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6-2.射撃演習

前話までのあらすじ:総合武力演習が始まりました。これまでの人族の城塞都市国家の一つが開催していたローカルな催しといった枠組みを超えて。これがどんな事態を引き起こしていくのか、それが見えてくるのはまだしばらく先のこと。

それでも、僅か一日の出来事が様々な波紋を生んでいくことになります。


私用のため、投稿時間を前倒ししました。(変更前21:03 →変更後17:05)



はじめに用意された的は、射手から三十メートルほど離れた位置に並べられている。

当てるだけの競技用ではなく、殺傷を目的としているから、魔術的な補助のないクロスボウ系ならこれくらいが妥当だろうね。


クロスボウに使う太矢(クォレル)は太くて頑丈な金属製の矢で先端が尖り、後ろには小さな羽がついている。だから威力はあるんだけど、飛行姿勢が安定しないから空気抵抗を強く受けてしまい、威力の割に射程が短いんだ。


「随分、近い位置じゃのう」


お爺ちゃんが、なんとも奇妙なものを見たといった感じに声をあげた。館でジョージさんが見せた射撃時だと、百メートル近く離れた位置だったからね。


「魔術補助がなければ、あんなものよ。加速術式ありの的は離れた位置にあるでしょう?」


エリーが指差した七十メートルほど離れた位置にも的が置いてある。こちらは少し近いけど見慣れた距離だ。


「お爺ちゃん達の使う投槍、射程はどっちに近いの?」


「無論、離れた方じゃよ。あのように近い位置は潜入工作をしている際の近接戦闘時じゃな。竜族相手なら距離を離さんとな」


竜の吐息(ドラゴンブレス)を避けるため?」


「それもあるが、一番の理由は衝突事故を避けるためじゃよ。なにせ奴らの飛ぶ速度は鳥より速い。近くを飛ばれるだけでも、掻き乱された空気で揉みくちゃにされてしまう。儂も一度だけ巻き込まれた時があるが、嵐の中を飛ぶ方がマシと断言できるほどじゃったよ」


そんな会話を呆れるように聞いていたエリーが、話に割り込んできた。


「当たり前のように天空竜が相手に出てくるあたり、流石は妖精界ね。それで妖精が使う槍ってどんな奴なの?」


エリーの疑問に、お爺ちゃんが杖を一振り、竹串のような妖精サイズの投槍を出現させた。


「これじゃよ。儂らは腕力ではなく、これを魔術で飛ばすからのぉ。あれくらいの距離なら飛ばすのは容易じゃ」


エリーがこんなのが、クロスボウ並みに飛ぶの? と訝しげに眺めていた。


「ところでエリー殿、あのボウガンじゃが、儂らがジョージ殿に見せてもらった物と違い、弓の端に滑車が付いておらんようじゃが」


「それはコンパウンドクロスボウガンね。滑車のお陰で強力な弓でありながら、引きやすく、引いた状態を保持するのに強い力が不要という優れ物。だけど構造も複雑な分、高価で、一般兵士に配るのは無理。ウチでも選抜されたメンバーにだけ装備させてるの」


「成る程。じゃから、館で見た時より、的の距離が近いんじゃな」


あれより何割か遠かった、とお爺ちゃんが補足した。


そんな話をしている間に、一般の観客向けの説明も一通り終わった。クロスボウガンは強い弓をゆっくり構えて撃てる武器だけど、引くだけでも本来は大変で、しかも有効射程は思ったより長くない。


まずは手動式でコッキングを行うという事で、ハンドルを取り付けて、射手の皆さんが一斉に回し始めた。力も結構必要なようで、四十秒ほどかけて引き終えた時点で、少し呼吸が荒くなってる。


そこから、太矢(クォラル)をセットして、漸く射撃準備完了だ。


射手の皆さんが構えると、合図とともに一斉に撃ち出した。的にドスドスと鈍い音を立てて太矢(クォラル)が突き刺さる。


「ふむ、矢も随分遅く飛ぶもんじゃな」


「魔術抜きならそんなもの。次はコッキングを自動で行う場合の射撃よ」


エリーが説明してくれた通り、今度は射手は構えて、軽く引き金を引きしぼるたびに、自動でコッキングされて、太矢(クォラル)も魔法陣からセットされ、次々に撃ち出されるのが確認できた。


「手動式だと毎分一発が精々、しかも引くたびに構えも解かないと行けないからキツイね」


「それに比べると、自動コッキング式は随分速いのぉ。毎分十発程度は撃てそうじゃ」


お爺ちゃんも感心している。


シャーリスさんも、射手が十倍に増えたような物、しかも構えたまま撃てるとなれば、実質はそれ以上の効果があるか、と驚いている。


それでも三十メートル先に鈍い音を立ててどんどん突き刺さる太矢(クォラル)を見ても、射程があれではな、と近衛さんもまだ余裕顔だ。


「次は、自動コッキングと、加速術式の併用になるから、遠い方の的を見て」


皆が注目したところで、クロスボウガンから放たれた太矢(クォラル)が、先程までとは比較にならない程の高速かつ重力の影響を受けないかのように、低伸弾道を描いて、遠い位置の的に次々に命中していく。

命中した際の音もまるで違う。衝突事故を起こしたかのような激しい音が立て続けに起きて、観客も騒然としている。


「何ともこれは凄いのぉ」


シャーリスさんも、今は演習という事で、五人の射手が撃っているだけだが、軍勢が一斉に構えて面を埋め尽くすように撃った場合をイメージしてか、声に少し硬さが混ざってる。


ふと、ケイティさんの方を見ると、淡々とした表情をしてる。見慣れているから、あまり驚いたりしないんだろうか?


「ケイティさんは見慣れているから驚かない感じですか?」


ケイティさんが何と言おうか迷っていると、エリーが正直に話していい、と許可を出した。


「矢の飛翔速度、連射速度、射程、威力、いずれも驚く程ではないと思いまして」


ケイティさんが済まなそうに告げると、エリーがオーバーに手を広げて、やっぱりといった表情を浮かべた。


「えっと、どういう事?」


「アキ、いい? これが基準の歪み。ケイティは森エルフの基準で、あの射撃を見た。だから、物足りないと感じたのよ」


大型幻影では、加速術式が如何に射程を伸ばし、低伸弾道を実現しているのか、市民の皆さんにもわかるように説明をして、皆から感嘆の声があがってる。


「ちなみに、森エルフの基準だと、どんな風に見えるんですか?」


「的までの距離はせめてあのニ倍、的の大きさは西瓜程度、連射速度はあの三倍は出して欲しいところです。威力は及第点と言ったところですが」


などとケイティさんが何でもないことのように語るけど、エリーは勿論、ジョージさんもウォルコットさんも、ないないと否定のジェスチャーを示した。


「来年以降も森エルフだけは公開演技(エキシビジョン)にでたいと言い出しても、参加させちゃダメって理解できたわ」


エリーがしみじみと言うけど、僕もその通りだと思う。森エルフが射撃をしたら、それだけでロングヒルの部隊の印象がかき消されてしまう。それくらいの実力差だ。


ケイティさんは、お祭り基準という事で、それくらい緩くすれば子供達も楽しく参加できてですね、なんてフォローしているけど、妖精さん達も含めて、語るレベルのあまりの差に呆れて、乾いた笑いを浮かべるだけだった。





次は、的の一部を立木などで遮蔽した状態での射撃が披露され、的に描かれた目標の人影は一部しか見えていないのに、そこに吸い込まれるように太矢(クォラル)が命中した際には歓声が上がるほどだった。


命中させた射手も誇らしげに、観客の声援に応えた。


そこまでは和気藹々とした雰囲気だったんだけど、場内アナウンスで驚かないよう注意する勧告が行われた後に、告げられた演目は耳を疑うものだった。


「それでは、射撃演目の最後は、小鬼部隊強襲の阻止になります」


遠い位置の窓の向こうから現れたのは、小鬼人形の皆さん。明るい色合いの服装をしているお陰で、いつもの迷彩服でいるより、だいぶ見やすい。見やすいんだけど……


「侵攻阻止って……」


「的のあたりから全力で走りこんでくる小鬼達を射撃で食い止める演目よ。動く本物相手が如何に困難なものであり、それを成し遂げるロングヒルの部隊の修練の高さを見せつける内容なのだけれど……アキ、どうしたの、顔が真っ青よ!?」


演目はとてもシンプルだ。小鬼人形達が七十メートルを撃たれることなく近寄れば勝ち、撃たれたらクロスボウガンの威力は強いから致命傷をうけたものとして脱落、射手達は近接される前までに小鬼人形達を撃ち倒せれば勝利。……とてもシンプルだ。


市民の皆さんも、小鬼人形達の姿に驚いたものの、興奮した様子で、射手達に声援を送っている。


なんだか、全てが遠く見える。


場を盛り上げる演奏とともに始まった小鬼人形達の疾走。人のそれより姿勢も低く、滑るように走り抜ける様は見事。

でも、太矢(クォラル)が放たれるたびに、一人、また一人と、矢が突き刺さって、撃ち倒されていく。


最後の一人も残り五メートル程まで接近したけれど、その身に何本もの太矢(クォラル)を受けて、地面に叩きつけられた。


悲鳴をあげてしまったけど、懸命に口を塞いで声が漏れるのを避けた。


最後の一人が倒れた瞬間、ロングヒルの射手達を褒め称える大歓声が上がったけど、僕にはまるで異世界の出来事のように感じられた。


だって、撃たれちゃったんだよ。


小鬼人形さん達。


とうして笑えるの……!?


どうして!?



エリーが何か言ってるけど、よく聞こえない。



歓声が引いていき、射手達が一礼して演目の終了を伝える。使い終えた的のように、撃たれた小鬼人形達も倒れたままだ。

光を浴びる彼らと、もう見向きもされない彼ら。

その差がとても悲しい。


そんな気持ちが頭の中をグルグルしてて気持ち悪い。


アナウンスが演目の終わりを告げた。準備を行うスタッフ達も次の演目に向けて用意を始めようと動き出す。


……と、そこで、僕は驚きの光景を目にした。


物言わぬ骸と化していたはずの小鬼人形、そんな彼らが何でもなかったかのように、ひょいひょいと起き上がったのが見えたからだ。


体に矢が突き刺さっているけど、血も出ていないし、その歩みはしっかりとしている。

小鬼人形の皆さんは舞台俳優のように優雅にポーズを決めると、観客に対して一礼してみせた。



……動いた。


そっか。彼らは魔導人形だから、本当の小鬼達と違って、あれでも動けるんだ。



……良かった。



本当に。



僕は交通事故テスト用のダミー人形を思い出した。あの人形も人の代わりに事故に遭って被害を僕達に教えてくれる。


小鬼人形の皆さんは、心あるダミー人形といった位置付けで、人々に小鬼達のことを教えてくれたんだ。


そこまで思い至って、僕は彼らのプロ意識に感激して拍手を送っていた。


初めは演習場に響くのは僕の拍手だけだったけど、ポツリポツリと拍手が続き、最後には会場中が小鬼人形さん達に拍手を送っていた。


小鬼人形さん達がちょっと困った感じだけど、場内アナウンスが、彼らの熱演を讃えて場を纏めてくれたお陰で、射撃演習は大好評の内に幕を閉じることができた。


ケイティさんが渡してくれたフワフワのタオルに顔を埋めて、暫く僕は顔を上げることができなかった。


頭ではわかっているつもりだった。魔導人形は中枢の宝珠さえ無事なら、他の壊れた部品は交換すればいいだけだと。


でも、彼らが撃たれた時、そんな話は頭からすっかり消えていた。


それだけ、衝撃的な出来事だった。


ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

午前の部その1「射撃演習」が実施されました。頭では理解できてる気になっていても、実際に目の当たりにすると、受ける衝撃は想像以上のものがあったようです。アキがタオルに顔を埋めて感情の整理をしている間に、実は色々と動きがあったりするのですが、そちらは次パートで説明していきます。

次回の投稿は、四月十七日(水)二十一時五分です。



<それと>

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