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6-3.槍攻撃演習

前話までのあらすじ:射撃演習で、見知った相手である小鬼人形達が撃たれるのを見て、アキはかなりショックを受けました。それでも演習が終わると、何事もなかったかのように小鬼人形達が立ち上がってくれたおかげで、精神的にはだいぶ持ち直したようです。

心の中で折り合いをつけた事で、何とか顔を上げる事ができたけど、演習場の方では、今度は手槍や剣を持った兵隊さん達が集まってきていて、タオルを持っていた手に力が入ってしまった。


振り回す武器は訓練用で酷い手傷を負わせないよう配慮されている筈。


実際に斬ったり刺さったりするけど、それは殺陣のようなモノ。小鬼人形さん達もプロだから、致命傷は避ける筈。


だから大丈夫。


彼らの見事なやられ方があればこそ、兵士達の技も映えるというモノ。


だから大丈夫。


そう、自分に言い聞かせつつ、演習場を見ていたら、僕の頬をびょーんと音が出るような勢いでエリーが引っ張った。


「い、いひゃい」


せっかく止まった涙が、今度は頰の痛みで流れそうになり、慌てて止めようとエリーの手を掴もうとしたら、一瞬早く逃げられた。


「少しは落ち着いたかしら、お嬢様」


エリーが心配と呆れをブレンドした表情で、僕の表情を覗き込んだ。


「お嬢様って……」


そんなか弱い女の子扱いされるのは嫌だなぁ、と僕の中の男としての矜持が、反論しろと抗うけど、流石にさっきまで悲鳴を上げたり、泣き腫らしたりとしてたので、続きの言葉は飲み込んだ。


「どれだけ箱入り娘だったのかって感じよね。私の中の街エルフ像は粉々に砕け散っちゃったわ」


普段、僕ががっかり属性付きお姫様だと言ってたせいか、ここぞとばかりに畳み掛けてきた。


「それはその、僕はまだ子供だから、初めて見たら、驚くのはおかしな話じゃないよ」


僕の反論にも、その歳で始めてって時点でねぇ、などと呆れ顔だ。でも、僕の声を聞いて、安心した表情も浮かべている。


……だいぶ、心配をかけたみたいだね。


「……まぁ、おかしな状態になった市民も少なくない数が出たから、アキだけじゃなかったのは確かだけれど」


「おかしな状態?」


「興奮し過ぎて暴れだした子供とか、母親にしがみ付いて顔を埋めて受け答えしない子供とか、過去の記憶が蘇ったのか茫然自失として、立ち尽くしたご老人とか、ね」


エリーが子供の部分を強調して言うから、少しムッとしたけど、何を言っても墓穴を掘るだけなので、無難に、なるほど、とだけ返した。


「その辺りの繊細な感性もある事に気付かされたので、演者を集めて緊急の対策会議が行われているわ」


ほら、アキの母上も、妖精達もいないでしょう、と言われ、周りを見てみると、確かにすっかり出払っている。


「会議って……演目を変えるとか?」


そんな急な話し合いをして、変えるって言っても、無理な気がするけど。


「多少でもショックな印象を下げられないか検討してるようね。特に街エルフと鬼族はそのままだと不味いって意見が出て揉めてるのよ」


「揉めるって……」


そう言えば、確か小鬼人形の配分は、ロングヒル、街エルフ、鬼族でそれぞれ六十人だった筈。


「わかったようね。さっき走った小鬼人形達が十二人、それでも、そこそこ騒ぎになった。この後、槍、剣、混合チーム相手に合計四十八人が出るけど、それも十六人ずつ三回に分けて。それに比べて街エルフ、鬼族では一度に六十人。迫力が出ると考えたけど、度が過ぎては逆効果なのよね」


合戦絵巻のようだ、と落ち着いて見ていられる人がどれだけいるか。……そう言う事か。


「考えてご覧なさい、あの鬼族の振り回す鉄棍が当たれば、小鬼人形なんてバラバラに吹き飛ぶわ。……きっと食後の演目としては刺激的でしょうね。ほら、そんな顔しないの」


エリーがいう光景を想像してしまって、目の前が暗くなってしまった。いくら血がでなくたって、頭が、手足が千切れ飛んだりしたら、きっと市民の皆さんだって、興奮より前に恐怖が先立つだろう。


「それ、不味いよね。というか、いくらこっちの人達でも、そんなのを楽しく観たりしてられないよね?」


「取り敢えず、近接攻撃の演目では、倒れた相手への追い討ちを止めるそうよ。兵士にとっては当たり前の行為だから気にしてなかったけど、昨年までは藁人形を使って、止めを刺すという説明をした程度だったのよ。それが今回は生き生きと動く小鬼人形。ちょっと後方要員や子供には刺激的過ぎるわ」


我々の上層部も街エルフも鬼族も、その辺りは慣れていたから、配慮が足りなかったと内情を教えてくれた。


「そう言えば、妖精さん達が呼ばれたのは何で? 別に妖精さん達は戦いを見せる訳ではないんでしょう? 小鬼人形さん達も妖精用の人数は確保されていないし」


「そっちは、鬼族との顔合わせと話をする機会として丁度いいからと言ってたわね」


やけに女王陛下がノリノリだったのよ、などと言ってる。


「あの、エリー、ちょっと聞いていい?」


「いいわよ。何かしら?」


「確か、鬼人形さんと魔導甲冑を着た兵士さん達の演習もあった筈だけど、そっちは大丈夫なの?」


なんだか、関係者の思考が荒いというか、雑な感じがして、かなり不安なんだけど。


「私も全部は聞いてないけど、兵士達の方は街エルフから護符を借りるようね。万一の事態にも、多少の怪我で済むように」


「鬼人形さんの方は?」


「防御系の魔術を解禁するか、護符にするか、どちらかにするようね」


「それは良かった」


「ウチとしては微妙なんだけどね。鬼族が来た所為で、負けるのは論外としても、勝っても勝ち方によっては鬼族の心象は悪くなる。だから激しい戦いの末、いい勝負で引き分け、あたりにしたいところなのよ」


「気のせいか、今更、言う話じゃないような……」


「言わないで。全てはあんた達のとこの鬼人形が化け物過ぎたせいなのよ。一時はうちの魔導甲冑兵達が自信喪失して演目どころじゃなくなってたんだから」


「え……?」


「そっちの鬼人形がまだ伸び代がある、貴方達は人々の希望なのだ、技なら磨けばいい、力をいなし、チームワークと素早さで翻弄し、負けない戦い方ができれば良いのだ、と熱く語り、励まし、訓練に付き合ってくれたのよ……ほんと、敬服すべきプロ意識よね」


演習場では手槍を構えた兵士達が息の合った槍捌きを見せて、人々から声援を受けたりしてる。ひたすら、反復練習を行って体に染み込ませた動きは確かに、なかなかの修練具合であり、見事なものだ。


「そんなに凄かったんだ……」


「街エルフも、流石に小鬼人形のように鬼人形の数を揃えるのは無理で、だから、頻繁に訓練に駆り出される鬼人形達の技量は自然と鍛えられて、正に一騎当千という域に達していると聞いた時、なら先に言ってよ、と思ったわ」


普通の鬼族と、一騎当千の鬼族じゃ違って当たり前じゃない、とエリーも憤慨してる。


思い返してみれば、確かに鬼人形さんを紹介された時も、一般的な鬼族の体格を模して作られているという話だったけど、その技量までは聞いてなかった。


そんな話をしているうちに、槍兵達の演目も最後になり、小鬼人形さん達が現れた。手には彼らサイズの剣、人からすれば短剣を持っているけど、盾はない。いや、左手にはソードストッパーを付けている。


「辛いのなら観なくてもいいと思うわ」


「彼らの晴れ舞台だから観るよ。……大丈夫、今度はちゃんと覚悟できてるから」


不意打ちでなければ、ある程度、イメージもできていれば、それ程、慌てふためく事もないと思う。


「今度は悲鳴はあげないようにね」


女の悲鳴は思いの外、遠くまで聞こえるものなんだから、とのこと。


いつでも口元を押さえられるようにタオルを持って、覚悟完了。


「先ずは最遠距離。槍の長さを生かして先制攻撃」


槍兵がしごくように突き出した槍は、踏み込みの分もあって、かなり遠くまで届き、短剣の間合いより遥か遠くから一方的に攻撃できていた。槍を引き戻す速度も素早く、穂先を切り落としたり、掴んだりするような真似も許さない。


「次は相手が強行してきた場合」


槍が突き出された瞬間、小鬼人形が斜め前方に回避しつつ、間合いを詰めて斬りかかろうとしてきた。素早く槍を引き戻すけど、突くだけの距離は取れない。けれど、持ち手を変えると、カウンターを合わせるように、石突きの側を跳ねあげて、小鬼人形を捉えて跳ね飛ばした。

おまけに着地に合わせて槍を振り下ろし、叩き斬ろうと追い打ちをかけた。


幾人かはそのまま叩き倒され、避けたけど、更に突きを食らった者もでた。それでも半数近くは距離を離すことに成功した。


「今の攻防について一般向けに解説して槍兵の演習は終わり」


大型幻影を使った説明のアナウンスが流れて、槍兵も、刺されたり倒されたりした小鬼人形さん達が起きるのを待ってから、共に観客に応えると、演習場の脇へと戻っていった。


思わず深い溜息が溢れた。


肩にかなり力が入っていたようで、少し動かしただけで、ミシミシと音を立てる感じだ。


手も白くなるほど、強くタオルを握り締めていたようで、強張った指を一本ずつ、ゆっくりと伸ばして外していった。


大型幻影の説明を聞いてて、ちょっと疑問が浮かんだので聞いてみることにした。


「横に薙いだり、片手突きをしないのは何故かな? 基本技だと思うんだけど」


「槍を薙ぐのには広さが必要で、兵士同士の連携が難しくなるから集団戦に不向き。片手突きはリーチは長いけど、引き戻しが遅過ぎて、決まらなければ、小鬼に懐に入り込まれて終わり。我々の負けない戦い方には合わないのよ」


「色々考えられてるんだね」


「兵士は覚える事、鍛える事が幾らでもあるから、近接戦闘訓練に割ける時間は多くない。だから、基本技と集団時の戦い方の習熟に絞っているの」


長命種のように、あれもこれもと学ぶ時間なんてないんだから、とエリーが言うのを、ケイティさんが、あぁ、またか、と言った表情で受け流してる。


「人族はせっかちだけど、それも理由ありなんだね」


「そうそう。戦闘の九割五分は射撃戦で決まる。昔と違って、今は全員がボウガンを装備しているんだから」


「シャベルの使い方にも慣れておかないとね」


「良く知ってるわね。軽く穴を掘って、走りにくい場を作って相手を迎撃できれば、それだけで戦力倍増に匹敵するんだから」


もっともシャベルを使った作業は、玄人向けで演習には合わないのよ、と苦笑してる。


「黙々と穴を掘ったり、罠を埋設するのを見ても、確かに観客受けは悪そう」


「そうでしょうか? 街エルフは、そういった演目も観客は楽しく見てますが」


ケイティさんが異論を唱えた。


「そ・れ・は、街エルフの成人が全員、玄人目線だからでしょ」


アキも気を付けなさい、長命種相手に、一見噛み合ってるけど、どこか違和感がある会話になったら要注意。だいたい、前提がズレてるから、と補足してくれる。


「どうせ拍手するなら、うちの兵士と、小鬼人形の礼をするタイミングは合わせた方が時間短縮になって良し、それに槍の演目は、さっき程、観客達も問題は出てないようね。次は剣を使った演目よ」


何で、そんな事までわかるのか聞いてみたら、兵士達のハンドサインを見て判断したそうだ。凄いなー。


さぁ、次は剣を使った演目だ。さっきより間合いが狭くなるから、見逃さないように、注意して見るようにしよう。あと、だいぶマシになったけど、心の準備も。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

午前の部その2「槍攻撃演習」が実施されました。前回の射撃演習の生々しさに一般市民のほうでも、衝撃を受けた人も結構いたようで、演目の見直しを急遽行うことにしたようです。そういうことに慣れてしまっている人達は、なかなかこのあたりの感覚の問題に気付かないようですね。

ちなみに演習で振り回している武器は練習用なのでせいぜい頑丈にするような術式が刻んであるだけですが、兵士達が装備する本物は障壁に対する中和術式を刻んであるという所謂「魔剣」だったりします。そういう意味ではなんとも贅沢な標準装備ですよね。

次回の投稿は、四月二十一日(日)二十一時五分です。


<それと>

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前のほうのページに載っているおかげで、訪問者が増えてとても良い状態です。

6ページ目とかだったりすると、そもそも一日に訪問者(OUT)が数名増加といったとこですから。

息の長い応援よろしくお願いします。(二週間程度でポイントが初期化されるので……)


 ※2019年04月16日(火)にポイントが初期化されました。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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