5-13.エリー参戦
前話のあらすじ:賢者が予想以上に、召喚先での魔術談義にハマってしまい、翁が危機感を覚えて、対策を考えることになりました。まだ初日を終えた段階なので、色々と手を回すことで、手遅れになることは避けられそうです。
ケイティさん達の打ち合わせをしている部屋に、お爺ちゃん達が雪崩れ込んで、一悶着あったものの、小一時間ほどで、調整は終わって、皆が戻ってきた。
「お疲れ様です、ケイティさん」
先程はお疲れだったけど、今は少し吹っ切れた顔をしている。というか開き直った感じかも。
「賢者への対応は、ソフィア様をリーダーに、ロングヒルから話についていけそうな魔導師を三名、本国からは高魔力域での魔法陣に詳しい技術者を何名か呼び寄せることにしました」
お、かなり思い切った配置にしたね。
「皆さん、師匠の家で打ち合わせを?」
「そんな訳あるかい。館との通信回線がある街エルフの大使館で、部屋を確保させたさ。いちいち荷物の出し入れが面倒だから、総武演が片付くまでは貸切でね」
だいたい、そんな大人数が来たら、家が騒がしくていけない、と師匠がボヤいてる。
確かに、歩いても大した距離じゃないし、専門の作業部屋を確保したほうが良さそう。
「それじゃ、ケイティさんは今日から普段通り?」
「翁の資料作成を手伝いますが、概ねその通りです。ですが、手が空いた訳ではありません」
仕事を丸投げしたのではないと予防線を張られた。
「妖精はあと四人、四人もくるのです。皆が翁や賢者のようではないでしょうが、片手間で対応できる訳もありません。今回は後手に回りましたが、次からは予め、必要な要員を確保し、待機させておくよう調整します」
賢者さんの圧倒的なパワーに、だいぶ打ちのめされた感じだね。わざわざ指を四本立てて強調してくるのだから、よほどのことなのだろう。餅は餅屋、予め、分野が特定できるなら、対応できる人の助力をお願いしておくのは良い事だ。
「マサトさんの調整能力に期待したいところですね」
「ハヤト様、アヤ様にも助力して頂いてます。いくら光通信があっても、やはり対面時の効率より大幅に劣りますから。まだ大使館には余裕もあるので、可能な範囲で呼び寄せます」
政治家として圧力を掛けてもらうのか。本気だ。
「街エルフは出不精なのでは?」
「必要があれば動きますし、妖精達を相手に、異文化交流できる機会を逃すことはあり得ません。それこそ希望者を募るだけなら、選抜に苦労するレベルでしょう」
気が乗らないと全然動かないけど、好きなことなら他の人を引き摺ってでも動く感じか。なんとも面倒臭い性格だね。……っと、今のところ、実際に会ったことがある街エルフの人を思い出しても、そこまで酷くないように思えるから、少し大げさに言っているのかもしれない。アメリカ人は陽気だ、とかと同じで、そういう人もいるね、くらいのほうがいいかな。
「なら、安心ですね」
「希望者が全員来たら、国の業務が傾きます。そうならないよう、影響がないよう調整し、人選を行い、こちらに来てもらうのです。先を見通せて、行動力のある人ばかり、希望してくるので、別の意味で大変なのです」
いずれくる残り四人の妖精への対策も考えて、人材配置を調整するので大変です、とボヤいている。
「あぁ、そっちの意味で。それだと鬼族の方は手薄ですか?」
「鬼族……ですか」
何故、ここで鬼族が出てくるかわからない、と言った珍しい表情をしてる。お疲れっぽい。
「はい。せっかく同じイベントで接点があるのだから、お話の一つや二つ、したいじゃないですか。それに武威という切り口ではあっても共通の話題はあるのですし、交流しないのは損でしょう?」
「損、ですか」
鬼族と損得という言葉が結びつかない感じだ。
「わざわざ敵地に少人数で乗り込んでくるくらいです。柔軟性と高い判断能力、それに幅広い知識を持っていそうでしょう? 公開演技をしてくれることに対して応援と歓迎の言葉を伝いたい、と言ってる子供がいるので、あまり時間はとらせないから会って貰えないか、とか」
「アキ様、ちょっと、お待ちください。鬼に会うつもりなのですか?」
想定外と言った感じだ。でも僕は前々から鬼族も含めて、と言ってた筈だけど。それだけ、鬼族は精神的なハードルが高いってことかも。
「お互い、公開演技をするのですし、出演者同士、顔合わせはするのでしょう? それなら、僕もお話ししたいな、と」
「……アキ様は公的な立場をお持ちではないので、色よい返事が貰えるとは思わないでください。一応、打診はしてみますが、許諾されたとしても何かの予定の間に割り込ませる程度ですから」
「それで十分です。思ったより早く、鬼の人と接点が持てそうで、いいですね」
打診して貰えるだけでも御の字だ。鬼族、竜族辺りの時は、早めに具体的な話をするよう注意しよう。
……などと考えていたら、そんな僕を何とも呆れたような目で師匠が見ていた。
「こうして、楽しげにしてる姿だけなら、ただの世間知らずな娘っ子なんだがねぇ」
何故か溜息をつきながら、そんな事を言い出し、何故か皆がその通りと頷いてる。
「どこから見ても、人畜無害、か弱い街エルフの成人前の普通の子供でしょう?」
ほら、傍に子守妖精もいるし、と話してみるが、皆さん、そーじゃないと呆れ顔だ。
「確かに見た目だけなら、アキは他の子と変わらんだろうさ。それも他の子より実技経験がなく、戦うという視点なら、一般兵士の半分もいかない。だがね、賭けてもいいが、鬼との歴史を知り、彼らを模した魔導人形とはいえ、その武威を体感した子供で、本物の鬼と会う事を望み、ましてや、楽しげに待ち望んでる奴なんざ、一人もいやしないよ」
「そんなものでしょうか。皆さん、淡白ですねぇ。相手は言葉の通じない猛獣じゃないんだから、危険性だけを論じるなら、悪意がある大人の男性というだけで、僕からしたら怖い存在ですよ」
ミア姉の体は、背も高くないし、体の線も細いし、手なんて小ちゃくておよそ、争い事になんか向かないと思う。
「……そういうもんかね。確かに体格に劣る街エルフが、悠然と構えてられるのは、一般兵士の十人やそこらなら軽くひねり潰せる実力に裏打ちされているからとは言えるかもしれないかね」
「うん、うん」
「だけどね。大人の街エルフを連れて来たって、話は同じさ。余程の戦闘狂でもなけりゃ、鬼の魔力を感じただけで……と、アキは魔力が感じられないんだったか」
「まぁ、そうですね。そういう意味では、人より魔力の強い鬼の人なら、何か感じられるかな、とも期待してます」
「集束した魔力を感知できない以上、期待薄だがね。……アキが向こう見ずなのは、そのせいかもしれないか。悩ましいねぇ」
「僕は慎重に行動していると思うんですが」
同世代の女の子と対峙したら不安だ、とケイティさんに言われるくらいなのだから。
「――こんな弟子を持って、師として気苦労が絶えないよ」
師匠が、これで話は終わりだよ、という態度を見せたので、この話題はここまでとなった。
◇
ロングヒルの魔導師達を呼ぶと言っても、今すぐにとはいかなかったようで、今日は賢者さんの召喚はやらないとのこと。それに、お爺ちゃんも独立稼働状態のままだから、きっと妖精界での調整も難航しているんだろう。
ジョージさんを交えてトラ吉さんと追いかけっこをして、前回よりちょっとだけマシになったりしてたけど、その後、エリーがきたので、エリーが出す火球を杖で消す運動を一緒にして、更に一汗かいた。
今はテーブルセットを出して、お茶の時間だ。
「何でもないように簡単に消されると、分かっていてもショックだわ」
何のことかと聞いたら、僕が杖で火球を消してる事のようだ。何度もやっているんだから今更だと思うけど、改めて考えてみるとってことかな。
「師匠の火球は揺らぐけど消えないからね。エリーもまだまだこれから、と」
「私、これでも公務もあるから魔術ばかりやってられないの。師を超えるのは弟子の務めとは言うけど、幾ら何でも無理よ」
魔術一本で行けたとしても無理な気がするけど、と苦笑してる。
「そう言えば、今度の総武演、鬼族が来るでしょう?」
「来るわね」
なんで来るのかしら、とまだボヤいてる。
「応援と感謝の言葉を伝えたいから、会えるように打診して貰う事にしたんだよね。会う時、何か気をつける事とかあるかな?」
「はぁ? 会う? アキが鬼族と?」
信じられない、何言ってるの、と困惑気味だ。
「鬼族とは今後、仲良くしたいし、接触できる機会は無駄にしたくないから」
「仲良く? 鬼族と?」
やっぱり、積み重ねてきた歴史は重いようだね。王族のエリーですら、建前だけでも仲良くしないとね、とさらりと出てこないんだから。
「今は交戦状態でもなく、総武演に出演できるくらいの仲なんでしょう? なら、ホスト側の子供が花束を持って、歓迎しますと迎えてもおかしくないよね?」
ほら、外国の使節を迎い入れる際に式典とか開くでしょう、と補足するけど、エリーの反応は鈍い。
「……百歩譲って、そういう式典を開く間柄だとは認めましょう。実際、彼らが入国したら、簡素ではあるけど、歓迎式典はやるし、私も出席するから」
「なんだ、それならエリーは顔見知りだね。そしたら、エリーも僕と一緒に話をしに行かない? 非公式な場だから、問題はないと思うけど」
「……なんで、市民がご近所さんに挨拶するノリで、王族の私が同席する話になるのよ」
「王族として、ではなく、ロングヒルの国民の一人です、非公式な場です、お忍びです、とすればいいだけだよね?」
逢いたいって子供が一人よりは二人の方が歓迎してる感があっていいと思う。
「非公式とはいえ、私が会う時点で、関係各所への調整が必要だし、護衛は付けざるを得ないし、どう考えても揉める話よ」
「護衛なら、僕もジョージさんとトラ吉さんとお爺ちゃんには同席して貰うし、鬼からしたら、そこに人の護衛が何人か増えても気にしないと思うよ?」
「アキ、どこの世界に歓迎すると会いに行く子供が護衛をぞろぞろ従えて行くの? オカシイでしょ」
「ほら、僕は未成年だから保護者兼護衛の人がいても不思議じゃないし」
「――それは街エルフだけの話。というか、なんでそんなに会いたいの。物珍しさだけじゃないわよね」
僕の押す態度に、反射的に拒絶していた頭が冷えたのか、こちらを伺うような視線を向けてきた。
「エリーは聞いてるかな? 僕達が今、人を集めている事」
「詳しくは知らないわ。理論魔導師の腕利きを必要としている程度にしか。ただ、あちこちに声をかけているから、それなりには話題になってるわ」
話題と言っても、国の上層部の極一部よ、と念押しされた。
「今後の未曾有の国難に備えて、異世界と交流できる扉を作ろうかなって考えてて。鬼族さんも一口乗らないか、ぜひ誘いたいんだ」
人材募集の件で、ざっくりこの辺りまでは話してもいいとケイティさんの許可も得ている。流石に何も話さず、実力者を寄越せ、では話にならないからね。
「……未曾有とは大きくでたわね。それで鬼族の手も借りたいと? 街エルフだけの話じゃないとでも言うのかしら」
「多分、小鬼族以外、全ての国、種族が絡む話なんだよね。それも多分、百年かからない、そう遠くない未来の話」
「神が神託でも下したのかしら。……いえ、街エルフにそれは無いわね」
「理詰めで考えて、手をつけた方がいいと国が動く程度には現実的な話だよ。詳細は問い合わせれば教えて貰えると思うけど」
「あら、アキは私に教えてくれないのかしら? 鬼に会おうと誘うなら、その辺りは話しておくべきでしょう?」
「うーん、ちょっと保留。エリーがどの程度、絡むつもりがあるのかによっても、知っておくべき範囲と、知らない方がいい範囲が変わるから」
「アキだけじゃ、それは判断できない?」
というか、どれだけ不味い話なのよ、と声を潜めてる。
「僕はいいかなと思うけど、エリーの場合、立場が付いてくるからね。巻き込まれる人が多いと、エリー個人だけの話じゃなくなるでしょう?」
「そういう面倒臭い話が絡むのに、私を誘おうとしたのか、アキは!」
拳骨で頭を挟んでぐりぐりされた。うー、涙目になるほど痛い。頭が歪んでないか心配だ。
「――浅く絡むだけなら、さっき話した内容で十分だと思ったからね」
「あー、もう、なにかしら、このモヤモヤした感じ。もっとスパッといきなさいよ、スパッと! 本当に未曾有の危機で、我が国も絡むのなら、幾らでも手を貸すわ。それくらいの覚悟はあるのよ」
キリっとしたエリーを見て、流石、王族と感心した。手を振り、こちらを力強い目で見つめる姿は、とても心強い。国民の皆さんから人気があるというのも納得だ。
「それじゃ、その方向でケイティさんと調整してみるね。でも凄いなー、エリーって。生涯の仕事になる話なのにそこまで即断できるなんて。流石、王族さんだね」
「……ちょっと待ちなさい。なに、サラッととんでもないことに言い出してるの! なんで一生捧げる話になるの?」
「だってエリーは人族だし、現役があと五十年続くとしても、国の方向性とか、国家間の調整とか、面倒臭い話が山盛りで、時間もかかるからね」
なんで、いきなり話が世代単位になってんのよ、お前は街エルフかっ……街エルフだったわね、そういえば、などと一人で自己完結してて、エリーの表情がころころ変わる。
「……そういうアキはどうなのよ。街エルフだから、気長かもしれないけど、アキだって生涯の仕事じゃないの?」
「僕がやりたい事はうまく行けば五年もあれば終わるからね」
本当に全てがうまく行ったなら、という注釈付きだけど。
「はぁ? あれだけ風呂敷を広げておいて、自分は五年で抜けようって言うの? 未曾有の危機はどーしたのよ、国難は!? 他の種族も巻き込もうっていうんでしょう!?」
わざわざ、額に手を当てて、信じられない、なんて言われてしまった。
「ほら、僕はまだ未成年だから。目的を果たしたら、本業に戻らないと」
「本業?」
「成人前の子供の本分、つまり学業に専念するって事。街エルフの成人の儀は大変だからね」
平均してあと百年以上はかかるというし、今から憂鬱だよと補足する。
「なんか、すっごく納得がいかないわ。あと、その将来計画、とう考えても破綻するから、意味ないわよ? 例え、アキがいうように上手くいったとしてもね」
「え?、どうして?」
話が動き始めれば、後は専門家の皆さんよろしく、で終わりだと思ったんだけどなぁ。
「これだけ場を引っ掻き回して、はいサヨナラなんて、できる訳ないでしょう。キリのいいところまでは一連托生、というか、私が逃す気がないから」
「えっと、エリー、絡む気はあんまりなかったんじゃ?」
「アキの態度で大方の予想はついたわ。後でケイティと話は詰めるけど、私も話に加えて貰うから、そのつもりでいなさい」
話の大きさを理解した上で、やりたい、参加したいと言うのならそれは大歓迎だ。人手は全然足りてないんだから。
「それは大歓迎だけど、理由を聞いていい?」
「私は王位継承権も三番目だから、こういう時、動きやすいのよ。それに、あと何年かしたら、隣国の王子の誰かと婚姻関係を結んで、子育てして、政治の舞台からは距離を置くことになる。……それって、なんかつまらないじゃない。先が見えてるもの」
「なるほど」
「それに、その王子達だけど、どれもパッとしないのよね」
「……それは嫌だね。義務感から始まる結婚生活なんて夢も希望も薄味っぽいし」
「でしょー。一回しかない人生だもの、好きにさせて貰うわ」
大恋愛をしたい、とまでは言わないけど、夫にするなら、これならいいか、と思わせる人じゃないとね、なんて呟くエリーはちょっとだけ夢見る乙女さんだ。
「なんか、王族らしからぬフリーダムな発言だね。エリーらしいけど」
「アキの私への評価は気になるところだけど、一応考えてはいるのよ。アキが、街エルフ達がやろうとしてる事は、きっと、うちの宰相も文句を言えないだけの重みがある。だから、詳しく話を聞けば、後はウチから誰が出るか、というだけの話。あとは消去法で私で決まりってね」
「じゃ、ちょっと話を急ぐかな。どうせならエリーにも色々アイデアを出して欲しいし。善は急げだね。よし」
外にいたジョージさんに話をして、ケイティさんに繋ぎを付けて貰うことにした。
ジョージさんが、エリーに物好きな事だ、とか言ってるけど、止めるつもりはないみたい。
シャンタールさんにも相談して、服装とか演出もちょっと凝った感じにしよう。
何せ一発勝負、僅か五分程度で、次に会ってもいいかな、と思わせないといけないんだから。
まずは、相手の性格分析、立場の把握、できれば国元での派閥とかも把握しておきたいね。
総武演の開催前に捻じ込まれるかもしれないし、早めに準備を終えられるように、調整して貰おう。
……なんて、感じにエリーに話をしたら、少しは自重しなさい、ケイティのためにも、などと呆れられた。
やり残しがあって失敗したら後悔するだけだし、やるなら全力でやらないとね。
休憩は総武演が終わってからすればいい。さーて頑張るぞー。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
ケイティも、妖精の一人目、二人目とだいぶ苦労したので、あと四人もいると、対策に本腰を入れることにしたようです。持てる人脈はフル活用、政治的にも圧力を加えて、と。
そしてこれだけ動いていて、同盟国たるロングヒル側が何も察知していない訳もなく。
エリーは独自の判断で、アキ達の取り組みに加わることを決めたようです。
……そして、一か月後の総武演と鬼族。時間はあるようでないので、これからも大忙しです。
次回の投稿は、三月六日(水)二十一時五分です。
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※2019年03月01日ポイントが初期化されました。




