5-22.エリーの決断
前回のあらすじ:母を含む人形遣い達も遂にロングヒル入りしました。そしてちょっとアキともお話して、情報交換をすることなりました。アキもちょっと休んだほうがいいとも言われたり。
母さんが来てから変わった事と言えば、仕事と見做される作業をしない日が設けられた事。
と言っても、僕の活動の性質上、決まった間隔で、というのは難しい。なので概ね、五日から十日程度の間を開けて、お休みという事にした。
それと、母さんが宣言した通り、先ずは最優先で、僕がこちらに来てから、互いに見聞きした話について、情報交換を行う事になった。
ただし、離れている家族の距離を縮めるのが趣旨だから、僕の知ってる人についての話題限定。
「それじゃ、リア姉は研究と検証作業にどっぷり浸かってる感じ?」
「そうなのよ。始めはそれでも真面目に取り組んでいたのだけど、近頃は、アキ成分が足りない、とか言い出して、何とかロングヒルに行こうと画策中」
伝文も悪くないんだけど、と言う割には、心話なら距離も関係ないと、書庫でマコト文書を漁ったりもしている、との事。
「リア姉も、心話ができるんですか?」
「相手がミア限定、それもミアから繋いで貰って、だったのよね。そう言う意味ではあなたと同じ。だから、何とかする鍵はマコト文書にあると睨んで、ミアがマコト文書を書き始める前の時期を中心に読んでるわ」
「限定というと、魔力の性質が関係してたりします?」
「……そうなの。一般的な心話は相手の魔力を感知して、互いに手を伸ばして繋ぎ合う感じなのよ。でもリアの魔力は無色透明。どうしても、誰も繋ぎに行けなかったわ。唯一、ミアを除いてね」
「ミア姉だけ……姉妹だから、とか?」
「双子では似たような事例はあったけれど、双子の魔導師でも、リアとの心話はできなかったわ」
「ミア姉は何か言ってたんですか?」
「それがね、本人に聞いても、ある日、気付いたらなんか繋がってる気がして、ぐっと握り締めて、バシッと抱きしめたら、心話の経絡が確立できた、って言うのよ」
実際に掴んだり、抱きしめた訳じゃなく、あくまでも比喩的な話、と補足された。
かなり感覚的な話で、言葉にすると伝えづらい事なんだろうね。とは言え、もうちょっと頑張って欲しかった。
「そう言えば、リアと心話ができるようになって、しばらくして、あちらのマコト君とも繋がったのよね。あの日は衝撃的だったから、良く覚えているわ」
「僕が幼稚園児の頃の話ですね」
「その日は朝から、ミアがやけに陽気でね。こう言ったのよ。『リア、私、ここと違う世界にいるリアと同じ魔力属性っぽい子と交信できちゃったわ』って」
母さんがわざわざミア姉の口調を真似話してくれた。さすが親子、かなり似てる。
「ミアがあちこち、変なところと交信してるのは知っていたけど、リアと同じだと言うから、家族皆が驚いたわ。ただ、次の言葉を聞いて、皆の心は一つになったの」
「次になんて言ったんです?」
「それがね、『その、マコト君って子なんだけど、なんとびっくり、その子のいる世界って魔力がないんだって。驚きだよね!』って言い出したのよ」
「あー、なんか、予想できました」
わざわざ身振りまで加えて話してくれてるおかげで、その時の様子がとてもよくイメージできた。
「リアは泣き笑いを浮かべながら言ったのよね。『お姉ちゃん、とりあえず、この後、病院行こうか』って」
あの後は修羅場だったわー、などと遠い目をして言ってるので、相当色々とあったんだろうね。
「それから、マコト君とのやり取りを書いて貰うようにして、ミアの妄想か、はたまた本当に異世界との交信が行われているのか見極めるようになったのよね。ロゼッタには、ミアの漠然とした言い回しを、分かりやすく翻訳して貰う作業を頑張って貰ったわ。私達家族がロゼッタに大恩を感じているのは、それも理由の一つね」
「やっぱり、超高性能と謳われてるロゼッタさんでも苦労してたんですか?」
「それはそうよ。あちらの世界を語るのは幼子で、その話をミアが聞いて、ロゼッタに改めて伝える時点で、大元の情報の極一部しか残ってない事はわかるでしょう? それに疑問があっても、マコト君が飽きないように、興味を持つように話を振って、聞き出すのよ? それも聞き出すのはミアだけ。資料持ち込みもできず、最初の頃は随分、難儀してたわ」
「僕はその日あったこととか、好き勝手話してた記憶しかないんですけど」
「それはミアがそれとなく聞いていたから。あちらの政治体制とか、世界中と交易している事とかがある程度、把握できたのはマコト君が小学校高学年になった頃だったのよ。その頃にはマコト文書も膨大な量になって、捏造説は完全に払拭されたけれど、本物とわかっただけに、取り扱い注意の極秘文書に認定される羽目に。ロゼッタを含めて魔導人形達の献身がなければ、未だに資料の多さに忙殺されていたかもしれないわね」
今考えてみれば、幼子の視点から徐々に知識を増やしていったのは正解だったかもしれない、とも補足してくれた。
小さい子が認識している範囲なら、世界も狭くてだいぶシンプルだろうし、基本的な物理法則も同じだから、そうかもしれない。
でも、欲しい情報が得られない、得られても色々足りない、となればもどかしかったことだろう。
なのに、そんな苦労なんて欠片も見せる事はなかったんだからミア姉は凄いよなぁ。
でも、ちょっとだけ聞いておこう。
「ミア姉、話が思い通りに行かなかったり、意味がよく分からなかったりして、愚痴とか零してなかったですか?」
「そうねぇ。別に秘密にするよう口止めされてはいないから教えるけど、子供ってなんて我儘なんだろうとか、飽きっぽいし、忘れるし、語彙が少なくてよくわからないし、描いて貰った絵も芸術的過ぎて説明を聞かないとわからない、なんて感じで、よくロゼッタに愚痴ってたわ」
「そんな感じは全然なかったんですけどね。そこまで無理しなければいいのに」
「綺麗で可愛い素敵なお姉さん、って言われて、ミアはなんかそこに拘ってたのよね。あの子、妙なところでプライドが高いから」
「半分くらいは僕のせい、と」
「あの子が好きでやってたことよ。大体、さっきの愚痴にしても、いつも最後は『でもねー、マコト君がかわいいのよ』とか言い出して、あのロゼッタがぐったりするくらい、惚気話をしていたわ」
「なんか、その光景が目に浮かぶようです」
というか、声真似がうまいなぁ。そんな風にしっかり覚えられるほど、何回も話してたってことかな。
「マコト君が、ミアのためにプレゼントの絵を描いた時なんて、凄かったわね。記憶が劣化する前に、記憶から絵を再現する魔術で紙に転写して、色合いがどうとか、クレヨンのゴツゴツ感が足りないだとか、一日中、いじくり回してたわ」
「それが、あのコップ?」
「そう。確か、壊れた時に備えて何個か予備もあった筈。愛されてるわね、マコト君」
「……親御さんとしては複雑な気持ちでした?」
「親としては、ね」
コツンと額を指で突かれた。いけない、いけない。気が緩みすぎた。
「会うことのできない異世界の子、しかも相手は幼い男の子でしょう? 嬉しそうなミアの様子を見ていると、止めさせるのもどうかと思ったけど、随分、悩んだわ。例えば、あー、この子の婚期は当分先そうだなー、とかね」
考えてみれば、交信してると言っても、証拠は語られる言葉だけ。娘が電波を受信して、イカれてしまってるのではないか、とかなり不安だったことだろう。
いずれリア姉が来たら、その辺りも聞いてみよう。
「そう言えば、ミア姉があちこち、変わったところと交信してたって話ですけど、何かそういう専門の職業があるんですか?」
「あるわよ。交信士と言って、普通なら接触できないようなところにいる存在と接触し交流する為の職業よ。交信相手の定番は妖精、それに神々ね」
というか、神々と並んで扱われるんだから、こちらにおける妖精が本来、どれだけ希少な存在か、わかるというものだ。
「神は巫女さんが担当するんじゃないんですか? 連樹の神様のところはそうでしたけど」
「信者で神と交信する者の事は巫女や、神官と呼ばれるわ。信仰心に関係なく交信する者、信者でない者の場合、交信士と呼ぶのよ。もっとも、そもそも、そう称されるだけの実力と実績を持つ魔導師自体が稀で、ミアはその第一人者なのよ」
「ミア姉、凄いですねー」
「そのせいで、妬む者も出てくるから、名声も良し悪しなのだけど」
「妬むんですか?」
「特に神々を信仰する、熱心だけど実力の足りない信者あたりが、信仰心もないのに神々と交信するミアの事を妬んで、いろいろ嫌がらせをしてきたりしたのよ」
「そもそもの疑問なんですけど、神々との交信に信仰心はいらないんですか?」
「信仰心は神々に意思が届きやすい程度のもので、必須じゃないのよね。それを成し遂げた人が殆どいないから、知られてないだけで」
考えてみれば、僕も連樹の神様のところでは、柏手を打っただけで、信仰心なんてなかったし、確かに必須という訳じゃないんだろう。
「今は問題ないんですか?」
「一罰百戒という事で、大っぴらに文句を言えない程度には叩き潰したから、今は大人しいわね」
「なら、安心かな」
というか、心配しても仕方がない。それに街エルフが大人しいというなら、不文律のようになっているんだろう。相変わらずやることが徹底しているというか、容赦ないというか。まぁ、それはそういうものと割り切ろう。
他にも母さんは、館組の面々の事を、それはもう細かく教えてくれた。マサトさんへの評価は少し辛めかな。優秀で仕事はちゃんとしているのよ、でもね、って感じに、後から後から、こうした方がいいんじゃないか的な意見が出てくる、出てくる。
……マサトさんの趣味に対する情熱が市民権を得るのは当分、無理そうだった。いい趣味だと思うんだけどなぁ。
◇
そうして、皆が総武演への準備に邁進する中、エリーが師匠の元に顔を見せなくなって、どうしているのか心配になってきてから、暫くして、やっとエリーが現れた。
それはもう、破裂寸前のゴム風船といった感じで、触れたくなかったんだけど、仕方ない。
お爺ちゃんにも一応、確認の視線を送ってみたけど、骨は拾おう、といった感じで助けてはくれそうにない。
「御機嫌斜めだね、エリー。それとお久しぶり」
「久しぶりね、アキ。なかなかこっちに顔を出せなくて済まなかったわ。ちょっと、立て込んでて時間が取れなかったのよ」
などと言って、用意された紅茶を一息で飲み切って、深くため息をついたりしてる。
「……それで、解決したから、ここに来れたって感じ、じゃなさそうだね」
「頭が固いのよ、うちの親は! なーにが、女は子供を産み育てることが幸せだろう、よ! 私だって別に生まないなんて言ってないわよ。だいたい、旦那の候補に碌なのがいないのがそもそもの問題でしょうに。あー、もう、なんで分かり切った話なのに、結論を出すのを先送りにするのかしら。信じられないっ」
エリーは怒涛の勢いでそこまで言い切って、注がれた紅茶をやっぱり一気に飲み干した。
「確か、大使のジョウさんが問題とか、国の重要なポストの人が加わることの意義とか説明はしてくれてたんだよね?」
「してくれたわよ。懇切丁寧に、誤解の余地なく、それこそ、その場に居合わせた誰もが理性では納得するくらいに、我が国というか人類連合がこのままだと劣勢を挽回できそうになく、先行き真っ暗だって。なのに、なーのに、我が父親は! 国父だのなんだの言われておきながら、あのおっさんは! そのような役目を私に負わせるのは忍びないとかなんとか、言い出したりしてー!」
薬缶を頭に載せたら沸騰するんじゃないかというくらい、エリーはヒートアップしてる。
僕は、女中人形の人がそっと用意してくれた冷えたタオルを広げて、エリーの顔を挟んでぎゅーっとしてみた。
「ちょっ、何するのよ!?」
「ほら、ちょっとこれで顔を冷やして」
「もう、何なのよ」
なんて言いながらも、冷たくて気持ちいいわね、なんていいながらちゃんと冷やしてるのだから、育ちがいいと思う。そうして冷たさで少し、発散していた熱も落ち着いてきたようで、多少はマシになったんじゃないかな。
「それで、エリー、鬼族の人達のリストとか、詳しい情報とか手に入った?」
「それは何とか。でも名前も載ってるけど、これまで表舞台に出てきたことがないようで、全然記録にない人ばかりなのよね。鬼族基準ではあるけど、若手を大抜擢した感じに見えるわ」
そう言って、ポケットから取り出したメモを見せてくれた。隣に人族換算での年齢も追記されているけど、確かに二十代の若者ばかりって感じで、正式な外交団というにはかなり心許ない。今回は公開演技に参加したり、総武演に参加して存在感をアピールするだけだから、そういう重みは不要と判断した……んだろうか。なんかしっくりこない。
「会うのも無理だったんだよね」
結局、ケイティさんも打診はしてくれたけど、色よい返事は貰えなかった。無名の子供が会いたいといっても、そうそううまく行かないようで残念。
「まぁ、今のままじゃ無理でしょうね」
そう言いながらも、エリーの表情が、私に策がある、と雄弁に語っている。
「それでエリー、何かいい案があるの?」
「あるわ。しっかり相手に印象を与えて、会ってみようと思わせるだけの飛び切りの策が、ね」
だけど、エリーの浮かべる目がちょっと怖い。
念のため、教えて貰うことにしたけど、こそこそと耳元で語ってくれた策は、ちょっと、うーん、かなり問題になりそうな気がして不味そうな気がしたから、女中人形の人にお願いして母さんに相談してみることにした。
「気の回し過ぎじゃないの?」
そう言いながらも、エリーも母さんの到着を待つあたり、不味さは自覚してるようだ。
そして、しばらくして、母さんがやってきた。
「それで、アキ。私に相談って何かしら」
母さんは、怒らないから言ってごらんなさい、と言った感じで目がちょっと怖い感じだ。まぁ、僕がしでかすことではない、直接的にしでかすことではないので、ざっくりエリーの考えた策について説明した。
「……そう。それでアキはどうしたいの?」
探るような目線、というか、最終確認って感じだね。僕がどう答えるか想像するのは簡単って感じ。
「もちろん、大歓迎です。ちょっと演出も考えて小道具とか、妖精さん達にも声をかけて手伝って貰おうかなー、とか考えてました」
僕の返事に、目元を指で揉んで、あぁ、やっぱりと言った感じで溜息をついた。
「アキ、ただ可愛いから、親しいから、というだけで人の人生に手を付けてはいけないわ。飽きたから、面倒だからと放り出すような真似は認めない。最後まで面倒を見ること、それが条件よ。約束できる?」
なんだか、犬猫を飼うとでもいいたげな言い回しにも聞こえる。
でも、言いたいことはわかる。エリーの行動は、彼女の今後の人生の方向性を決める。そういうことだ。
「僕ができる範囲で、エリーの歩みを応援しようと思ってます。ちょっと僕に都合が良過ぎて申し訳ない気もしないではないですけど」
「――未成年だもの、それだけ言えれば良しとしましょう。いいわ。私もエリザベスさんの選択を応援しましょう。うちのアキを巻き込んでも文句は言わない。というか、どうせ巻き込むんだから、やるなら徹底的にやりなさい。ケイティにもその旨、伝えておくから遠慮はしないでいいわ。ただし!」
そして、母さんはにっこりと満面の笑みを浮かべて続きを口にした。
「あくまでも主役は誰なのか考えて、内容を決めること。それと念のため、何をするか決まったらケイティと私に教えて頂戴。事前に内容を知っていたが止める気はなかった、そうしておきたいから」
母さんはそこまで言うと、ぽんぽんと僕達の頭を撫でて、若いっていいわねー、などと呟いた。
僕も、エリーとちょっと見つめ合って、どちらからともなく笑い出した。
うん、やっぱりこうでなくちゃね。そしてやるなら徹底的に。
「お爺ちゃん、手を貸してくれるかな?」
「何やら面白そうな企みじゃのぉ。演目の順番にもよるが、きっと我らが女王陛下も快く賛同してくださるだろう。というか、内容は儂らも一緒に考えたい。エリー殿、それでいいだろうか?」
「え、ええ。お願いするわ」
エリーも、お爺ちゃんの予想以上の前向きな姿勢に気圧されながらもなんとか答えた。
お爺ちゃんも、あと一押し欲しかったところじゃったから丁度良かったわい、などと喜んでる。
上手くいけば一石二鳥、いや三鳥くらいにはなりそうだ。頑張るぞー。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
五章は今回で終了です。なかなか思い通りにはいきませんが、転んでもただでは起きない、ということで、何やら、エリーとアキは画策しているようです。妖精達も巻き込み、街エルフのほうにも話を通して万事OK。人事を尽くして後は天命を待つのみって感じでしょうか。
総合武力演習は六章で描いていきますのでお楽しみに。
次回の投稿は、四月七日(日)二十一時五分ですが、これまでの章と同様、五章の登場人物や、施設、魔術などの紹介内容になります。
六章の投稿は、四月十日(水)二十一時五分になります。
<それと>
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