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6-6.魔導甲冑兵vs鬼人形(前編)

前話までのあらすじ:複合演習では、実戦さながらに樹々や茂みが配置され、小鬼人形達の熱演もあって、本当に襲撃の場を覗き見ているような気になった人も多かったようです。おかげで観客にはウケたんですが、衝撃が強過ぎて、過剰な興奮状態に陥ってヤバい感じに。

しばらくして、先程の戦いに関する大型幻影とアナウンスによる説明が終わった頃、エリーが戻ってきた。


「それで方針は決まったの?」


「興奮し過ぎて不味いという点では合意できたわ。頭を冷やせば落ち着くなんて意見もあったけど、それは最終手段ね」


「頭を冷やす? 戦術級魔術で気温を下げるとか?」


「彼らと発想が似ているわね、アキ。その通りで、街エルフの人形遣い達が、雪でも振らせば一発だ、なんていい出して頭が痛かったわよ」


「興奮した暴徒相手なら、放水して頭を冷やすのが効果的だから、手っ取り早い方法だと思うけど」


そう言って、ケイティさんのほうを見ると、その通りと頷いてくれた。


「探査船の航海中に、血を昇らせて取っ組み合いを始めた馬鹿供に対して、よく氷水の塊を頭から浴びせたものです」


こう、バシャーっと、と手で水球の大きさを示して、分かりやすく説明してくれた。


雪を振らせる程度であれば、心臓が止まる事もないでしょうし、よく考えた対応です、とまで太鼓判を押してくれる。


そして、その話を聞いて頭が痛い、と手を額に当てて俯く仕草までして、エリーは呆れた感情を表現してみせた。


「アキ、何でもケイティを基準にするのは辞めなさい。こんなのは、殆どいないんだから」


「いないの?」


「街エルフはともかく、人族で、争ってる輩が気が付いて反応するよりも早く、多人数相手に魔術を発動させる様な手練れは、そうはいない。沢山いるなら、そもそも魔導師達を高額で雇ったりはしないわ」


えーと、本当にそうなんだろうか。周りを見回して、ウォルコットさんに話を振ってみた。


「探索者という時点で、魔術の使い手は市民のそれとは比較にならない密度で存在しますからな。魔導師でも五人集めれば一人いる程度でしょう。ですが、探索者とて、魔術の発動に気付かない鈍間は生きていけません。そんな彼らの反応が間に合わない程、素早く魔術を発動できる術者は、魔導師を五人集めても、一人いるかいないか、といったところでしょう」


「結構狭き門なんですね。街エルフなら?」


「瞬間発動はできて当たり前ですから、氷水を喰らうかどうかは、どれだけ頭に血が昇っているかで変わるかと」


「成る程。街エルフは別として、人族だと争いの仲裁に魔術を使う事は稀っぽいですね」


「そんな物騒な真似をするくらいなら、殴って黙らせた方がスマートだわ」


などと、エリーが腰の入ったストレートパンチを放ちながら笑顔で同意を求めてきた。

スムーズな体重移動とパンチのキレの鋭さは、不意を突かれれば、鍛えた成人男性でも悶絶コース間違いなしって感じだ。


エリーの中では氷水よりは拳の方がスマートだと。


「――アキ様、ロングヒルの方々は手が早い事で有名ですから、あまり真に受けない方が宜しいかと」


「はぁ? 武器を抜かないで穏便に済ませるいい方法でしょう?」


「これだからロングヒル人は――」


互いに、相手の振る舞いより自分の方がスマートだと確信している様だけど、どっちもどっちだと思う。もう少し、まともな意見はないかとジョージさんに視線を向けてみた。


「大した事じゃなければ、威圧して黙らせるが、発散させた方がいいと思えば、場を変えて一戦やらせるのが一番だな。その場だけ収めても燻るだけで、問題の先延ばしにしかならん」


話し合って静かにさせたりしないのか、聞いてみたけど、そもそも話し合いができるなら、争いまで行く前に止まるものだ、と言われて、確かに一理あると思った。


だけど、聞いてみてわかったのは、こちらでの解決法はどれも荒っぽいという事。何とも物騒な事だ。





さて、そんな話をしてある内に、次の演目の準備が整ったようだ。


演習場には、軍服姿の兵士が二人と、重装甲を纏った兵士が二人並んいる。服の色は分かりやすく白か、緑色ベース。色と鎧の有無の組み合わせで四パターンだね。


『今、集まった兵達は、探索を目的とした軽装備の兵と、正面から突撃する事が目的の重装甲兵です。白い色合の兵は身体強化なし、緑の色合の兵は身体強化ありです。まずはそれぞれの運動能力の差をご覧いただきましょう』


説明が終わると、同じ位置から四人の兵士は演習場をぐるりと一周走り始めた。


一番早いのは軽装備で身体強化ありの兵士。飛ぶように早くて、軍服を着ているのに、オリンピックへの出場が禁止されるレベル、別格の身軽さだ。


大きく遅れて、軽装備で身体強化なしの兵士、そこから少しだけ遅れて、身体強化ありの重装甲兵が続く。


大きく遅れてゴールインした身体強化なしの重装甲兵さんは、かなり疲れたようで、肩で息をしている。


『重い装甲服を着ての走り込み、お疲れ様でした。この通り、やはり身体強化をしても重い装甲を付けての移動は大変なのです。では、次は両手剣(ツヴァイハンダー)を使った立木打ちをしてみましょう』


アナウンスの通り、立木が用意され、訓練用に刃を付けていない両手剣(ツヴァイハンダー)を持って、皆が構える。


先程、身体強化なしで走った重装甲兵の人は別の人と交代していた。よく頑張った、と声援を貰ったりして、場が和んできた気がする。


お馴染みの猿叫と共に、バスタードソードよりも長い剣が叩きつけられていく。

やはり身体強化ありの軽装兵の手数が一番早い。決まった回数を打ち込む決まりのようで、倍近いペースで斬りつけ終わって、残りのメンバーを待つ余裕っぷりだ。


重装甲兵は武器を振り回す速度は遅いけど、自重が大幅に増えているせいか、叩き付けられた時の音が違う。使い手の重さを加えて、相手を叩き潰す剣捌きだ。


今回もやはり、身体強化なしの重装甲兵の人が一番最後に打ち終わった。バスタードソードより重く長い武器を振り回すのは、やはり大変なようだ。


彼が打ち終えると、市民の皆さんから奮闘を讃える声援が飛び、雰囲気がだいぶ穏やかになってきた。


「運動の後はクールダウンが大切。いい感じね」


言いたい事は分かるけど、いちいち例えが体育会系なのはどういう事なのか。まぁ、過剰な興奮状態から、軽い興奮状態へ。あまり静かになるとイベントとしてどうかと思うし、上手いコントロールだと思う。


『軽装備の兵は身軽で、武器を振るう速度も速いが、護りは脆く、攻撃は軽い。重装甲兵は動きが遅く、武器を素早くは振るえないが重い一撃は心強く、堅い護りは乱戦時には強さを発揮するでしょう』


アナウンスが告げたように、どちらも一長一短、求められる力の方向性が違う感じだね。


『そして、お待たせしました。我が国が誇る魔導甲冑兵の登場です。どうぞ!』


皆の注目を集めて、軽やかな足取りで黒塗りの高級感漂う全身甲冑に身を固めた兵士達が演習場に入場してきた。


なんか、重装甲兵は鎧を着てるぞって感じだけど、彼ら、魔導甲冑兵達はパワードスーツを着てるってくらい印象が違う。


『では、先ずは彼らの動きを見ていただきましょう』


身体強化ありの軽装備兵、重装甲兵と、魔導甲冑兵が並び、一斉に走り始めた。魔導甲冑兵はまるで鎧を着ていないかのように、デッドヒートを繰り広げて、軽装備兵と並んでゴール。その速さに驚きの声が広がり、歓声が上がった。


『次は立木打ちです。重装甲兵の方、交代は? あ、大丈夫ですか。では打ち方始め!』


アナウンスの声に、ハンドサインでコミカルに受け答えをして場を和ませつつ、再び両手剣(ツヴァイハンダー)を使った立木打ちが始まった。


重装甲兵のズシリと響く打撃音が、軽装備兵の手数で叩き込まれる様は、もはや別格!


エリーが「これよこれ!」と嬉しそうに声援を飛ばしてるけど、確かに格好いいものがあるね。


市民席の方を見ると、最前列の柵にしがみつく様に子供達がぶら下がって、全力で声援を送っていた。


見た目も格好いいし、子供達のヒーローなんだろう。


『立木打ち、お疲れ様でした。この様に、魔導甲冑兵の皆さんは、身軽さと力強さ、そして、鎧の護りをも備えた選ばれし兵科なのです』


人々も素直に感心し、満足そうに頷いている。


『その力は強く、小鬼族は勿論、人族相手に使うにも過剰。ならば振るう相手は何か。……そう、人知を超えた魔獣、そして鬼族です』


大型幻影に、ツノの生えた牛の様な魔獣に対して、両手剣(ツヴァイハンダー)を構えた魔導甲冑兵達が突撃していく様が表示された。


市民の反応はまちまちだった。心強いと心を震わせる者もいれば、魔獣に比べると、人の小ささに心細さ、不安を覚えた者もいる。


浮かぶ表情からすると、魔獣相手なら、魔導甲冑兵でないと、そもそも話にならないという現実に気付いて、浮ついた雰囲気が消え去った感じだ。


『皆さん、これから登場する鬼族は、街エルフの皆さんが派遣してくれた魔導人形ですが、その強さは本物に限りなく近いとの事です。心を強く持って迎えてください。危険はありません。落ち着いてください。――では、どうぞ』


アナウンスの声も殊更、落ち着かせようとするかの様な声色で、更に市民の反応を伺う慎重さが垣間見えた。


そして、合図の言葉を受けて、演習場に、それは現れた。


魔導甲冑兵達が子供に見えるほどの巨体、全身に鎧を身に纏い、扉盾と呼ばれる、人族には扱えない巨大な鉄の板を持って、彼は、鬼人形は現れた。


足音が既に人のそれじゃない。一歩ずつ歩くたびに、さざ波の様に市民席に感情の波が広がっていく。


それは、混じり気のない純粋な恐怖。死が形を取ったという表現もまったく誇張無しである事が理解できた。


子供達が叫び声をあげて大人達の後ろに逃げ込み、老人達が体を震わせて、慌てて周囲の大人達が対応に追われている。


警備兵の皆さんが声を掛けて、これは演習で問題はない、彼はとても理性的で不安はない、と言い聞かせたりしていて、軽いパニック状態に陥っている市民達をなんとか宥めようとしているけど、かなり危うい。


そんな混乱を静かに眺めたまま佇む鬼人形の立ち姿は、何処か悲しげだった。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

午前の部その5「魔導甲冑兵vs鬼人形」が始まりました。複合演習がちと市民達を興奮させ過ぎたので、クールダウンを図ってからの鬼人形登場だったんですが……。やはり市民には刺激が強過ぎたようです。

観客席側には鬼族達が十人ほどいる訳ですが、平服を着ていて、遠目には大きな人だなぁ、くらいにしか見えなかったから、これまでは静かでしたが、鬼族が戦場の装いをして現れた、となれば、話は変わるようです。

アキは鬼族って大きいなぁ、くらいにしか反応してませんでしたが、それは異例中の異例なのでした。

今回はちょっと短かったですけど、キリがいいのでここまでです。

次回の投稿は、五月一日(月)二十一時五分です。


<それと>

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 ※2019年04月16日(火)にポイントが初期化されました。

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