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6-5.複合演習

前話までのあらすじ:剣撃演習ではそれまでと打って変わって、荒々しさ、激しさを全面に押し出した内容となって、アキも圧倒されたようです。遠くの音が聞こえるエルフ族の耳も、戦場の騒音の前には過剰性能過ぎて、なかなか大変なようです。

ケイティさんに淹れてもらったアイスコーヒーを飲んで、頭をすっきりさせて、次の演習について考えてみた。


射撃、槍撃、剣撃の組み合わせという事だけど、そもそも射撃だけで片付ければいい気もする。その辺りはどうなんだろう?


「ジョージさん、次の演習なんですけど――」


僕の疑問を聞いて、ジョージさんはエリーに説明してもいいか確認し、エリーから、何故そうするのか、他の戦術はないのかなど、詳しくは知らないと返事を聞いてから、話し始めた。


「まず、相手の射手を潰す、これは基本だ。誰だって遠距離から一方的に撃たれたくない。ここまではいいか?」


「はい」


「ところが、遠距離での撃ち合いだけで相手を殲滅するのは結構時間がかかる。最初の射撃を受けると、普通、兵は物陰に隠れるからだ」


「そのまま撃たれたくはないですからね」


「その通り。目的が敵兵をそこで足止めする、あるいは追い払うだけなら、じっくり時間をかけて攻略すればいいが、そうもいかない時もある。何らかの理由で、速やかに敵勢力を殲滅したい場合がそれだ」


「例えば、軍を進撃させたい、とか?」


「正解だ。敵を後背に残して進撃するのは怖過ぎるからな。他にも通商路が遮断された状態を解消したい、敵の観測網を潰したい等々、理由はいろいろ考えられるが、敵が完全にいなくなった状態を、速やかに求められることは少なくないんだ」


「ふむふむ」


「射撃をすれば相手は頭を引っ込めて、周囲への警戒が疎かになる。そこで接近して、敵地に乗り込み、白兵戦で敵を殲滅する事になる」


「相手の立て籠もっている建物とか、拠点をまるごと、遠距離からの砲撃とか魔術で吹き飛ばしたりはしないんですか?」


「はぁ? そんなイカれた発想は何処から出てくるの!?」


エリーが横槍を入れてきた。


「だって、近接戦闘だと味方の被害は避けられないし、時間もかかるでしょう? ボウガンの射撃とかでは無理でも、大砲とか、少し威力の大きい魔術でボンって吹き飛ばした方が、味方の被害も少ないし、敵の殲滅も速やかにできるし、いいかなーって。地球あちらだと、必要な間接攻撃支援が欲しければ、そこの位置を連絡すれば、必要な量の砲撃なり、爆弾を落とせるような仕組みがあるから、こちらにもあるかと」


「アキ、こちらでは、そもそも、空は天空竜の領域だ。爆弾を搭載した飛行機に、爆弾の配送サービスを頼んだりはできない」


ジョージさんがため息混じりに説明してくれた。


「あぁ、なるほど。では大砲は? 狙った座標に曲射で砲弾を必要な量だけ送り込むのは得意でしょう?」


「そこまで正確な砲撃をできる部隊は多くないし、そんな大砲は都市に備え付けられているものはあるが、簡単に野山を持ち運べるものではない」


「え? 空間鞄に入れて持って行って、必要な場所に設置して、撃つとかじゃないんですか?」


「榴弾は耐弾障壁のせいで効果が薄い。建物を破壊し尽くすような大型砲弾を叩き込むのは、費用対効果が悪過ぎるんだ。それに粉砕するような真似をしたら、敵の所持品から情報を得ることができなくなるだろう?」


「あの、耐弾障壁って、破片以外、例えば爆発時の衝撃波にも反応するんですか?」


「いや。あくまでも高速飛翔する破片、弾丸への対応が主眼だから、そう言ったものには反応しない」


「それなら、指定範囲に小さな爆弾を満遍なく撒いて一斉に爆発させれば、そこにいる敵を無力化できそうなものですけど」


集束クラスター爆弾という奴だったか。それで無力化だと?」


「爆圧を受けると、鼓膜が破れたり、肺が潰れたり、手足が引きちぎれたりと、戦闘どころじゃなくなるので」


「――アキ、貴女、演習を見るのは慣れてないのに、そういう話はスラスラ出てくるのね」


エリーが白い目を向けてきた。


地球あちらだと、そういう事例はそれこそ無数にあったから。どの程度の圧力をかけると人体が被害を受けるか、なんて話は探せばいくらでもあったんだよね」


「聞けば聞く程、あちらって物騒で、この世とは思えない酷さね」


「……えっと、たまたま今は演習だからこういう話題な訳で、地球あちらもいいところは沢山――」


「はいはい、わかってるわよ」


エリーに、そこまでと指で口を塞がれたから、仕方なく黙った。


「敵を害する程度の火力を広い範囲に満遍なく一度に、か。原理はわかるが、こちらでは音響手榴弾がある程度、それも一部の部隊に配備しているのに過ぎない。直接、殴りつけた方が早いという考えが主流なんだ」


それは剣を振り回す兵士の皆さんを観てて、よくわかった。


「なるほど。耐弾障壁があるせいか、爆圧を利用する武器はあまり発達していないんですね。――だいたい理解できました。ケイティさん、森エルフの場合も、近接戦闘の訓練とかしてるんですか?」


「え? 森エルフですか? そこまでミスが積み上がるような事は、あまりにレアケースなので、想定されてない気がします」


ケイティさんは、あまりに荒唐無稽な話を聞いた、と言わんばかりだ。


「想定されてない?」


「森エルフは広大な森を活用して、遅滞戦術をしつつ、仲間を集めて包囲殲滅するのが常で、敵の侵攻があれば、かなり早いタイミングから動きを把握しますし、森エルフが撃つたびに敵兵は必ず一人倒せますから。百人の森エルフが百回射れば、一万の敵兵がいなくなります」


ケイティさんが当たり前のように言うけど、エリーは顔が引きつっているし、ジョージさんは、森エルフだからなぁ、と遠い目をしている。


「小鬼達の特殊部隊にも入り込まれたりはしないと?」


「彼らとて、気配を完全に消したまま、いくつもの山を越えるような真似はできません。気配も殺気もない罠には、小鬼達でも引っかかりますからね」


「鬼族相手だとどうなんです?」


「彼らは脅威ですが、数が少ないので、狙撃を続けて、罠に誘い込めば撃退できます。魔力も無尽蔵ではありませんし、射程は森エルフの方がずっと長いので、そうそう困った事態には陥りません」


「森エルフは参考にならないですね」


「でしょー。彼らはおかしいのよ、色々と」


ケイティさんは、あぁ、また人族が難癖つけてる、とでもいった感じで、軽く受け流した。絶大な自信と実績があればこその余裕だね。





さて、そんな話をしているうちに、演習場の方の準備も終わり、小鬼達のいる場所には、障害物がいくつも置かれて、野営地の状態を再現していた。


途中にもあちこちに茂みが用意され、ロングヒルの部隊のほうも、人が登れる木まで用意されたりしている。


「狙撃を行う射手が、木の上に陣取れば、準備完了よ」


見れば、狙撃用迷彩服(ギリースーツ)を着た射手が木に登り、木の枝と一体化して、ボウガンを構えるのが見えた。


「最初から見てなかったら、そこにいるのなんて全然わからないですね」


「射手の中でも狙撃兵は別格で、誰でもなれる兵科ではないのよ」


狙撃手の下では、槍や剣を構えて、襲撃準備を整える兵達が見える。


小鬼達のほうは、弓を持って周辺警戒をしている者達もいるけど、大半は焚き火を囲んで休憩している、というシチュエーションらしい。


場内アナウンスが流れ、大型幻影で想定される状況について説明が行われていく。

実際にありそうなシチュエーションなだけに、説明を聞く市民の皆さんも真剣そうだ。


この演習は、剣撃の演習と異なり、派手な銅鑼の音で開始を知らせたりはしない。


始まりを告げるのは、樹上から行われる狙撃の微かな音のみ。


静かにするようアナウンスが流れ、痛い程の静寂が場を支配した。





クロスボウガンから放たれた太矢(クォラル)が吸い込まれるように、弓持ちの小鬼達の胸に突き刺さり、そのままゆっくりと崩れ落ちるのが見えた。


予め覚悟していたのと、突き刺さったのが宝珠の位置からズレている事が見えていたので、何とか口元を、タオルで抑えるだけで済んだ。


小鬼人形達なら、あれでも大丈夫。


それに突き刺さる直前、小鬼人形の視線が太矢(クォラル)をしっかり見ていたのもわかったし。あの短い時間でも、本当に危険なら、護符を発動していた筈。


だから大丈夫。


太矢(クォラル)が突き刺さった音と、その後、言葉にならない呻き声を上げて弓を持った小鬼人形達が倒れ込んだのを見て、休んでいた小鬼人形の一人が、敵襲と叫んだ。


皆が手元にあった武器を手に取り、慌てて迎撃態勢を整えようとする。何方から撃たれたのか、周辺の様子を探ろうと身を乗り出した小鬼人形が、ロングヒルの兵士達が走り寄ってくるのを見て、仲間に叫んだ。


同時に彼の胸にも太矢(クォラル)が突き刺さり、そのまま崩れ落ちる。


何人かが近くの木に駆け上がると、改めて上から周囲を偵察し、仲間達にロングヒルの兵士達の人数、侵攻方向、距離を短く伝え、背に掛けていた弓を手に取ると、先頭を切って走っている槍兵に向けて、矢を放ち始めた。


とにかく正確さより手数を優先した射撃によって、走り寄る兵達の何人かが撃ち倒されたけど、一人に何本も当たったりして効率が悪い。


因みに小鬼人形達の使う矢は、先端が丸くなっている練習用の矢で、当たると派手な色の染料が飛び散る工夫がされていた。


当たったロングヒルの兵士達は自主的にその場で倒れていき、その度に市民達から悲鳴と、声援が飛ぶ。


小鬼人形の射手を無力化しようと、狙撃手が狙いを射手に変えた。双方の射手が互いを倒そうと撃ち合いを始めた事で、兵士達は走り寄る自由を取り戻した。


木々を使い、縦方向への跳躍を織り交ぜた小鬼人形達の迎撃を槍が迎え打ち、距離を詰めた小鬼人形を、振り回された剣が捉えて跳ね飛ばす。


結局、その後、乱戦気味になったけど、突撃の勢いを活かして襲い掛かる兵士達に対して、小鬼人形達の体格の小ささでは叩きつけられる衝撃に抗う事ができず、いいように陣形を崩されて、僅かな時間で全員が討ち取られた。


樹上にいた小鬼人形も射撃戦の末に撃ち倒されたようだ。


最後の一人が倒された瞬間、演習の終了を告げるアナウンスが流れ、演習場のあちこちで倒れていた兵士達や小鬼人形達も含めて、全員が集まると、市民達に対して礼をした。


これが実戦ではなく訓練なのだ、という事が明確にアピールされ、市民達からも次第に健闘を讃える声援が飛び始めて、その声が次第に増していき、最後は大歓声となった。


僕もそこまで聞いて、戦闘の間、ずっと息を殺して、ギリギリまで活動レベルを落としていたことを、自覚した。改めて気持ちを切り替えるため、大きく深呼吸する。


「……あっという間でしたね」


「少し演習がリアル過ぎたか」


ジョージさんがポンポンと頭を撫でて、初めてならそんなもんだ、と慰めてくれた。


確かに、実際に撃たれて、突かれる演習も含めてこれで三回目なのだから、もう少し慣れても良さそうなものだけど、状況設定も、演習場内のセットも、それまでの二回と違い、酷く生々しく感じられたのは確か。


撃たれる直前まで、小鬼人形さん達が、本当に野営をして寛いでいる感じに見えたせいだと思う。


いつのまにか、本当に小鬼達の部隊が襲撃を受ける、その場に居合わせている気になっていたのだから。


ふと、エリーを見ると、市民の方を見て、素直に成功を喜べないといった表情を浮かべているのがわかった。


「エリー、何か問題でもあった?」


「とりあえず、医師が呼ばれたりはしてないわね。ただ、少し刺激が強過ぎたみたい。未だに騒ついているわ」


確かに興奮気味に話をしている市民の人達の騒ぎ声が未だに続いていて収まる気配がない。


大型幻影で今行われた戦闘について、模式図が表示されて、アナウンスの声が流れ始めると、そちらに意識が向いたおかげで多少は静かになったけど、あくまでも多少だ。


「少し、席を外すわ」


「何か調整?」


「次の演目は、魔導甲冑兵と鬼人形の演習なのよ。説明で時間を稼いでいる間に、関係者と意見交換してくるわ」


「……不味そう?」


「市民の興奮が予想以上だわ。少し間延びしてでも、頭を冷やす時間を空けないと不味いかもしれない。それじゃ、また後で」


エリーは話している時間も惜しいと、あっという間に去って行った。なんとも慌しい。


「一度、混乱し出すと、簡単には静まらんからのぉ」


混乱に拍車をかけるのは簡単なんじゃが、とお爺ちゃんが物騒な事を言ってる。


でもまぁ、確かに騒ついた現状を見ると、このまま、次の演目に行くのは心配だ。

何せ、次に出てくるのは、見上げるような巨体の鬼人形なのだから。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

午前の部その4「複合演習」が実施されました。射撃、槍撃、剣撃を組み合わせた実戦さながらの演習内容でしたが、リアル過ぎて、ちょっと市民を興奮させ過ぎてしまったようです。興奮状態で、恐怖の具現化、死そのものと言われる鬼族を模した人形が現れたりしたら……。演習がパニック物にならないように、運営側もなんとか手を打つことになりそうですね。

次回の投稿は、四月二十八日(日)二十一時五分です。


<それと>

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前のほうのページに載っているおかげで、訪問者が増えてとても良い状態です。

6ページ目とかだったりすると、そもそも一日に訪問者(OUT)が数名増加といったとこですから。

息の長い応援よろしくお願いします。(二週間程度でポイントが初期化されるので……)


 ※2019年04月16日(火)にポイントが初期化されました。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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