2-3.新生活一日目③
「さて、ではアキ様。講義は先ほど話しました通り、天空竜についてお話します。竜は天空竜、地竜、海竜と大きく分けると三種類いるのですが、天空竜はその名の通り、空を飛ぶ竜になります」
頭を切り替えて、講義に集中する。空を飛び回る竜か。どんな存在なのかワクワクしてくる。ケイティさんの横にある覆いに隠された絵画も気になる。
「天空竜、彼らは山頂に巣を作り、周辺地域を縄張りとする魔獣です。その肌は弓矢の攻撃を弾き、普通の剣では傷も付けられず、手足や尻尾での攻撃は尖塔を菓子細工のように壊すほどです。また、噛みつかれればどんな鎧も、盾も簡単に貫かれてしまいます。ですが、そうした近接攻撃能力は厄介ですが、天空竜の恐ろしさはそこではありません」
まずは絵画ではなく、フリップのほうで説明してくれるらしい。デフォルメされた竜が攻撃を跳ね返し、簡単に物を壊す様子が描かれている。コミカルに描かれているけど、内容はとても怖い。
「空中静止状態から、音速に迫る巡行飛行までの多彩な飛行能力、あらゆるものを破壊し尽くす竜の吐息、そして膨大な魔力を用いた魔術行使、それら全てを高いレベルで備えているからこそ、手に負えないのです」
高い防御力、高い攻撃力、そして絶大な機動力と膨大な魔力。全部揃うと厄介極まりない。確かにその通りだと思う。
「そんな竜の姿がこちらです。よく選択される絵のモチーフで、こちらはその中でも空を飛ぶ天空竜の二面性、恐ろしさと美しさを描き切った作と言われています」
そう言って、ケイティさんが覆いを取り払った。
描かれているのは漆黒の竜だった。雲海を削り取って高速飛翔する姿が、身体全体を覆う障壁のようなものまで含めて大迫力の構図で描かれている。うん、これは凄い。障壁に当たると雲が消えていくようで、飛行姿勢は空力抵抗が少なそう、というか身体全体の作りが飛ぶために最適化されているかのようにスマートだ。宝石のように鈍く輝く黒い鱗が美しい。
「とても強そうで美しいですね。この竜、このあたりも飛んでいるんですか?」
飛んでいるなら観てみたい。格好いいなぁ。
僕が食い入るように観ている様子を、ケイティさんは満足そうに眺めている。これも教材なのかな。きっと初等学校でも子供たちに大人気なんだろうなぁ。
「アキ様。天空竜は絶対的な暴力と、空を飛ぶための機能美を併せ持った『最悪』の存在です。見える範囲に現れただけでも事件です。それくらい、人々に恐れられているのだと忘れないでください」
「ごめんなさい。――それで、この竜には名前はあるんですか?」
つい、ジェット戦闘機とかのように考えてしまったけど、こちらでは生きた天災、死を運ぶ魔獣なんだ。注意しよう。
「この天空竜は一際大きな体躯と、空を飛び回ること自体を趣味としている変り者であり、広大な縄張りに森エルフやドワーフ達が住むことも許可しているため、名があります。『雲取様』と言います」
「雲取様?」
普通に様付けということは信仰の対象だったりするんだろうか。
「そうです。様まで付けて呼ぶよう気を付けてください。熱心な信仰者がどこで聞いているやもしれません」
やっぱりいるんだ、信者。でも、その強さで睨みを効かせてくれて、強くて格好いいんだから、それも当然と思う。
「気を付けます。それで、その雲取様ですが、名前の由来はあるんですか?」
「はい。この絵のように空を覆っていた雲海を、超音速飛行で2つに割ったことがありまして。雲を削り取ったという行為から、雲取様と呼ばれるようになったそうです」
「ケイティさんは見たことはあるんですか?」
「いえ、幸いなことに私は見たことはありません。というかアキ様、天空竜は――」
「すみません、つい。それで、確か天空竜は亜音速で飛ぶという話ではなかったんですか?」
「普通はそうです。ただ、雲取様は例外で、膨大な魔力にモノを言わせて超音速飛行を可能としたようです。完全に趣味で」
「趣味?」
「天空竜達からすれば、空は対抗するモノのいない安全な場所であり、急いで飛ぶ必要性がありません。普通の天空竜は飛ぶのがずっとゆっくりで、そもそも空気が薄い高空まで飛び上がることすら稀なんです。亜音速まで出すこと自体、何度か観測された程度です」
どちらかというと、ジェット戦闘機より、戦闘ヘリのほうに近いっぽい。
「この雲取様はとても温厚なようですけど、他の天空竜で、頑丈な鱗や強い力を持っているが故に、わざわざ低空飛行して、竜の吐息で薙ぎ払うような、強者故の驕りがあったりはしないのでしょうか?」
こんなのが速度にモノを言わせて、ヒット&アウェイを繰り返して、距離を取って戦うようなら人に勝ち目はないと思う。
「昔の物語などではよく見かけたタイプですね。今はもういません」
「竜同士の争いに敗れたとか?」
「今は竜族とは住み分けができていますし、そうして驕って寄ってくるような愚かな竜は、物語のように全て殺し尽くしましたので」
フリップで、人に倒されてバラバラに解体されて、血液まで含めて全て貴重な素材として活用されたことが紹介された。
「それはまた、苦労されたんですね」
多分、近寄ってきたとしても多くの犠牲がなければ勝てなかったはず。つくづく、地球に竜がいなくて良かったと思う。
「街エルフが覚えておくべき出来事の一つ、『死の島』とは、街エルフと天空竜の争いが激化し過ぎた結果、広大な島の全域が草木すら生えぬ死の大地と化した過去の惨事を指しているのです」
何をどれだけやれば、草木も生えなくなるのか。それは確かに忘れてはならない歴史だと思う。
「それで、好戦的というか、嗜虐的な竜は全て滅びた、と?」
「そうした竜が死んだだけならば、竜達は和平協定を結び、人や鬼と住み分けたりはしなかったでしょう」
まだ何かあるんだ。
「他にも何かした、と?」
「竜達が、このままでは種として滅びると理解したからこそ、争いを止めたのです。和平に反対する竜の結構な数は、和平派の竜に殺害されたと伝わっています」
うわー、それは酷い。というか竜をして、同じ竜を殺してまで和平に向かわせるって、一体何をしたのか……
「……それで、何をしたんですか」
聞きたいような、聞きたくないような。碌なことじゃないことが予想できるだけに、聞くのが怖い。
「温めている卵を僅かな隙を突いて壊し、やっと孵化した幼い竜を殺し、餌となる大型野生動物に幼い竜にだけ効く毒を仕込んで殺し、そうして次の世代を徹底して殺し尽くしたそうです」
「それは……」
予想以上に酷かった。
僕は、かなり落ち込んだ表情をしていたようで、ケイティさんが僕の手を取って、宥めるように静かに話を続けた。
「竜と人の力の差は絶対的で、成竜を正々堂々と倒すなどというのは不可能でした。雌竜もいつまでも卵を産める訳ではありません。このまま行けば、竜の子供はいなくなり、竜族は滅びる、と。彼らもそれを理解しました。見渡す限りの大地を全て焼き尽くして、生きるモノが何も残っていない焼け爛れた大地を見て、竜達もやっと、それを理解したのです。彼らは圧倒的強者ではあるが、それでも他の生き物を食して世代を繋ぐ生き物に違いはないのだと」
最強で、敵がいなくても、いつかは老いて死んでいく。
確かに忘れちゃいけない過去だ。
「かくして、竜は魔力に満ちた山頂とその周辺地域を縄張りとして、人の街を襲うような真似はほぼ行わなくなったのです」
「過去は色々あったにせよ、今は平和そうで良かったです」
なんだか、聞いているだけでとても疲れてしまった。平和は大切、本当にそう思う。
「ちょうど良いので、和平協定後に起きた竜達による組織的な襲撃事件についてお話しましょう」
「それもまた、街エルフが絡んでいたんですか?」
ちょっと声が固くなってしまった。でも話の流れからして絡んでないってことは想像できない。
「直接は絡んでいなかったのですが、銃火器が猛威を振るった時期がありまして、一時は我々の住む弧状列島全域から小鬼達を駆逐しきるのではないか、と話題になるほどでした」
「それはなんとも血生臭い話ですね」
平然と他種族を滅ぼすような話が出てくるあたり、現代日本とはだいぶ感性が違って物騒だ。あ、でも日本人も食べ過ぎていろんな魚を絶滅させているから、そう変わらないのかもしれない。
「小鬼達の所業を知れば、我々が、鬼族すらも、それを為したいと思ったことも理解できると思います」
鬼と名がついていても小鬼と鬼はだいぶ違う種族のようだ。
「所業、ですか」
こうして、穏やかな日差しの中、綺麗なメイドのお姉さんとマンツーマンで講義を受けるくらいに平和なのに、戸板一枚下は死体で敷き詰められているとでも言うんだろうか。
「彼らの文化に、成人の儀があります」
「成人の儀、ですか。でもそれは普通にどの種族にもあるんじゃないですか?」
「彼らの成人の儀は、とても迷惑なことに、戦いの場に赴いて、戦果を挙げ、そして生き残るというものなのです」
「戦争、ということでしょうか。でもそんなに都合よく戦争は起きないですよね?」
「起きるのです、起こすのです、彼らは毎年のように大軍を為して戦争を仕掛けてくるのです」
「何の為って、成人の儀だから、それだけの為に!?」
「彼らにとってそれは神聖な行為であり、優秀な個体を選別するための儀式であり、文化なのです。すみません、少し話が逸れてしまいました。今は銃火器の話に戻しましょう」
「……はい、続きをお願いします」
もうどうしようもないほど根深い話っぽいし、一旦、頭を切り替えよう。
「それで、銃火器なんですが、鬼族連邦と、人類連合双方、数万人からなる大軍が激突する合戦があり、そこで、雌竜達が銃火器の発砲音のあまりの煩さに、ブチ切れまして」
「騒音問題!?」
「ちょうど子育ての時期で気が立っていたんでしょう。怒り狂った雌竜達が何百と集まって、どちらの軍も関係なく焼き滅ぼし、それでも気が収まらず、周辺にあった街の多くも焼け野原に変えました」
「――それから、どうなったんですか」
「その時ばかりは、勇気ある人族の王と、鬼族の王が共同で決死の交渉に赴き、なんとか銃火器に大幅に制限を加えることと、子育て時期には大きな音を控えることで、怒りを鎮めることができました」
竜が理性的で本当に良かった。そして、人も鬼も勇気ある王がいてくれて本当に良かった。
「制限というと?」
「銃弾の速度を亜音速までに抑えるということになりました。なんでも超音速弾の発砲音が耳障りなのだ、とかで」
銃を完全禁止、とかじゃないんだ。竜にとっては銃は脅威ではない、爆竹程度ってことなのかな。
「なるほど、確かに決して忘れてはいけない事件だと思います。でも、それと街エルフはどんな関係が?」
「当時、最大の銃器メーカーが街エルフ達だったんです」
「うわぁ。でも、鬼族のでしたっけ? そちらは街エルフのせいではないのでは?」
「奴らが無許可で不正コピー品を作っていたんですよ。おかげで、敵味方双方、街エルフの作った銃か、その派製品を使ってたんですね。酷い話です」
「それは何とも」
今度は、街エルフは死の商人だった、と。確かに忘れてはいけない過去だね。
「戦後にライセンス料として取り返しましたが」
あ、いえ、ケイティさん、僕はそこはあまり気にしてないです。
「そのような訳で、街エルフが覚えておかなくてはならない出来事その二『銃弾の雨』は、敵味方双方が街エルフの銃を手に取っていたので、さすがに忘れてはならないだろう、と」
「そうですね。多くの人が亡くなっているようですし」
しかし、これで二つ目か。三つ目はもうちょっと穏やかな話だといいんだけど。
「さて、ここまでで何か質問はありますか?」
「それでは今でも亜音速弾ではあっても銃は戦場で主力武器なんでしょうか?」
「いえ、狩猟ではまだ使われていますが、軍では使われていません。銃が過去の武器と化したのは、街エルフが覚えておくべき出来事その三『魔術革命』が関係しています」
「大きな出来事の影に街エルフあり、ですか」
とりあえず、豊かで技術力があって、今は平和な街エルフに喚ばれたことは幸運だったとそう思っておこう。
「必ずではありませんが、概ねその通りです。それで、銃が陳腐化した理由ですが、現代魔術による耐弾障壁が一般化し、銃弾に込められる貫通術式が追いつけなくなった結果、銃では敵を倒せなくなったことによるものです」
「それでは、今はどのような武器が主流に?」
「障壁の中和術式を刻んだ剣や、矢全体に貫通術式を刻んだボウガンによる射撃が主な武装になります」
「それは、成人の儀ではた迷惑な小鬼達も同じなのでしょうか?」
「残念なことにその通りです。彼らもまた耐弾障壁を量産して配備しています。それで、他には何か質問はありますか?」
銃があったからこそ圧倒していたとなると、今は小鬼の勢力は回復してきているんだろうか。でも、今知るべきは魔術についてだろう。
「先ほど現代魔術と言われましたが、僕が学ぶのはそれでしょうか?」
「いえ。アキ様が学ばれるのは古典魔術と呼ばれるものになります」
古典というと、魔術革命以前の技術ということなのかな。
「現代魔術と古典魔術の違いは何ですか?」
「現代魔術は魔法陣を利用し、人では不可能な高速発動、精密制御、省力実行を可能とするもので、それまでの杖を使い、術者が行使していた魔術を過去のものにしました」
「つまり、魔法陣が刻まれた魔道具を使うのが現代魔術で、僕は魔道具を壊してしまうから使えない、と」
「その通りです。それと、やはり魔術の基本は古典魔術なので、そちらを学んでおくことは重要です」
「よろしくお願いします」
基礎というのだから、まずはそこから頑張ろう。
「では、結構、講義で時間を使いましたので、昼までは古典魔術の初歩、魔力感知訓練を行いましょう」
「え、もう訓練ですか? 理論とか、まずは座学ではないんですか?」
「古典魔術は、考えるな、感じろ、なんですよ」
これまでと一転していきなり、感性全振りな話ということで、ケイティさんもちょっと言い辛そうだった。
初評価をいただきまして、思った以上のモチベーションアップに私自身驚いているところです。
前回書いた通り、GW最終日までは毎日投稿します。次の投稿は四月二十九日(日)です。
誤字、脱字、アドバイスなどありましたら、気軽にご指摘ください。