあっただろうに、話を聞く事を選んでくれた。
見せてくれた誠意には、応えないとね。
ただ、敢えて考えないように、思考がそちらに向かないようにしてたから、ちょっとキツイかも……。
気持ちが崩れないように、少しずつ話していこう。
「僕が優先すること、それは大切な人に向ける気持ち、――つまり、愛です」
物音一つしない異様な静けさの中に、僕の声が響いた。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
エリーが熱意を持って動く訳、動かずにはいられない思いを話したお話でした。キリがいいので今回はここまで。次パートはアキがその思いを初めて、サポートメンバー以外の第三者に語ります。
次回の投稿は、六月九日(日)二十一時五分です。




