6-13.妖精達の公開演技(エキシビジョン)(後編)
前話までのあらすじ:前説明なしにいきなり、妖精さん達が戦術級魔術を披露して見せたことで、華やかな見た目ではあったものの、魔術の心得がある者は危機意識を持ったようです。それと鬼族セイケンの演技について、ちゃんと見ていたか、師匠から確認が行われました。なんとかセーフ。ぼーっと見ていたりしたら大目玉ですからね。
演習場を見ていると、セイケンさんの公開演技で荒れた地面も土を埋めてならして、整地を終えて準備が整った。
妖精さん達は空を飛ぶから、地面は関係ないと思うけど、目に付くものがあると気が散るから、そうならないように、という配慮っぽい。
「アキ、手を出しな」
「はい? もう何もしませんよ?」
ちょろちょろと、うろつかないように手を繋いでおこうなんて、幼児じゃないんだから。
「何を言ってるんだい。妖精達がこれから派手に魔力を消費していくから、アキの魔力がどれだけ減っていくか観察しようって話さ。ほら、つべこべ言わず、手を出しな」
呆れ顔で突っ込まれてしまった。慌てて手を出すと、師匠ががっしりと握り締めた。
「相変わらず出鱈目な魔力だね。いいかい、これから妖精達は演目が進むほど消費魔力が増えていく。変化を感じたらその都度、報告するんだよ。特に不味いと感じたらすぐ言うんだ。その時は消費魔力を抑えるよう切り替える手筈は整えてある。いいね」
師匠が言い含めるように真剣な眼差しで話してきた。
「はい。でも、公開演技と一緒に試さないで、事前にやっておきたかったですね」
「仕方ないさ。妖精達の都合で全員揃う時間が取れなかったんだ。それに個別に演目を試して、魔力量の回復量と消費量の目星は付けてある。最後の大技までは多少減る程度の筈さ」
などと言いながらも、あー、早く始まんないかねぇ、と落ち着きがない。
そんな師匠のぼやきが聞こえたのか、場内アナウンスが始まった。
◇
大型幻影に、妖精達が映り、シャーリスさんが口を開いた。
『それでは、これから妾達、妖精族の公開演技を始めよう。妾達はこうして、こちらに来ているが、それは妖精界から召喚されたお陰なのじゃ。よく出来ておるが、この身体も召喚体であり、術が終われば消えてしまう儚きもの。それでも妾達はここにいる。まずは皆の近くを飛ぶので、妾達をよく見て欲しい』
シャーリスさんが話し終えると、ロングヒルのお偉方の方に三人、市民席の方に三人と分かれて、アナウンスの席から妖精達が飛び出して、それぞれの席の上まで飛んでいくと、ふわふわとゆっくり飛びながら、人々に話しかけ、体全体で感情を表現し、キラキラと輝く光の粒を散らしながら、笑顔を振りまいている。
妖精達を見ている人々の反応はと言えば、魔力が無色透明で感知できないせいか、本当にそこにいるのか訝しむ様子も見られたけど、そんな人を見かけると、頭の上に乗ったり、差し出した指を掴んでみたりと、触れ合うことで、疑問は払拭されたようだ。それどころか、一度本物と分かると、子供達が僕も、私も触りたい、お話ししたいと騒ぎ始めて、どんどんヒートアップしていく始末。
アナウンスの人に演目を進めるよう促されて、妖精達が戻っていくのを、まだ足りない、もっと、もっととブーイングが起きるほどだった。
『私達のことを知って貰えて何よりだった。私達と触れ合える機会は、場を改めて設けるので、それを楽しみにしていて欲しい。それと、私達が動くたびに散らばる光の粒は、小さい私達を見つけやすいように撒いている目印代わりのもので、鬼族のセイケン殿に花束を運んだ時を思い出して貰えればわかるが、本来は不要なモノじゃ』
シャーリスさんの言葉と共に、他の妖精達が光の粒を出さずにふわりと飛んでみせた。
「アキ、魔力の減った感覚や気分が悪くなる様な変化はないかい?」
「いえ、特には。魔力消費量、増えていたんですか?」
師匠の問いに答えたけど、特に何も変化はない。
「あの光の粒は、小さいが術式としては火球の術式並みの難度なんだよ。それを六人があれだけばら撒けば、並みの魔術使いなら疲労困憊してるレベルさ。まぁ、手の感触からしても、確かに減ってないねぇ」
師匠が、次の演目に視線を戻したので、僕もそちらに注目する事にした。
◇
『次は、鳥に化けて見せよう』
シャーリスさんの合図で、間隔を開けて浮いていた妖精さん達は、一斉にその姿が鷹に変わった。
大型幻影を見ていた観客席のあちこちから驚きの声が上がった。
そのまま、六羽の鷹は光の粒を撒きながら、ゆっくりと観客席の上を飛んでみせて、またアナウンス席に降りて、妖精の姿に戻った。
「変化の術……でしょうか?」
「そんな訳があるかい。ありゃ、偽装、ペテンの類さ。……少し減ったね。気分はどうだい」
師匠は口調こそ軽いけど、眼差しは患者を診る医師のそれだ。
「特には……あ、でもちょっとだけ眠気を感じました。我慢するほどでもないですけど」
「そうかい。何にせよ、やはり魔力消費量が増えれば、アキの魔力も減る事は確定だ。――種明かしを話してくれそうだね」
直前に百ます計算をしたくらいの精神的な疲労って感じだけど、これが魔力減少の感覚なんだろうか。まだ僅かなせいか、いまいち分かりにくい。
『拙い芸だが、楽しんで貰えた様で何よりだ。さて、化けると言ったが実は本当に鳥になったのではない。種明かしをすると、今回は私達は姿を消して、同じ位置に鳥の幻を被せて見せていただけだ。それでも鳥らしく羽ばたいて飛んだ幻を見せれば、相手に鳥と思わせる事もできるだろう』
何でもないことのように言ってるけど、透明化と幻影、それに光の粒を撒く術と3つも併用してる。魔術を使える兵士や魔導師の人達の表情が硬いのも当然と思う。
◇
『次は、鳥と私達、妖精の飛び方の違いについてお見せしよう。光の粒を十秒ほど残すので、双方の軌跡を見比べてみて欲しい』
シャーリスさんが合図をすると、鷹に変化した三人が、元気一杯羽ばたきながらグングン上昇していき、風を捉えてゆっくりと旋回を始めた。軌跡をみると、それなりの角度ではあるけれど、やはり少しずつ高度を上げていき、飛ぶ様子は弧を描くようであり、滑らかで無駄がないように見える。
次に妖精の三人が飛び始めると、観客たちの上をふわふわ飛んでいた時と違い、緊急発進をイメージしたものなのか、上空にいる鷹達をめがけて、ほぼ垂直といっていい急角度で一気に上昇していく。鷹側もシナリオ通りなのか上がってくる妖精を襲おうと、羽を縮めて急降下を始めた。
だけど、妖精達は鷹の予想進路から外れるように、直角に進路を捻じ曲げて、鷹の背面側に位置を変えて、逆に背後から近づいて蹴り飛ばそうとし始めた。
それからは、ひたすら飛行速度と降下速度の優位を活かして襲い掛かろうとする鷹達を、妖精さん達は、空中停止はもちろん、全方位に向けて好き勝手に推力偏向できるのか、体は左を向いているのに、右側にスライド移動したりと、飛んでる姿勢から次の挙動がまるで読めない変態機動をして、ひたすら翻弄し続けた。
十秒ほど残り続ける光の粒が、カラフルな光の線となって、六人の描く空中機動を、とても華やかに大空に描き続けた。ジェット機のような爆音もなく、とても静かに飛び続ける彼らの飛ぶ姿は、いつまでも、いつまでも見ていたくなるほど、幻想的な雰囲気に包まれていた。
時間にして五分くらいだったと思うけど、上をずっと眺めていたせいか、だんだん首が疲れてきて眠くなってきた。なんでかな、欠伸が出てしまい、妖精達の演技を見るのにも気を引き締めないと、うとうとしちゃいそう。
しばらくして、アナウンス席に戻ってくると、ふわりと着地し、鷹に変化していた三人も元の姿に戻った。
『妾達の飛ぶ様子が、鳥のそれとはまるで違うことは理解して貰えたと思う。こうして浮かんでいる様子を見てもわかるが、妖精は浮かぶのに羽を羽ばたく必要がないからの。妖精は空を飛ぶモノ。しかし、飛ぶための理は、鳥のそれではなく、竜のそれに近いと思って貰えればよいじゃろう』
天空竜も絵を見る限り、どうみてもあの羽は羽ばたくようにはできてない。飛行のための術式を補助するための魔導具的な役割を担っている、と考えたほうがいいだろうね……っと考えるだけでも、なんかけっこうキツイ感じがしてきた。珈琲が飲みたい気分だ。眠いとカフェインなんて効いたことがないから、気分的なものだけど。
「光の粒の持続時間を伸ばして、飛ぶ方向を捻じ曲げるような真似をするたびに飛行術式の推力を引き上げるような真似をしていたから、流石に魔力もだいぶ減ったね。こうして触ってればよくわかる。アキ、だいぶ、疲労が溜まってきたんじゃないか?」
師匠の口振りからすると、僕の魔力もだいぶ減ってきているっぽい。
「早起きして、ずっと夕方までプレゼンを続けた時くらい、疲れてきました。あと夜更かしした時みたいに眠いです。今、横になって目を閉じたら寝ちゃうだろうってくらいには眠くて、眠くて……」
体調不良とか、気分が悪いとかそんな感じはないんだけど、妖精さん達の演目を見ている僅かな時間に、時間が加速したかのように、疲労が溜まっていく感じで、なかなかキツイ。こちらにきてからの落ちるような眠気とは違う、日本にいた頃によく経験していた頭を働かせ過ぎて夕方を過ぎると眠くなっていた感じに似ている。
「それでもまだ、減ったのは三分の一といったところかね。次が最後だ。この感じなら最後まで持つだろう。アキ、しっかり意識を集中しな。精神疲労していようが、魔術に必要な魔力をきっちり供給して、制御の手を緩めないのが魔導師って奴だからね」
次が最後。なら持つかな……
◇
『次が最後、我々、妖精族とこちらの人々の友好を記念して、大空をキャンバスに絵を描くから観て欲しい』
シャーリスさんの合図で、妖精達は、演習場の敷地一杯に、大きな輪を描くように等間隔に並ぶと、上空に向けて、先ほどと同じように急上昇を始めた。あっという間に豆粒のようになってしまったけど、軌跡に残る光の粒の量は多く、しかもずっと残っているので、空に向けてそびえ立ち、今も長さを伸ばし続ける光の線の先に、妖精達がいることがわかる。
うわ……
速度もさっきまでよりずっと早いし、撒いている光の粒も多くて、しかもいつまでも消えない。先ほどまでよりずっと魔力消費量が多いのがわかる。体に満ちていた力が抜けていくような、代わりに心に重りがどんどん増されていくような感覚、これが――
「それが、魔力を消費する感覚だ。演目が終わるまで石に齧りついてでも起きて、その感覚を心に刻むんだ。いいね!」
師匠が手をぎゅっと握って、僕を叱咤する。おまけに手に入り込んでくるような、実際に押されるのに近い感覚をぐいぐいと浸透させてきて、なんかすっごく変な感じ。
「これだけ弱ってくれば、少しは押せるってもんだね。アキ、今、手に感じているのが他人の魔力に押される感触だ。自分の内に満ちた力と反発する感覚もよく覚えておきな」
師匠が魔力を手に集中して圧力を高めると、今なら僕の魔力が弱くなっているから、拮抗するだけじゃなく押し込んでこれると――って、押しこまれたら体に不味いんじゃ?
慌てて、手を引っ込めようとするけど、力強く握られて全然離せない。
「何逃げてんだい。師匠からの愛の鞭って奴さ。甘んじて受けな。これだけお膳立てしなきゃ、魔力の減少も、他人の魔力との相互干渉も経験できないんだ。そうそう、こんな真似をできると思わないでおくれ。老人はもっと労わるもんだよ」
師匠はわざとらしくゴホゴホと咳をするけど、実際、なんか顔色が悪い感じで、眠気が一気に消え失せた。
「師匠、顔色が! 無理してませんか!?」
「常識外の弟子となれば、師だって少しは気合を入れるってもんさ。ほら、妖精達の描く絵もだいぶできてきたじゃないか。折角だからよく見ておきな」
師匠がほれ、と顎で上を見ろと指示してきたので、気にはなったけど、上空に視線を戻して、描かれた絵の大きさに圧倒されてしまった。……高度五百メートルくらいまで垂直上昇して描いた六本の光の線は、大空に描かれた巨大な花の茎だった。今はゆっくりと中央に円が描かれ、そこと繋がるように楕円形の五つの花弁が描かれていくのが見える。かなりの速度で飛んでいるのだろうけど、あまりに高い位置に巨大な絵を描いているせいか、その動きはとてもゆっくりに見える。
煙幕ではなく、光の線は、光の粒の集合だから、風で流されるようなこともなく青空の中にあっても、とてもよく見える。
妖精さんはとっても小さいけど、描かれた光の花は、視界を覆いつくすほど大きいものだった。きっとこの輝く花を見た人々は一生忘れることはないと思う。素敵なプレゼントだ。
描き終えた妖精さんが猛烈な勢いで急降下してきて、アナウンス席にふわりと着陸した様子が、大型幻影に映し出されると、誰からともなく歓声が上がり、暖かな拍手が会場を包み込んでいった。
妖精さんの公開演技は大成功だった。
「ちょうどいい減り加減だね。アキ……眠いなら寝ちまいな。実験は成功だ」
師匠が話す言葉が子守唄のように聞こえてきて、生返事をして、重い瞼が落ちるのに任せた。
寝るなら、布団に入らないと――
そんな思考も途中で沈み込んでいく。誰かが頭を撫でて、おやすみ、と言ってくれたところで、僕の意識は途切れた。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
さて、やっと総武演も最後の演目が終わりました。派手な音とか、勇ましい戦闘とかはなかったものの、妖精さん達の印象を強く残す内容になったことでしょう。そして、会場にこれなかった人達の怨嗟の声が広がり、妖精さん達と触れ合おう、という催しが定期開催されることになったりして、色々と影響が広がっていくことになります。次パートからは総武演によって生じた様々な波紋についてお話をしていくことになります。
次回の投稿は、五月二十六日(日)二十一時五分です。
<補足>
あと、良かったなと思ったら、下(宣伝画像の下)にある「小説家になろう 勝手にランキング」のリンクをクリックして投票していただけましたら幸いです。
前のほうのページに載っているおかげで、訪問者が増えてとても良い状態です。
6ページ目とかだったりすると、そもそも一日に訪問者(OUT)が数名増加といったとこですから。
息の長い応援よろしくお願いします。(二週間程度でポイントが初期化されるので……)
※2019年05月16日(木)にポイントが初期化されました。




