6-14.総合武力演習の終了と新たな始まり
前話までのあらすじ:総合武力演習の最後を飾るのは、妖精達の公開演技。彼らは飛ぶ姿を軸として様々な点から、妖精というものを紹介し、最後は見る者を圧倒する巨大な光の花を青空をキャンバスに描きました。
目が覚めると、そこはいつもの別邸のベットだった。
「おはようございます、アキ様」
横を見ると、ケイティさんが笑顔で迎えてくれた。そのまま、血圧を測定したり、舌の色合いを確認したりと、いつもよりちょっとだけ念入りな検査されるけど、ケイティさんの反応を見る限り、特に問題はなさそう。体のほうをみると、いつものパジャマも着ていて違和感がない。
「着替えさせてくれたんですね、ありがとうございます」
「アキ様は軽いので、さほどでもありませんでした。はい、体調は特に問題ありません。魔力もいつもの水準に戻っています」
確かに昨日感じた喪失感や、心に積まれた重りのような圧迫感もなくなっている。
「ニャー」
机の上を見ると、こちらをジッと観察していたトラ吉さんが、声をかけてきた。
「ありがとう、トラ吉さん。もう平気だよ」
僕の返事を聞くと、ひょいと机から飛び降りて、ベットに腰かけていた僕の周りを歩いてみて回り、満足そうな表情を浮かべると、また机の上に戻った。
「ニャ」
大きく欠伸をしたトラ吉さんはそのまま、丸くなって目を閉じた。
「トラ吉は、アキ様が起きるまでずっと様子を見ていたんですよ」
ケイティさんの用意してくれた服に着替えていると、そんなことを教えてくれた。
「ありがとうね」
そっと背中を撫でると、尻尾を軽く腕に擦りつけて返事をしてくれた。
「朝食にしましょう、アキ様。あの後、何が起きたかお話します」
ケイティさんに促されて、リビングに行くと、アイリーンさんが食事の用意をしてくれていた。いつも通りの対応でとてもありがたいんだけど、ちょっと気になった。
「普通に閉会式をしただけじゃなかったんですか? 妖精さんへの魔力供給に何か問題が起きたとか?」
例えば、僕から供給される魔力量が減って召喚維持ができなくなれば、お爺ちゃん以外の妖精さん達の召喚を止めることになるだろうけど、閉会式から妖精さん達の姿がなくなれば、騒然とするかもしれない。小さ過ぎて、影響は少ない気もするけど。
「アキ様が眠った後、アキ様の魔力量はすぐに増加に転じたため、妖精の召喚はそのまま維持しました。そういう意味では、予定通りで、特に混乱もなく、総合武力演習は終わりました」
ケイティさんは、緑茶を淹れながら、教えてくれた。なるほど。総合武力演習の後に何か起きた、と。
◇
朝食は、海老と茸の雑炊で、室温を調整してくれているからか、大汗をかくことなく、美味しくいただくことができた。旨味が感じられて、でもさらりと食べられて、優しい味付けだ。
「ご馳走様でした」
「どういたしまして」
アイリーンさんも僕の食べっぷりに満足そうに頷いてくれた。食後に冷やした麦茶を飲んでほっと一息。そうして食事をしていると、ふわりとお爺ちゃんが飛んできた。
「おぉ、アキ、起きたか。加減はどうじゃ?」
「うん、特に問題ないよ。お爺ちゃんのほうはどう? 経路とか問題なかった?」
お爺ちゃんもふわふわと僕の周りを飛んで、あちこちから僕のことを眺めて、満足そうな顔をした。
「そちらは何の問題もなかったぞ。アキの回復量は想定を遥かに超えるものじゃったようだ。今朝も賢者とソフィア殿が、通信設備に乗り込んでリア殿と今回の検証と分析をしとるところじゃ」
それは何とも元気だね。
食器も片付いて、ケイティさんがちょっとした資料を片手に戻ってきた。
「では、アキ様。昨日、あの後に起きた事件をお話しましょう」
「事件?」
「そうです。既に解除されていますが、昨日は非常警報が発令され、人々が防空壕に殺到する事態になり、街エルフの大使館領でも、守備隊の一部が臨戦配備状態になりました」
「まるで戦争でも始まったかのようなお話ですね……小鬼族が攻めてきたにしては解除が早いし、もしかして天空竜でも飛来したとか?」
鬼族とは関係はそこまで悪化してないし、突発的な軍事行動というと小鬼族が筆頭だけど、もし小鬼族なら、脅威が去ったと判断するのにもっと時間がかかると思う。ということで消去法で天空竜と予想してみた。
予想してみたんだけど、ケイティさんは驚いた表情を見せた後、ちょっと溜息をついて話を続けてくれた。
「――その通りです、アキ様。演習も終わり、人々が帰り支度をしていたところに、天空竜の飛来警報が出ました。いつも通り、ロングヒルのずっと南の高空を飛行するコースだったので、初めはそれほど危機意識はなかったのですが、天空竜が突如、方向を変えていつもと違うコース、つまり、ロングヒルへの直進コースを飛行したことで状況は一変しました」
遥か彼方の雲の上を飛んでいくだけなら、気にはしても、そこまで焦る話ではないんだろうね。
「急降下でもしてきたとか?」
「いえ、そこまでは。ただ、ゆっくりと高度を落としながら、ロングヒルの上空を旋回飛行し始めたのです。その飛行経路は、ロングヒルの街ではなく、妖精達が空に描いた光の花を中心とした円状のものでした」
日本で言ったらどれくらいの危機的状況だろうか。陸海空のうち、陸上自衛隊しかいない、しかも、まともな対空部隊もいない設定で、大型爆撃機が首都上空をゆっくりと旋回飛行したと考えてみよう。
……かなり不味い気がする。
ケイティさんがロングヒル周辺の地図に赤い線、天空竜が今回飛んだ経路を描いたものを開いて見せてくれたけど、演習場を中心に、ロングヒルの街も含む半径五キロくらい、一番接近した時で半径一キロくらいを周回飛行していたことが見て取れた。あちこちに注釈として高度が書かれているけど、周回半径も、高度も結構変えながら飛んでいて、これはかなり慌てたことだろう。
「それで非常警報が出たと」
「そうです。地上攻撃をしてくることのない高空ではありましたが、その気があれば地上を襲うのに十秒もかかりません。ですから全く楽観視できる状況ではありませんでした。肉眼でもはっきりと天空竜の姿、形が見て取れるほどで、ロングヒルの全域で、市民の避難と軍の戦闘配備が行われました。高度も周回半径も、速度も時折変化していたこともあり、軍はかなりの緊張を強いられました」
聞いている限りでは、天空竜のほうは、人に何かするつもりはなかった感じだけど、それは結果論であって、街の上で天空竜が周回飛行なんかしたら、それは怖いだろうね。
「光の花を中心にってことは、天空竜の目的は光の花を観察することだった感じですか?」
「光の花が消えてからしばらくして、去っていったことから、恐らくそれが目的だったと考えられます。……アキ様、天空竜が飛来しても、全然怖がってませんね」
ケイティさんは、自分の伝え方が悪いのか、と難しい表情をしている。
「日本では、上空を飛行機が飛んでいるのはさほど珍しくなかったので。実際、天空竜に襲われた経験があったりしたら、慌てふためいたりすると思いますけど、そもそも見たこともありませんから。それで、飛来した天空竜ってどなただったんです?」
僕の返事に深くため息をついたケイティさんは、目元を揉んだりしながら気持ちを切り替えたようだ。
「速度は遅いとはいえ、何時間も飛び続けるような天空竜は一頭しかいません。雲取様ですよ」
以前、お見せした絵の竜です、と補足してくれた。
「透明感のある漆黒の鱗がカッコいい、あの雲取様?」
「――その雲取様です」
僕が嬉しそうに返事をしたのを見て、こめかみのあたりを揉みながらも、そう肯定してくれた。
「見てみたかったですね、雲取様。また来てくれたりするでしょうか? 妖精さん達の光の花に興味を持ったのなら、結構、期待できそうですよね」
まさか、こんなところから接点が持てるなんて、良かったなー、などと話したら呆れられた。
「以前にもお話しましたが、普通、天空竜はその姿が現れただけで、恐怖を齎す存在だと忘れないでください。天空竜が何時間も上空にいたことで、体調を崩して医師に治療される人も続出したのです」
ケイティさんが、言葉を重ねて恐ろしい存在なのだ、と告げる。以前にも話した、とわざわざ強調してくるのだから、ほんと怖がられているんだろう。忘れているつもりはなかったんだけど、どうしても実感がわかないんだよね。
「見たい、と防空壕から抜け出す子供達とかいないんですか?」
子供といえば、怪獣とか飛行機とかは大好きだと思うんだけど。
「あの圧倒的な魔力に晒されて、恐怖を感じない者はいません。訓練を重ねた兵士達ですら、天空竜の姿が見える場所に配置され、戦闘態勢を維持するだけでも精神をがりがりと削られる程だったのです。わざわざ天空竜の姿を眺めに行くような者はほとんどいません」
魔力か。僕は感知できないからよくわからないけど、そんな高空にいるのに、地上にいる人達が恐怖を感じるってことは、よほど凄い圧力なんだろうね。
「圧倒的というと鬼族の人よりずっと?」
「天空竜のそれに比べれば、鬼族は人と大差ありません」
それは酷い差だ。鬼族も部隊単位と見做せる存在なのに、そこまでの差とは。
「あれ? 天空竜って人族の五十倍くらいの魔力量じゃありませんでしたっけ?」
「そうお話しましたが、それは人の魔導師級の五十倍という意味です。魔導師級の人物は多くありません。魔力だけで比較するなら、ロングヒルの全軍に匹敵します。普通の兵士は魔術の使い手としてみた場合、戦力になりませんから」
だいたい、五十倍差というと、人の幼児と鬼族くらいの差ですからね、と言われて、差の大きさを実感した。
それは酷い。
「その雲取様じゃが、随分、飛ぶのが得意な竜なのじゃな」
お爺ちゃんが疑問を口にした。
「雲取様は普通の天空竜に比べると、三倍近い長距離を飛行してくるので、とても識別しやすい存在なんです」
そもそも体も大きく、飛行速度も速く、飛行高度も高い上に、遠出をしてくる天空竜という時点で、ほとんどいないんですが、と補足してくれた。
「これが縁となって、雲取様とお話しできる機会が生まれたら素敵ですね」
いずれ、接点を持ちたかった竜族だし、この機会はなんとかして活かしたいところだ。
「……そんな風に嬉しそうに話すのはアキ様だけです」
ケイティさんは、天空竜が降り立ったりしたら喜んで話しかけにいく様子が目に浮かびます、と達観したような表情で言い切った。
今はまだ、そんな状況は想像しにくいけど、いつかは。
そう思ったけど、流石にそれを口にすることは止めた。ケイティさんがとっても嫌そうな表情をしていたから。きっと、優れた魔導師で探索者だったケイティさんでこれだから、普通の人ならもっと激しい反応をしてきそうだ。
そうだ。……もし、鬼族、例えばセイケンさんと話をすることがあったら聞いてみよう。天空竜とお話できる機会があれば、ご一緒しませんか、って。
◇
「そういえば、エリーのほうはどうなりました?」
鬼族の応援を人々が見ている前で行うことで、自らの立ち位置を明らかにした訳だけど。
「演習終了後、呼ばれて王や閣僚の方々と合流したようですし、お小言を言われたとは思いますが、その程度でしょう」
「思ったより薄い反応ですね?」
合意を得ることなくやったんだから、もっと荒れることを覚悟してたんだけど。
「彼らとて、いつまでも今のままではいられないと理性ではわかっていましたから。騒ぐとしたらエリザベス様のファンや、貴族の方々でしょう」
「つまり、荒れるのはこれから?」
「これからです」
まぁ、なんとかなりますよ、とケイティさんはさらりと流した。雲取様の話に比べたら、そんなことは小さな話です、と。
……王族、それも国民に人気のある王女の身の振り方でも、天空竜に比べればちっちゃな話、か。このあたりの感覚は覚えておいたほうが良さそうだね。あんまりズレると変な人と思われるだろうから気を付けよう。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
それと誤字の報告ありがとうございました。
総合武力演習自体は大成功だったのですが、ラストに描かれた光の花は、大空の支配者である天空竜を招き寄せることにもなりました。結果としては特に被害とかはなかったんですが、数十秒後には死んでいるかもしれない、という死の恐怖と何時間も向き合うことになった人々は、生きた心地がしなかったことでしょう。それでもアキからすれば、次はないかもしれない女神の前髪。この縁を何とか活かしたいと考え始めることになります。
次回の投稿は、五月二十九日(水)二十一時五分です。
<補足>
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6ページ目とかだったりすると、そもそも一日に訪問者(OUT)が数名増加といったとこですから。
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※2019年05月16日(木)にポイントが初期化されました。




