6-12.妖精達の公開演技(エキシビジョン)(前編)
前話までのあらすじ:鬼族の公開演技ということで、鬼族の青年セイケンによる小鬼達との演習が行われました。魔術と武術を同時使用してくる鬼族ということで、小鬼達も頑張りましたが、やさしく丁寧に吹っ飛ばされ、押し潰されてました。それでもだいぶマイルドな振る舞いということもあり、最後には拍手で演技を終えることもできました。アキやエリー、それに妖精達の熱心な応援も効果はあったようです。
「さて、アキ。親達に話は通していたようだが、やっちまったことは自覚しているかい?」
師匠が半目でジロリと睨みながら、返事しろ、と圧力をかけてきた。
「やったことというと、セイケンさんへの応援、ですか?」
「まぁ、エリーが応援したのはいいさ。子供だっていつまでも子供じゃいられない。我が子可愛さにいつまでもどっち付かずにしていたって、いつまでもそうしてられる筈もないからねぇ。私がやっちまったと言ったの、その後さ」
「妖精さんに応援して貰ったことですか? 小さな妖精さん達だけど、派手な演出をしたことで、会場に来ている皆さんに、大きく興味を持って貰えたのと、街エルフや鬼族と違って、武威を表に出さないことで好印象も得られたと思うんですけど」
「結果から見れば、その通りだろうさ。だがね。順番が悪かった」
「……順番?」
僕はピンとこない顔をしたことで、師匠は深く溜息をついて、僕の額を指で突いた。
痛い。
「自覚がないようだが、エリー、お前もそれくらいは理解して止めるべきだった。やっちまったことは仕方ないことだが、この影響は根深いと思うことだね」
「え? 私?」
「アキはこの通り、他人の魔力も見えないから、魔術に無頓着だ。だがエリー、お前は魔力が見える。だからこそ、アキの魔力属性、つまり無色透明がどう見えるのか、もっと気を配る必要があったのさ」
僕の魔力が無色透明……まぁそうだけど、それが何だと言うんだろう……?
妖精さんが花びらを会場中にばら撒いた演出で、気になったところというと……そういえば、護衛をしている兵士の人達の反応がなんか変だった。花びらが仮初の品で消えていったのを確認したあたりから、特にそうなったような。
「妖精さん達が花びらを魔術で創ったことですか?」
僕の言葉に、妖精さん達がどういうことか、とこちらを見て師匠に続きを促した。
「いいかいアキ。魔術というのはとても危険な技だ。ケイティから聞いてないかい、町中で魔術を使えばどういう目で見られるか」
えっと、以前聞いた時の話……そういえば、町中で刃物を取り出して振り回すようなモノだと聞いたような。
「でも、ここは演習場で、セイケンさんもばんばん魔術を使ってましたよ?」
それに比べれば、会場に花びらを撒くくらい、大人しいものだと思うけど。
「……はぁ。いいかい、アキ。魔力が見えないお前にもわかるように話してやるからよーくお聞き。例えば、町中でジョージが護衛の任務とはいえ、剣を抜いて振りまわせば、人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、憲兵も集まって大騒ぎさ」
「はい」
それは判る。意味もなくジョージさんがそんなことはしないだろうから、悪漢もいたりして切り捨てられたりしているんだろう。騒ぎになるだろうね。
「今回、妖精達がやったのはそれさ。瞬間発動していたから、魔術が効果を出すまで誰も気付かなかった。町中でいきなり爆炎の魔術が発動したと思えばいい。妖精達が使ったのはたまたま、無害な花びらを創造する魔術だった。だがね、安全な魔術であろうと、衛兵達に気付かれることなく、厳重な監視下でいきなり使って見せた。それだけで彼らが危機意識を強く持ったのはわかるね?」
「……不味かった……ですね」
日本で言えば、警官の前で手品のように、ポケットから大きな爆弾を取り出して炸裂させたようなものだ。さいわい、軽い音と共に紙吹雪が舞っただけで被害はなし、そんな感じだ。衛兵の皆さんが顔色を変えたのも当然だ。
「少しは理解したようだね。あれほどの膨大な量の花びらを創造しただけでも衝撃的だったが、会場全域まで届くように風を操って、隅々まで満遍なく花びらを届けただろう? 範囲といい、制御の難度といい、どちらも戦術級魔術の域に達するものだった。そしてそんな大魔術が、アキの魔力で召喚された妖精達、つまりアキと同じ無色透明の魔力、感知不可能な魔力を使って行われた、それが不味かったのさ」
師匠の言葉を聞いて、妖精さん達も無色透明という特異性を理解したっぽい。
「例えば、私なりケイティなりが、今回と同じ真似をやったとしてみよう。戦術級魔術となれば、詠唱をしてある程度時間をかけなければ発動させるのは無理さ。だから、魔術を行使しようとすれば、魔力の高まりを感知して、衛兵達が発動させる前に走り込んできて邪魔をすることくらいはできるだろう。……それくらい魔術っていうのは危険視されているんだ。そこにきて、妖精達は本来は違うんだろうが、ここでは皆、召喚の影響で無色透明の魔力をもっていて、しかも妖精達は戦術級魔術すら瞬間発動できてしまう。事実上、護衛が成立しないことを証明しちまったんだよ」
師匠の説明を聞き終えて、近衛さんがその危険性を認識したようだ。例えば、妖精さんがいきなり、槍を生み出して投げても、刺さるまで誰も気付かない。発動は瞬間だから、死角からやられたら、事実上、防ぎようのない完璧な暗殺者であることが証明された訳だ。
「ですが、ソフィア様が指摘したのは、順番です」
ケイティさんが、沈み込んだ皆に言い聞かせるように話した。魔力が無色透明なこと、戦術級魔術も瞬間発動できること、それも問題だろうけど、指摘してみせたのは順番。
「そうさ。この後の妖精達による公開演技で、アナウンスが事前に妖精達の魔力が無色透明であることを説明し、どんな魔術を使うのか予め説明してから、発動させて見せたのなら、予め聞いていたことで、そういうものかと、今回ほど衝撃を受けることはなかっただろうさ。でも、今回は手順が逆だった。何も聞かされてないタイミングで、いきなり戦術級魔術を瞬間発動させられたのを観て、とても驚いた。同じように説明と実演があっても、順番が逆になるだけで、受ける衝撃は比べ物にならないほど差が出るんだ。魔術を知る者達は、いきなり喉元にナイフを突き付けられたような危機意識を持った。強く持ってしまった。後から説明をされても、相手にそのつもりがあれば、死んでいた、それに死ぬまで気付くことができなかったのだ、という強烈な恐怖の記憶は薄れない」
「妖精さん達はそんなつもりはないのに」
「そのつもりがあるかどうかは関係ないのさ。やろうと思えばできる、しかもそれが防げない。それだけで危険視されるのは避けられなかった。そして、この会場にいた者達は実演までされてしまった。これで危機意識を持たないような盆暗はここにはいない」
「……やっちゃいましたね」
妖精さん達というか、無色透明の魔力、それが持つ危険性を意識しておくべきだった。……失敗しちゃった。
「アキは考えなしだった。エリーは自分のことで手一杯だった。妖精達はあまりに魔術が簡単に使えるせいで、そこまで問題とはそもそも思わなかった。そんな中、この問題に気付いていたのはアヤ殿、それにケイティ、その二人だけだった。だから止められることがなかった」
止めてくれれば、忠告してくれれば良かった、なんて甘えは言わない。でも、なんて止めなかったんだろう? 何か理由があるんだとは思うんだけど。
「二人が止めなかったのは街エルフらしい思考からだろうさ。騒ぎがあろうと、危険視されようと、百年もすれば、落ち着くだろうと。そんな長命種らしい悠長な考えだ。どうだい?」
師匠はジロリと母さん達のほうを見た。そして、母さん達はその通りと頷いた。
「いずれ知られることなら、御伽噺の中からきた妖精達を知ってもらうのなら、心に強い衝撃を与えたほうがいいでしょう? それがこれまでになかったものであれば、きっと人々はそれを誰かに伝えずにはいられない。妖精達を現実的な種族、交流できる実在する人々と知ってもらうのなら、急いで知って貰うなら、それが一番いいわ」
母さんがそう言って微笑んでくれたことで、母さんが何よりも時間を優先して考えてくれた、だから嬉しかった。
「ありがとう、母さん」
僕の言葉を受けて、師匠はやっぱりねぇ、と苦笑してみせた。
「理解したようだね。別に私は怒るつもりはないよ。効果は確かに抜群だったんだからね。ただ、副作用も強烈だった、それを心に留めておくんだ。いいね」
師匠は、困った弟子だよ、と言いながらポンポンと頭を叩いて笑ってくれた。妖精さん達も飛んできて、次の公開演技を見ているがいい、と太鼓判を押してくれた。後は妖精さん達の手腕に期待しよう。うん……きっと大丈夫。
◇
妖精さん達が公開演技の準備のために出て行った。彼らを送り出して、ちょっと気が抜けた僕とエリーに対して、師匠は気持ちを切り替えるよう告げてから、新たな話題を切り出した。
「妖精達の公開演技まではまだ少し時間がある。だから、始まるまで、少し鬼族の魅せた技について話をしておこう。まずはアキ、鬼族の使った魔術を話してごらん」
暇つぶしといった感じに、師匠が課題を投げてきた。口調や表情に騙されてちゃいけない。頭をフル回転させて、全力で考えて話さないと。手抜きな返事をしたら、頭をぐりぐりされることは確実だ。
「……えっと、セイケンさんはまず後方に大きく飛んで間合いを外しました。あれは多分、武術の技で魔術ではないと思います。次に鉄棍の先に、辻風の魔術を纏わせて突進しました。魔術と武術の併用ですね」
僕の説明を聞いて、師匠は次を話せ、と顎で指示してきた。
「次に、四方から殺到する小鬼人形達を回避するため、鉄棍を柱のように立てると、そこを支点に、腕力と反動をうまく使うだけで、三階立てくらいまで跳躍、というか飛翔していきました。飛び上がった時も強く地を踏みしめるような反動はないように見えたので、何か身を軽くするような魔術が使われたんじゃないかと思います」
「良く見てたね」
着眼点は悪くないって感じだ。良かった。
「そして着地直前に、魔術でとても大きな壁のような大楯を創造して、小鬼人形達を押し潰しました。これまで見せて貰っていた障壁はその場から動くことがなかったので、大楯が本物の楯のように落ちていったのは、興味深かったです。そして落下した際、会場全体に響いた衝撃音、あれはとても大きいものでした。いくら鬼族の身体が大きいといっても、ただ落下しただけであれほどの衝撃を出すとは思えません。武術には落ちる力を利用する技がありますが、重さが増える訳ではないので、ここでもやはり魔術が併用されていたと思います」
「その通り、あれは重身術、飛び上がった際に使っていた身を軽くする軽身術と対となる魔術さ」
「その後の周囲の掃討に、やはり辻風を纏わせた鉄棍を振り回して、最後に前方まで軽く飛ぶように進んでいきましたが、あれも後方に飛んだのと同じで武術の技だと思います」
「良く見ていたようだね。それじゃ、エリー。魔術の使い手という視点から見た意見を言ってごらん」
何とか合格点を貰えたようだ。次はエリーの番。
「私が注目したのは、セイケン殿の魔術発動までの速さと、魔力を高める時間の短さでした。魔術を発動するその直前まで、魔力は抑えたままで、使う時だけ高めて、また抑えた状態に戻す。この動きがとても滑らかで、熟練の技の域に達していると思います」
「そうだね、あれは見事なものだった」
「はい。そして、あのように武器を振り回しながら、魔術を併用する技は見事でした。あれは人族では成しえない技で、我々が行うためには、武器自体を魔導具とするしかないでしょう」
「確かに我々、魔導師が真似をするとしても、杖を突きだして、そこから瞬間発動する魔術を使うのが関の山だね。あんな風に魔術の風を発動させつつ、ずっと維持したまま武術の技まで使う。曲芸のような真似さ。人がやってもどっち付かずの無様なことしかできないだろうね。二人ともとりあえず合格だ」
師匠の言葉に、僕もエリーもホッと安心した。
「後は、彼が見せた辻風という魔術、あの技の制御の精妙さも特筆すべき点かね。魔術は普通、それほど力加減はできないもんさ。以前見せた火球の魔術だが、あの魔術で肉を軽く炙って調理しろ、と言われても私にだってそれは無理だ。そんなことをするなら別の魔術を創るほうが楽で確実だからね。そう考えると、辻風という技は相手を無力化する程度から、捩じ切るまで威力調整ができるという意味で、とても興味深い魔術だよ。他の技も派手だったが、辻風という技こそが、鬼族の魔術の神髄と言っても過言じゃないだろう」
師匠は、人族なら魔力を集束、圧縮する技術、街エルフなら魔法陣を使う技術に相当するものだよ、と補足した。僕は通常技、鬼族が使う一般的な技なんだろう、くらいに思っていたので驚いた。さすが魔導師は目の付け所が違うね。
「師匠、鬼族が使うという魔術『神鳴』はどうなんですか?」
エリーが疑問を口にした。神鳴とはまた凄い名だ。
「鬼族が使う凶悪な魔術だね。アキも、雨雲から落ちる雷なら知っているね?」
「はい。もしかして、鬼族は天候を操れるという話ですし、嵐を呼んで雷を落とす技だったりするんでしょうか?」
「流石にそこまでの大技じゃないさ。だが、彼らが使う魔術『神鳴』は、正にその名の通り、天から降ってくる雷の激しさを魔術で再現したもので、射程はさほどでもないが、彼らの角を基点に前方に向けて雷を放つというものだ。予め魔力障壁を展開しても耐えることが困難で、激しい電撃と衝撃に打ち据えられた相手はボロボロの消炭になっちまう」
範囲としては、この陣幕くらいは全部、打ち据えられるね、と師匠が説明してくれたけど、五メートル四方くらいの広さがある。洒落にならない範囲攻撃だ。
「だがね、威力こそ凄く、近接戦闘中に瞬間発動させる使い方は見事だが、あれなら我々、人族の魔導師だって真似事くらいはできる。技を長時間持続させ、武術と併用する辻風は鬼族固有の技と言っていいが、神鳴は我々、魔導師の使う魔術の亜種といったところさ」
なるほど、と僕とエリーが感心して頷いていると、後ろにいたケイティさんが割り込んできた。
「アキ様、魔術に関してはソフィア様の話をそのまま受け取ってはいけません。人族が真似るなら、まず一握りの腕利きの魔導師、国宝級の魔導杖が必要です。それだけ用意しても、何秒かかけなくては発動させることはできません。瞬間発動をしたなら、威力がとても弱くなってしまうことでしょう」
ケイティさんが、長命種だからと、考え方は問題だと言われていることへの意趣返しとばかりに、突っ込んできた。
「はん、アキもエリーも魔導師として腕を磨くんだ。どうせなら高みを目指すほうがいいじゃないか。だいたい、一握りと言っても、やれる奴がいて、道具は揃えればいい。そこは大した話じゃないさ」
師匠はそんなケイティの突っ込みもどこ吹く風と言った感じだ。私の弟子なんだから、それくらいやるんだよ、と笑顔を向けてきた師匠に、僕もエリーも顔を引きつらせながらも、頷くことしかできなかった。
日和ったなんて言わないで欲しい。師匠の笑顔の裏に隠れた圧力を向けられたら、頷くのは正しい判断だと誰でも同意してくれる筈だろうから。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
今回は、鬼族相手に行った妖精達による盛大な応援、それが無色透明魔力による戦術級魔術の行使ということで、不味かったんだぞ、と師匠が釘を刺すことになりました。
もっともリスクとリターンを秤にかけて良しと判断したアヤ&ケイティの判断もありますし、今後にいろいろ影響はありますが、なんとかなる範囲でしょう。
それと鬼族の演習について、アキ&エリーがちゃんと観察していたか、説明させられてましたが、なんとか二人はクリアできて一安心といったところでしょう。
キリが悪いので、今回は前後編に分けました。妖精さん達による公開演習は次パートになります。
次回の投稿は、五月二十二日(水)二十一時五分です。
<補足>
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※2019年05月16日(木)にポイントが初期化されました。




