6-16.セイケンとの歓談(後編)
前話までのあらすじ:総合武力演習も終わり、鬼族の半分は帰国し、半分は妖精族からの要望もあり、交流を深めるため残ることになりました。となれば、暇に違いないから話をしにいきたい、とアキが言い出して、鬼族の青年セイケンとの歓談が実現することになりました。
鬼族の仮設住宅は、とても現代チックな感じといえば聞こえはいいけど、いかにもプレハブといった簡素な構造をしていて、慌てて建てた感じが良く出ている。といっても作りが雑とかチープという訳じゃない。平屋建ての建物は壁がパネルで、屋根が金属板で葺いてあって、手間のかかる飾りとかは申し訳程度についているだけといったところだけど、使われている材料はしっかりとしたものだし、何よりとても頑丈そうに見える。
そして、なぜ少し見上げるようにして、建物の前でぽかん、と眺めてしまっているのかというと、自分がまるで小人になってしまったのではないかという縮尺のズレに驚いたから。扉の引手が僕の頭の上あたりにあると言えば、どれくらい大きいかわかるだろうか。
まるで、自分が小学校に入りたての頃に戻ったかのように、建物の作りがとにかくでかい。
「おっきいね」
「改めてみると、大きいわね」
僕とエリーが入り口の前で、眺めているのがわかったのか、玄関の引き戸を開けて、セイケンさんが出迎えてくれた。
セイケンさんの服装は、オフを意識してか、白のリネンシャツにスウェットというラフだけどカジュアル過ぎない絶妙な装いだ。細身ではあるけど、よく鍛えられた体つきの前では、過剰な装飾は不要といった感じだね。イケメンは何を着ても格好いいから困る。
ただ、格好いいけど、とにかく大きい。見上げないと顔が見えなくて、親の元に寄った子供のように、上を見上げないといけないから大変だ。太い腕は僕やエリーの腰回りくらいあるし、手も武人のそれで、とっても頑丈そうだ。
「初めまして。お会いできて光栄です。父ハヤト、母アヤの三女、アキです」
「歓迎式典以来ですね、セイケン殿。私はエリザベス、今はエリーとお呼びください」
僕は街エルフらしく、エリーはお忍びですよと強調して家名は伏せての挨拶をした。
「丁寧な挨拶感謝します。セイケンです。お二人と妖精達の応援には驚かされました。可愛らしい装いですね。お似合いですよ」
セイケンさんも気さくな雰囲気で挨拶してくれた。サラリと僕達の服装を褒める言葉が出てくるとは、鬼族は質実剛健を旨とするとは言うけど、人によるんだろう。
ちなみに、エリーは丸襟の黒のトップスに落ち着いた桃色のミドル丈のフレアスカートで、ちょっとお洒落なプチデート風のコーデって感じ。僕は、グレンチェック、白の襟、袖口とベルトでウェストを絞ったAラインのワンピースで、大人っぽいお嬢さんってとこ。エリーからは、元はいいのに何故か背伸びしてる子供って印象を受けて不思議と言われた。うーん、いまいち着こなしていない感じなんだろうね。残念。
セイケンさんの後ろに鬼族の人が一人控えているけど、話に参加するつもりはなさそうだ。
「こちらのお菓子は、マコト文書で紹介されていた焼き菓子の八ツ橋を再現したものです。ニッキの香りが独特ですが、噛み応えがあるので、美味しくいただけると思います」
どうぞ、皆さんでお召し上がりください、と特大サイズのバスケット一杯に詰め込んだ八ツ橋を渡した。
「これはなかなかよい香りですね。瓦のような反りも面白い。――この固さもいいですね」
セイケンさんが一つ摘んで食べると、軽々と噛み砕く音が聞こえた。表情からすると、気に入っていただけたようだ。
「これなら玄米茶が合うだろう。今日のお茶請けにしてもよろしいですか?」
「はい。まだ一般には流通していないそうなので、もし入用になったらケイティさんにお伝えください。焼くための機器が僕の住んでいる別邸にしかないそうなんです」
「その時はぜひ」
セイケンさんに案内されて、玄関で靴を脱いで、応接室へ。新品の畳の香りがいい感じ。室内装飾はシンプルだけど、チープというよりは質素といった感じで好感が持てる。
トラ吉さんも玄関マットでちゃんと足を拭いてから歩いてく。偉いなーって感じで見てたら、当然だろって顔をされてしまった。
応接室にはテーブルセットが用意されていて、レストランにあるような子供用っぽい外見の椅子も用意してある。もちろん、子供用じゃなくて人族用だね。僕とエリーは下品にならないようにちょっと苦労しながら、椅子によじ登った。
僕達の方は、ケイティさん、ジョージさんが後ろに控えて、トラ吉さんは僕の足元に。
お爺ちゃんは僕の少し後ろに浮いている。
正面にセイケンさんが座ると、目線が合うようになって、だいぶ話しやすい感じになった。鬼族の人と話をするなら、こういった工夫は必要不可欠だね。
先ほどの鬼族の人が玄米茶を淹れた湯呑をお盆に乗せて持ってきてくれたけど、彼が持つと僕とエリーの分はまるで御猪口みたいな大きさに見えて縮尺がおかしい。セイケンさんの持っている湯呑も、彼が持つと普通サイズだけど、僕が持ったら丼茶碗サイズだ。
木製の器に、僕達が持ってきた八つ橋も出されて、ニッキの香りがとてもいい。
演習の時に小鬼人形達への損傷を控えてくれたことへのお礼を言ったり、僕達や妖精が仮初の花を演習場全体に蒔いた際の手際や風の繊細な操作について褒めてくれたりと、五分ほど、そんな風に雑談をして話しやすい雰囲気にしていった。いわゆるアイスブレイクも終わってこれから本番。
さて、とセイケンさんが切り出した。
「私は腹の探り合いのような真似は性に合わないため、単刀直入に伺います。今回の会談でのお二人の目的をお聞かせください」
ただ挨拶にきて、世間話をしにきた訳ではないでしょう? と笑顔で圧力をかけてきた。うん、いい感じだ。僕もつられて笑顔を返したら、やっぱり変な物をみたといった表情をされた。
◇
部隊単位で数えられる人形遣いの人達にも待機して貰ってまで、単に挨拶だよ、と言っても確かに胡散臭い。エリーに先に言うよう促されたので、まずは僕から。
「そうですね、僕の目的は大きく分けると四つあります。一つ目はまず友達になりたいです」
「友達、ですか」
「種族を超えた友情って素敵ですよね。セイケンさんは誠実そうなので、仲良くなろうかと。鬼族も街エルフも互いに知らないことも多いと思うので、暇な時にお話し合える間柄になりたいな、と。それにセイケンさん達も、ずっと老練な街エルフの人達や、ロングヒルのお偉方とか、知識欲が旺盛過ぎる妖精さん達と交流してると疲れると思うんです。なので、僕とお話をするのは息抜きくらいに考えて貰えればよいと思います」
「なるほど。それで二つ目は?」
歓待するだけ、話友達になりましょう、それが主目的とは流石に考えないようだ。
「セイケンさんは、こちらに居を構えて、ロングヒルの人族、それから街エルフ、それと妖精族との交流を行うことになると聞いています。それで、街エルフと言っても、マコト文書の扱いは別枠、先ほどの三つの種族に並ぶ規模、情報量があると認識して欲しいのです。それと僕はマコト文書の専門家という位置付けですので、お仕事でもご一緒になるという意味での挨拶といったところです」
「マコト文書というと、確か一部の人々が経典に据えている異世界の生活を記述した書物だったと思いますが」
「宗教は関係なしですので、ご安心ください」
「それで、そのマコト文書が、先ほどの三つの種族との交流に並び立つと?」
セイケンさんは僕ではなく、後ろに控えているケイティさんに問いかけた。あー、まぁ、僕がそうだ、と言っても説得力は薄いだろうからねぇ。
「アキ様の言われたことは事実です。調べていただければわかりますが、アキ様がロングヒルに来てから、街エルフやロングヒルの文官達を集めて、マコト文書で語られている多様な情報、例えば経済、それに商業、政治、軍事も含めて講義を行っています。アキ様は、それを行う講師達の疑問に答え、支援を行う、我が国随一の専門家なのです」
「同じ年代の子供たちの中で、最も成績優秀で講師達に説明できるほど詳しい、という話ですか? あるいは、アキ殿は若い子供と思っていましたが、実はずっと年を経た方だとか?」
「いえ。アキ様は御推察の通り、十七歳の子供で未成年です。ですが、我が国で並ぶ者のない、マコト文書の専門家です。理由は今はお話できませんがご了承ください」
「専門家……ですか。それにマコト文書とは言うが、我々の知るそれとは扱っている情報に大きな差がありますね」
「公開されている情報は極一部なのです。実際の交流では、大まかな説明はアキ様から、その後の細かい話については私や私の部下の女中人形達からお話します。そうして知識をある程度理解された上で、浮かんだ疑問のうち、私達では説明が難しい内容については、アキ様が説明をされることになります」
「納得し難いものがありますが、そういうものと理解しておきます。それで三つ目は?」
セイケンさんは、胡散臭そうなものを見る目をこちらに向けてきたけど、理解し難いもの、とでも言わんばかりで、随分と悩んでいるように見える。
「僕達、街エルフが推進しようとしている次元門構築計画について、鬼族も参加して欲しいんですよね。理論魔法学に通じた方を紹介していただけると助かります。それと調整役や窓口としてセイケンさんに参加して貰えると嬉しいなぁって考えてます」
「次元門とは何ですか?」
「妖精界とこちらが時折、繋がって人が妖精界に迷い込むことがありますよね?」
「迷いの道と呼ばれてますが、まさか……」
「はい。次元門とは、世界同士を繋げる道を、自分達で創ろうというものです。魔術に精通した多様な人々を集めることで、今は不可能な話ですが、それを成し遂げようと考えています」
「それをアキ殿が話されるということは、アキ殿もそちらに参加されるのか?」
「そうなります。繋ぎ先について、こちらでは僕が一番詳しい、ということなので。繋ぎ先はマコト文書で語られている「あちら側」なんです」
「魔力がない世界だった筈ですが」
セイケンさんの口振りだと、魔力がないというのは、不毛と同義なんだろうね。それにしても良く知ってる。情報収集能力はそれなりに高いと考えておこう。
「魔力はありませんが、その代わり、世界全ての国が互いを認識し、交易を行い、世界の果てまでも数秒の時間差で繋がる情報網まで整備され、五千年の歴史を持つ百億の民が暮らす世界です。小さな国よりは大きな国のほうが学ぶべき点は多いでしょう? それなら、それだけの規模と歴史がある世界なら、学ぶべきことは多いと思いませんか?」
「魔力がない世界の話であってもそれが有用だと」
「はい。例えば経済、法律、政治なんて分野に魔力は関係ないですから」
「なぜ繋ごうというのか教えていただけますか」
「銃も、耐弾障壁も、当初は大きな成果を上げましたが、小鬼族にすぐ模倣されて追い付かれてしまったでしょう? 新たな分野を切り開くのは大変でも、追い付くのはずっと少ない労力で可能です。そして、街エルフにせよ、人族にせよ、鬼族にせよ、いつまでも小鬼族に追いつかれないよう技術革新を続けるのは厳しいと考えました。そこで、「あちら側」の出番です。ずっと進んだ「あちら側」の技術をどんどん導入していき、小鬼族との技術格差がある程度開いてしまえば、追い付くことはできなくなりますからね」
「――俄かには信じがたい話です」
セイケンさんは絞り出すように、やっと言葉を吐き出した。
「地球については、一度に聞いても現実感が薄いと思うので、少しずつお話していくことになると思います。今は、街エルフ、人族が、仕事の一環としてマコト文書を学んでいる、それくらいには役立つ、意味のある情報なのだと考えていただければ十分でしょう」
セイケンさんは僕の言葉を受けて、ケイティさんに補足するよう視線を向けた。
「アキ様の言われた通りです。我々は強い危機意識を持ち、マコト文書と次元門に大きな価値があると認識しています。そして、一度に話さない理由は、妖精族が敢えてマコト文書の情報に触れないのと同じで、情報の質と量があまりにも違い過ぎるためです。わかる範囲、小さいところから学んでいかなくては手に負えなくなります」
「それほどと?」
「本国にあるマコト文書の保管庫は、専門の司書を何名も配置するほどと言えば、質と量を推察できるのではないでしょうか」
「――そういうものと今は捉えておくこととします。それで最後の四つ目は?」
セイケンさんは、ケイティさんの補足はあったにせよ、僕の話したことを荒唐無稽だ、針小棒大だ、などと言うことなく、ひとまず、そういうものと認識しておくのだから、度量がとても広いと思う。単なる文官じゃないね。十人とはいえ、少数で敵地と言える人族の国に乗り込んできた精鋭を束ねているだけのことはある。
「最後は、セイケンさんには今後、鬼族の窓口として活躍していただきたいので、そのつもりで活動して欲しいとお願いするつもりでした。もちろん、武闘派の皆さんも含めた窓口としてです」
僕の言葉に、当然、窓口となって働くつもりでいたのだろうけど、武闘派も、と斬り込んだことで、表情が引き締まった。やっぱりね。力量はあるんだろうけど、経験不足っぽいなぁ。
「なぜ、そう考えたか教えていただけますか」
セイケンさんの探るような鋭い視線は、身が引き締まる思いがするけど、そんな心の内はもちろん隠して、余裕の表情で説明をしていく。
「セイケンさん達を穏健派とすると、こちらにきた方々は皆さんお若い。高い力量の優れた方々とは思いますが、年長者がいないのは不自然と感じました。恐らく、皆さんは大きな勢力ではあるけれど、国内の意見を取り纏めるほど優位ではなく、しかも今回の演習参加は、他の派閥の同意を得ることなく、ある意味、独断専行されたと考えました。それと皆さんの中に武闘派っぽい方がいないのも、そう判断した理由の一つです」
僕の話を静かに聞いていたセイケンさんは、深い溜息をついた。
「……アキ殿、貴女は本当に十七歳か? こうして対話をする様子を見ても、誰かに教わった話を口にしているのではなく、自ら考えたことを話しているとわかるが。――街エルフの子は皆、こうなのか?」
僕の推測も当たらずとも遠からずって感じかな。とりあえず僕のことを意識して貰えてるようでいい感じだ。それにしても表情によく出るね。いい人そうだし、武闘派と穏健派の板挟みになったら、ストレスで胃を悪くしそうだ。
でも、そんな問いに答えたエリーはといえば、苦笑しながら、セイケンさんの想像を否定して見せた。
「セイケン殿、こんなのがゴロゴロいる訳がありません。それとアキは知ってることは随一の専門家でも、普通のことは知らないことだらけですから。今後、話し合う機会が増えれば、わかることでしょう。この子は単に知識や経験がかなり偏ってるだけです」
その説明を聞いて、セイケンさんの迷いが少し治まった。
「それと私の目的もお話しておきましょう。優れた人材は得難いものです。私はセイケン殿を知り、信頼に足る人物であれば、ロングヒルへの出向をお願いしようと考えています」
エリーは満面の笑みで、もう決まったと云わんばかりに勧誘を切り出した。
「は? 出向……ですか」
「セイケン殿、貴方には鬼族内の派閥調整程度で終わって貰っては困ります。そちらは半分程度で済ませて、後の半分は街エルフと妖精達のやり過ぎを止める役を担ってください。それくらいの積極性は示して頂けると期待しています」
「エリー、いきなりそこまで話を飛ばし過ぎると、セイケンさんも困っちゃうと思うよ」
「それを言うなら、アキだって、先の話をし過ぎでしょう?」
「本の目次みたいに、まずは全体像を把握して貰ったほうが、いいかなって」
僕とエリーの話を聞いて、セイケンさんが手をあげて、話を止めた。
「お二人ともそれくらいで。目的を率直に教えて頂けたことにまずは感謝します。ただ、私の理解が追い付いていません。正直言って困惑しています。お二人は要職に付いている訳ではない。なのに、国家の行く末を左右するような話を当たり前のように語る。そして、それが地に足が付いているようにすら感じてしまう。とても不思議です」
うん、印象は悪くない感じ。良かった。
「ただ、お二人は明らかに強い熱意を持って私と交流を深めようとしているように感じられます。それ自体好ましいことですが、その熱意の源を知りたい。私ばかりが一方的に聞いてしまい、申し訳ないが、それだけ慎重を期したいことなのだと思っていただきたい。……どうだろうか?」
セイケンさんは少し身を乗り出して手を組むと、そんなことを切り出した。……ちょっと慎重に対応しないと不味いかもしれない。エリーが立ち位置を明らかにしたのと同様、セイケンさんも立ち位置を明確にするということは、色々とリスクを背負うということ。そういうことだろう。
僕がどこまで話すか、どう話すか躊躇したのを見て、エリーがまず、私からと話始めた。
ブックマーク、評価、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
鬼族と体の大きさの差にちょっと苦労しながらも、セイケンとの会話はそれなりにスムーズに行えた感じでしょうか。もっともエリーやアキの立ち位置や異様な対話慣れ、それに子供なのに第一人者とか、きっと、聞かされてるセイケンさんも意味不明なところだらけでしょう。そして、セイケンもまた、アキやエリーの熱意の源を知りたい、と踏み込んできました。次パートでこの対話もひとまず決着を迎えます。
次回の投稿は、六月三日(水)二十一時五分です。