6-1.総合武力演習開催
前話までのあらすじ:五章ではロングヒルで新たな師匠について、魔術を学ぶことになり、ひょんなことからロングヒルで定期的に開催されている総合武力演習を観に行くことになりました。当初は予定になかった街エルフ、鬼族、妖精族まで参加することになり準備は大変なことに。でもなんとか準備は間に合いました。
今回からは新章ということで、総合武力演習開催です。
長いようで短かった準備期間も終わり、遂に総武演、総合武力演習が開催される日となった。
幸い、天気は快晴で少し風もあって過ごしやすい。絶好のイベント日和だ。
そんな訳で、僕も会場に向かう事になったんだけど、僕の眠りは、魂の交換に伴う影響によるものなせいか、自然に起きるのを待つしかないそうで、僕がいつものように目覚めると、万全の体制でスタンバイしているケイティさんと目が合った。
「おはようございます、ケイティさん」
「おはようございます、アキ様。身支度を整えましょう。食事は軽い物ですがつまめる物を用意しています」
などと、すぐにベットから出されて、顔を洗って頭をすっきりさせて、歯磨きをしたり、髪を梳かしたりと、流れ作業のように、お出掛け準備をさせられた。
あれよ、あれよと言う間に、お外にお出掛けワンピのお嬢様の出来上がりだ。鏡に映るぼーっとしていた女の子が、化ける様は自分の事ながら見事だと思う。
「ニャー」
足元にいたトラ吉さんが一声かけて、先導されるままに玄関先に行くと、既に馬車も、僕が乗り込むだけの状態でスタンバイしてた。
「うむ、これで出発できるのぉ」
ふわりと飛んできたお爺ちゃんが、そんな事を言って、僕が馬車に乗り込むのを急かした。他の妖精さん達や、母さんはもう会場入りしているそうだ。
僕達が乗り込んだのを確認し、ジョージさんが馬車の周りをグルリと見て御者台に乗れば準備完了だ。
「では、出発しますぞ」
御者のウォルコットさんがそう告げると、馬車はゆっくりと動き始めた。いつも通り、揺れもなく、周りの景色が動くことと、僅かな加速感だけが、移動している事を教えてくれる。
いつもの師匠の家への道ではなく、一度だけ通った大使館領の外へと続く道を抜けて、ゆっくり五分程進んだところに、会場は設営されていた。
普段は軍の演習場として使われている広大な敷地なんだそうで、四方は流れ弾防止用になだらかな丘になっていて、観客席は丘の斜面を利用して設置されていた。
北がロングヒルのお偉方、西が街エルフと鬼族、東がロングヒルの一般の方々って感じに分かれている。
射撃用の的は南側に用意されるから、流れ弾の心配はしなくて良さそうだ。
規模は学校の運動会あたりに近いかな。一般観客席はエリアを区切ってあるだけで、持参したであろうシートを敷いて、お弁当やお酒を並べての花見か、宴会かって感じ。
警備員のように立っているのはロングヒルの兵隊さん達。和気藹々としていて、皆、おらが街の兵隊さん達の晴れ舞台を見ようと集まった感が強い。
ロングヒルのお偉方や街エルフ、鬼族のスペースは陣幕で区切られていて、一応、側面と背面は目隠しされているけど、前面は良く見えるように空いている。
天幕がなくて、空がよく見えるのは、妖精さん達の公開演技が良く見えるように、とのこと。妖精なら空を飛ぶのは当然だから、粋な計らいだね。
そうなると雨が心配だったけど、あまり天候が悪いようなら日を改める、そこそこなら鬼族の皆さんに天候操作して貰う手筈だったそうだ。幸い、今日は快晴だから、鬼族さん達の出番はなし。魔術を使うのも大変だろうから良かったんだろうね。見たかった気もするけど。
「アキ様、あそこが我々のエリアになります。少し急ぎましょう」
ケイティさんに先導されて、忙しなく見えない程度に急いで、用意されていたスペースへと入り込んだ。
僕達の到着を警備の兵隊さん達が伝え、俄かに会場が慌しくなった。どうも、僕達を待っていた訳ではないけど、開会式の時間まであまり間がなかったようだ。
ロングヒルのお偉方の方では、エリーもお洒落な服装でこちらを伺っているのが見えた。わざわざ口をはっきりと動かして、お、そ、い、と伝えてくる辺り、心配させたのかもしれない。後で謝っておこう。
◇
トランペットの華やかな演奏の後、演壇に軍服姿の口髭が立派なおじ様が立った。演壇の隣にはやはり軍服姿の若者が二人。顔立ちが似ているから親子だろう。少し後ろにはエリーと、エリーに似た三十代くらいの女性もいるから、あの人達がエリーの御両親と、王位継承権一位、二位の兄弟か。
演壇から皆を見ただけで、市民の皆さんも居住まいを正して、静かにするのだから、とても敬われている事は間違いない。
僕達も含めて、皆が起立して王様の発言に耳を傾ける。鬼族の人達も陣幕よりずっと背が高いから起立してるのが見えるけど、引き締まった表情で、品行方正って感じで恐ろしさよりは、格好良く感じられる。
「皆も知っての通り、この総合武力演習も十回目を迎える事が出来た。国を守る者達の姿を皆に知って欲しいと始めたものだが、今年は例年になく大勢の市民を迎える事が出来て、余もこの事を誇らしく思う」
ここで一息入れると、市民の皆さんが笑顔で賑やかに拍手をして盛大に応えた。
満足そうに王様も笑みを浮かべて、手を広げて、皆の拍手に応えると、改めて話し始めた。
「今回はこれまでにない参加者を得る事が出来た。街エルフ、鬼族、そして妖精族の方々だ。昼食後に行われる公開演技では、それぞれ、趣向を凝らした演目をみる事ができよう。これまでにない人々と手を取り合う新たな時代の幕開けを感じて欲しい」
市民の方々が、街エルフや鬼族の方を見て、感嘆の声をあげた。同時に、妖精はどこだ、と探す姿も。
「妖精の方々だが、皆、南方の大型幻影に注目して欲しい」
そして、王様が合図をすると、南側の開けた空間に巨大な映像が投影された。スクリーンに表示する現代技術と違い、スクリーンを必要としない投影魔術だからこそできる凄技だろう。
そこには、お洒落な机の上で、好き勝手な方向を見ている妖精さん達が映し出された。
何やら小声で、映ってます、映ってます、と焦る撮影者らしい人の呟きまで聞こえて、皆がどっと笑う。
シャーリスさんが一声掛けると、他の妖精さん達も居住まいを正した。
「うむ、映像越しだが、お初にお目にかかる。妾達が妖精族じゃ。人族のコップと比べれば、妾達の大きさも理解できよう。この通り、妾達は小さいが、公開演技では、見応え十分である事を約束しよう。妾達と話をしたい者がいたら、街エルフの大使館にその旨を伝えて欲しい。互いに益のある交流であれば大歓迎じゃ」
シャーリスさんがそう告げると、投影された映像は空に掻き消えた。
市民が騒然としていて興奮覚めやらぬ感じだ。それでも王様が、人々をゆっくり眺めると、皆が取り敢えず聞く姿勢に戻った。
「皆が驚くのも無理はない。妖精族は御伽噺の中の存在、実際に目にする事はないと思っていた者ばかりだろう。かく言う余もそうであった」
王様の告白に、人々もゴクリと唾を飲み込む。
「御伽噺の世界から妖精族がこの地にきた。文は溢れても姿は見せずと言われた街エルフもまたやってきた。そして長い争いを続けた鬼族もまたこうして、この地にきた。これまでにないことであり、今日の出来事はきっと後世の歴史家が、時代の変化を告げるものだったと書き連ねることだろう。皆、この場にいる事を誇って欲しい」
力強く告げる王様の言葉に、場が熱気を帯びてきた。市民だけではない。ロングヒルのお偉方は勿論のこと、街エルフも、妖精族も、そして鬼族もまた、この場が特別である事を理解したからだ。
「では、これより第十回総合武力演習を開催する。皆の者、日頃の修練を披露する晴れの舞台である。その力を存分に発揮せよ」
王様の宣言と共に、誰からともなく歓声が上がり、割れんばかりの拍手が響き渡った。見れば、観客だけでなく、出場予定の兵士の皆さんもまた雄叫びをあげたりしてる。
その熱気は、王様が演壇を降りてからしばらくしても、騒ついた雰囲気が続く程であった。
◇
「それでは、運営からのお知らせです。大型幻影をご覧ください。避難経路は――」
ある程度、場が落ち着いてきたところで、演習場内にスタッフさん達が機材を持ち込んで、演目の為の準備を開始し、その時間を利用して場内アナウンスが流れ始めた。
声を拡大する術式を使っているのもあるけど、説明をしている女性は慣れているのか、声もよく通りとても聞き取りやすい。
「演習場と観覧席の間に等間隔で置かれた杖は、街エルフの方々が設置した耐弾障壁の魔導具です。借り物ですので、珍しくても触れたりしては駄目ですよ?」
などと時折、笑いを誘いながら、説明が続いていく。
聞いていると、地球の家電製品のノリで魔導具があちこちに使われているのがわかる。触ると壊してしまう僕が出入り禁止にされているのも仕方ない事だろう。
「アキ様、アイリーン特製のサンドイッチです。どうぞ」
「あ、いただきます。うわー、綺麗ですね」
「行楽用という事で、彩りを艶やかにしてみたとのことです」
バスケットを開けると、そこには新鮮な野菜やお肉を挟んだサンドイッチが綺麗に並んでいた。見ただけでも嬉しくなってくるね。
「それでケイティ殿、演目の予定表の紙を広げてくれるかのぉ」
「はい、こちらです。まずは射撃ですね」
予定表を見てみると、大まかな流れとしては、まず射撃、次に近接戦闘、最後に魔導鎧を着た兵による対鬼族戦闘演技となっている。そこで昼食休憩を挟んで、午後は公開演技となる。街エルフ、鬼族、妖精族の順番だ。
実際、今、用意されているのは射撃用のマンターゲットとか、クロスボウガンを抱えている兵隊さん達だ。
「母さん、演技の準備は大丈夫?」
「勿論よ。少し古い編成になるけど、見応えはあると思うわ」
返事と共にぽんぽんと、手元の空間鞄を叩く。きっとその中には魔導人形が沢山入っているんだろう。
「古い?」
「わざわざ、新しいカードを切らなくてもいい時は、カードは伏せておくもの。そういうこと」
「わざと型の古い魔導人形を使うとか?」
「……実は新しい戦術の資格更新をまだしてないの。だから、私が慣れ親しんでいるのは少し古い型なのよね」
ペロッと舌を出して、母さんが笑った。街エルフも人数が多いのだし、いくら資格制と言っても、皆が同時に更新なんてできるわけもないから妥当な話だ。
そんな話をしていたら、陣幕の外からエリーが入ってきた。ラフな服装に着替えて、説明員用の腕章とか、帽子を付けて、やる気十分な感じ。
「お待たせ。抜けてくるのに手間取ったわ」
「お疲れ様。そろそろ演目が始まりそうだけど、何か説明はある?」
「そうね、まず始めは基本的な射撃を見せる流れよ。と言っても、市民からしたらイマイチ違いが分かりにくいから、手動コッキング式で加速術式なしの矢を使う場合と、自動コッキング式で加速術式ありの矢を使う場合の差を比較説明する感じね」
「ふむふむ。僕も後者しか見たことがないから、それは見てみたいね」
「前者も一応、軍では訓練してはいるのよ。ボウガンが故障した場合を想定して。ただ、最近は故障率も低減してきたし、その時間を他の訓練に回すべきって意見もあって悩ましいわ」
「限られた時間で一人前に。難問だね。っと、シャーリスさん達もお帰りなさい」
軽やかに飛んで妖精さん達が戻ってきた。
用意された机の上に降りて、妖精さん用のテーブルセットに腰掛けたり、妖精サイズの望遠鏡を取り出して眺めたりと、いきなりフリーダムな雰囲気になってきた。
「どれ、一般兵はどんな塩梅じゃろか」
お爺ちゃんも身を乗り出して、今か今かとワクワクしてる。
シャーリスさんも、僕の肩の上に座った。
「アキ、妾達の紹介はどうじゃった?」
「とっても分かりやすくて良かったと思うよ」
「うむ」
当然という顔をしているけど、褒められて嬉しいと全身のポーズが語っている。あい変わらず、妖精さんは全身を使った感情表現が豊かだね。
「ただ、鬼族の皆さんがその分、影が薄くなったかも」
「それは仕方なかろうな。暇を見て後で挨拶でもしてこよう。こちらの鬼族の話も聞いてみたいからの。ん、そろそろ演目が始まるようじゃ」
シャーリスさんに促されて、演習場の方に視線を向けると、確かに準備完了のようだ。
演者以外の人達も足早に下がっていった。
さぁ、始めの演目開始だ。
さて、六章、総合武力演習も遂に始まりました。規模はちょっとこじんまりとした感じですが、その分、アットホームな雰囲気を感じて頂ければ幸いです。
次回の投稿は、四月十四日(日)二十一時五分です。
<それと>
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※2019年04月1日(月)にポイントが初期化されました。




