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2-1.新生活一日目①

誠改め、アキとしての新生活スタートです。

 ちゅんちゅん、と鳥の鳴く声が聞こえて、目を開けてみると朝だった。

 ふかふかの布団に包まれていると、なんとも幸せな気分だ。


「アキ様、おはようございます」


 横を見ると、一部の隙も無くメイド服を着こんだケイティさんが、目線を合わせて挨拶をしてきた。


「おはようございます。あれ、僕、いつのまに寝ちゃったんでしょうか」


 お風呂に入って、気持ちよくてそのまま、目を閉じていたけど、その後の記憶がない。


「お風呂で寝てしまわれたので、こちらにお連れしました」


 起きてみると、しっかりパジャマを着ている。


「これはケイティさんが?」


「はい。アキ様は小柄ですので、さほどの手間ではありませんでした」


 そう微笑んでるが、意識のない人を運ぶのはそれだけでも大変だ。いくら今の僕より体格が多少良くても、持ち運ぶのは無茶だと思うけど。


「ありがとうございました。運んだのは女中人形さんですか?」


 配下と言ってたくらいだから、何人も女中さんがいるのだろう。それにしても女中人形、どんな感じなんだろう?


「いえ、アキ様を運ぶ程度でしたら、筋力補助の魔術もありますので、私だけで十分です」


 そう言って、軽く力こぶを作る仕草をして見せた。とはいえ、服を着ているから筋肉が見える訳でもなく、本当にできそうなのか疑問は残る。魔術がある世界だから、普通の話なのかもしれないけど、介護補助スーツを導入している日本よりも、色々と発展していそうだ。


「凄いですね。僕もできるようになるでしょうか?」


「身体操作魔術は得手、不得手はありますが、誰でも使えるものです。といっても何割増しかになる程度ですので、土台となる身体を鍛えることが重要となります」


「なるほど」


「とりあえず、まずは血圧を測定しますね」


「血圧?」


「起床直後の血圧測定は、健康状態を把握する上で重要です」


 ケイティさんが用意したのは、手動式ポンプ、聴診器、水銀柱を組み合わせたレトロな血圧測定器だ。


 腕帯(カフ)を上腕に巻いて、ポンプを手で何度も教えて圧迫し、聴診器で血液の流れる音を聞きながら水銀柱の示す値を読み取っている。


「科学式は動作が確実なので、今でもこうして使うんです。血圧は正常な範囲で問題はありません」


 慣れた手付きで計測し終えると、今度は一抱えほどもある籠を取り出した。 


「午前中は座学と館の周辺を散策する程度ですので、こちらをお召しください」


 ケイティさんが、靴を含めた服一式の全部入った籠をベットに置いた。


 見てみると、白い襟と袖口、全体は落ち着いたチェックプリントのワンピースと、薄い生地を何枚も重ねてレースの飾りまでつけたペチコート、ウエストを軽く締めるベルト、それに、白い靴下、そして今の足に合いそうな茶色い布地の紐靴まで用意してある。


「なんか、凄く女子力高そうな服ですね」


 普段着ではなく、お出かけ用のお洒落な装いだ。


「やはり、こういったものは形から入るべきだ、との意見もありまして、着る手間のかからないワンピースから選択してみました」


 確かにこの外見に相応しい振る舞いは身に着けたいとは思ったけれど、そうお願いもしたけれども!


「ケイティさん、これは明らかにボーイッシュって路線じゃない気がします」


「それは間違いです、アキ様」


 指をゆっくりと振って、駄目出ししてきた。


「間違い?」


「そうです。まず、身に着けた女性としての立ち振る舞いや表情があって、その上でズボンを履いて活動的な印象で全体を纏めるのはアリで、それが一般にはボーイッシュな女の子です」


「それとこの服装の繋がりは?」


「こういったふんわりとスカートの裾が大きく動く装いは、自然と女性らしい振る舞いが身に付くものなのです」


「そういうものですか」


「そういうものです。少し動くだけで男性のような動きをすると違和感が強くでるので、アキ様もすぐわかりますよ」


「詳しくないので、よろしくお願いします」


 まぁ、可愛らしい服装で、ミア姉の魅力をぐっと引き出す感じなのも確かだ。


「それにしても、何枚も重ねてて凄い飾りつけですね、これ」


 ペチコートを取って眺めてみる。薄い生地はとても上質で滑りもいい。


「ワンピースはXラインが正義、と力説された男の子もいた、とリア様から聞きました」


 ケイティさんがくすくす笑ってる。


 ベルトで絞って、下のスカートが広がってアルファベットのXのようなシルエットになるワンピースは可愛い、きっとミア姉にも似合う、などと言って、服装を変えて貰ったこともあったなぁ、そういえば。 あれはすっごく可愛かった。着ると魅力が五十%増しって感じだ。


 ……つまり、原因は僕か。


「はい、好みです」


 仕方がないので自白した。見る分には大好きです、確かに。自分が着るとは思ってませんでしたが。


「では、説明も済みましたし、着替えて、髪を梳かして、それから朝食にしましょう」


「え、でも、これ、汚れちゃうんじゃ」


「汚さないように食事をするのも訓練です。ご覚悟を」


「……はい。ところで布団とパジャマはどうすればいいですか?」


「そのままで構いません。この後、女中人形が対応します」


「その、女中人形さんですが、後で見てみたいんですけど、どうでしょうか?」


 なにせ日本でだって、家庭で働くメイドロボットなんていうのは、物語の中だけの話だった。実際にいるなら観てみたい。


「わかりました。ですが、一つだけ約束してください」


「なんでしょうか?」


「見るのは構わないのですが、触れないように」


 お触りは厳禁。まぁ、そもそも仲が良い訳でもない女性に触れるなんて危険な行為は、するはずもないけど。


「それは、女中人形さんは魔導具相当だと?」


「高魔力域での運用を想定した先行量産型ですが、壊れないとも限りませんので」


「注意します。ちなみにどれくらいの価格で買えるものなんですか? 一般家庭で使っていたりもするんでしょうか?」


 各家庭で使ってるくらいに普及しているなら、高級自動車くらいの価格かな、と思うけどどうだろう?


「確か、現時点での最高性能を達成するため採算は度外視する、というコンセプトとの話でしたので、一体で大きな屋敷が買えるくらいかと思います」


「それは、建物だけ?」


「いえ、敷地、館、管理をする人員込みです」


「それはまた、思い切った話ですね」


 残念、一家に一台、女中人形とはいかないらしい。


「特殊仕様なのと、研究費込みだからですよ。一般家庭用であれば、年収の十倍程度あれば手に入る額です」


 それは日本なら庭付き一戸建て住宅並み、と言う話じゃないだろうか。


「後で紹介してください。では、着替えて、髪を梳いたら食堂に行きますね」


「髪を梳く際には、まず毛先から、次に中ほどから、最後に根元からです。急ぎませんので丁寧に」


「わかりました」


「それと、女性らしい仕草ですが、一つ伝えてそれが身に付いたら次、といった形とします」


「――はい。それで一つ目は何でしょうか?」


「座る時には膝をつけて足を閉じてください。それと椅子に座る際、横にスカートがこぼれ落ちないように、後ろから前に集めて膝の前で重ねるようにしてみてください」


 ケイティさんが、実際に手でスカートをうまく纏めることで横にだらしなくこぼれ落ちるのを避けて、綺麗に纏めて座る手本を見せてくれた。服装と相まって、とっても仕草が綺麗だ。


「素敵です、ケイティさん」


「あ、いえ、そうではなく。覚えてください」


 ちょっと頬を染めた表情が可愛らしい。うん、大人の女性がちょっと照れたりするのはすっごくいい。

 早く着替えるように、とケイティさんが、着替えの入った籠を僕に押し付ける。


 うん、いい物も見れたし、僕も覚悟を決めよう。


「はい、頑張ります」


 仕方ないので、さっさと着替えることにした。

 下着はスポーツブラでした。





 食堂に向かう途中、廊下の先に、『ここより先はスタッフエリアです』と書かれた立て看板が置いてあった。僕やリア姉が間違って立ち入らないようにするための配慮なのだろう。とても分かりやすい。


「遅くなりました」


 長い髪を梳かすのに結構時間がかかり、予想以上に到着が遅れてしまった。食堂の中は、六人掛けのテーブルセット、壁には四本マストの大型帆船が航行している様子の絵画が飾られていたりして、落ち着いた雰囲気だ。カーテン越しの日差しは暖かそう。席にはリア姉さんが座っていた。


「慣れない身支度だから仕方ないさ」


 相変わらず、リア姉は可愛い顔をしてるのに、仕草の端々から職人おじさんっぽい動きのキレを感じる。

 各人の席の前には、金属製の大きなカバーが置かれている。表面には手の影絵に赤い円と斜めの赤線を組み合わせた触れることを禁じたマークまで貼られている。これも魔導具?


「アキ様、気付かれたようにこちらは魔導具になりますので、触れないようご注意ください。開ける作業は私のほうで行います」


 そう言って、カバーを外すと、中から現れたのは、ベーコンと卵焼き、一口大にカットされた焼き魚、刻んだキャベツが載った皿、漬物の入った小鉢、御飯茶碗、それに味噌汁、といった日本では定番の朝食だった。湯気がふわりと舞って料理の匂いが鼻を刺激してくる。急にお腹が空いてきた。


「まるで出来立てですね」


「こちらのカバーは中の状態を維持してくれる結界を発生させる魔導具で、結構、重宝しているんです」


 なんだか、保温だけではないっぽい。触れないのが残念だ。


「では、いただきます」


「いただきます」


 リア姉が自然に言うので、釣られて僕も言ってから、まずは味噌汁を一口。 ワカメと油揚げの味噌汁で毎日飲んでも飽きない味だ。やっぱり味噌汁はいい。


「こちらでも、『いただきます』は普通に使われているんですか?」


「それはほら、ミア姉の影響だよ」


「あぁ、本で」


「ミア様が書かれた『ニホンの朝食』という本で、様々な料理を少しずつ小皿で分けて出して、見た目と味に拘る文化が紹介されてまして、とても美味しそうだったこともあり、朝食に拘る家庭も増えたんですよ。こちらには保管系の魔術もあるので、品数を増やすこと自体は簡単だったこともあると思います」


 同じ料理を量を増やして、というよりは様々な料理を少しずつ、のほうが栄養学的にも優れてるし良いことだ。


「あと、その本の中で、『マコトくん』が『いただきます』と『ご馳走様』について熱く語っていてね。我々、街エルフの文化にも合っていたこともあって、一気に普及したんだ」


「街エルフの文化?」


「森エルフほど精霊信仰に傾倒しておらず、かといって人のように神を熱心に崇めるでもなく。我々にとっては、食卓に届くまでに携わった多くの人々への感謝を口にするほうが自然だったとまぁ、そういうこと」


 確かに当たり前のように並べられた料理だけど、このご飯にしても農家の人が生産するところから考えたら、とても多くの人の働きがあって、初めて食べられるものなのだから、うん、それに感謝するのはとても自然だと思う。


「それにしても、保管魔術が発達しているというのに、味噌のような発酵食品まで手を出すなんて、食に対する情熱があるんですね」


 ベーコンのカリカリ具合もまた良し。卵焼きもちょっと甘くて食が進む。


「それを君が、ニホン人が言うのかい? 食に懸ける情熱、というか異常な凝り性というか、狂気すら感じさせる徹底ぶりとか、我々にとってはまさに異世界文化としか思えなかったよ」


「そうですね、私も生卵や刺身になぜそこまで手間をかけるのか、とにかく驚きました。あと、鮪を極地域の気温まで冷やすと美味しくなるとか、どうやったらそういう思考が出てくるのか、悩みました」


「まぁ、生卵専用の醤油とか作るくらいですから、凝り性なのは確かとは思いますけど」


 漬物もまた塩加減が絶妙で、御飯との相性はばっちりだ。


「で、アキ、とどめは君が語った言葉だ」


「またまた、とどめって何ですか?」


 なんだろう? なにせ十年も思いつくままに紹介し続けた訳で、何が該当するのか見当もつかない。


「ニホン人は美味しいお米を食べるために品種改良をずっと続けてきた。冷害、旱魃、台風といった災害にも耐え、収穫量が多く、そして美味しいお米になるように、と。二千年近くそんなことを続けてきたおかげで、古代米から大きく変わったお米を食べられるようになったんだ、と」


「はい、確かにテレビで凄いことなんだぞって番組が放映されたこともあって、その話をミア姉にしましたけど、それが何か?」


「我々も歴史の長さには結構、自信があったんだよ。なにせ寿命は長いからね。だけど、寿命が長いせいか、人のように燃え尽きるような激しい生き方とは無縁なんだ。だから、人が何十、何百世代とかけて燃え尽きるように情熱を傾けた末にたどり着いた境地には、同じ年月をかけたとしても我々では到底追い付けない。それを思い知らされたんだ」


 リレー競争とマラソンの差といったところかな。でも、バトンのリレーがうまく行くとは限らないから、一概にどちらが優れているとは言い辛い気もする。


「そんな思い詰めるほどのことでは――」


「ニホン文化と出会う前、我々がそれまでの二千年で成し遂げたことは何だったか。本当にここまでしか辿り着けなかったのか。もっと先に行けたのではないか。そう自問自答する者が増えたんだ」


「ま、まぁ、食文化が発展するのはいいことですよね」


 こうして美味しい朝ご飯が食べられるのだから、良いこと、良いこと。


「最近では、ドワーフの皆さんとも共同で、坑道内で海の魚を育てているんですよ」


「最初に話を持って行った時には、頭がおかしいんじゃないか、と心配されたらしい」


 保管魔術が発達してるなら、海の魚を山奥で食べるのも可能だろうし、なのにわざわざ自分達で育てよう、坑道で、などと言われたら確かに正気を疑うかも。それにしても、やっぱりいるんだ、ドワーフ。


「まぁ、ニホンでもニュースになるくらい珍しい取り組みでしたし」


 ニホンで普及してもいないような技術が、どんどん導入されて行ってる。もの凄い行動力だ。


「それにしても、よくそこまで手が回りますね。新しい取り組みとなれば手間もかかるでしょう?」


「我々には魔導人形があるから、人手には困らないんだ。今、困っているのは深刻な研究者不足のほうなんだよ」


 そういえば、魔導人形が人口の何十倍もいると言ってた。確かに働き手はすぐ補充できそうだ。

 食事を終えて、緑茶を一杯。 やっぱり食後は緑茶がいいね。

次話は、四月二十五日(水)に投稿します。

現在、話を書き溜めてまして、予定通りの分量が確保できれば四月二十八日(土)から、五月六日(日)まで毎日投稿しようと考えています。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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― 新着の感想 ―
[良い点] このように日本の文化が何かの原因ですでに異世界で浸透しているという設定はよく見かけますね。こうするとなんか色々書きやすくなるようですね。 私の書いた異世界ものでも『前代の召喚勇者が日本料…
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