5-18.妖精女王降臨
前回のあらすじ:妖精界の地図、こちらの地図、あちら(地球)の地図と3つの世界地図が揃い、比較して色々とお話しました。なぜか最後は、教師を用意しよう、実験装置を集めよう、なんて話になってましたが。
世界地図は、鬼族が把握しているだろう想定地図も加えて、妖精さんには、街エルフが惑星全域を把握している事は秘密だ、と伝える事も決まった。
いずれ、計画に鬼族が加わった時に、ポロっと情報が漏れるのを防ぐ為。なので、人工衛星のことも、遥か高空から観測して地図を作ったという部分も含めて秘密だ、といい含める事に。
勿論、妖精界にいる本体に誓約で縛りをかけるのは不可能だけど、召喚体のほうに縛りをかける事は可能との事。こちらはうっかりミスを防ぐ為に、賢者さん自身も乗り気で、情報漏洩防止術式を組み込むことを約束してくれたそうだ。
互いに信頼する、として縛りをかけないという意見もあったけど、妖精の側から、術式で縛りを入れておきたいと言い出したそうだ。
……なんでも、うっかり口を滑らせそうで、上手く秘密にしておく自信がないのだと。
何とも不安になる自己申告だけど、それだけ、自分達の種族特性を理解しているという事なんだろう。
それから数日かけて、自動追尾機能付きの反射望遠鏡を持ち込んだり、ショットガンやら、的にする妖精を形どった被害検証用のダミー人形を沢山持ち込んだり、いくつかの資料を用意して貰ったり、召喚される妖精に合わせてスタッフを掻き集めたりと、慌ただしく日々が続き、改良型の多人数召喚術式のテストを行う日を迎えた。
◇
「多重召喚術式起動!」
賢者さんが朗々と声を響かせて、術式を起動すると、前回に比べて、魔法陣が上に二枚、下側にも二枚、更に術者である賢者さんと、お爺ちゃんの下にまで複雑な文様の魔法陣が浮かび上がった。積層型立体魔法陣とかいうタイプで、召喚される妖精と縁の深い賢者さんやお爺ちゃんも組み入れる事で、召喚効率を高めているそうだ。
魔法陣から膨大な光が生み出され、囲まれた空間に収束したと思った瞬間、ポンっと音を立てて、四人の妖精さんが出現した。
四人ともすぐに透明な羽を展開して、体を安定させた。羽がぶつからないよう、さっと立ち位置をズラす様も手馴れたものだ。
一人目は軽装鎧を身に付け、杖の代わりに槍を持った中年くらいで肉付きのいい男の妖精さん。油断のない目付きといい、三人の前に出て、周辺警戒する周到さといい、この人が近衛隊長さんなのだろう。
後ろにいる三人のうち、左側にいるのは、何やら大きなカバンを背負い、杖というより測量器具のようなものを持ったずんぐりむっくりなお爺さんだ。多分、この人が彫刻家だね。
右にいるのは、何とも豪華なローブを纏い、職杖を手にして、厳しい顔をしたおじ様。
消去法だけど、この方が妖精の国の宰相の人だと思う。
そして、中央にいるのは、お洒落だけど、派手さを敢えて抑えて軽やかな印象の服を纏った女性。フレンドリーな感じと裏腹に、内から溢れる威厳が隠せない、この人が妖精の女王様、シャーリスさんに間違いない。
女王様は、僕を見ると、ちょっと首を傾げて、ふらりと近付いて、周りが止める間もなく、僕の頬をペタペタと触り、満面の笑みを浮かべた。
「其方がアキじゃな。妾はシャーリス、今は公務ではない故、敬語は不要じゃ。良いな?」
「え? あ、うん、宜しく、シャーリスさん」
あまり近過ぎると、よく見えないから、ちょっと離れて貰い、何とか返事を返した。
「良い返事じゃ。皆はこちらの者達と話をして参れ。妾はアキとしばし語らいの時間を設ける故、同席は不要じゃ」
いつのまにか手に王笏を握って、他の妖精さん達にそれを向けて言い放った。
きっと、事前に決めていた段取りと違う行動なんだろう。宰相さんが唖然とした顔をしながらも、前にいた近衛さんに何か声を掛けて下がらせると、真意を推し量るように、目を細めて、口を開いた。
「必要なのですかな?」
「そうじゃ。子守の任も不要じゃ。妾が代わりとなろう。翁よ、皆に助力せよ」
「皆もこちらは初めてですからのぉ。では、ケイティ殿、我々の話し合いの場に案内してくだされ」
お爺ちゃんも、いつもの事なのか、当たり前のように指示に従い、他の妖精さん達に合図をして、ケイティさんの元へと集合させた。
「わかりました。こちらでの活動は家政婦長のケイティと、大使のジョウがサポートします。では皆様はこちらへ、陛下達はーー」
「妾達は静かな木陰がよい。それと、トラ吉、其方も同席を許す。ついて参れ」
「ニャー」
指示を聞いてもらえて当たり前、そして、それが嫌味に感じられないのは人徳って奴だろう。
「では、陛下達の歓談の場の選定はトラ吉に、ジョージは周辺警戒に当たって下さい」
「仕方ないか。では、トラ吉。己が今、一番良いと思う木陰に案内せよ」
「ニャー」
あれよあれよという間に話が決まり、僕達はトラ吉さんの後をついて、大使館領の森に向かうことになり、残りの妖精さん達は、お爺ちゃんも含めて、話し合える部屋を確保して、情報交換ということになった。
◇
トラ吉さん推薦の木陰は、強い日差しを遮り、風もゆったりと流れて心地よい、そんな場所だった。
「ここであれば、落ち着いて話もできよう。トラ吉よ、褒美として、後程、近衛と手合わせする場を設ける故、心ゆくまでやりあってみるがいい。翁よりも素早く、手札も多い。満足できるじゃろう」
シャーリスさんは満足そうに頷いて、そんな約束をしてくれた。トラ吉さんも目を細めて、ニマーッと笑ってたりして、嬉しそうだ。
「あれ? トラ吉さん、お爺ちゃんとの追いかけっこでも、結構走り回ってたと思うけど、物足りなかったの?」
「うニャー」
そうじゃないんだよ、といった返事だ。
「新手との手合わせとなれば、新鮮さが違う。別の意味で楽しめそう、と考えておるのであろうよ」
「ニャ」
その通り、って感じかな。
促されて、木陰に座り込むと、シャーリスさんは、ポンと宙空に、深さのあるほんのりと青い空色の大椀を出現させると、そこに結構大きな賽子を三個、やはり出現させて、放り込んだ。もちろん、どちらも妖精さんサイズだ。
陶器の器と硬質な賽子の当たる音が心地よい。
チンチロリン、と。
賽子も相互にぶつかり合って複雑に目を変え、狙った目を出すのは不可能と言われるのがよくわかる。
「どうじゃ。我らが握れる賽子は小さ過ぎて転がりにくい。そこで、大きな賽子を深い器に放り込むようにしたのじゃ」
何でもないことのようにさらりと言ってるけど、褒めろ、褒めろと心の声が聞こえる気がする。
「妖精さんには大きいけど持てない大きさではないし、器の中でもよく弾き合うし、何より音がいいですね。澄んだ音色が耳に心地よい感じで」
「そうじゃろう、そうじゃろう。妾達も賽子を見た時、考えたのじゃ。次にどんな目が出るのかわからぬ、そんな数を作り出す、これ程、シンプルな作りの道具はなく素晴らしい。しかし、国民に普及させるためには、道具としての出来の良さだけでは駄目じゃ。一目見て、おっと思わせる何かがなくてはな」
「うん、うん」
「そこで翁の意見を取り入れ、器の色や形、賽子の材質や色合いまで様々な組み合わせを試し、華美過ぎず、飽きがこないシンプルさを追求してみた。止まった賽子の出目が見えにくいのでは本末転倒じゃからの」
「滑らかな器の色合いが自己主張し過ぎず、賽の目を見せる脇役に徹しているのがいいですね」
「うむ。少し見ると綺麗じゃが、シンプルで、それだけなら、あまり記憶にも残るまい。じゃが、賽子を振ると、印象は一気に変わる。賽子が跳ね踊り、器と当たって奏でる澄んだ音色は楽器の如く。そして先の読めぬ賽の目。御披露目が大成功したのも当然じゃった」
シャーリスさんが賽子を持って放り込むたびに、澄んだ音色が響いて心地いい。
「無論、それだけでは、面白い道具と思われるが、それだけじゃ。そこでな、集まった全員が参加するゲーム大会も催した。子供が参加できる簡単なものから、参加費を払って、賞金奪い合う大人向けのものまで、用意してみた。これが大当たりでな!」
「妖精さん達が賽の目に一喜一憂する姿が目に浮かぶようだね」
「即売会用に用意しておいた二百セットはあっという間に売り切れおった。専用の木箱も用意して、購買欲も煽ったからのぉ。お陰でマンネリ化していた祭りも、変化が訪れそうじゃ」
伝統もいいが、変化もなくてはいかん、と語るシャーリスさんはやはり為政者の視点を忘れない。
「イカサマ対策もバッチリ?」
「無論、其処は徹底して拘った。賽子は繊細な魔導具で作れる術者を集めるだけで難儀するじゃろう。それに器もシンプルに見えてあれはあれで賽子と同様の工夫をした魔導具じゃ。水平でないと音色が変わる工夫もしてあるから、傾ければすぐバレる。お陰で、王立工房は大盛況じゃよ」
「それは良かった。ハマり過ぎる人が出ないようにだけ注意してね」
「賭場を開く場合、参加費は一日分の給金程度取るように指導しておるから、そこは問題ないと思うが。余裕のある金で嗜む大人の遊び、その方針じゃからの」
「参加費が高いってことは飲食無料とか、綺麗な人を集めたりとか、行ってみたくなる工夫が一杯?」
「内装や、照明、スタッフの服装や奏でる音楽に至るまで抜かりはない。その辺りはウォルコットとやらから、仕入れた情報を活用したが、大好評で、入場チケットは枚数限定の抽選式、譲渡不可にせねばならぬほどじゃ」
妖精の特徴なのか、身振り手振りが多くて、体全体で感情を表現するのが基本みたいだ。
笑いが止まらん、とか言ってるけど、国の為みたいな公益重視の視点とはどうも違う匂いを感じる。
「シャーリスさん、もしかして、賽子関連の事業って、国の事業じゃなく、自腹の持ち出しでやってるの?」
「得体の知れないものを、国の事業として行うのは反対だ、などと宰相が言うのでな。妾が私費を投じて事業を起こしたのじゃよ。国民の熱狂的な盛り上がりをみて、宰相が顔をしかめていたのはいい気味じゃった」
国の事業としていたなら、国庫が潤ったじゃろうからな、とか言ってる。
「宰相さんは先の読めない未来は嫌いだ、とか?」
「彼奴は負けず嫌いでな。勝てる算段がつくまで戦わぬ性格なのじゃよ。もっとも、ここだけの話じゃがな……」
わざわざ近くまできて、小声で囁いてきた。
「……内緒だね」
僕も小声で同意する。
「うむ。奴も試しと手を出しての。運命に見放されたのかボロ負けしたのじゃ。勝率を高めることはできるが、必勝の策はない。最後に全体を通せば勝ち越している、そこまで我慢できないのじゃ」
わざわざ顔真似までして、賭けては負けてドツボに嵌る宰相さんの様子を話してくれた。
あまりの落差に、ちょっと吹き出して笑ってしまった。
「ゲームなんだから、そこまで熱くならなければいいのにね」
「やっと笑ったな、アキ。そうじゃ。賽子の賭け事は遊び、そう割り切り、後に引き摺らない、それが大切なのじゃよ」
やはり子供は笑顔が良い、とシャーリスさんが微笑んだ。
「世界には壁があり、互いに物は贈り合えないが、言葉や思いは幾らでも贈れるものじゃ。こうしてこちらに来ている妾は、身一つのただの妖精、堅苦しい立場は気にせずとも良い。悲しいのなら共に泣き、そして楽しい時は共に笑おう。妾達は世界は違えども友じゃ。よいな」
打算のない言葉が、そっと心に降り積もっていく感じ。
なぜか、ポロリと涙が溢れた。
「あれ? なんでかな――ごめんね、嬉しいんだけど、涙が止まらないや」
トラ吉さんも僕の足の上に登ってきて、ニャォ、と優しく声を掛けてくれた。
「ずっと背伸びをして、気を張り詰めていたら、そうなるのが当たり前じゃ。心が泣いてる時は、ちゃんと泣いた方が良い。子供なら尚更のぉ」
シャーリスさんが、優しく頭を撫でてくれて、ただ、ただ、ありがとう、としか言葉にできなかった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
色々準備も整えて、気合を入れて残りの妖精さん達を呼んでみましたが、妖精女王は当初の予定を曲げてでも、アキと語らうことを優先すべし、と判断したようです。アキのことをそれだけ、危ういと感じたのでしょうね。
次回の投稿は、三月二十四日(日)二十一時五分です。
あと、良かったなと思ったら、下(宣伝画像の下)にある「小説家になろう 勝手にランキング」のリンクをクリックして投票していただけましたら幸いです。
前のほうのページに載っているおかげで、訪問者が増えてとても良い状態です。
6ページ目とかだったりすると、そもそも一日に訪問者(OUT)が数名増加といったとこですから。
息の長い応援よろしくお願いします。(二週間程度でポイントが初期化されるので……)
※2019年03月16日(土)ポイントが初期化されました。