5-16.妖精の国の地図
前話のあらすじ:仮想敵部隊の駐屯地を見学した後、翁から、妖精の国でも争いがあること、でも簡単に撃退できてること、妖精の竹串のような投槍の魔術は、実は魔術の位階が高く、竜の鱗すら貫通することも教えて貰った。もちろん、貫通するといっても威力は針をぶっ刺された程度。でも痛い。そりゃ痛い。なので竜も妖精の国には近寄らないそうだ。
妖精の女王様への説明に使う為の資料作りに、ケイティさんとアイリーンさん達、三人の女中人形も勢揃い。
まず、お爺ちゃんが妖精界から持ち込んだ魔術で、妖精の国と周辺の立体地図を投影してくれたので、それをこちらの魔導具で記録して、紙に複製を作ることになった。
見ると、中心にある妖精の国は、一つの城塞都市、ロングヒルと同じくらいの大きさだけど、周囲に広がる緩衝地帯がかなり広い。
妖精が二、三日で移動できる範囲という話だけど、この図からすると、半径百キロ近くが緩衝地帯という事になる。関東地方で言うなら、東京都と、埼玉、神奈川、千葉、茨城の大半を足したくらいの広さだ。
距離感が空軍仕様な妖精で、比較する対象に竜が出てくるくらいだし、これ程、広い地域を支配下に置いておれば、周辺国との摩擦は半端ないと思う。
ただ、それでも空軍という視点だと狭いように感じられる。お爺ちゃんの飛ぶ速さは人の駆け足よりずっと速い。なのに、地形を無視して飛べるのに精々、百キロというのはかなり短い気がする。
「お爺ちゃん、なんか、思ったより遠くまで飛べないんだね」
「妖精は短時間なら早く飛べるが、長く飛ぶのは苦手なんじゃよ。それに何より、ただ飛んでると飽きるじゃろう? それに荷物を持たぬ訳にもいかんからのぉ」
なるほど。武装なしの戦闘機と、ミサイル満載の戦闘機では航続距離は倍近く違う。妖精も手ぶらで飛ぶのではないし、戦闘をする余力も残す必要がある、と。
「飽きるというのが妖精らしいね。それで、周辺国を含めた、妖精さんが把握しているできるだけ遠くまで描かれた地図が見たいんだけど」
「ん? 地図はこれで全部じゃよ。これより細かい地図はあるが、これが儂らの把握している地理の全てじゃ」
え゛……これだけ?
周辺国は隣接している国境線と、国名、それに近場にある都市名がわかる程度。
三次元の立体地図が作られているのは、高低差が重要な空軍仕様で、それは見事だと思うんだけど、周辺地理の情報がなさすぎ!
「お爺ちゃん、これじゃ、各国の動向とか、天候不順とかの天災時の挙動もわからないし、各国同士の関係も、地理的な制約もわからないよ」
「特に不便は感じておらんが、何か不味いのか?」
他国と交流もなく、簡単に他国の軍隊が来ても追い払えるから問題と思えないのもわからないではないけど。
それは、今は、という条件付きだ。
「うーん、妖精界の世界の技術力とか特性とかがわからないから、大雑把な話になるけど、ちょっと考えてみて。周辺国の全てが、妖精の国が邪魔で何とか支配下に置きたいから、手を組んで同時に侵攻してくるかもしれないよね?」
「なん……じゃと?」
「妖精の国とその周囲の森は豊かで、その恵みを欲しがるかもしれない。単に行き来するのに迂回するのが面倒だから、突っ切る道路を作りたいだけかもしれない、理由はいろいろ考えられるだろうけど、妖精さんが単独で外圧を跳ね除け続けているなら、手を取り合おうという動きが出ても不思議じゃない」
「それ程、多くの国が揉める事なく纏まるものかのぉ?」
「地球の話だけど、単独では何処にも負けない秦という大国があったけど、楚、魏、燕、韓、趙と五つの周辺国がほぼ同時に侵攻してきた事があったんだ」
白紙の紙を用意してもらって、妖精の国と緩衝地帯を含む大きさと比較できるよう、縮尺に注意しながら、中国付近の地図を描いてもらい、そこにうろ覚えだけど、古代中国の秦を含む国々を追記して、広さと多くの国から襲われた状況を理解して貰った。
「……途方もなく大きな国々の争いじゃな。秦が大国とはいえ、これは厳しかろう。この後、どうなったんじゃ?」
「とっても苦労して、危ない橋を何度も渡る事になったけど、何とか撃退する事に成功したよ」
「勇敢な者たちが大勢いたのじゃな」
「うん。もちろん、それもあるけど、さっきの五カ国は秦を倒そうと共闘する事にしたけど、秦を倒せば次は彼ら同士が争う事になるから、元々、仲は良くなかったんだよね。それに置かれている状況も、国力も、各国で違いがあったんだ。で、上手く国同士の連携を切り崩して、退けたんだよ」
「ふむ」
「もっとも、手を組んで攻めようと決めた時点で、勝てると思うから攻めてくる訳で、この時点で攻められた側はピンチなんだ。最初の攻勢に耐えられなければ、連携切り崩しなんて悠長な真似もする時間がない。一人で五人と戦うのはかなり実力差があれば可能だけど、百人で、五百人と戦って勝つのは殆ど無理だから大変なんだよ」
「……そうなのか? 儂らの戦いでは新兵が何人集まろうとも、熟練者にとってはいい鴨に過ぎんのじゃが」
「妖精さんは空軍視点だったね、そう言えば。なら、熟練者一人に新兵が一人付いて、常にペアで戦うようにして、相手は熟練者だけどバラバラに戦うとしたら、どう?」
「同じ技量ならば、新兵と共闘できた方が勝つじゃろう」
「次に、互いにやる気満々で、接敵する際、互いに射程距離ギリギリから範囲系の魔術をばら撒いて、敵戦力に打撃を与えてから接近戦を始めるとして、百対五百で撃ち合ったら、百の側はかなり不利だよね?」
「それは、周囲への損害を度外視して撃ち合わなくてはならない状況に追い込まれた百の側に勝ち目はあるまいーーそうか。先程の国同士の争いも同じか」
「うん。その通り。互いに相手の個人を狙うのではなく、集団を纏めて攻撃できる武装、例えば弓矢であったり、魔術がある場合、人数の差は絶望的な火力の差を生むんだ。いくら武勇に優れた人達がいても、周辺全てを巻き込んで広域魔術を撃たれ続けたら、ずっと無傷じゃいられないよね。そして少数の側が反撃しても、互いに削る状況では少数側が減るペースのほうがずっと早い」
「少数の側が、正面から当たった時点で作戦失敗じゃよ」
「で、妖精の国に話を戻すけど、周辺国から攻めさせない、攻めてきそうでも、他国と共闘させない、共闘してくるなら、その連携を乱す、というように、できるだけ正面からぶつかるのを避けたいところだよね」
「うむ。確かにそんなあちこちから攻められては、手が足りんからのぉ。手が足りなければ、勝てる戦いを勝つ、とはいかんものじゃ」
「うん、うん。だから、まずは周囲の国の事をもっと知らないとね。まずはそこからだよ。調べてみれば、杞憂だったで済むかもしれないし」
「知らなければ、危険があるかないかすら分からんということじゃな」
「そうだね。ところでケイティさん、こちらで紙に穴をあける程度でいいんですが、レーザー発信機はあります?」
「通信用ではなく、攻撃用ですね?」
「実用段階でなくても、試射できる程度で構わないんですが」
「恐らく試作品はあると思いますが、何に使いたいのですか?」
「妖精の女王様に、避けようのない攻撃というものがあるんだよ、と伝えるためです」
「アキ、レーザーとはあれじゃろ。館との連絡に使う光通信の奴」
「うん、それ。出力を上げれば対象を焼き切る使い方もできるよ。最大の利点は光の速さだから、絶対命中、回避不可能ってこと」
「絶対か」
「未来予知とかできるなら別だけど、光ったら、もう着弾だからね。耐弾障壁のように、警戒してて必要に応じて、防壁を展開する仕組みじゃ対応できない。護符の反応速度がそれこそ今の百万倍くらい速くなれば、話は別だけど、今は認識した瞬間に着弾してると考えて」
音の速さは秒速三百四十メートル、それに対して光は秒速三十万キロメートル、速度が八十八万倍も違う。
「見つかったら、もう撃たれておるのか」
「そういう事。妖精さんは姿を消して、そもそも見つかりにくいし、身体も小さいし、簡単に隠れられる利点があるけど、相手の工夫次第では、発見と同時に撃ち落とされる未来もあり得るんだよ、と」
「……魔術で狙われるのとは訳が違うのぉ」
「まぁ、今話した内容は、地球での話で、こちらでは、えっと、まだですよね?」
「はい。こちらではレーザーの武装化はまだ当分先の話です」
「何故じゃ? 射撃武器は命中率こそが重要じゃろう?」
「お爺ちゃん、それは必要十分な火力があれば、の話。燃やすほど強い光を沢山生成するのは結構大変で、しかもその方向と波長を揃えて、できるだけ細く絞らないと、ただ、相手を照らすだけになっちゃう」
「何やら手間がかかって、効率が悪そうじゃ」
「そうですね。通常の魔術に比べると、同じ魔力の場合、威力は千分の一といった所でしょう」
「ふむ。随分、効率が悪いのぉ。普通の術者では遠くを照らす灯にしかなりそうもない。じゃからまだまだ実用化は先なのじゃな」
「はい。魔術の効率が劇的に改善するか、魔導具の小型、量産化への技術革新が進むか、いずれにせよ道は遠いとの事です」
「ケイティさん、ライフル銃があるなら、ショットガンはありませんか? 鳥撃ち用のバードショットがあればいいんですけど。或いは、周辺に破片を撒き散らすグレネード弾でもいいです」
バードショットは、大きくてもエアガン用の直径六ミリ程度の丸い弾を数十から数百発をまとめて撃ち出すというもので、弾が小さい分、射程も短く、威力も弱いけど、沢山の弾が面を埋め尽くすから、動きの速い鳥を落とすのに向いている。
「博物館に問い合わせてみますが、恐らく用意できます。比較的、容易に実現できる対空武器を見せたい、ということですね」
「弓矢やライフル銃は点の攻撃ですが、バードショットもグレネード弾も、面や範囲の攻撃なので、人より華奢な妖精さん相手なら効果的だと思うんですよ」
「何とも物騒な話じゃが、アキの言う通りじゃろう。ちなみにケイティ殿、こちらでもアキの言う武器は使われているのか?」
「バードショットで撃たれた鳥は、無数の鉛玉が食い込んでしまい、調理する際に取り除くのが面倒なので、結局、普及しませんでした。グレネード弾が撒き散らす破片も、耐弾障壁からすれば簡単に止まるので、廃れました」
「じゃが、妖精界では耐弾障壁はできておらん。今後、同様の武器が作られると考えるべきじゃろうな」
「まぁ、その辺りの細かい所は、次に召喚される女王様の近衛の人辺りにでも考えて貰えばいいとして、他にも考えておいた方がいい話が色々ありそうなんだよね」
「まてまて、アキ、ちょっと待て! 色々じゃと?! アキよ、寝るまであまり時間もない。急いで、どんどん考えを話すのじゃ。話の方向さえ決まれば、後は儂らで詰めていけるからのぉ」
ケイティさん達がメモとペンを揃った動作で取り出して、構えたのには驚いたけど、それだけの熱意を見せてくれてるなら、僕も精一杯応えないと!
「それもそうだね。それじゃ――」
僕はそれからお風呂に入る時間になるギリギリまで、思い付いた問題点や要調査事項、提案したらどうかと言うネタを、優先度も難度も気にせず、話し続けた。
お風呂に入っている間に、ある程度纏めてくれたようで、全体から見た場合の優先度とか、疑問に答えたりと、布団に入っても、起きている間は妖精の国の地図関連の話をすることになった。
意識が落ちる直前に、妖精の国の地図と、こちらの地図、それに地球の地図の比較まで話が進まなかったですね、と言ったら、ケイティさんが遠い目をして、明日できることは明日やればいいんです、と呟いたのが印象的だった。
評価、ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
翁から妖精の国の地図を見せて貰えましたが、予想以上の引き篭もり具合、没交渉状態であることが判明しました。周辺諸国が軍を率いて攻めても来ているので、今後も安心できる状況ではないんだよ、とアキもくぎを刺すことにしました。流れ込む情報の制御をしないと大変だよ、と忠告するだけのつもりだったのに、蓋を開けてみれば、アキとしてもまさかこんなだとは想像していなかったようです。
次回の投稿は、三月十七日(日)二十一時五分です。
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※2019年03月01日ポイントが初期化されました。